いたづら秋子さん 海へ行きましょう(前編)


もし秋子さんがお茶目な性格だったら……?
と言う、ifシリーズです。
今回は前後編、ちょっと長めです。

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 ジージーと蝉の声も騒がしい、夏真っ盛り。

 祐一さんと名雪は受験に向けて、今日もお部屋で勉強をしています。

 あまり根を詰めてもいけないとは思いますが、適度な休憩を挟んでいるようなので、

 それほど心配することもないのでしょう。

 現に今も、こうして二人は居間におりてきて、シャーベットを食べています。

 え、そのシャーベットですか?

 勿論、自家製です。

 市販されている物だと、どうも砂糖が効きすぎているような気がするので……

 ぷるるる…… ぷるるる……

 私たちが美味しくシャーベットを食べていると、急に電話が鳴りました。

「…はい、水瀬です……あ、もしもし〜?」

 名雪が出てみると、とたんに声が気安いものになりました。

 きっと、お友達から……香里ちゃんかしら?……なのでしょう。

「うん、うん、へ〜、うん、分かった」

 かちゃん。

 電話を切ると、名雪は妙に嬉しそうに祐一さんに向き直りました。

「ねぇ、祐一」

「なんだ?」

 顔を上げ、気怠そうに答える祐一さん。名雪は、にっこり微笑むと、

「海へ、行かない?」





 ――――名雪の話を要約すると、なんでも香里ちゃんが二日後に海へ行く予定があるので、

 名雪と祐一さんもどうか、と言うことらしいのです。

 それなら……と祐一さんは、北川さんを誘うことを提案しました。

 久しぶりのお出かけと言うことで、二人は今からうきうきしているようです。

 勿論私も海水浴に大賛成で、気分転換にはちょうど良いですからね。

 段取りは進み、メンバーは揃いました。

 あとは明後日の出発を待つだけです。

 日帰りだそうですし、お母さんも安心です。

 ……何が? 何が安心なんですか?

 えっと、それは……

 ぼっ

 えっ、いえっ、そんなっ

 若い男女が泊まりがけで旅行

 する事と言ったらひとつ

 あああっ いえ そんな ふしだらな

 一夏の経験
 違います

 昔を思い出すわ
 知りません

「おかーさん? おかーさん……?」

 名雪の声で、はっと我に返ります。

「な、何かしら、名雪?」

「ね、いいよね?」

 どうやら名雪は私に海へ行くことの許しを得ようとしているようですね。

 私は勿論、一秒で、

「了承」

 ですっ。

 ところが、その直後の名雪の返事は、私が予想もしていなかったことでした。

「わーい、お母さんも行くんだね〜」

 ……え?

 い、いま、名雪、なんて

 ひょっとして、名雪はさっき、旅行の承諾を求めていたのではなく……

 私も行くかどうか聞いていたのでしょうか

「嬉しいよ〜」

 慌てて断ろうとも思いましたが、こんなに喜んでる娘の姿を前にして、

 今更がっかりさせられません。

 でも……

「……でも、お母さんが居たら、お邪魔じゃない?」

 そうです、みんな高校生なんですから、保護者なんて邪魔なだけでしょう。

 邪魔。

 邪魔……?

 私、邪魔者……?

