いたづら秋子さん おねむなんです(前編)


もはや、長編へと意識をシフトさせるための息抜きの色合いが強いシリーズ(苦笑)
もちろん今回もいたづらはしておりません(爆)
さて、今回は祐一視点にてお送り致します…
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 突然。

 それは、じつに突然に訪れた。

 一瞬、俺は何が起きたか分からなかった。
 理解できずにいた。

 信じられない出来事。
 それは、夕食を食べ終え、俺と名雪がのんびりとソファに腰掛け、バラエティ番組を見ているとき。
 聞こえ続けていた、秋子さんがキッチンで洗い物をする水音が、突如途切れ…
 そして。


 秋子さんが――――




 倒れたのだ。



 キッチンの方で、

 とすん!

 と何か重い物を落としたように床が鳴り、不信に感じた俺がキッチンを覗いてみると、


 そこに、秋子さんが仰向けに倒れていた。



 出しっぱなしの水道の音と、遠くから聞こえるようなテレビの陽気な音声だけが妙に良く聞こえた。

 俺は言葉を失った。


 居間に駆け戻る。

 あまりに慌てていたためだろうか、咄嗟に声が出なくなり、名雪に身振り手振りで異変を伝える。

 俺とともにキッチンに赴いた名雪が、現状を見て、俺同様に声を無くす。

 余りの衝撃のせいだろうか。

 名雪の顔は、決して慌てることなく、むしろ平常と変わらないような気がした。

 ああ、人間は、与えられた衝撃が大きいと、どこか感情のメーターが振り切れてしまうのかな。

 こんな時にも関わらず、俺はそんなのんきなことを考えていた。いや、むしろそんな時だったからなのかも知れない。

 とにかく、その時の俺は、まともな思考という物が出来なくなっていた。
 それはきっと、名雪も同じなんだろう。二人とも、ピクリとも動けなかった。


 一体、どれくらいの時が過ぎたろうか。


 名雪はゆっくりと俺の方を振り返り、こう、告げた。








「お母さん…寝てるよ」




 …はぁ!?


 ああ、いや。
 きっと、驚きのあまりまともな判断が出来ていないんだろう。
 不憫だな。

 俺はようやく意識の中に思考というものを取り戻す。

 そうだ、こんな事をしてる場合じゃない!
 …と、とりあえず、救急車を…

 ぐい。
 んん?

 と、電話をかけに行こうとする俺の袖を名雪が掴んでいる。


「なんだ? お前はここで秋子さんを懐抱していろ」
「…だから、祐一。お母さんは寝てるの」


 …しつこいな、名雪も。

「そんなわけないだろっ!」
「そんなわけがあるんだよ!」

 その目は真剣だ。


 …どうも平静を欠いているわけでも、嘘を言っているわけでもないようだ。

 とりあえず、名雪に事情を聞いてみることにした。

「あのね」

 …要約すると、なんでも秋子さんは、時々ふっ…と突然強制的に寝てしまう癖があるらしい。




 あー。
 なぁるほどなぁ。

 ……そんな癖があるかっ!


 しかし、名雪は
「お母さんはいつも朝が早いから、時々こうやって睡眠時間を無理矢理確保しているらしいんだよ」
 まるでのほほんと解説する。

 人間って、そんな事が可能なのか…?

「だって、お母さんなんだもん」

 確かに、秋子さんならあるいは…
 …説得力はあるが…
 しかし、そんなにも睡眠時間が必要なのだろうか?

 そう問うと、名雪は何を言ってるの、と言わんばかりの顔でこう答えた。



「だって、『私の』お母さんなんだよ」



 もう一瞬で全然納得。

 遺伝だったんだなぁ。ふむふむ。
 俺は名雪の顔をじっと見る。

「わ、恥ずかしいよ」

 こいつもこう見えて秋子さんの娘なんだからなぁ。

「…祐一、実はすっごく失礼なこと考えてない?」
「いやぁ、そんなことはないぞ」
「うー…」
 ちょっと拗ねる。

 ははは、名雪は相変わらずだな…って!


