いたづら秋子さん 海へ行きましょう(後編)


お茶目な性格の秋子さんのシリーズ、後編です。

ちなみに、F.coolのKanonSS100本めだったりします(笑)

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 さて……

 電車を乗り継いで、最寄りの海水浴場へとやってきました。

 広がるビーチ。人の波。カラフルなパラソルの群。紺碧の海。

「まぁ……」

 つい、感嘆の声が出てしまいます。

 普段家の中にばかり居る私ですが、

 こうしてたまにこういった大きく開けた風景を見ると、

 どこか、胸がきゅっと締め付けられるような、来て良かったという感情が走ります。

「広いですねー」

 と感嘆の声を上げたのは、香里ちゃんの妹の、栞ちゃん。

 彼女は身体が弱く、今まで海に来たことが無かったのだそうです。

 でも、それもめでたく全快したので、

 こうして香里ちゃんについて、初めての海へとやってきたそうです。

「さ、栞、行くわよ」

 荷物を持って、すたすたと場所を探し始める香里ちゃん。

「あ、お姉ちゃんまってー」

 その後ろをちょこちょことついてゆく栞ちゃん。

 うふふ、とってもほほえましい光景です。

 二人の仲の良さが、よく分かるようですね。

「祐一、私たちも行くよ」

「おう」

 そう言って、麦わら帽子をかぶった名雪と祐一さんも香里ちゃんの後に出発します。

 さぁ、私も置いて行かれないように……

 と、あら?

「ぐ……が……」

 何かしら……と後ろを振り向くと、

「待って……くれ……」

 あらあら。

 多分、香里ちゃんにでしょうか。

 重い荷物を持たされた北川さんが、ふらふらと道路を歩いてきてました。

 なんだか、みんなに忘れ去られてしまったようです。

 ごめんなさいね、私もうっかり忘れるところでした。

「北川さん、大変そうですね」

「あ、秋子さん……はは、このくらい」

 北川さんは笑ってますが、それが無理してることくらい、誰だって分かりますよ。

「はい」

 私が、荷物を少し持ってあげようとします。

 だって、あんまりかわいそうなんですもの……

「え? そんな、いいですよ」

 と北川さんは遠慮しますが、だめですっ、無理はさせられません。

 そうして私が荷物に手を掛けようとすると……

 ぴとり。

「あ……」

「う……」

 触れあう手と手。

 あらあら、北川さんったら、真っ赤です。

「うふふ、どうしました?」

 にっこり。

「い、いえ、なんでも……」

 ぱっと顔を逸らす北川さん。

 なんだかとっても可愛いです。

「それじゃ、このまま行きましょうか」

「……え?」

 私は北川さんと手を重ねたまま、みんなの居るところへと向かいます。

 その間中、終始北川さんは無言でした。

 うふふ。





「さぁ、着替えるよ〜」

 海の家に着いて、開口一番、名雪がそう宣言します。

 よっぽど泳ぎたいんですね、名雪は。

 栞ちゃんもそのようで、早く脱衣所の順番が回ってくるのを今か今かと待ちわびています。

 香里ちゃんも、そんな二人に呆れているようでしたが、

 それでも少しだけうきうきしているのは分かっちゃいますよ。

 ちなみに、北川さんと祐一さんは、すでに水着を着込んでいて、

 シャツとハーフパンツを脱いですでに準備完了です。

 たくましい男性の身体

 きゃ
 違います

 さぁ、たっぷり泳いでらっしゃい、みんな。

 私は波打ち際で、みんなの戯れる姿を目を細めて眺めているわね……

「お母さん」

 とてとて

 あら名雪 どうしたの

「はいこれ、おかーさんの水着」

 ……………………………………え?

 名雪に、ぽん、と何かを手渡されました。

 呆気にとられた私が、それを見ると…………

 きゃああっ

 こ、これは

 この前に間違えて買った、見せ着

 もとい水着じゃないですかっ!

