いたづら秋子さん 白い恐怖です



今回は、だいぶマニアックです(^^;
さぁあなたはついてこれるか!?(笑)

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 俺が退屈な授業を終え、学校から戻ってくると。

 ……おや?

 洗面所にさしかかったところで、秋子さんが鏡の前で顔面蒼白になっていた。

 肩はわなわなと震え、目は恐怖に見開かれている。


 ……帰ってきて早々、何事だ?


 と、半分呆れていると、秋子さんの身体が傾き、

 ぐらり

 ……やばっ!

 ぱしっ 間一髪。

 俺は反射的に秋子さんを抱きとめていた。

 秋子さん、軽くてふかふかと柔らかいなぁ……

 違う。

「ど、どうしたんですか、秋子さん」

「あ、ゆ、祐一さん。お帰りなさい」

「いえ、それはいいですから、大丈夫ですか?」

「あ、はい……ごめんなさい」

 秋子さんはふらふらした足取りで立ち上がった。

 でも、目は虚ろで、焦点が合ってない。

 どうしたんだろうか?

 秋子さんがこんなに狼狽するなんて……

 ……なにか、有るんだろうか。

 俺はそう思い、秋子さんの顔をじっと見つめる。

 すると。

「いやぁっ、見ないで、見ないで下さい」

 突如、秋子さんが慌てだした。

 ……は?

 と、俺が呆気にとられる間もなく、

 タタタタタタタっ

 ……スリッパの音を響かせ、キッチンの方へ走り去ってしまった。


 なんなんだ?


 俺は腑に落ち無いながらも、とりあえずキッチンへ向かった。

 すると、いきなり秋子さんが飛び出してきた。


「のわっ」

「きゃっ」


 危うく正面衝突するところだった……


「あ、秋子さん?」

「ごめんなさい祐一さん、ちょっと行って来ます!」

 秋子さんはそう言って、買い物かごを片手に、玄関からどこかへと行ってしまった。


 ……いや、だから、何が起きてるんだ?


 さっぱり訳が分からない。

 うーむ。


 ……ま、いいや。

 しばらくしたら戻ってくるだろうから、その時に訳を聞こう。

 そう思い、俺はとっとと二階の自室へと引っ込んだ。







 しばらくして――――

 俺がベッドに寝転がって、マンガ雑誌を読んでいると。


 ――――おや?


 玄関の開く音。

 名雪はまだ部活だから…… 秋子さん、帰ってきたんだな?


 俺は、雑誌をその辺に投げ置くと、とんとんと階段を降りていった。


 秋子さん、何処に居るんだ?


 居間を、チラリと伺うと……


 ――――居た。


 秋子さんが、憂いを含んだ表情で、ソファに座っている。

 しかし、どうも様子が妙だ。

 何かを買ってきたのだろうか、どこかの店の紙袋を開けては覗き込んで、ため息をついて閉める。

 そんな行為を、何度と無く繰り返していた。


 なんだ?


 俺は疑問に思いながらも、とりあえず秋子さんに声をかけてみることにした。



「秋子さん」

「ひっ!?」


 秋子さんは俺に声をかけられたのが相当びっくりしたようで、
 肩をビクンと震わせて、危うく手に持っていた袋を取り落としそうになっていた。

「……なにやってるんですか、秋子さん?」

「い、いえっ、なんでもないですっ」

 あわてふためきながら、何故か秋子さんはその紙袋を必死で俺に見せまいとする。


 ははぁ。


 俺は理解した。

 きっと、今秋子さんが隠した紙袋にこそ、一連の不可解な行動の原因が隠されているに違いない。


「……秋子さん、その袋、何が入ってるんですか?」

 とりあえず、袋を隠す場所が無くてまごまごしている秋子さんに尋ねてみる。

「え? ……あ、えっと、その…… 祐一さんには関係のないものです」

 まぁ、そりゃそうだが。

 しかし、一体何が?

「見せてくれませんか?」

「だ、だめだめ、絶対駄目ですっ!」

 秋子さんは頑として譲らない。

 ……そこまでして隠すほどの物?


