いたづら秋子さん 耳掃除してあげますね


お茶目な性格をした秋子さんの、単発ifシリーズです。
もー行き着くところまで行っちゃった感があるので、
しばらくはおとなしめで…

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 特にすることもない、金曜の夜。
 外はしとしとと雨が降り、もう梅雨の時季であることを私に教えてくれます。
 
 食器を洗い終えた私は、ソファに軽く腰掛け、新聞を読んでいます。
 たまには、こんな静かな夜もいいものですね。
 私は新聞を閉じると、ふぅとゆるく息を吐き、ソファにもたれ掛かります。
 そうして、ゆっくりと目を閉じて――――

 私の耳に聞こえてくるのは、ただしめやかに降る雨の音。
 そっと耳をすませば、僅かに虫の声。
 それに混じって……

 ……うふふ。
 やっぱり、私に静かな夜は許されないようですね。

 とん、とん、とん。
 辺りの音に混じって聞こえてきたのは、一定のリズムで響く、階段を下りる音。
 足音の重さから察するに、名雪ではなく祐一さんのようです。

 さあ今日は、私にどんなご用かしら?
 こうして私は、毎夜祐一さんを待ちわびて……
 なんかちょっと違います。

 やがて、苦虫をかみつぶしたような顔の祐一さんが姿を現しました。

「あらあら、どうしました、祐一さん?」
「うー……」

 くすくす、祐一さん。
 名雪じゃないんですから、「うー……」は無いと思いますよ。
 それで、一体どうしたのでしょう。

「あのー… 秋子さん」
「はい、なんでしょう」

 私が微笑みながらお返事すると、祐一さんは黙って手に持っていた細長いものを私に手渡しました。

 あら? これは…

 それは、白いふわふわの柔毛、俗に言う「ポンポン」が付いた、竹製の――――

 ――――耳かき。


 えっと……
 これを私にどうしろと言うんでしょう。

「えーとですね、秋子さん」
「はい」
「頼みにくい事なんですが……」
「あら、遠慮なんてしないでください」
「では、ですね。その、耳が痒くて痒くて…… ちょっと、見て貰えませんか?」

 あらあら。
 祐一さんったら、私に耳かきをして貰いたいんですか。
 そんなことなら、喜んでしてあげますよ。

 でも……

「……それなら祐一さん、どうして頼みやすい名雪の方に聞かなかったんですか?」

 すると祐一さんは、ふっ、と息を吐いて、やれやれという表情になりました。
「……秋子さん…… 今の時間に、名雪が眠くないと思いますか?」
「でも、眠くても、起きてさえいれば、耳かきくらい――――」

 そう言おうとした私を、祐一さんが手で遮ります。

「……秋子さん、それがもっとも危険なんですよ……
 考えても見て下さい、例えば耳かきされている最中に名雪が眠ってしまったら……」


 眠ってしまったら……?


「……くー」
 ……ばすっ!


 いやぁぁぁぁっ!
 ぶるぶる。
 私はその想像の余りの怖さに、縮こまって自分の耳を守るように手で両耳を塞ぎます。

「ね、怖いでしょう?」
「こ、怖いです……」

 ううん、もう、祐一さん。
 なんて怖いことをいうんですかっ。

「ですから、お願いします」

 言うが早いか、祐一さんはソファにごろんと横たわりました。

 それじゃ、仕方ありませんね。
 耳かきしてあげましょうか。

 ……うふふふふ。

 仕方ありませんとはいうものの……
 実は、そう頼まれたときから、楽しみで楽しみで仕方なかったのです。

 わかってませんね、祐一さん。
 名雪も確かに問題があるかも知れませんが、私にそう言うことを頼むと言うことは……



 久しぶりの、いたづらチャンスです!



 ……くすくす……

「……あの、秋子さん…… どうしてそんなに笑ってるんですか?」
「え? あら、そんなことありませんよ」
 忍び笑いが漏れてしまわないように、気を付けませんと。

「それでは、お願いしますね」
「はい」

 ……それでは、いたづら開始です!







 ソファに横たわった祐一さんの脇に腰掛け、覗き込むようにそっと顔を近づけて…

 ううん。
 名雪が小さい頃は、よく耳掃除をしてあげたので、簡単簡単慣れたものと思っていたのですが…

 やはり、男の人は勝手が違いますね。
 まず、大きさが違います。
 名雪の可愛いおみみに比べると、それはどうも私の手に余るような気がして、ちょっと気後れしてしまいます。

 それに、ちょっと中を覗き込んでみて分かったのですが、
 祐一さんの耳かすは、名雪とは違っていわゆるカサカサタイプのようです。
 ですから、気を付けないとこぼしてしまって取ることが出来ません。