 ど、どうしてこれが

「おかーさん、私が気づいたから良いようなものの、ダメだよ忘れちゃ」

 そう言って名雪はにっこり微笑みます。

 ひぃぃん

 名雪 あなたはひどい子です

 気を利かせたつもりなのでしょうが

 こんな こんな 恥ずかしい水着

 いやぁぁ

 お母さんが恥ずかしがってるのに気が付かないんでしょうか

 それとも 名雪は 私をいぢめて

 まさか

 ほら 名雪は 純真な笑顔で

 ちら

「(ニヤソ)」

 ひぃっ

 何ですか 今のいやらしい微笑みはっ

「……はい 早く着替えてきてね」

 あっという間にいつもの名雪に戻りましたが

 ふるふる お母さん ちょっと怖かったです

 それに こんなえげつない水着 着るわけには

 あ いえ

 それなら 着なければ良いのです

 名雪はがっかりするかもしれませんが 仕方有りませんね

「ねぇ名雪、お母さんは、泳がな……」

「着替え終わりましたー」

 あら 私の言葉を遮って、栞ちゃんの着替えが終わったようです。

 花柄のワンピースに包まれた、慎ましやかな肢体。

「……もうっ、北川さん、祐一さん、あんまり見ないでください」

 と、男性二人の視線を浴び、恥ずかしそうに身じろぎしています。

 …………

 ちょっとだけ、羨ましく思ってみたり……

「じゃ、私も着替えてくるね〜」

 あ

 ぼーっとしてる間に 名雪が行ってしまいました

 私の手に残された水着

「……あれっ? 秋子さんも泳ぐんですか?」

 それに気づいたのか、祐一さんがそう言います。

 心なしか、なんだか嬉しそうなような……

「……なにっ!? 本当ですかっ!」

 こ、今度は北川さん。

 な、なんだか目が血走っていて、怖いです。

「い、いえ、あの……」

 困りました。

 ああっ、二人とも、そんなに期待のこもった目で見ないでくださいっ

 私の水着姿なんか…… 見ても、楽しくないでしょう?

 ね 二人とも

 私に 無理なお願いをしないで下さ

 あひぃ

 二人とも 無言で 熱を帯びた瞳で じーっと私の水着を

 いや いや 許してください

 そんな 私の水着姿なんて 見せるようなものでは

 はぅん はづかしい もぢもぢ

「……着替え、終わったわ」

「終わったよ〜」

 あら 香里ちゃんと名雪の着替えが終わったようです

 名雪は瑞々しい白のビキニ

 香里ちゃんはブルーのワンピース ちょっとレースのあしらいが

 ……え あ きゃっ!?

 か、香里ちゃんの水着 ……ちょ ちょっと大胆な食い込みです

 ちら

 はう 凄いです

 見てる私まで 照れてしまいます

 香里ちゃんも少し恥ずかしいようで 眉をひそめながら

「あ、あんまりジロジロ見ないでよね」

 と 顔を赤くしています

 でも アレくらいなら 私の水着の方が
 違いますっ!

 ……あ あら?

