lunch time




こんばんは、F.coolです。
香里視点でのお話です。


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吹き付ける風に、髪を揺らし…
昼休み、特に何もすることもなく、あたしは屋上で冷たい金属の手すりに寄りかかって、
金網越しに街の景観を眺めていた。

いつもなら、名雪や相沢君、北川君とかと一緒にお昼を食べている時間だけど…
今日は妙にそんな事をする気も起きず、学食への誘いを断って、こうして一人屋上に来ていた。

何もすることなく、こうしてぼぅっとしていると…
色々なことが、心に浮かび上がる。


でも、そうして考える事は、いつでも一つ…

栞。

最近、調子がいいようだけど…
あなたを再び妹と認めてから、しばらく経つけど…

でも。
あたしの心には、まだ壁がある。
あなたと話すことを拒ませる、目に見えない壁。

表面上、仲良くしていても、
どこかあなたとの付き合いを拒んでしまう…

ダメね、あたしも…

ふぅ。どうしたものかしら…

このまま悩んでいても、答えは出ないわね…
そう思って、あたしは校舎へと繋がるドアを開けた。


「ふぇー、屋上にお客さんがいらっしゃいましたかー」


途端にかけられる、脳天気な声。
びっくりして俯いていた顔を上げると、そこにはかわいらしいリボンをした、髪の長い女性が立っていた。

この人…どこかで、見たことある…
「え、えぇっと…?」

あたしが返答しかねていると、突然、
「お昼は済ませましたかー?」
「い、いえ、まだですが…」
「そうなんですかー、良かったら、佐祐理と一緒にどうですか?」
強引なペースに持って行かれる。

思い出した、この人は…
倉田、佐祐理。
資産家、倉田家の一人娘。
学年トップにして、反生徒会のシンボル。
その人柄の良さと外見の美しさは、しばし生徒達の話題に登るほど。


「おいやですか?」
余りにも屈託のない言葉が、奇妙な迫力を持ってあたしにせまる。
あたしはそれに気圧されるように、つい、

「はい、では…」
と答えていた。

なにしているんだろう、あたし…
まぁいいか…たまには、こんなアクシデントも面白いかも知れないわね…







屋上に続く階段の踊り場に座ったあたしの目の前には、敷物の上に並べられた、
豪華絢爛としか言えないような色とりどりな料理が並ぶ。

くらくらした。

「お口に合うかどうかわかりませんが、さ、どうぞ、ご遠慮なくー」
そう言われても…

とりあえず箸を借り、
「頂きます」と、手近にあった卵焼きを口に運ぶ。

もぐもぐ…

あら、けっこう美味しい。

気がつくと、倉田さんがじぃっとこちらを眺めていた。
びっくりして、思わずぷっと吐き出しそうになってしまう。

慌てて卵焼きを飲み込んで、問いかける。
「な、なんですか、倉田さん…」
「あははーっ、ごめんなさい。美味しいですか?」
「え、ええ、とっても…」
あたしがお世辞ではなくそう言うと、

「よかった」
そう言って微笑む倉田さんは、本当に嬉しそうだった。

そうして、倉田さんも食べ物を口に運ぶ。
「ふむふむ。今日はなかなか上手にできましたー」
そのセリフから考えるに…
これだけの量を、自分で作っているの?

……あたしは再びくらくらした。

「あの…」
ふと、気を取り直して、問いかける。
「今日は、どうしてあたしなんかを…?」
「はい。佐祐理が階段の踊り場でお食事しようとしたら、そこにあなたがいらっしゃいましたからー」
え?
「それだけ?」
「それだけです」

まあ…何というか。
人なつっこいにもほどがある。
前々からどうも俗世から浮いた雰囲気の人だとは思っていたが、これほどまでとは。

「それに…今日は、舞が風邪でお休みしてしまって、一人では食べきれませんし」
舞…?
ああ…
「あの、いつも一緒にいる人…」
「はい。佐祐理の親友ですー」
「風邪、ですか。流行っているようですね」
「ええ…せっかくの誕生日なのに、残念です」
「え?そうなんですか?」
「はい。今日は舞のお誕生日なんですよ」


あたしと倉田さんはしばしその事で談笑した。


「あ、そういえば…まだ、名乗ってませんでしたね。
 申し遅れました、美坂、香里ともうします」
「はい。改めまして、倉田佐祐理です。そんな、固くならなくていいですよー」
「はぁ…はい」

確かに倉田さんには、相手を安心させる、不思議な雰囲気が漂っていた。

「そう言えば美坂さんは、屋上で何をしていたんですかー?」
「ええ、ちょっと考え事を…」
「悩み事ですか?」

サッと変わったあたしの顔色をうかがったのか、さすがに、察しがいい。
こんな事言うべきかどうか迷ったが、できるだけ簡素に伝えることにした。

「ええ、まぁ…妹の事で、ちょっと」
「妹さん…ですか」

今度は倉田さんの顔色が変わった。
倉田さんにも、兄弟姉妹が居るのだろうか。
あたしは場を取り繕うように愛想笑いをする。

「そんな、大したことじゃないんですよ。ちょっと、仲がギスギスしちゃっただけで・・」
あたしの言葉に、ビクッと肩をふるわせる倉田さん。
う〜ん…逆効果だったかしらね…

