再殺部隊 一章


雪が降っている。


白い、本当に白い雪だ。
しかしその雪は、地面につくと同時に、真っ赤に染まった。

辺りは一面、血と肉に埋め尽くされていた。

「はぁ…」

俺は、辺りを見渡して、溜息をついた。

「どうしてこうなったんだろうな…」

構えていたサブマシンガンを傍らに置くと、
俺は地面に座り込んだ。

さながら地獄にでも迷い込んだようだ。







事の起こりは、一ヶ月前。

俺は、一度に大切な人をたくさん失った。

過去に囚われ、身動きがとれなくなってしまった少女。

病に負けず、けなげに明るく振る舞った少女。

俺を想うあまり、悲しい運命を背負ってしまった狐。

家族思いの、優しい、理想的な母親。

そして、

天使の羽を持った、朗らかな少女。

各々が、各々の、やりきれない理由によって、

この世界から去っていった。

その時の俺の苦悩。

嘆き。

怒り。

悲しみ。

誰にも想像できないほどの、心の痛み。

俺は、抜け殻のようになり、ただただ祈りながら日々を過ごしていた。

奇跡が、起こることを。

望んで。

祈る。

ただ、祈る。

勿論、そんなことが起こりえないのは分かっている。

しかし、その時の俺を、一体誰が責められようか。

こんな悲しい世界を、一体誰が認められようか。

俺は、この世界を否定し続けた。

俺は、祈り続けた。

学校にも行かなくなり、誰とも顔を合わせなかった。

悲しいのは俺だけじゃなかったろうが、その時はこの世界に、俺一人しか存在しなかった。

祈る。

ただ、祈る。

奇跡を! 

奇跡を! 

世界に、奇跡を! 

………………

何かが俺の祈りを聞いたのか、

奇跡は 施行された。

…それは、最も残酷な形で。







その日、世界は恐怖に包まれた。

神の気まぐれか、世界中で、最近になって死んだ少女達が、墓場から甦ったのだ。

自らの意志を持たない、恐ろしい生ける屍として。

一部の例外をのぞいて、少女達は、最早血の通わない身体を動かしながら、

恐ろしい怪力でもって

人を襲い、殺し、喰らった。

町を襲い、壊し、消した。

国連は、「新種のウイルス」がどうこう、と発表したが、

そんなもの誰も聞いてやいなかった。

パニックに陥った民衆は、殺されないために、必死になって、

少女達――「屍者」と呼ばれた――を、壊し始めた。

切っても突いても、筋肉の一部分さえ残っていれば、その一部さえも使って

人を襲う屍者たちの行動を停止させるには、肉片が小間切れになるぐらいまで、

マシンガンを撃ち続けるしかなかった。

屍者達は、団体行動をとらず、単独で行動するため、爆弾などで一気に殲滅するのは不可能だった。

民衆の生活必需品の中に、マシンガンが加わった。世界の歯車が、少しずつ狂い始めた。

そして、どこからそんなことが始まったのかは忘れたが、

世界中に「再殺部隊」が発足された。

読んで字のごとく、少女達を再び殺す事を目的としたこの部隊は、

各市町村の有志達によって、ぽつぽつと出来始め、そして、あっと言う間に世界中に広まった。

民間の部隊とは言っても、一歩気を抜けば即、死の毎日なのだ。

部隊の規律は厳しい。と聞く。

きっと、規律で厳しく自分を縛ることによって、崩壊しかけた自分の自我を保って居るんだろうと思った。

それはそうだろう。自分の知っている少女が、生ける屍となって目の前に現れたら、どうかしない方がおかしい。

そんな奴らがたくさん居るからこそ、再殺部隊は広まっていったのだろう。

そして、いよいよ俺の住む町にも、再殺部隊が発足した。

武器弾薬に関しては、県下有数の大企業である、倉田財閥が全面的バックアップを請け負ったので、
他の部隊よりは多少マシだった。

皆、思いは同じなのか、老若男女を問わず、志願者が殺到した。

俺もその中の一人だ。

マシンガンを構え、部隊の連中と歩く。

みんな、狂い始めている、と思った。

俺と同じ頃に、俺と同じような理由から部隊に入った奴ら。

親友を失い、トレードマークの笑顔をも失った少女。

妹を失い、以前より暗くうつむきがちになった少女。

母を失い、常に悲しみに溢れた表情をするようになった少女。

そして、明るい…明るかった、幼なじみの少女を失った、俺。

崩壊しかけた自我を抱え、少女達を始末する部隊に身をおき、惰性でマシンガンを乱射する。

死と隣り合わせの毎日は、俺に思考や回想を忘れさせてくれるだろう。

少女達の屍を始末する。それで、いいんだ。

それは、幸せなことなんだろう。

もし知った少女が俺の前に現れたら…

真っ先に、再殺する。

それが、俺の、彼女たちへの、せめてもの…

せめてもの…?

せめてもの…なんだというのだ?

思考があやふやになっている。

どうやら俺も狂い始めたらしい



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