窓を開けて見える景色は、緑一色。
聞こえてくる音は、川のせせらぎ。
風に乗って運ばれるのは、透き通った香り。
「う〜ん…気持ち良いな」
俺はひとつ大きく伸びをする。
そしてそのままの格好で、畳の上に寝転がる。
「おい、北川。これからどうする?」
俺は寝たままの姿勢で、立っている北川に話しかける。
北川は、持っていた荷物を部屋の隅に置く。
それから俺と同じようにごろん、と寝転がる。
「そうだな…。疲れたし、ちょっとのんびりしたくないか?」
「確かに疲れたな…」
それっきり俺と北川は、しばらくの間ぼけ〜っと天井を見上げていた。
しかし、そんな空気も長くは続かなかった。
コンコン…!
と、ノックがしたのと同時に部屋に入ってくる奴らが…。
「祐一、なに寝てるんだよ」
「ほら、北川君も起きて起きて」
その壊してくれた元凶は、名雪と香里であった。
俺と北川は渋々体を起こす。
「せっかく受験勉強で忙しい中、抜け出して来てるんだから楽しもうよ」
そう言う名雪だったが、さっきまではグデングデンだったはずだ。
「それにしても以外よね。こんな所に村があるなんて。地図にも載ってないわよ」
香里は小さな地図を見ながら言う。
そう、俺達が今いるこの村は、なんと地図には載っていなかったのだ。
「夏休みの大発見だね」
名雪が笑顔で言う。
「そうね。全部誰かさんのお陰だけどね」
そう言って香里は北川に視線を送る。
北川は頭をかいている。
「ま、まぁ良いじゃん。道に迷ったお陰で、こんな場所を発見できたんだから。なぁ、相沢」
「俺に意見を求めるなよ」
「だって、お前だって俺があの時、こっちに行こうって言ったのに賛成してたじゃないかよ」
「そうだったかなぁ…」
俺はとぼけながら、その場から立ちあがる。
それにつられて、不満顔の北川も腰を上げた。
「じゃあどっかふらつくか。名雪と香里、行きたいところはあるか?」
「「温泉」」
二人は声をそろえて言った。
疲れていた俺達は、特に反対する理由も無かったので、その意見に従うことにした。
そうして俺達は部屋から出た。
夏休みの旅行で、山に行こうという計画が上がったのは冬休みの時だった。
「せっかくだから夏休みどっか行かないか?」
「でも、祐一。わたし達受験生だよ」
「そうだぞ。そんな余裕かましても良いのか?」
「あたしは別に良いけどね」
さまざまな意見が飛び交ったが、俺は一言だけ返答した。
「俺達が一緒に過ごす、最後の夏。どうせ大学行ったらバラバラになっちゃうだろ?だったら最後の思い出作りといこうじゃないか」
結局その意見が通って、夏休みのこの旅行計画が始まったのだった。
途中で道を間違えるまでは、本当に普通の旅行だったのだが…。
ひょんなことから山に迷い込み、いつのまにかこの村にたどり着いていたのだった。
「で?どこに温泉があるって?」
俺は先を歩く名雪に聞く。
「おかしいなぁ…。この中じゃあないのかな」
「外にあるんじゃないの?」
香里の意見で俺達は宿を出た。
外は俺達以外誰もいなく、とても静かだった。
地面は舗装されてなく、砂利道になっている。
宿の回りを歩いてみたが、温泉がある気配は全く無かった。
そうこうしている内に、時間だけが過ぎていく。
「美坂、本当にあるのか?」
「あたし達の部屋に、温泉ありますって書いてあったのよ」
「俺らの部屋には無かったよなぁ」
「ああ。無かった」
そうして益々混乱させてしまう。
そんな右往左往してる俺達の前を、宿の主人が通りかかった。
「あっ、すいません。この村って温泉あるんですか?」
俺が聞こうと思ったが、先に北川が聞いていた。
「ああ…。温泉だったら…、こっから20分の所にあるよ…」
「20分か…」
それを聞いた俺らは肩をがっくしと落とした。
名雪にいたっては、その場にへたりこんでいた。
その間に主人はいつのまにか、俺達の前から姿を消していた。
「で…、どうする?」
俺は皆を見回しながら言う。
香里はため息をつきながら、うなだれる。
「相沢君に任せるわ」
「良し。じゃあ、今日はやめよう」
早い決断だった。
理由は簡単だ。
「もう日が暮れてきたしな。知らない土地を夜、ふらふらするのは危険だもんな」
「確かにな」
「そうね」
「そうだね」
その意見に誰も反対するやつはいなかった。
結局俺達は民宿へと戻ることにした。
部屋に入ってから、また俺と北川はごろんと寝転がる。
夕飯は部屋に運んでくれるそうだ。
「なぁ…」
天井を見上げながら俺は北川に話しかける。
北川は、少しだけ体を動かしてそれに反応した。
「ちょっと妙に思ったんだけどさ…」
「ああ」
「この村って人住んでないのかな?」
これは俺がこの村へ入ってからの疑問点だった。
実際、この村で見た人間は、この宿の主人くらいだ。
「いないわけないだろ。実際、その辺にだって家は建ってるし」
北川はそう言って、窓の外を指差した。
確かに、窓から遠くの方に家があることは確認できるのだが…。
「灯りがついてないよな」
真っ暗なのだ。
目を凝らさなければ、絶対にわからない。
「もう寝てるんじゃないか?」
「こんなに早く寝るのかよ…」
時間としてはまだ6時を回ったところ。
普通はこんなに早くは寝ないだろう。
「やっぱり俺、なんか―」
コンコン…!