重い沈黙が場を包み込む。

「あの…」
あたしが何か会話の糸口を見つけようと、話しかけようとしたその時
「…美坂さん」
ゆっくりと、しかし確かな意志を持った声で、倉田さんが話しかけてきた。
あたしは神妙に頷いた。
「なんでしょう」
「こういうことを突然言うのは失礼かも知れませんが…」
「どうぞ、お気になさらずに」

倉田さんはその事について何か助言でもくれるつもりだろうか。
実際あたしは栞との関係で為す術もなかったので、それはありがたいこととも言えた。
少なくとも、屋上で一人悩むよりはよっぽどましだろう。

倉田さんは、何か決心した顔で、ゆっくりと話し始めた。
 


「どうか、妹さんと仲良くしてあげて下さい…
 妹さんも、お姉さんと仲良くしたがっているはずです
 寂しがっているはずです
 何も、難しく考えることは無いんです
 普通に、自分の自然な気持ちで、接してあげればいいんです
 それだけで、いいはずなんです…
 今は難しくても、少しずつ、少しずつ…
 本当の、あるべき関係を、築いていくべきなんです」



倉田さんの声はだんだんとトーンが落ちていき、最後には消え入りそうだった。

あたしは、倉田さんの言葉が終わるのを待って、
「ごちそうさまでした」
と言って、丁重に手を合わせ、箸をお返しした。

「あ、ごめんなさい…お気を悪くなさいましたか?」
悲しそうな顔でこちらを見る倉田さん。
「いえ、とても、…助かりました。
 確かに…その通りです
 がんばって、妹と、仲良くしていこうと思います」
「あははーっ、よかったですー
 あ、お粗末様でした」

そうね、倉田さんの言うとおり…
今はまだ、自然体になるのは難しいけど…
少しずつ、少しずつ…で、いいのよね。

あたしは、遠慮する倉田さんの脇で、一緒にお弁当の箱を片づけた。
さすがに全部は食べられなかったけど、料理のおいしさも手伝って、
お腹いっぱいにたくさん食べた。

さて、後かたづけも終わって…
もうこんな時間。そろそろ午後の授業がはじまっちゃうわね。

「本日は、有り難う御座いました」
あたしは立ち上がり、一礼する。
「いえ、こちらこそー。妹さんと、仲良くして下さいね」
にこやかに微笑む倉田さん。


倉田さん。隠したつもりでも、わかってしまいますよ。

「倉田さんも、あたしと一緒に、頑張りましょう」

倉田さんは、一瞬、ふぇ、と言う顔をしたあと、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「あははーっ、気づいていらっしゃいましたか」
「ええ…まぁ。先程の言葉は、ご自分に向けられた物ですね」
「…ごめんなさい。そうです」
「そんな、謝ることは無いですよ…どうあれ、おかげさまで、あたしも頑張ろうと思いましたから」

心理の読み合い。狡猾なこと…だけど。
倉田さんの言葉に、あたしが頑張ろうと思ったことは、紛れもない事実。

「ありがとうございます…佐祐理も、
 昔にもちょっとあったんですが、
 今は、実は舞との関係で悩んでいました…」
やはり。
あたしが川澄さんとの関係を、わざと「親友」とは言わなかった理由も、
登下校時に見かける度に何となく感じていた、この二人の間の雰囲気に起因する。

「親友…佐祐理達は、親友とは、言えないような気がします
 なんとなく、お互いに遠慮しあって…
 自然に付き合うことが出来ないんです」

親友って言ったら…あたしには、名雪の事かしら。
でも、あたしだって、名雪と出会ったばかりの頃は、お互い遠慮しあって居たわね…
だけど、それから、少しずつ、仲良くなっていって…

「倉田さん」
「はい?」
「少しずつ、自然に。ですよね」
あたしは、先程の倉田さんの言ったことを、真似る。
「あ、あははー…確かに、そうですね」

あたし達は、そう簡単に素直にはなれない。

自分を優等生の殻の中に閉じこめ、笑顔の裏で泣く倉田さん。
冷静沈着、気丈なフリで、悲しみから目をそらし続けるあたし。

でも、素直にならず、自分を偽って過ごすのは、
すごく寂しいこと…

だから。

少しずつ
少しずつ。

あたし達なりのやり方で。

「お互い、頑張りましょう…ね」
「そうですねー…案外、簡単な事かも知れませんね」

簡単なこと。自然に人と付き合う。

難しく考えることはない。
まるで子供のように、単純に、純粋に。

「そんな簡単なことも出来ないなんて、あたしも、バカかも知れませんね」
あたしはクスッと笑う。
「佐祐理も、普通よりちょっと頭の悪い女の子ですから」
あはは、と彼女も笑う。

「それでは、…また来ても、いいですか? 佐祐理さん」
「もちろん! 舞も佐祐理も、大歓迎ですよ、香里さん」




似たもの同士、頑張りましょう。



(終わり)
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解説・・・・
さて、今回は・・・二人の、優等生の話です。
香里と栞、
佐祐理さんと舞って、
関係が微妙なんですよね。
その辺から、発案いたしました。
さて、このお話を読まれましたら、是非こちらもお読み下さい。
alone birthday…

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