貴方の頭蓋に住まうモノ

だまされたと思って、読んでみて下さい。

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頭が・・・重い

それが自分の存在を声高に主張し始める。


光差さぬ、人気無い部屋の一室。

カーテンは閉め切られ、そこから光の存在を追放する。

闇は跋扈し、自らの繁栄に悦びの声を上げる・・・



うるさい・・・

俺の耳に、俺の目に、触るな・・・


しかし「それ」は、我がもののように相沢祐一の顔をなで続ける。

優しく、愛おしく・・・そして、少々の侮蔑がこもっているように。


俺が「それ」の存在を知覚し始めたのはいつだったろう・・・

つい、最近だったか・・・・

それとも、ずっと昔、俺が生まれたときからか・・・

ずっと・・・

お前は、俺の頭に住まい、俺を悩ませ続けた・・・



最近になって「それ」は、ますます増長し、相沢の思考を妨げるようになった。

食事中も、授業中も、睡眠の時さえも・・・

いついかなる時でも・・・

その存在から逃れうることは出来なかった。


うるさい・・・邪魔だ・・・

相沢祐一の目に、耳に、思考に、その存在が五感にノイズを走らせる。

しゃわしゃわ

しゃわしゃわ

邪魔だって・・・いってるだろ・・・

ああ、もう・・・・・

しゃわしゃわ

しゃわしゃわ

邪魔だ・・・・(しゃわしゃわ)

邪魔だ・・・・(しゃわしゃわ)

邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ・・・・・

邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ・・・・・


もう・・・限界だ

このままでは・・狂ってしまう


相沢祐一は、何かを決心したかの様に、すっくと立ち上がると、

学生鞄の中から、何かをとりだした。

鋭利な刃物。



ふふ・・・これで・・お前を消してやる・・・お前とも・・・おさらばだ。

小学生が工作で使うようなちゃちな奴じゃないぜ?

わざわざ、お前をかる専用の物を、工具屋までいって、丹念に選んだんだ・・・



相沢は、そのきらりと光る刃の先端を、自分の頭にあてがう。




「それ」は自分の存在を擁護するように、卑屈に相沢の顔を優しく愛撫する。

しかしそれも、今の相沢にはただうざったいとしか思えなかった。


はは・・お前とも、これでおさらばだ・・・

よく考えれば、お前とも、長いつきあいだったな。

少しだけ、名残惜しい気もするぜ・・・

だがな、もう、お前とは共存できない・・・俺の神経の限界なんだ・・・

俺の頭から・・・消えてなくなれ!


するり


「それ」は、最後の抵抗を示すかのように、自らに迫る鋼鉄の刃から巧妙に逃げ回る。

くく・・最後までまあ、俺を困らせてくれるな?

相沢は、自らの頭部を左手でしっかりと捕まえると、

机の上に立てかけた、手鏡をのぞき込んだ。

見ろ・・・お前が・・・切り裂かれ、俺の頭から居なくなる瞬間を!

ふふ、さすがに自分の体の一部を切り刻むのは、勇気が居るぜ・・・

だが・・・!

さあ・・・いよいよだ・・・・

俺は・・・

お前の束縛から逃れ・・・

新しく、生まれ変わるのだ!