 うっ

 それは 寂しいです

 お母さんは あなた達にとってお邪魔虫なのね

 いやあ 

 ビーチに行ったら

 みんな 私を放っておいて 楽しんで

 きっと 私は 白い目で見られて……

 ぐしゅん 仕方ないことなのでしょうか 

 でも そんな いやです…

 仲間はずれにしないで のけ者にしないでぇ……

「そんなことないよっ」

 と、私のネガティブな考えを打ち砕く、名雪の元気な一声。

 ああ 名雪 あなたはなんて優しい子なの

 お母さん嬉しいわ

「北川君もお母さんが来るの楽しみにしてたみたいだし……」

 え 北川さん

 どうして北川さんが

「そうですよ秋子さん、行きましょうよ」

 あら 祐一さんまで いつの間に

 もう こんなおばさんを連れて行っても 楽しくないでしょうに

「わかりました」

 私はそう答えます。

 傍目には淡々とした調子で見られていたかもしれませんが、

 心の中では うふふ 

 二人に、とっても感謝していたんですよ……







 久しぶりの遠出です

 るん るん

 えーっと まずは準備をしなくてはいけませんね

 私は勿論泳ぎませんから、水着はいりません

 いえ 一応 水着はあるにはあるのですが

 その この間 よく確認せずに買ってしまったために

 とっても その あの

 ろ 露出度が高い

 いやぁ 想像しただけで 恥ずかしくなってしまいます

 あんな水着 着られません

 それに今回は祐一さんに加え北川さんも居ることですし

 香里ちゃんや名雪、それにお会いしたことは有りませんが香里ちゃんの妹さん

 そんな若い娘たちの中に紛れて どうして恥知らずな水着を着れましょう

 いえ 本音を言うと見てもらいたい
 違います

 その 確かに まだお肌にはつやが

 あ えーっと 違いますね

 準備の話でした

 とりあえず パラソル ビーチサンダル サンオイル 日焼け止めクリーム

 小物を入れるバスケットに 大きめのバスタオルを数枚

 こんな所でしょうか

 後は私自身ですが

 えっと 特に問題は……

 あっ!

 私はあることに思い当たり、自室へ駆け込みます

 タタタタタ

 ひょっとして ひょっとして

 いえ まさか まさか


 わ、脇の処理が……


 手鏡を用意して 薄手の半袖シャツの袖をまくって ちら



 ばーんっ ぼわ ぼわぼわっ



 ……嘘です そんなことは有りませんでしたが

 ちょみっとだけ 黒く ぽつ ぽつ

 いやああああっ

 この間 機械を使って抜いたばっかりじゃないですか

 なんで どうして

 いやあっ いやぁっ

 いくら水着を着ないとは言っても 薄着で行くのは間違い有りません

 その時に もし 誰かに見られたりしたら――――

 ひぃぃぃぃっ 考えるだけで 恥ずかしくて 情けなくて

 その上 私のことを 『脇の処理もしない ものぐさな女』だとでも思われたら

 きゃうっ いやっ きっと嫌われちゃいます

 もう 泣いちゃいそうです

 お願い 嫌わないで……

 そして もし 祐一さんか北川さんが その わ、脇フェチだったりしたら

 フェ、フェチだなんて そんな言葉

 えっと うん もしそうだとしたら

 綺麗にしておかないと どんな目で見られたものか

 ああっ 怖いですっ

 あ でも 脇フェチの方なら

 ……生えていた方が良いのかしら?

 いえ そんな マニアックな ううん まさか

『秋子さんの脇、素敵ですよ』だなんて いやん もう どきどきどきどき

 え あ ちが ちが ちが ちが 違いますっ

 き、きちんと処理はしますよっ

 えーと 機械 機械は ごそごそ

 ありましたぁ

 スイッチオン ぶぃぃぃぃぃぃん

 ううっ 緊張します

 脇の下に当てて

 きゅちゅちゅちゅ

 あ ひ ひゃあっ!?

 いた 痛い 痛いですっ

 慌ててスイッチオフ

 はぅん ひりひりします……

 ちょっとだけ 涙がにじんじゃいました

 どうやら 電池切れだったようです 困りました

 仕方有りません この 毛抜きピンセットで

 そーっと近づけて どきどき

 ちゅぃ つまんで

 ひと思いに うんしょ ……ぷちゅん

 ぴりぴりぴりぴりっ 痛い 痛い 痛いですっ

 電気が走ったようです

 はう はう はう ただでさえ 私は 脇の下がビンカンなのにぃ

 なんで なんでこんなに 苦労をしなくちゃならないんですか

 ぐしゅ

 涙ぐんだ目をして 鏡の中に居る私

 その私に 話しかけます

 だめよ 秋子 負けちゃダメ

 楽しい海水浴のためだもの そうよ そうね

 秋子 ふぁいとっ

 ……よしっ

 最後の手段 剃刀ですっ

 クリームは えっと ここに

 ……あら? 無いわ…

 あ そうです 確か 名雪が切らしたので 貸してあげたのでした

 では 返してもらいに 

 ……行けません

 もし 今 行ったら どうなるか

『名雪、お母さんのクリーム返してくれないかしら?』

『あ、ごめんなさい、忘れてたよ〜 はい これ それで 何に使うの?』

『うふふ 脇毛をちょりちょりと剃るのよ』

 なんてぇっ 言えるわけがぁっ ありませんっ!