 よく見ると、その紙袋は、近くのドラッグストアのものだった。

 ううん? ドラッグストア……

 秋子さんがひた隠しに……

 ……女性が、ドラッグストアとかで購入して、男に隠す物?


 ……あ。


 俺は一つの結論にたどり着いた。

 し、しまった! お、俺はなんて恥知らずなことを!


「すいません秋子さん、俺が悪かったです!」

「……え?」

 当の秋子さんは困惑顔。

「女性に対して、デリカシーが無かったですね、俺」

「……あの?」

「い、いえ、それじゃ!」

「え、ちょ、ちょっと祐一さん、何か誤解を……」

 余りの羞恥に逃げ出そうとする俺を引き留めようと、秋子さんが立ち上がった、その時……


 ごろん。


 紙袋から、商品が転げ落ちた。


「あ」

「あ」


 自然に、視線はそこに注がれる。

 そこには、こう記されていた……

















『白髪染め』

















 ……白髪染め。

 ……白髪染め。


 ……俺の脳裏に、その言葉が何度も何度もこだまする。


 ……白髪……

 秋子さんに、白髪……


 なんだか、信じられない物を見たような、そんな気分だ。


 しかしそれなら……

 鏡の前でふらふらしていた理由も、慌ててこれを買いに行った理由も、説明が付く。


 秋子さんの、あの綺麗な髪の毛に、白髪が……


 ……なんてこった。

 傍らの秋子さんを見る。

 すると秋子さんは、ぺたりと座り込んで、真っ青な顔をしている。

 やがて、はっ、と気が付くと、憑き物が落ちたように急いでさっきのそれを袋にしまい込む。

 しかし、後の祭りだ。

 座り込んだまま、袋を抱え、じっと俺を見る秋子さん。


「……祐一さん、見ましたか……」

 震える声で俺に尋ねる。

 ……俺はなにも答えられなかった。

 しかし秋子さんは、沈黙を肯定と受け取ったのか、やっぱり……とか細い声で呟いて、そのまま――――




 ぱたり。




「どぅああっ!? 秋子さん!?」

 俺は頭を抱えた。







 とりあえず、ソファの上に寝かせて……そうだな、濡れタオルでも用意しようか。

 ぎゅぎゅっ、じゃー、きゅ、きゅ

 ……よし。

 これを、秋子さんの額に、ぽん。

「わっきゃぁ!?」

 秋子さん、反応派手すぎ。

「……あ、ゆ、祐一さん……?」

 なんとか正気を取り戻したようだ。

 むくりと起きあがり、

「ごめんなさい、ご迷惑をかけて……」

「いえ……」

 ……すると、秋子さんは、


「……うっ……うくっ……ひンっ……」


 両手を覆い、声を殺して泣き始めた。


 って、だあぁっ!?


「ど、どうしたんですか、秋子さん!」

「うっく……ひぇっ……ぐしゅ……」


 泣かれても。

 俺はぽりぽりと頭を掻く。


「……祐一さんも、どーせ、私が困ったオバサンだと思ってるんでしょう」

「いえ、思ってませんが」

「いいえ! きっと、思ってるに違い有りません!」


 だからって、拗ねられても。


「うふふ……いいんですよ、もう。私はただのオバサンなんです。
 いよいよ白髪が生えてきた、若作りしてるだけのオバサンなんですよ、だ」


 自嘲されても。


「ぷん。……うっく、あひっ……ひぇぇぇん」


 あ、また泣いちゃった。

 ……可愛い
 違う。

 思わず、抱きしめたくな…………らないぞ、うん。

 しかし困ったな……

 秋子さんは、まだすんすんとしゃくり上げている。

 このままじゃ、まずいな……

 白髪……か。

 白髪が、原因なんだな?

 それなら―――仕方ない。

 ええいっ!


