カーテンから漏れる光で俺は目を覚ました。
隣を見ると、北川はまだ夢の中にいるようだ。
「うっ、う〜ん…かお…」
なにかわけのわからない寝言を言っている。
別に起こす必要がなかったので、そのまま寝かしておいてやることにした。
俺は北川をそのままに、廊下へと出た。
そして、そのまま宿から外へと出る。
「すぅ〜」
自然の空気を胸一杯に吸いこむ。
山に挟まれているだけあって、なんとも空気がおいしい。
太陽の光もきつかったが、それ以上に風が気持ちよかった。
俺はもう一度深呼吸をしてから、また宿の中へ戻った。
部屋に入ると、さっきまで寝ていた北川が起きていた。
「おっ、やっと起きたか」
「うーっす。まだ眠いぜ」
「外の空気でも吸ってこいよ。目が覚めるぜ」
「そうだな。ちょっと行ってくるか」
そう言って部屋の外へと出て行く。
北川が出て行ってから、俺は敷きっぱなしの布団の上に寝転がる。
そうして天井を眺める。
「相沢君…」
不意に声をかけられてびくっ、とする。
体を起こしてみると、部屋の入り口に香里が立っていた。
香里の表情は、なにやら曇りがちであった。
「どうした?」
「うん…ちょっと」
香里はそう言って、俺が寝ている布団の横に、寝転がった。
「相沢君。この村、少し変だと思わない?」
静かな声でぼそぼそとしゃべる。
香里の顔は真剣そのものだった。
「そうだな。俺もそれは感じてた。さっきも外に出たんだが、この宿の主人とも会わなかったし、村の人とも顔をあわせなかったしな」
「そうなのよね。どうもおかしいのよ」
「なにかあったのか?」
「ええ、ちょっと…。昨日の夜、眩しかったから目を覚ましたのよ」
「眩しかった?」
俺はその言葉が妙に気になった。
昨日の夜は真っ暗だったはずだが…。
「昨日の夜は真っ暗じゃなかったか?」
「そうなんだけど…。確かに外が明るかったのよ」
その顔は嘘を言っているような顔ではなかった。
そして、よく考えると、俺もその明るい光を感じていたような気がしていた。
あくまで気がしただけで、実際に確認したわけではない。
「相沢君…。今日できるだけ早くこの村でない?なんだか嫌な予感がするのよ」
「ああ、そうだな。朝飯を食べたら出るとするか」
と、その時外から北川が帰ってきた。
北川はなぜか入り口で固まっている。
「あ、相沢…お前、香里に…」
なにを言っているのかわからなかったが、今の状況を冷静に見てみれば、簡単なことだった。
俺が寝ていて、その横で香里も寝転がっている。
理由を知らないやつからすれば、まるでなにかいけないことをしているかのよう。
「き、北川君。勘違いしないでね。ちょっと相談してただけだから」
「そ、そうだぞ北川。なにも俺達はやましいことをしてたわけじゃないからな」
「やましいことって?」
北川の後ろから名雪が顔を出す。
そして俺と香里が寝転がってるのを見る。
「ゆ、祐一。なにやってるの!?」
「あっ、だから違うんだって名雪」
「もしかして美坂…。オレの気持ちを受け入れてくれないわけは相沢だったのか?」
「ち、違うわよ。なに言ってるのよ」
なんだかぐちゃぐちゃになってきた。
と、そこに静かに声がする。
「あの…。朝食を持ってきたのですが、どちらに運べばいいでしょうか…?」
俺達が全員声がした方を振り向くと、そこには朝食を持った宿の主人が立っていた。
「あっ、ええと。じゃあこの部屋に全部運んでください」
俺はそう言って起きあがると、敷いてあった布団を隅に寄せた。
主人は空いたスペースに、静かに朝食を置く。
朝食はいったって普通の、ご飯に魚、それに味噌汁といった具合だった。
俺達は、静かに「いたただきます」と言って食べ始める。
その間も、名雪と北川の視線が痛かった。
「相沢…。後でことの真相はきちんと話してもらうからな」
「香里…。祐一となにがあったのかちゃんと話してもらうよ」
俺と香里は二人で「はぁ〜」と大きくため息をついた。
朝食を食べ終わった後、俺と香里はさっきのことを北川と名雪に告げる。