 そんな いくら娘と言えど ふるふる

 はしたなすぎますっ

 私 そんな女じゃありません

 いえ 名雪はあんまり気にしないでしょうけど

 そんな そんなこと 私にだって プライドがあります

 クリームを返してもらうのは もう少し後 適当な理由が出来たときにしましょう

 でも このくらいでくじけません

 私は剃刀を手に取り 決心をして立ち上がりました

 一路 洗面所へ ずんずん

 鏡の前 きょときょと

 あ あった ありました

 祐一さんのシェービングクリーム

 これをお借りしましょう

 祐一さんには申し訳有りませんが 断るわけにもいきませんし

 もし それを聞きに行ったら

『祐一さん すみませんが シェービングクリームを貸してくれませんか?』

『え いいですけど 何に使うんですか』

『えっ…… そ それは 内緒ですっ』

『……そうですか へえ』 ニヤリ

 いやあっ 何ですか祐一さん その いやらしい微笑みは

 ひぅん どんな想像してるんですか もう いやぁ

 ……ですから 無断使用です

 でも うふふ なんだか 祐一さんの持ち物を黙って使ってしまうなんて

 イケナイことをしてるみたいで ドキドキしちゃいます

 背徳の快楽
 いえ そんな 難しい言葉を使うほどでも

 とりあえず えっと 使ってみましょう

 わくわく 使ってみるのは 初めてなんです

 えっと では 手にとって ぷしゅ

 はふ 変な感触です

 では それを 脇に

 ぴしょん

 んきゅぅっ 

 思わず目を閉じちゃいます

 やっぱり 脇の下はビンカンなんです

 で、では 剃刀をあてて

 ちょり…

 はきゅ 変な感触 不思議な気持ちです

 ちょり、ちょり…

「くふぅ」

 ああ 吐息が漏れてしまいます

 がまん がまんよ 秋子

 とりあえず 左脇 おしまい

 濡らしたタオルで ふきふき 

 んっ 冷たい

 でも ほら うん

 綺麗になりました

 私もにっこりです

 いつ見られても構いません

 ……えと でもその じっと見つめられたら イヤ ですが…

 でも でもでも

 私 実は

 右脇の方が ずっと その 弱いんです…

 でも ここまで来て 止められません

 はい クリームを私の手に出して

 私の手に出して……?

『うふふ ほら 祐一さん 我慢しないで 私の手にいっぱい出して良いのよ』

 ぶんぶんっ

 何を考えてるんですか 秋子

 そんな はしたない 手に だなんて

 …ぼっ ぃゃん…

 海水浴に行くからって 浮き足立っちゃ だめ だめ

 はぁ もう 顔が真っ赤です

 手に出して ぷしゅ それを塗りたくって しゅぷしゃぷ ひゃふ やっぱり慣れません

 で では

 ごくり

 刃を当てて 慎重に

 ……ちょり……

 ビクン!

「んぁっ…」

 ああ もう 声が出ちゃいます

 でも がまんよ 秋子

 そのまま ゆっくりと

 ちょりちょり ちょりん

「んッ… は、ぁ、ぁ…」

 そう…… その調子……

 もう少しで… くンっ 終わります……

 ……はふぅ

 ことん 剃刀を置いて

 ふきふき そして ちぇっく

 うん 綺麗

 ばっちりです☆

 その時

 カチャ

「あ、秋子さん、荷物のことで質問が」

 ――――祐一さんっ!?

 ぴしーーーー 凍り付く空間




 ええっとぉ 秋子 わかんな〜い




 なんて 現実逃避してる場合では

 ああ ああ 祐一さん あんまり 私の脇を じろじろと

 なんで なんでいつもこう

 はきゃぁぁっ もう もう ああっ 祐一さん そんな 固まってないで

 私も固まってますが ああ もう 脇の下 丸見え 

 顔から 火が出そうです 涙も出て来ちゃいそう 

 早く 早く 出ていってぇ


「…………」

 ぱたん

 祐一さんは 無言で扉を閉めました

 はぁ 一安心

 ほっと胸をなで下ろします

 でも 私 これから

 祐一さんと一緒に出かけて

 もし その間 祐一さんが さっき見られた 私の脇のことばっかり考えていたら

 いやあっ あうあう 

 海水浴は 前途多難です

 はぁ……





(続く)

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