 気が付くと 祐一さんは名雪の 北川さんは香里ちゃんと栞ちゃんの水着姿に それぞれ見とれています

 ……ぽつーん

 残された私

 ……なんだか 寂しいです

 やっぱり私も 水着に着替えた方が

 だめだめ そんなこと

 でも でも でもでもーっ

「あれ? 秋子さん、早く着替えてきたらどうです?」

 ビクン

 そんな イヂワルなこと

「わー、私も秋子さんの水着姿見たいですー」

 栞ちゃんまで

 北川さんに至っては

「……………………」

 無言で期待の視線を投げかけています

 ううう その やはり 着替えるしか 無いのでしょうか

 でも でも ……よしっ 分かりましたっ

「……それじゃ、着替えてきますね……」

 そう私が言うと

 キラーン

 何でしょう 祐一さんと北川さんの目が光り輝いたような……





 さて ようやく脱衣所に入りましたが

 ちらり

 ああん いつも見ても えっちな水着です

 あの これを やっぱり

 いえ 決めたことです

 まず シャツを脱いで うんしょ

 モスグリーンのブラを ぷちん はらり

 えーっと 

 脇の処理 うん ばっちり

 キュロットスカートを床に落とし すとん

 パンティの隙間に指を入れて するする

 ……なんだか こういう場所で 裸になるって 妙な気分です……

 ちょっとだけ 背中 ぞくぞく

 えと さて 水着ですが

 足を通して…… くふん 相変わらず ずいぶんな食い込みです

 ……えっと むだ毛の処理は

 ちらちら はみ出してません 良かったです

 首に付ける輪っかをパチン カチャリ

 首から伸びた二本の布

 いえ これで胸を隠すのですが

 それにしても いつ見ても細い布地です

 しかも 背中丸出しですし

 これ 本当に水着なんですか

 くすん 恥ずかしいです





 かちゃり

「お待たせしました……」

「ふぅおおおおっ!」

 きゃあ なんですか

 私が出てきた途端 北川さんが雄叫びをあげて倒れました

 その その そんなに

 この水着 刺激的でしょうか

 はきゅぅ 恥ずかしい

 私は 顔を赤らめながら

 かじかじ

 爪を噛んでしまいます

「……あんまり、見ちゃ、イヤです……よ?」

「いや しかし そのっ 俺はっ」

「……北川君 落ち着きなさいよ」

「わ、秋子さん、凄いですねー」

 あら 栞ちゃん

 褒めてくれるのは嬉しいですが 「凄い」って……

 はぅはぅ やっぱり 着るべきじゃ無かったかしら

「さ、泳ぎに行くよ〜」

 名雪 あなたはどうしてそんなに元気なの

 私 恥ずかしくて これ以上歩けません

 でも 行かなくちゃ

 くすん なんだか 視線が私に集まっているようで もう もう

 そうして私たちはビーチへ向かいました





 パラソルを建てて よいしょ

 テントも建てて
 違います

 はぁ

 波打ち際を見やると みんながぱしゃぱしゃと遊んでいます

 うふふ 楽しそうでいいですね

 私は シートの上に寝そべって ごろん

 なんだか 人の目も気にならなくなりました

 どうしたの私

 妙に開放的なのは 海のせいかしら この えっちな水着のせいかしら

「……秋子さん」

 あら 北川さん

 泳ぎ疲れたのか パラソルの下にやってきました

 太陽を背にして まぶしいです

「あの これ」

 そう言って差し出したのは サンオイル

「……塗ってあげましょうか?」

 あら その言葉は嬉しいですが

「ごめんなさいね、もうすでに日焼け止めクリームを塗ってしまったんです」

 日焼けはあまり 好きじゃありませんし

 この歳ではシミも怖
 違いますっ
 そんな歳でも
 ……あまり否定できません……
 悲しいです

「……そうですか」

 しゅん、となる北川さん

 もう そんな顔をしないで

 私も悲しくなっちゃいます

 あ そうです それなら

「じゃあ 北川さん」

「はい なんでしょう」

「私が塗ってあげましょうか」

「…………え?」

 北川さんは目をぱちくりとさせます

「ですから、私が北川さんに塗ったげましょうか? サンオイル」

「……は、はいっ! それはもう是非っ!」

 どさーん

 きゃ

 北川さんはそう言うと 勢いよく砂の上に寝そべりました

 うふふ もう 元気ですね

 それほど嬉しがってくれると 私もやりがいがあります

 まずは オイルを手に出して

 ぬるっ…… くちゅ ちゅく

 ……妙にいやらしい気がするのは気のせいでしょうね

「はい 行きますよ」

「ええ もう それはっ 望むところです」

 北川さん 意味不明です

 では あら 北川さん 結構広い背中をしてるんですね

 うーん ではまず 肩胛骨の所から

 ぬりゅ……

「うおふっ」

 北川さん 叫ばないでください

 そのまま ぬる ぬると 下の方へ

「どうですか?」

「ほふぅ」

 ……よく分かりませんが 喜んでいるようなので 良いですね

 そのまま 背中全体へ

 ぬるぬろ ぬむるっ

「ああ 秋子さん たまりません」

 北川さん 誤解されるような言動は 謹んで下さいね

 と もうちょっと向こうの方へ手を伸ばして よいしょ

 って あらっ?

 がくん

 私は 膝を滑らせて そのまま 北川さんの上へ 倒れちゃいまし……

 ぬるふにゅくにっ

「うほっ! そんな 身体を使ってなんてっ!」

 いやぁん 北川さん誤解です

 でも 立ち上がろうにも なんだか こう 力が入らなくて

 ぬる ぬる…… ふの ふゆ

 ああんっ だめ 胸が 北川さんの背中をなぞるように

「はくっ……」

 私まで 声が漏れちゃいます

「おおおっ 俺はもうっ!」

 ふきゃ 北川さん 怖いです

「……はい そこまでだよ」

 ……あら?

