いたづら秋子さん 髪型を変えてみます
『正体は秘密です』の後編も書かずに、何をしてるのでしょうか、私は…
しかも今回は、どちらかというと香里の話ですし(^^;
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うーん……
最近、あたしは悩んでいる。
その悩みの種は、クラスメートの男の子の……
何を言わせるのよっ
違う、違うのよ。
最近、なんだか詰まらなくて……
日常が、マンネリしてるとでもいうのかしら。
とにかく、あたしは悩んでいるの。
……あ、自己紹介が遅れたわね。
あたしの名前は、美坂香里。
よろしくね。
*
それで、その悩みを親友の名雪にうち明けてみたわ。
そしたら、「う〜ん…… 髪型でも変えたらどうかな?」って。
なるほどね。
それならいい気分転換になるかもしれないわね。
でも…
「そうするとお金も掛かるし……」
「心配ご無用だよっ」
あたしの心配を、名雪は軽く払いのけた。
「ちょっとくらいなら、お母さんが上手にやってくれるから」
あ、そうね。
この子の家には、秋子さんが居たんだっけ。
名雪はあんまりのんびりしすぎてるから、時々ギャップで忘れちゃいそうになるわ。
「……う〜…… 香里、ひょっとして失礼なこと考えてない?」
「気のせいよ」
あたしは名雪の追求をふふ、と軽くかわし、とにかく今日の放課後にでも名雪の家にお邪魔することになった。
*
「ただいまー」
「お邪魔します」
水瀬家の門をくぐると、奥から秋子さんがひょいと顔を……
……!?
あたしはすっとんだ。
「名雪、お帰りなさい。あら、香里ちゃん。いらっしゃい」
「あれ? 香里、どうしてそんな及び腰なの?」
「どっ、どっ、どっ、どっ」
「ど?」
「どーして秋子さんがポニーテールなんですかっ!?」
*
まぁ、驚くことも無かったかもしれない。
秋子さんだって、いつも三つ編みと言う訳じゃないだろうし。
ただ、あたしにはどうしてもそのイメージが強かったから……
それに。
ポニーテールなんて、若い頃しか似合わないはず。
でも、秋子さんは怖いくらいに似合ってて。
それでびっくりしちゃったのよね。
はぁ……
とても名雪の母親とは思えないわね。
あたしよりも若く見え
違うわ。
「……さっきはごめんなさい」
「あらあら、いいのよ別に」
のほほんと答える秋子さん。
この辺は親子なんだけど……
名雪の話だと、秋子さんもなんだか髪型を変えてみたかったらしくて、昨日ちょちょっとやってみたそうな。
クッキーを持ってくる秋子さんのポニーテールは、三つ編みしていたせいかゆるめのウェーブが掛かっていて……
本当に可愛らしいわ……
最も、秋子さんくらいの歳の人に「可愛い」なんて言ったら怒られちゃうわね。
「……どうかしら、香里ちゃん? この髪型」
「え? 可愛いと思います」
……あっ! しまった、つい本音が……
でも、秋子さんは
「あら〜♪」
と嬉しそうに「ほにゃあ」と微笑んで、あたしに高そうな紅茶を振る舞ってくれた。
……全く、この人は……
あたしは苦笑する。
「……それで香里、どんな髪型にしたいの?」
唐突に名雪が訪ねてくる。
「……え? えっと、そうね……」
う〜ん
秋子さんがこんなに可愛くなるんだから、
ひょっとしたらあたしも……
なんてね。
でも、やってみる価値はありそうね。
「そうね……あたしもポニーテールにしてみるわ」
*
くいくい しゅるっ
鏡の前で、とかした髪を束ねて、名雪のリボンできゅっきゅと束ねて……
「はい、できましたよ」
「……」
「わ、香里、可愛いね」
「……」
「わたし、びっくりだよ」
「……」
「……どうしたの、香里?」
「……なんなのよ、これは……」
「え?」
鏡の前にいるのは、ポニーテールの女の子……
と言うより、
パーマを掛けたどっかのすれた女店員。
……それはそうよね、あたしは前髪にまでウェーブが掛かってるんだから……
はぁ。時々、自分のこの髪の毛が恨めしくなるわ。
「やっぱり、あたしには似合わなかったみたいね……」
と愚痴をこぼすあたしに、
「そんなことないよ〜 とっても似合ってるよ」
「そうかしら……」
「そうよ、香里ちゃん。凄くきれいよ」
「う〜ん……」
もう一度、鏡をまじまじと覗き込む。
確かに、可愛いとは言えないだろうけど、「綺麗」となら言われても……
「大丈夫かしら?」
「うん! ばっちりだよっ!」
……そうね。
名雪にそこまで言われると、なんだかそんなような気もしてきたわ。
うーん
ふわり
首を振ると、柔らかに舞うあたしの髪。
悪く……ないかも。
「ただいまー」
……あら、相沢君がご帰宅のようね。
「お邪魔しまーす」
……え? こ、この声は?
「あ、そういえば祐一、今日は北川君を連れてくるって言ってたね」
え? ちょ、ちょっと! 聞いてないわよ!
