再殺部隊 一章
雪が降っている。
白い、本当に白い雪だ。
しかしその雪は、地面につくと同時に、真っ赤に染まった。
辺りは一面、血と肉に埋め尽くされていた。
「はぁ…」
俺は、辺りを見渡して、溜息をついた。
「どうしてこうなったんだろうな…」
構えていたサブマシンガンを傍らに置くと、
俺は地面に座り込んだ。
さながら地獄にでも迷い込んだようだ。
*
事の起こりは、一ヶ月前。
俺は、一度に大切な人をたくさん失った。
過去に囚われ、身動きがとれなくなってしまった少女。
病に負けず、けなげに明るく振る舞った少女。
俺を想うあまり、悲しい運命を背負ってしまった狐。
家族思いの、優しい、理想的な母親。
そして、
天使の羽を持った、朗らかな少女。
各々が、各々の、やりきれない理由によって、
この世界から去っていった。
その時の俺の苦悩。
嘆き。
怒り。
悲しみ。
誰にも想像できないほどの、心の痛み。
俺は、抜け殻のようになり、ただただ祈りながら日々を過ごしていた。
奇跡が、起こることを。
望んで。
祈る。
ただ、祈る。
勿論、そんなことが起こりえないのは分かっている。
しかし、その時の俺を、一体誰が責められようか。
こんな悲しい世界を、一体誰が認められようか。
俺は、この世界を否定し続けた。
俺は、祈り続けた。
学校にも行かなくなり、誰とも顔を合わせなかった。
悲しいのは俺だけじゃなかったろうが、その時はこの世界に、俺一人しか存在しなかった。
祈る。
ただ、祈る。
奇跡を!
奇跡を!
世界に、奇跡を!
………………
何かが俺の祈りを聞いたのか、
奇跡は 施行された。
…それは、最も残酷な形で。
*
その日、世界は恐怖に包まれた。
神の気まぐれか、世界中で、最近になって死んだ少女達が、墓場から甦ったのだ。
自らの意志を持たない、恐ろしい生ける屍として。
一部の例外をのぞいて、少女達は、最早血の通わない身体を動かしながら、
恐ろしい怪力でもって
人を襲い、殺し、喰らった。
町を襲い、壊し、消した。
国連は、「新種のウイルス」がどうこう、と発表したが、
そんなもの誰も聞いてやいなかった。
パニックに陥った民衆は、殺されないために、必死になって、
少女達――「屍者」と呼ばれた――を、壊し始めた。
切っても突いても、筋肉の一部分さえ残っていれば、その一部さえも使って
人を襲う屍者たちの行動を停止させるには、肉片が小間切れになるぐらいまで、
マシンガンを撃ち続けるしかなかった。
屍者達は、団体行動をとらず、単独で行動するため、爆弾などで一気に殲滅するのは不可能だった。
民衆の生活必需品の中に、マシンガンが加わった。世界の歯車が、少しずつ狂い始めた。
そして、どこからそんなことが始まったのかは忘れたが、
世界中に「再殺部隊」が発足された。
読んで字のごとく、少女達を再び殺す事を目的としたこの部隊は、
各市町村の有志達によって、ぽつぽつと出来始め、そして、あっと言う間に世界中に広まった。
民間の部隊とは言っても、一歩気を抜けば即、死の毎日なのだ。
部隊の規律は厳しい。と聞く。
きっと、規律で厳しく自分を縛ることによって、崩壊しかけた自分の自我を保って居るんだろうと思った。
それはそうだろう。自分の知っている少女が、生ける屍となって目の前に現れたら、どうかしない方がおかしい。
そんな奴らがたくさん居るからこそ、再殺部隊は広まっていったのだろう。
そして、いよいよ俺の住む町にも、再殺部隊が発足した。
武器弾薬に関しては、県下有数の大企業である、倉田財閥が全面的バックアップを請け負ったので、
他の部隊よりは多少マシだった。
皆、思いは同じなのか、老若男女を問わず、志願者が殺到した。
俺もその中の一人だ。
マシンガンを構え、部隊の連中と歩く。
みんな、狂い始めている、と思った。
俺と同じ頃に、俺と同じような理由から部隊に入った奴ら。
親友を失い、トレードマークの笑顔をも失った少女。
妹を失い、以前より暗くうつむきがちになった少女。
母を失い、常に悲しみに溢れた表情をするようになった少女。
そして、明るい…明るかった、幼なじみの少女を失った、俺。
崩壊しかけた自我を抱え、少女達を始末する部隊に身をおき、惰性でマシンガンを乱射する。
死と隣り合わせの毎日は、俺に思考や回想を忘れさせてくれるだろう。
少女達の屍を始末する。それで、いいんだ。
それは、幸せなことなんだろう。
もし知った少女が俺の前に現れたら…
真っ先に、再殺する。
それが、俺の、彼女たちへの、せめてもの…
せめてもの…?
せめてもの…なんだというのだ?
思考があやふやになっている。
どうやら俺も狂い始めたらしい
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