 気が付くと 私は後ろから誰かに腕を持ち上げられ 助け起こされていました

 振り向いてみると あら 名雪

「……お母さん なにやってるの」

 なんだか 怒ってるみたいです あの 名雪 誤解なのよ

「……はぁ」

 後ろで 香里ちゃんもあきれ顔

「きゃっ……」

 栞ちゃんは両手で目の前を覆っています

「……ま 事情は大体分かりますが」

 祐一さんが苦笑いします

 はくぅ 恥ずかしいところを見られてしまいました

「ほら、北川君もさっさと立ったらどう?」

 香里ちゃんが苛立たしげに北川さんを叱責します

「……いや その」

「何よ はっきりしなさいよ」

「……立ってるけど 立てないんだ」

「はぁ?」

 北川さん 何のことですか

 あの でも 見当は付くのですが

 きゃぁっ いやぁ





 それにしても……

 はふ 体中ぬるぬるぐちゃぐちゃです

 砂も身体にぴったり張り付いてしまって 困りました

「それじゃ 秋子さん ちょっと海で洗い流してきましょうか」

 あら 祐一さん うん それは良いアイデアですね

「助けてくれ〜」

 身動きがとれなくて 面白がった女の子たちに埋められてる北川さんを置いて

 私は祐一さんと海へ向かいました

「きゃ」

 ちゃぽん 波が冷たいです

「それ 秋子さん」

 ぺたん

「ひゃん!」

 祐一さんが突然、流れ着いた海藻を私の背中に押し当てます

 きゅふ 変な感触

 ぞくぞくっ もう 鳥肌立っちゃいます

「もうっ! 祐一さんったら何をするんですかっ」

「ほら 秋子さん こっちですよ」

 祐一さんはすでに遠くに逃げていました

 あら 祐一さん そっちは深いのでは

「祐一さん、そっちは危ないですよ」

 私もぱしゃぱしゃと祐一さんのそばへ向かいます

「大丈夫ですよ このくら……ぷわっ!」

 あああっ

 ほら やっぱり

 大変です 祐一さんが足を滑らせてしまいました

 沈みそうになる祐一さんは 慌てて手近にあったつかみやすいものを掴みます

 それは

 ふらふら揺れる私の三つ編み むぎゅ 痛いです

 ……だったらまだよかったんですが

 その 祐一さんの手は

 私の水着の縁に がしっと

 あ え ちょっと まさか


 ぐいっ ずるっ


 ……ぽろん

 ふる ふるん




「はひゃあっ!?」

「ぬああっ!? す、済みませんっ!」

 ひンっ

 慌てて水着を直しますが

 その 多分

 立ち直った祐一さんに 見られてしまいました

 だって その証拠に

 祐一さんったら 前屈みなんです……

 ううっ もう 真っ赤になっちゃいますっ

 祐一さん どうしてそんなに私をイヂメるんですかぁ……





 私たちが交わす言葉もないままパラソルの下へ戻ると

「ちょっと 北川君? どうしてそんなに鼻息が荒いのよ……」

「いや、別に…… み、美坂、そんなにしゃがまないでくれ」

「は? 何を言ってるのよ」

「ぬあっ」

 ……北川さんが埋められたままお楽しみのようでした。





 ふぅ……

 それにしても、今日は疲れましたね……

 帰りの電車の中

「うにゅ……」

「すー……」

 あらあら。

 名雪と栞ちゃんは、疲れて寝てしまったようです。

「……あの、秋子さん」

 あら、祐一さん。

 どうしました?

「さっきは、すいませんでした」

 まあ

 そんな 謝られる様なほどのことではありませんよ

「祐一さん」

「はい」

 私はにっこり笑って、

「また、来ましょうね♪」

「……え? 秋子さん、えと、今……」

「うふふ、企業秘密ですよ」

 そういって、私は微笑みました。








(終)

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如何でしたでしょうか。
今回を持って、『いたづら秋子さん』シリーズは一旦休止します。
それでは。

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