 わしっ


「きゃん!?」

 おもむろに秋子さんの頭を掴む。

 そして、秋子さんが泣いている原因となったソレを探し始める。

「やあああっ! 祐一さん、だめっ! 見ないで、見ないでくださいっ!」

 わたわた暴れる秋子さんを左手で押さえつつ、右手でせっせと髪の毛をかき分ける。

「やぁぁっ! だめっ、だめぇぇっ! 許して、祐一さん、それだけは、いやぁっ!」

 ……何だか、俺が秋子さんを襲ってるみたいじゃないか。

 それにしても、暴れるからやりづらい事この上ない。

「秋子さん!」

 少々怒気をはらめて言い放つ。

 びくん! と震える背中。

「おとなしくしていて下さい!」

「で、でも……」

 秋子さんは涙に濡れた目でこちらを見つめる。

 今にもその瞳からは雫がこぼれ落ちそうだった。

 うくっ……

 瞬間、理性がかっ飛びそうになるが、すんでの所で踏みとどまる。

 襲ってる訳じゃないんだ、襲ってる訳じゃ……

 そう、どちらかと言えば襲うじゃなくてそそる違うっての。

「いやっ、いやぁっ……」

 先ほどよりよほど弱々しくなったが、それでも僅かな抵抗を見せる秋子さん。

「ダメです!」

 うっく、と秋子さんの動きが止まる。

「お返事は!?」

「……」

「お返事は!」

「……りょ……了承っ……」

 身を縮こまらせながら、か細い声で答える秋子さん。

 何だか段々子供をあやしつけてる気分になってきた。

 ええいっ、まぁ、とにかくだ。

 俺はせっせと秋子さんの髪の毛を覗き込み、件の白髪を探す。

 ああ、秋子さんの髪の毛、いい匂い……

 ふわぁ

 ……だ、ダメだ!

 耐えろ! 耐えるんだ俺の理性!

 煩悶を繰り返しながら、白髪捜索は続く。

 ふわぁ ふわぁふわぁ

 ヤバイ…… もう…… ダメかも……

 あ、秋子さん、俺は、俺は! もう!

 ボボボボボカぁもう!

 ……と、その時。視界に、何か異質な物が目に入った。

 ……ん? これか?

 俺はそれらしき一本を発見する。

 それは、白髪というにはまだ遠い、ちょっと色がくすみ始めた髪の毛だった。

 とりあえず、摘んで軽く引っ張ってみる。

 つんつん

「んっ……!」

 秋子さんがぴくんと反応する。

「これですか?」

 つんつん

「……んんっ……! 多分、そうです……んっ」

 んー、なんだかなぁ。

 とりあえず、ひと思いに抜くか。

 ぷつん

「んくっ!」

 秋子さんが一瞬震える。

「……はい、抜けましたよ」

「……はぁ……」

 秋子さんはため息をついている。

「これですね?」

 秋子さんの目の前にソレを持っていく。

「いやっ、見せないで下さいっ」

 弱々しく抵抗する秋子さん。

 仕方ないので、ゴミ箱に捨てた。

「はぁぁ……」

 またも秋子さんはため息をつく。

「どうしました、秋子さん?」

「私、私……情けないですよね」

 ……は?

「白髪くらいで、こんなに取り乱しちゃって……」

 んー……

 ま、確かに。

 俺でさえショックだったから、本人はそれ以上にショックだったんだろうな。

「……ごめんなさい、祐一さん……」

「いえ……」

 秋子さんがゆっくりと立ち上がる。

 しかし、その目は焦燥しきっていて、まるで生気という物が感じられない。

「……秋子さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……で……す…… 白髪…… 白髪…… 祐一さんに…… うふふふ……」