始めは疑いの目を向けていた二人も、俺と香里の話してることが嘘じゃないとわかると、自然と真剣な表情へとなっていた。
「な、なんだか恐くなってきちゃったよ」
名雪はぎゅっ、と体を小さく押さえこむ。
「だからさ、とりあえずはこの村を出ようと思うんだが…」
「そうだな、オレもその方がいいと思うぜ」
首を縦に振りながら、北川は言った。
「そうと決まれば、さっさと準備をしようぜ」
「そうね」
「そうだな」
「そうだね」
俺の言葉を合図に、名雪と香里は自分達の部屋へと戻って行った。
残された俺と北川も、各々の荷物をまとめる。
まとめると言っても、出ている物をバッグに詰めるだけだったが…。
数分後、荷物を持って玄関に集合した。
そこで宿の主人を探すがどこにもいない。
「おかしいな。どこ行ってんだろ?」
と、北川が言った、その後ろで、静かに声がした。
「お帰りですか…?」
その声は、なんだか妙で…。
別に声が小さいとかいうのではなく、静かなのだった。
「あっ、お世話になりました」
俺はその主人の声に、少し動揺しながらもそう言った。
すると主人は、細い目を少しだけ見開いた。
「たぶん帰れませんよ…。あなた方が来た道…。土砂で埋まってるはずですから…」
「土砂!?」
「ええ…。昨日の夜…。少しばかり雨が降りましてね…。その時緩んでいた土が…ね…」
主人はたんたんと語る。
その様子は、まるで昔話に出てくる妖怪仙人のような感じがした。
「じゃ、じゃあ俺達は…」
「閉じ込められたってわけ…?」
俺と香里は、顔を見合わせて言った。
「他に、道は…?」
北川が訊くと、主人は見開いていた目を戻して答えた。
そう、また静かな口調で。
「あることはありますが…。ただ…ね」
「ただ…?」
俺は訊き返す。
「あそこの道は…。今は誰も使ってませんから…。呪われる…っていってね…」
「呪われる?」
「昔ね…。色々あったんですよ…」
そう言った時の主人が少しだけ笑ったように見えた。
俺は自分でも汗がしきりに出ているのがわかった。
「どうする?一応行ってみるか、その道」
「じゃあ、オレが行って見てくるよ。相沢達は本当に土砂で道が埋まってるか見てきてくれ」
北川は俺達を見ながらそう言う。
「一人で大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
「心配ね」
「美坂に心配してもらえれば、オレも本望だぜ」
そう言って笑ってみせる。
その横で主人が、冷たい表情で俺達を見ていたことに、誰も気がついていなかった…。
それからもう一度部屋に戻り、荷物を置いてから外に出る。
北川は、さっき主人に、その使われていない道を訊いていた。
なにやら、村外れにある空家の裏手から続いているらしい。
いかにも危険そうだ…。
「それじゃあ行ってくるから」
元気に手を振る北川。
俺達もそれに答える。
「気をつけて行ってこいよ」
「ああ。そっちもな」
そう言って笑顔を見せ、俺達に背を向ける北川。
北川は軽い足取りで砂利道を進んで行く。
しばらくは、その後姿を俺達は見ていた。
「北川君…大丈夫かしら」
心配そうに後姿を見ていた香里が呟いた。
「たぶん大丈夫だろ」
別に根拠があるわけでがなかったが、俺はそう言った。
「そろそろわたし達も行こうよ」
「そうだな」
名雪の言葉に俺は反応した。
「ほら、香里。北川君なら大丈夫だってば」
「う、うん…」
名雪は心配そうな表情の香里を、強引に引っ張り、すたすたと歩きだした。
俺もそれに続く。
ふと、誰かに見られてるような、そんな感じがした。
足を止めて振りかえってみる。
しかしそこにはなにもない。
横も見てみるが、人気のない民家が遠くに並んでいるだけ。
「気のせいか…」
俺は一言呟いてから、太陽の光を反射させ、きらきらと光る砂利道を蹴った。
一瞬砂煙が舞う。
その煙の中に、俺は先を行く名雪と香里を見ていた。
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