alone birthday
このページだけの、川澄舞お誕生日記念企画ー!
舞視点でお届けします。
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ぼやけた目に映るのは、さらにうすらぼんやりした灰色の、見飽きた天井。
私は病に伏せっている。
大したことはないただの風邪だが、病と呼ぶには十分すぎるほど、私の体の自由を奪う。
思うように手も動かない。歩くのもおぼつかない。
私はごろんと寝返りを打ち、壁に掛けてある味気ないカレンダーを眺める。
今日は、1月29日。
それは……
それは私の誕生日…らしい。
別に、興味はない。
…嘘。
本当は、心のどこかで、ちょっとだけ楽しみにしていた。
しかし、こうして、風邪を引いて床にふせっていては、どうしようもない。
ふぁぁ。
もうこんな時間……
いつも通り学校に行っていれば、放課後、一時間くらい経った頃だろうか。
佐祐理はどうしたろうか。
いつもの会話にも、私の誕生日の話など話題に登らなかった。
私が話すとプレゼントを催促しているようで悪いから、黙っていたけど、
本当は、佐祐理が何も言ってくれないのが、すごく悲しかった。
親友、親友と普段言っていても、その程度なのだろうか。
……何を考えているのだ、私は。
今考えたことは、自分の願望を佐祐理に押しつけ、
それに答えてくれないからってすねている、まるで子供ではないか。
確かに、私には子供っぽいところがある…
気も短く、すねる性分だ。
そう。私は我が儘。どうしようもないほど、子供。
わかっていても、どうしようもない。
佐祐理だって、何度傷つけたかわからない。
やはりこうして、誕生日を一人で迎えるのが、そんな私にはお似合いだ。
常に、孤独が似合っているのだ。
常に、不幸が似合っているのだ。
自分勝手で、不器用で、人を怖がらせ、傷つけてばかり居る、私には…
親切にしようとしても、裏目に出てばかり……
思えば、この風邪も、風の強い日に助けてあげた子犬さんからうつされた物だろう。
犬さんの風邪が人間にうつるのかどうかはわからないが、風の強い日にずっと
外を出歩いていれば、風邪など簡単に引けるだろう。
結局、その子犬さんは、飼い主に渡すときに急に恥ずかしくなって、知り合った少女に
押しつけて、そのまま逃げてきてしまった。
最低だ。
野良にいじめられている猫さんを助けたこともある。
それもまた、飼い主さんに渡した後、さっさと逃げ出してしまった。
最低だ。
ものみの丘にふらりと行ったとき、悩んでいる少女に勝手な自分の意見を押しつけた事もある。
最低だ。
落とし物を拾って、それを渡そうとして、不器用な性格のせいで怖がらせてしまったこともある。
最低だ。
理由も知らないのに、たいやきを盗んでしまった少女を諭して、お姉さんぶっていい気になったこともある。
最低だ。
私なんて……
さいてい……だっ。
コンコン……
自分の過去を思いだし、憂鬱な気分に陥っていると、穏やかなノックが聞こえた。
「舞ー。起きてるー?」
佐祐理の声だ。
一瞬、嬉しさがこみ上げる。
しかしそれはすぐに消え去る。
さっき、佐祐理は来ないと、決めつけてしまったではないか。
こうしてせっかく来てくれた佐祐理への、それは裏切りだ。
会わせる顔がない。
「帰って」
「ふぇ?」
本当は、そんなこと言いたくない。
ものすごく、佐祐理に会いたい。
でも、同時に会いたくない自分が居る。
「舞ー、どうしたの?」
佐祐理の親切な声が胸に突き刺さる。
どうしようもない。
私の我が儘で、佐祐理の親切を拒否している。
「…いいから、帰って」
絞り出すように、呻く。
最低だ。
自分でも、わかっている。
「ふぇ…」
いつも私の一番近くにいても、他人行儀なところがある佐祐理だ。
ここまで言えば、帰ってくれるだろう……
しかし、思いがけないことがあった。
「佐祐理さん」
…ドアの外から、聞き慣れない女性の声が聞こえた。
いや…
耳を澄ますと、ざわざわと声が聞こえる。
たくさん…人が居るの?
