再殺部隊 二章


「総員、戦闘配置!北川、相沢は基本射撃!久瀬はその補佐!他の者は辺りに第二対象が居ないか、気を付けろ!」

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

マシンガンの音が、途切れることなく響く。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

「相沢ぁ!そっちに行ったぞ!」
隊員の声が空を裂く。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

相沢と呼ばれた男が、無心にマシンガンを撃つ。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

相沢…ああ、それは、俺のことだったかもしれない。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

少女の身体が、バラバラになって宙を舞う。

ああ、綺麗だ。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

今夜の夕飯は何だろう。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

秋子さんの料理は何でも美味しいけど、今日は何となくおでんでも作って欲しいかな。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

名雪も手伝うって言ってたっけ。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

全く、石橋の授業は退屈だな…

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

早く終わらないか。
          少女「だったもの」の右腕がダンスを踊る

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

終わらないか。
        足下に転がる眼球を踏みつける

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

終われ。
     銃弾は、何もない地面をはじき続ける

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

「撃ち方、やめ!」
何者かの声が聞こえる。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

「相沢、もういいだろう…」

ダダダダダダダダダダダダダダダダダ

「相沢、もういいんだよ」

突然、肩を揺すられる。
ハッと横を向く。

北川の奴が、疲れ切った表情で俺を見ていた。

「ああ、終わりか…」

どうやら授業中に寝てしまったらしい。

なんだか、夢を見ていたようだ。

すごく嫌な夢だった。

「相沢、とっとと次の場所へ行くぞ…俺達には、時間がないんだ」

そうか、次は教室移動か。

やれやれ、面倒だ……

違う。

違う。

違うだろ。

もう、教室なんてものは、無いんだ。

昔のような、北川も、石橋も、名雪も、秋子さんも、どこにも居ないんだろう?

ああ、そうだっけ。

いや…

いやだ。

そんな世界は、いやだ。

俺は、本当はまだあの幸せだった日々の中にいて、これは教室の中で見たうたかたの夢なのではないか。

それとも、俺がさっき見た教室が、夢だったのか。

果たして、どちらが夢で、どちらが現実か。

本当はもうどちらでも構わないのだが。


俺達は、少女「だったもの」の肉片をブーツで踏みしめながら、
皆、死んだような虚ろな顔で歩を進めた。

周りには、非現実的な瓦礫の山が累々としている。

屍者の破片も飛び散っている。

人間だったものの名残も残っている。

転がった冷蔵庫からは、割れた卵が嫌な匂いをたてている。

壊れたテレビは、ブラウン管に無限の闇を映し、沈黙を守っている。

誰のものであろうか、歯ブラシが、転がっている。

誰のものであろうか、髪の毛も、転がっている。

こんな光景が、現実であるわけがないだろう?

そうかこれは、夢なのだ。






「本日は諸君に、重大な知らせがある。」

俺達の目の前で、小太りの偉そうな中年が喋っている。俺達の部隊の隊長だ。

石橋と言う名前だった気がする。だが、そんなことを覚えていても、ここでは何の役にも立たない。

「あー、今までは、七、八人の一小隊を戦略的最低単位として数えていたが、
 上層部からの命令により、これからは、一人一人を一単位として数えることにした…」

どういうことだ。
かすかなざわめきが起こる。

「つまりだ、これからは、小隊にこだわらず、一人一人で戦闘活動を行って欲しいと、いうことだ。
よって、我々、第三十七再殺小隊は、本日をもって解散する!以上!」

絶句する。
ばかな。屍者たちは、一人…いや、ひとつ再殺するにしても、最低五人は戦力がいる。
一人で立ち向かうなど、むざむざ殺されに行くようなものだ。
俺達の部隊には、女子戦闘員が三人もいる。
非力な彼女たちであれば、尚更のことだ。

隊長は、いや、上層部は、何を考えているのだろうか。

俺はただ呆然と立ちすくむだけだったが、部隊の中でも多少は人間性が残っている、
北川と久瀬が隊長にくってかかった。

「どういうことですか、せん…隊長!」
「僕達に、死ねというのですか!」

俺と、その他の女子隊員達は、何も考えられず、ただその成り行きを見守った。

はじめはだんまりを決め込んでいた隊長だが、二人の剣幕に押し切られたのか、
ふぅ、と息をつくと、二人を鎮め、重い口を開いた。

「これは、絶対に口外しないようにと言われたのだが…いずれお前達にも分かることだろう。
聞いても、後悔しないな?」

皆は沈黙する。隊長は、それを肯定と受け取ったのか、ゆっくりと話し始めた。

「いままで…我々が再殺してきた屍者たちは、皆が皆、せいぜい十四から二十歳ぐらいまでの、少女達だったな…俺の娘も…いや…それはいい…だから、絶対的な数は知れていた…戦況は、何とか、我々の方が有利だった…このペースで行けば、最悪でも一ヶ月後には、この狂った戦いは終わるはずだったんだ…」

終わるはずだった。
はずだったとは、つまり…

「ところが、な。おとといを境にして、突然屍者達の数が爆発的に増加したんだよ…なぜだか分かるか?…屍者たちはよ、成長しやがったんだ…ははは、いや、表現が悪かった。正確には、もっと年を食った屍者達が現れたんだよ…つまり、少女だけでなく、死んだ大人の女、二十歳から中年ぐらいまでの女まで甦りやがったんだ!」

…………………
我々は、無言だ。
言葉を失ったのか、それとも、もう言葉を話すのも嫌なくらいに疲れ切ったのか。

「ははは…傑作だろう。上の奴らは、対象の肉体的年齢に応じてウィルスの潜伏期間が何とやら…とか言ってたけどな。そんなこと、現場の我々には関係ないよな。ただ、敵が増えて、負けが決まっちまった、と、そう言うことなんだ、ははははっ、はははは…お前達は知らないだろうが、世界のなかではすでにそのせいで滅んでしまった国も幾つかあるんだと。俺達も滅ぶのは時間の問題だ、と言うわけだ。ははははははは……一人一人で戦えと言うのは、苦肉の策でも何にもない。ただの、破れかぶれでしかないんだよ!この国は、全て、おかしくなっちまった!もう、俺達は、どうしようもないんだ!…ははははは、ははははははははは」

どうやら彼の自我もいよいよ限界に達したらしい。

「ははははははは…あっははははは、はは、は、ははははははは!」

隊長は、いつまでも笑い続けた。
いつまでも、いつまでも。

ひとりが、ふいに、隊長に背を向けて、重いマシンガンを抱え、歩き始めた。
一人、また一人と、そのはじめのひとりについていった。
俺達は、いつしか、隊長をおいて、あてもなく歩き始めた。

ただ、とぼとぼと。
とぼとぼと。



前へ    次へ

戻る