言いかけたところで、部屋のドアをノックされた。
どうやら主人が夕飯を持ってきたようだ。
俺らが返事をすると、主人は静かに入ってきて、そしてすぐに出ていってしまった。
俺らは長旅のせいもあってか、早速夕食に手を付けた。
食べている途中で、俺はまたさっきのことを北川に言った。
「やっぱり気味悪いな」
「なにがだ?」
「主人の態度」
「そうか?ただ俺達に気を使っただけだろ」
北川はそう言って、またご飯を口に運び入れる。
「お前、あの人の目見なかったのかよ」
「へっ?」
北川は少し不思議そうな顔をしながら俺を見る。
その間も口だけは必死に動かしていた。
「なんか死んでるような目…っていうかな」
「オレは別に感じなかったけどなぁ」
そしてまた俺から目を離す。
これ以上言っても無駄だと思ったため、俺も夕飯をがっつき始めた。
食べ終わった食器を重ね、廊下に出す。
隣の部屋の前にはすでに食器が重ねてあった。
どうやら俺達よりも早くに食べ終わってたようだ。
「さて…と。どうする?」
「美坂達の部屋にでも行って遊ぶか?」
「そうだな」
俺達は部屋から出て隣の部屋のドアをノックした。
コンコン…!
返事が無い…。
俺達はもう一度ノックする。
さっきよりも少し強めに。
トントン…!
やはり返事が無い。
俺と北川は顔を見合わせて、お互いに頷きあった。
なんだか俺は嫌な予感がしていた。
たぶん北川も俺と同じことを考えていたのだろう。
北川がそ〜っとドアを開ける。
俺もそれに続いて中に入る。
すると…。
「く〜」
「……」
熟睡している二人の姿があった。
どうやらご飯を食べた後すぐに寝に入ったらしい。
俺と北川は、ふ〜っと互いに息を吐き出すと、静かにドアを閉めた。
なんとなくだが、安心した。
理由は特に無いんだが、安心した。
自分達の部屋に戻り、俺達も布団を敷いて寝ることにした。
実際、歩き回ったせいもあり体は疲れきっていた。
電気を消して、二人とも黙りこくる。
重い空気が立ち込める。
沈黙を破ったのは俺だった。
「なぁ、最近香里とはどうなんだ?」
「まぁ…ぼちぼちかな…。お前らみたくはいかないさ…」
俺の問いかけに、北川は静かに答える。
「そっか…」
「そうだ…」
それっきりまた俺達は黙りこくった。
また重たい空気が部屋全体に広がる。
しばらくして北川の寝息が聞こえてきた。
それを聞いて、俺もなんだか早く寝なきゃという衝動にかられた。
しかし、そういう時に限って眠れないもので…。
目を瞑ると、この村の住人のことが頭に浮かんでくる。
俺はそのことをなるべく考えないようにしようとした。
そのために名雪のことを考えたりもした。
が、結局その葛藤は1時間ぐらい続くのだった。
そして俺は体の力が抜け、自然体へと移っていった。
!?
眠りに落ちる瞬間に、一瞬光を感じたが…。
その時の俺には、それに興味を持つだけの脳みそは起きていなかった。
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