ズ、













バッ






















ぎぃ・・・

漆黒に満ち満ちている室に、一条の光が迷い込む。

しかしその黒さは、決して部屋から抜け出ようとせず、部屋の一点でますますよどみ、渦を巻いているようだった。

相沢の懊悩など、何も知らない、無垢な少女が顔を覗かせる。

その少女の瞳が、自分の認識を越えた光景をとらえる。


ズバ・・・・

ズシャ・・・

相沢祐一が自らの頭部を刃物で切り刻んでいる。

周りには、相沢祐一の頭からこぼれ落ちたモノが、赤黒いロンドを描き、無惨に散らばっている。


「ゆ・・・ゆういち・・・なにしてるの・・・・」

やっとの事で声を出す・・・

少女にはそれが精一杯だった。

その声を受け、相沢がゆらりと立ち上がる・・・

焦燥に、疲れきった顔・・・

しかし、何かをやり遂げた充実感に満ちあふれているようにも見える。

だが・・・少女には、その姿は、邪々しく微笑む、悪鬼のようにしか見えなかった。

「名雪か・・・見てくれよ・・・生まれ変わった、俺の姿を・・・!」

相沢は、今だ自分の頭に執着している「それ」の残滓を振り払うと、

ゆっくり、

ゆっくりと、

少女の元へと歩み寄る。


じり・・・

少女が、後ずさりする。

なに・・・

なにがおきてるの・・・

わからない・・・

わからないよ・・・

いや・・・・

いやだよ・・・・

こんなの、ちがうよ・・・・

こんなの、祐一じゃないよぉ・・・・

少女は、いつしか目に涙をため、その場にへたりこんだ。

「どうした、名雪・・・・?」

相沢は、いや、今まで相沢祐一と認識されていたものは、なおも少女の元へにじり寄る。

「どうだ、名雪・・・俺の姿は・・・」

少女は、ただ、震えながら、幼い子供がいやいやをするように、首をすくめ、わずかに頭を横に振るだけだった。

相沢は、少女の元に覆い被さるように接近する。

「ほら・・・ちゃんと、見てくれよ、俺の姿を・・・・!」

少女は無力な赤ん坊のように、そのおぞましい姿から目をそらせることもできなかった。

その時。

相沢の頭から、

ぽ   っ

少女の頭の上に

わずかな音を立てて、

ぬらりと光る物が

落ちてきた。




まるでスイッチを入れられた電気仕掛けの人形のように、少女は毅然と立ち上がると、

叫ぶでもなく、

泣くでもなく、

ただ、顔を強ばらせたまま、

転びそうな勢いで階下へと逃げ去っていった。









暖かなシチューの香りが、部屋の中を優しく包んでいる。

水瀬家の居間。

何も知らない幸せな者達が、談笑に花を咲かせていた。

水瀬秋子

月宮あゆ

沢渡真琴

これから始まる惨劇の目撃者達。

「あぅーっ、おなかすいたよー・・・」

「うぐぅ・・祐一くん、遅いね・・・」

「そうね・・・名雪ったら、呼びにいってずいぶん経つのに、何をしてるのかしら」

ダッ・・・ダダダダダダ

幸せな時間は、なんの前触れもなく、突然に壊れる。

何かが、無遠慮な音を立てて、階段から転げ落ちるように駆け下り、居間へ姿を現す。

その少女、水瀬名雪は、最早息も絶え絶えで、その顔はまるで生気が抜けた亡者のように色を失っていた。

「名雪!どうしたの?」

秋子が慌てて名雪の肩を掴む。ぶるぶると小刻みに震えているのが、服越しにも激しく伝わってくる。

「お、お母さぁん・・・」

少女は、目に涙をため、切羽詰まった勢いで、何事かを喋ろうとするが、

興奮が極限状態にある彼女に、まともな言語は望めなかった。

「あ、あの、祐一が・・・ゆう、祐一が、あ、あの、ああ」

「あぅー・・・?なになに?」

「名雪、少し落ち着きなさい。・・・祐一さんに、何かあったの?」

「う、うん・・・祐一が、ね、自分で、自分の頭を切って・・・

 それで・・・生まれ変わった、何て言うの・・・

 わたし、いやだよ・・・あんなの、祐一じゃないよ・・・!

 怖いよ・・・怖いよ・・・!」

少女はそこまで言葉を紡ぎ出すと、涙を拭いつつ、頭を抱えその場にうずくまった。

名雪の言葉は、今だ不鮮明だったが、そこにいる者を戦慄させるには十分な内容だった。

「・・・・なんですって、祐一さんが・・・・?!」

「あぅー・・?祐一、どうかしたの・・・?」

「あ、頭を・・・切っていた・・・?な、なにそれ・・・ボク、わかんないよ・・・何が起きてるの・・・?」

一瞬のうちに平和な風景は混沌の渦にたたき込まれ、思い浮かぶその非現実的な光景に、無力な人々はパニックに陥る。

「そ、そんな、マンガじゃあるまいし・・・」

そういった真琴の言葉には誰も答えず、力無く空間に吸い込まれていった。




そして





ぎ・・・・・・・







階段はきしみ、居間には衝撃と静寂が訪れる。

この、音の主は・・・




ぎ・・・・・・・


ぎ・・・・・・・


なおもその人物は、まるでこちらの都合などお構いなしに、階段を下る。

皆が息をのむ。

手のひらには、じっとりと嫌な汗が噴き出し始める。

ぎぃ・・・

微妙に音が変わった・・・

ついに廊下へとたどり着いたその者は、なおも足音を不気味に響かせる

ぎぃ・・・

混乱の源はなおも静かに這い寄り、全てが静止した居間の中で、ただ時計だけがチッ、チッと無情な音をたてていた。


やがて・・・・・・・


ふっ


入り口に
 影が差す  全員が
          息をのむ


顔だけが   
   そちらを
      ただじっと
          見ていて。





そして




「ゆ、祐一さん・・・・!その姿は・・・・」


続きへ!

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