 これはなかなか、手強いです。
 ううむ。
 ちょっと難しい顔をしちゃいます。

 でも、あまりためらっても居られませんね。
 さぁて、まずは様子見のために、入り口付近を、こしょこしょと……

 ……あらあら。
 祐一さん、ちょっとくすぐったのか、ふるふる震えて笑いを堪えているようです。

 ……面白いですね。
 もう少し、やってみましょうか。

 こしょこしょ、こしょこしょ

 ぷるぷる……
 祐一さんが、小刻みに震えています。

 うふふ。
 とっても楽しいです。

 こしょこしょ、こしょこしょ、こしょこしょこしょ……

「……ぷわっはっはっは!」
「きゃんっ!?」

 ……ああ、びっくりしました。
 祐一さんが、いきなり起きあがって、私を押し倒し
 違います。

 起きあがって、笑い出したんですから。

 そんなにくすぐったんでしょうか。
 ……ちょっと、やりすぎちゃったかしら?

 てへ。

「秋子さん! ふざけないで下さい!」

 ……しゅん……
 怒られちゃいました。
 祐一さん、ちょっと怖いです。

「……今度こそ、お願いしますよ」

 はぁい、わかりました。

 では、今度は真面目にやるとしましょうか。

 もうちょっと奥の方を……
 ううん……
 なんだか……
 ちょっと……

 ああんっ
 なんだか、とってもやりづらいです。

 やはり、祐一さんが私に対してちょっと遠いのが問題なんでしょう。
 明かりもしっかり届きません。

 それなら、いい方法があります。
 ……ちょっと、恥ずかしいですが。

「祐一さん」
「何でしょう?」
「ちょっと、失礼しますね」

 私はそう言うと、祐一さんの頭をよいしょ、と掴んで、


 ぽふん。


 自分のお膝の上に、のせました。


「おわっ!? あ、秋子さん!」

 ひゃっ……

 祐一さん、暴れないで下さい。
 ぐ、ぐりぐりと祐一さんの頭が……

 ああんっ、私の太ももが、変な感じですっ……

 もうっ。

 私は、「めっ」とでもいったように、祐一さんのお顔をそっと押さえます。
 ちょっとだけ、眉毛もしかめちゃったりして。

 すると祐一さんは、見る見るうちにおとなしくなって、

「……すいません、ちょっと気が動転しちゃって……」

「いいえ、いいんですよ。こちらこそ、突然ごめんなさい」

 見ると祐一さんは、今度はうってかわって随分と安心した面もちです。
 なんだか、生まれたての赤ちゃんがお母さんに抱かれているときのような……

 ……私のふとももって、そんな気分にさせるものなんでしょうか。
 よく、わかりません。

 でも、祐一さんが嬉しそうなのは、良いことですね。
 そんなこと言ったら、また怒られちゃうかも知れませんが、

 ……とっても、可愛いですし。ね。
 うふふ。


 さて。

 みみかき、再開です。

 見やすいように、祐一さんの耳を引っ張って。

 くい。

「痛くないですか? 祐一さん」
「むしろ気持ちよ…… あ、いえ、痛くないです」

 ……何を言いかけたんでしょうか、祐一さんは。

 ええと、どれどれ。
 奥の方に目を凝らして……

 あらあら。

 う〜ん、これは……

 結構――――きちゃないです。

 ダメですよ祐一さん、たまには自分でお掃除しないと。

 そうじゃなくちゃ、
 ……私がたっぷり耳掃除してあげる羽目になっちゃうじゃないですか♪
 うふふ。

 では、奥の方を、こしこしと……

 祐一さんがびくん! と震えます。

「痛かったですか?」
「いえ、くすぐったくて……」

 なら、安心ですね。

 最も、さっきみたいに起きあがられたら危ないですから、気を付けませんと。

 ……よし、とれました。

 あとは、こぼさないように入り口まで運んで……

 ふぅ。なんとか成功です。

 そばに置いたティシュにとんとんと落とします。

 はぁ……、結構、疲れます。
 でも、祐一さんの安らかな顔を見ていると、もう少し頑張ろうと言う気が起きてきます。

 では、もう一度。

 こしこし……

 それを何度か繰り返して、また片方の耳を……


 そうして、10分ほども過ぎたでしょうか。

「……これでよし、ですね」

「あ、終わりましたか?」

 あ、待って下さい。
 起きあがろうとする祐一さんを、慌てて押しとどめます。

「まだ、仕上げが残ってるんですよ」

「仕上げ…… ですか?」

 不思議そうな顔をしながら、祐一さんが再び寝転がります。


 うふふ、そうです、仕上げです。
 それも、とぉっておきの。


 いきますよ〜


 ……私は、息を吸い込むと、祐一さんの耳に素早く口を近づけて……

 気づいた祐一さんが逃げようとしましたが、時すでに遅し、です。

 肺の空気を、ええ、思いっきり。



 ふぅぅぅぅぅっ☆



「だわわわっ!」

 祐一さん七転八倒。

 大成功ですね♪









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……これで終わったら面白くもなんともないですね。
次回、「いたづら秋子さん 耳掃除されちゃいます」に続きます(^^;

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