いえ、別に、北川君の事がそんなんじゃ
あたふた
「待っててね、呼んでくるから」
へ? な、名雪! 余計なこと……
あたしが止める間もなく、名雪は二人の元へ行ってしまった。
「さ、香里ちゃん。見違えた姿を、お二人にも見せてあげたら?」
と、秋子さんまであたしを促す。
ううう〜
さすがに、ちょっと……
は、恥ずかしいわ……
*
「ほら、こっちだよ〜」
名雪が相沢君と北川君を連れてくる。
あたしは秋子さんと一緒に部屋を出て、ちょっともじもじしながら二人が来るのを待つ。
あんまり恥ずかしくて、顔は伏せたままだった。
どうしたのかしら、あたし……
こんなに、恥ずかしいなんて……
すたすた
あ え もう来ちゃうの
心の準備が
あたし初めてだから優し
違うわ
そして、二人が現れて……
「……」
「……あ、あら相沢君、北川君。こんにちは」
目を伏せたまま、ご挨拶。
「……」
ど、どうして二人とも何も言わないのよ……
ちら
上目遣いで、二人の様子をのぞき見る。
すると、二人とも目を泳がせて、あたしの方をじっと見ていた。
……え
えっと
あの 二人とも
……ひょっとして
あたしに見とれてる……とか?
そんな
やだ 恥ずかしいわ
「二人とも、そんな、あんまり……」
「……綺麗だ」
え
どきん 北川君が漏らした言葉が、あたしの心臓を馬鹿みたいに高鳴らせる。
そんな こんなにどきどきするなんて
「……本当に、綺麗だ」
いや 相沢君まで
そんな そんな やめて
恥ずかしいわ
でも やめないで
ああん もう
「「……綺麗だ………」」
二人ともっ そんな これ以上は
「「……秋子さんっ!」」
……はぁ?
よくよく二人を見ると、その視線はあたしにではなく、すぐ背後の秋子さんに注がれていた。
「あらあら〜♪」
またも、「ほにゃあ」と微笑む秋子さん。
「二人とも、お上手ですね」
「いえ、そんな」
「お世辞じゃないですよ」
「もうっ♪ あ、おいしいお紅茶があるんですが♪」
「あ、戴きます」
「俺も」
……三人は、あたしを置いて居間へと消えた。
……あたしって
……あたしって……
ひゅうう
あたしの心にはすきま風が吹き抜けていた。
名雪が、茫然自失状態のあたしの肩にぽんと手を置いて、
「……香里、ふぁいとっ、だよ」
……うるっさいわねっ!
ついあたしは、名雪を突き飛ばしていた。
*
……全くもう! あの二人と来たら!
ずんずんと、あたしは居間へと向かう。
はぁはぁ
ここね!
「……はいどうぞ、召し上がれ」
「戴きます」
「このクッキー、旨いですね」
「あらあら、手作りなんですよ」
きぃぃっ! 楽しそうにおしゃべりなんかしちゃって!
と、あたしが、文句を言ってやろうと扉に手を掛けると、
「……でも、二人とも。どうしてあそこで香里ちゃんを褒めてあげなかったんですか?」
……え?
あたしは慌てて手を引っ込め、耳をドアに当てて会話の成り行きを聞き逃すまいとする。
「…え、その、な、何を言うんですか秋子さん」
「あらあら、ちゃんと気づいてましたよ? 二人が香里ちゃんに見とれていたことを」
ふえ?
あたしは目を見開いた。
「……だって、なぁ。確かに綺麗だったけど」
「さすがに、美坂に面と向かって言うのは恥ずかしいしな」
「あらあら、それじゃ私は逃げるためのダシですか?」
「いや、秋子さんも勿論綺麗ですが」
「うふふ、冗談ですよ……でも、だめよ。ああいうときは、きちんと褒めてあげないと」
「はぁ」
「いや、あんまり綺麗だったから、気後れしちゃって」
「一瞬、香里だと気づかなかったしな」
「あらあら」
……
あたしは、今まで怒りにたぎっていた全身がみるみる冷めていくのが分かった。
変わって、別の熱が全身を支配し始める。
……ぽわ〜
え、えーっ
じゃ、じゃあ、さっきのは、本当にあたしを
え
きゃあっ
うう〜
ちょっとちょっと、こんなのあたしのイメージに合わない〜
でも でもでもっ
嬉しい でも 恥ずかしいっ
あたしは沸き立つような嬉しさに身を弾ませながら、その場を離れた。
だって、今二人を顔を会わせられるわけないじゃない。
はっ、恥ずかしくて……
うくぅ
こんな気持ちになったの、初めてだわ
はう 甘い痛みが全身を駆け抜ける
ああ もう 人生バンザイよ
ありがとうポニーテール♪
つんつん
誰かがあたしの背中をつつく
もうっ 誰よ♪
そして振り向くと……
「……香里…… さっきは痛かったよ……」
な、名雪ぃっ!?
ご、ごめ、ごめんなさいっ!
じりじりとにじり寄ってくる名雪
え、その 何よ
怖いわ 名雪
親友の意外な一面
落ち着いてる場合じゃないわ
その ね 話し合いましょっ
「……香里……」
あ、あは、あはははは……
ひぃぃ
「……イチゴサンデー……」
「わ、わかったわ! い、いくつ?」
「うーん、3つ」
う……手痛い出費だわ
でも、仕方ないわっ
「……おーけーよ」
「ほんとっ!?」
見る見る明るくなる名雪の顔。
はぁぁ……
あたしは全身から脱力した。
わーいわーいとはしゃぐ名雪。
全く、こーゆー娘なのよねぇ……
……でも、ま、いいわ。
あの二人の気持ちは嬉しかったし……
なにより、今日褒めてくれなかったんだから――――
――――明日からあの二人をいびれるしね♪
うふふふ〜♪
(終)
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後日談へ続きます。
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