「秋子さん、秋子さんをどうするんだよ!」

 秋子さんはさっきからぺたんと床に倒れているままだ。

「あ、すっかり忘れてたよ〜」
 忘れるなよ、娘。

「じゃあ、ベッドに運ぶよ」
「お、おう」


 とりあえず、足を持ち上げて…

 …

 ううむ…綺麗な足だな…こう、すらりと伸びて…ストッキングがまた艶めかしく…
 おおっ!
 持ち上げたらスカートの中が…
 も、もう少し…
 あ、頭を下げてみたら、見えるかも…


 …ふと、気づくと。
 一連の俺の行動を、傍らの名雪が白い目で見つめていた。


「…えっち」

 ぐあ。


「ええいわかった! こっち持てばいいんだろ! おう!」

 俺は名残惜しく足を放し、秋子さんの上半身の方を持ち上げる。

「祐一、悔しそう…」

「うるさい!」

「ぶーぶー」

「ぶーぶー言うな!」


 …と、間抜けなやり取りをしつつも、何とか二人で寝こけている(しかし、本当に寝てるのか?)秋子さんを部屋のベッドまで運んだ。

 俺達のぎゃーぎゃーとうるさいやり取りの中でも、秋子さんはすーすーと安らかな寝息をたて、気持ちよさそうに眠っていた。

「はい、一件落着だよ」

「あのさ、名雪」

「なに? 祐一」

「秋子さんの服は脱がさなくていいのか?」

「……」

「……」

「…えっち」

「ちがうっ! 別に俺が脱がそうとかじゃなくて!」

 いや、脱がしたいかと聞かれれば脱がしたいが!
 ああっ違うそうじゃなくて!

「汗かいたりするだろ」

「じゃあ、私が着替えさせるから、祐一は戻ってて」

「おう」

 俺がそう返事すると、
 ベッドの上にのった名雪は、秋子さんの後ろに膝立ちになり、
 見る見るうちに秋子さんのエプロンを外し、上着のボタンにすべやかな手を掛けて…

 …

 ふと、名雪の動きが止まった。

「…祐一、いつまで居る気なの」

「おお、俺の存在に気づくとはさすがだな」

「誰だって気づくよ! なんで居るの!?」

「いや、後学のために」

「…祐一、やっぱりえっちだよっ!」

「ああ。俺はえっちだ。文句あるか」

「え…その……あれ? …み、認めないでよ〜」

 仕方ないだろ、事実なんだから。

 まぁ、さすがに秋子さんのお着替えシーンを見ているのも気が引ける。

 …秋子さんのお着替えシーン…?

 お着替えシーン…秋子さん…ぬぎぬぎ…



『隊長! 準備が整いました!』

『ウム、では早速設営にかかるぞ。急ピッチで進めろ』

『イエッサー! テント設立開始!』



 むくむくむくっ♪

 うおっ、しまった!
 よからぬ想像をした途端、俺の分身が見る見るうちに元気になっていくじゃないか!
 ううん、機能は正常だな。はっはっは。

 …名雪が殺気を発し始めたのでさっさと出ていくことにする…

 すたすた

 ふぅ…

 部屋の外だ。

 しかし、いま、この中では名雪が秋子さんの衣服をひっぺがしている最中…


『はい、お母さん、ぬぎぬぎしようね』
『わ、お母さん、すごい下着付けてるんだね』
『まだ、私よりもお母さんの方が胸があるね…羨ましいよ〜』


 …な、なんと物凄いシーンだろうか。


 男子たる物、これを見逃して良いものか?
 否! 断じて否!


 と言うわけで…

 しっつれいしま〜すとばかりに、俺は浮き足だって、しかし慎重にドアを少しだけ開けた。
 その隙間から、中を覗き見ると…


 ドアの隙間の真ん前に立って、物凄い形相でこちらを睨んでいる名雪が居た。

「…祐一の考える事なんて全部お見通しなんだよ…でもね…まさか本当にするなんて思わなかったよ…」

 名雪の唇がひきつる。

 あまりの恐怖に俺の意識は一瞬宙に浮いた。





 いてて…

 俺は自室に戻り、鏡を覗く。

 あー、まだカエデがくっきりと…

 ひりひり…

 何も、あんなに強くひっぱたく事はないだろうに。


 やれやれ。
 途中のままの洗い物は、後で名雪が片づけてくれてくれるそうだし、
 まぁ、今日は寝るとするか。

 気疲れした身体を、無造作にベッドに横たえる。

 だが、ふと…秋子さんを運んでいるときに、名雪がポツリともたらした一言。
 それが、まどろみに沈もうとする俺の意識の網に引っかかる。



「こうなったお母さんはね、必ず夜中に寝ぼけるから、気を付けてね…」



 俺はその言葉の持つ意味を深く考えることなく、深い眠りへと落ちていった―――




(後編へ)

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嘘!? この話、前後編にするほどなんですか?(爆)
しかし、オリジナル設定だらけでご都合主義のカタマリみたいなSSですね(^^;
では、次回後編――無論、そっちがメイン――も、お願いします。

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