 全然駄目だ。

 しかし、考えてみると……

 秋子さんも、まぁ、それなりな歳だし、白髪の一本や二本くらい、どうってことないような気もするが。

 それに、秋子さんは、いつも苦労してる訳だし……

 白髪くらい、良いじゃないか。

 それで秋子さんの魅力が失われる訳じゃないし。

「さぁ、夕御飯の支度をしましょうか……」

「秋子さん」

 ふらふらとした足取りでキッチンへ向かう秋子さんを俺は後ろから呼び止める。

「……はい?」

 のっそりと振り返る秋子さん。

 ……ううむ。

 いざ、こうしてみるとやはり恥ずかしい物が有るが……

 仕方ない。

 俺は覚悟を決めて、口を開き、


「……秋子さんは、白髪が生えていても、充分に魅力的だと思いますよ」


 ぱぁぁぁぁぁ

 ……秋子さん、効果音が聞こえてきそうな程キラキラと顔を輝かせるのはやめて下さい。

 もー全然さっきと態度が違う。


「え? は? ゆ、祐一さん? い、今なんて?」

 わかってるくせに聞き返す秋子さん。

 その目は輝きに満ちあふれている。

 しょうがない。

「ですから、魅力的だと……」

「あ、あらっ。う、うふふふふふ〜 大人をからかっちゃダメですよぅ♪」

 その割にはずいぶん嬉しそうだ。

「……えと、それでは俺は……」

 やることはやった、一件落着。

 と、俺が立ち上がろうとすると……

「……待って」

「はい?」

 まだ何か?

「祐一さん……」

 すそそそそ、と身をすり寄せてくる秋子さん。

 な、何々、なんですかっ!?

 秋子さんに襲われる!?

 大歓迎だイヤだめだ。

 すると秋子さんは、俺の耳にそっと唇を寄せて……

 だ、だわわわわっ!

「……ね、もう一回……お願いできます?」

 ……なんだ、そっちか。

「も、もう一回ですか?」

「そ、です。もう一回」

 ふぁ、と秋子さんの吐息が耳にかかる。

 な、なんだこの雰囲気は!?

 も、物凄くえっちぃなような……

 ……とりあえず。

「秋子さんは、とっても魅力的です」

「きゃっ☆」

 嬉しそうに身をくねらせる秋子さん。

 う。可愛い。

 でも……

 ……ちょっとだけ、意地悪したくなってきた。

「あ、ですから秋子さん」

「……はい?」

 きょとん、とした顔でこちらに振り返る秋子さん。



「また、白髪が生えたら、俺が抜いてあげますね」


 途端に秋子さんの顔がみるみる赤くなる。

「も、もおおっ! 祐一さんったら!」

 俺は笑う。

「知りません!」

 そう言って、つん、と秋子さんはキッチンへ向かって行った。

 あはは、秋子さんは可愛いな……

 さて、俺も戻るか。





 ……と。






 背後に、何者かの気配がした。

 背筋が凍る。

 ヤバイ。

 これはヤバイ。

 本能的に俺の直感がそう告げている。

 ―――振り向くな。

 振り向いたら―――殺られる!


「……祐一」

 ひぃぃぃぃ!

 や、やはり、この声は……



 名雪!



「ああああああははははは名雪お帰り」

 自分でもよくわかるくらい、声が震えてる。

「……ただいま」

「そそそそそそれでなんのご用でしょうか」

 いつの間にか敬語になってる俺。

 すると、名雪は……

「……お母さんと仲がいいんだね♪」

 ……あら? 怒ってない?

 おそるおそる振り返ると、名雪はにこにこ笑っていた。


 俺は、ほっと息を吐く。


「お、おう、まぁな」

「私も、嬉しいよ」

 よかった、名雪は気にして無いみたいだ。

 ……そう言えば、名雪はカバンのほかに何かもう一つ巾着を持っている。

「……名雪、なんだそれ? 何が入ってるんだ?」

「あ、これ、部活の道具」

「……部活の?」

 俺は何か嫌な予感がした。

 ……逃げよう!

 そう思ったときはすでに遅かった。

 名雪の目が、キラリと妖しく光り……




「……そ。部活の………………砲丸だよ」




 ぎゃぁぁぁぁ








(終)


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まぁ私は秋子さんに白髪が生えていてもどってことないですが(笑)
パワー不足? 迷いが生じたためと受け取って下さいませ(^^;

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