どうして?
「わかってますよ、香里さん。佐祐理は、帰りません」
さらに信じられない言葉。
どうしたの? 佐祐理…
あなたらしくもない。
でも、その言葉が……
とても、嬉しかった。
「さ、開けるよ、舞。」
カチャリ。
佐祐理がドアノブに手を掛ける。
鍵はかけていない。
「どうぞ…」
私は、ついに佐祐理を迎え入れた。
ドアが、少しずつ開いていく…
すると。
信じられない事が。
ドドドッと、たくさんの人たちが、私の部屋になだれ込んできたのだ。
私は、びっくりしてベッドに身を起こし、目を疑った。
誰?
みんな、知らない人たち…
いや。
その顔、その声…
覚えている。
佐祐理がにこやかに音頭をとる。
「はい、みなさん、せーの」
皆が、いっせいに声をそろえて言う。
「お誕生日、おめでとう!」
羽の生えたリュックを背負った少女。
「うぐぅ、お姉さん。はいこれ、プレゼント。」
受け取った袋からは、ほかほかと香ばしい匂い。
「ボクと、おじさんからだよっ」
美味しそうな、たいやきだった。
長い髪の、ちょっとぽやっとした少女。
「おひさしぶりだね。お姉さん、風邪、大丈夫ですか?」
ねこさんのキーホルダーをくれる。
「わたしとおそろいだけど…気に入ってくれると、嬉しいな」
あの日、下駄箱で拾ったキーホルダーの、色違いの兄弟。
もう、寂しげではない、優しい瞳をした少女。
「先日は、お世話になりました…おかげさまで、真琴も…」
花束。
「ものみの丘に生えていた花を、少しずつ頂いてきた物です」
懐かしい匂いが私を包む。
猫を頭に乗せた、元気な少女。
「あぅーっ、お姉ちゃん、こんにちは。ぴろも、元気だよっ」
うな〜
ほかほかの、肉まんをくれる。
「うぐぅ、お姉さんそんなに食べられないんじゃ…」
「なによぅ、あゆがたいやきなんか持ってくるからわるいんでしょーっ」
「ボクが悪いんじゃないもん!」
「ほらほら、二人とも、お姉さんの前で迷惑ですよ」
苦笑しながら二人をたしなめる、ストールを羽織った少女。
「大丈夫ですか?風邪を引いたのも、元はと言えば、私のせいですよね…」
そんなこと無い、と、私はかぶりを振る。
「よかったですー。子犬さんも、元気だそうです。これ、ケーキなんですが…お姉ちゃんと二人で焼きました」
甘い香り。いい匂い…
見たことがない、ウェーブの掛かった少女。
「はじめまして、美坂香里といいます。この度は、妹がお世話になりまして…」
と言って、ストールの少女の頭に、ぽふ、と手を載せる。
「わ、お姉ちゃん…」
「どうしたの?栞」
優しげな瞳で妹を見る姉。
「ううん、なんでもない…」
妙に嬉しそうな妹。
そして……佐祐理。
「あははーっ、舞。みんな、来てくれたよ…よかったね」
「うん…よかった」
「風邪、早くなおしてねーっ」
と、私にがばっと抱きつく。
「さ、佐祐理…風邪、うつる」
「いいよ、別に。もう、心配したんだから」
佐祐理の声は、トーンこそ明るいものの、とても痛切な感覚を覚えた。
びっくりした私は、やっとの事で佐祐理を引き離す。
今日の佐祐理と来たら、どうしたのだろう。
信じられないくらい、無邪気だ。
そして、そんな佐祐理を喜んでいる自分。
それに、みんな……
「みんな、どうして、ここに…」
「佐祐理が、呼びかけたんだよ」
佐祐理が、無理矢理呼んだの…?
「大したことしてないよー。今日は舞のお誕生日だって、ここにいる美坂さんに言ったの」
「そしてあたしが、それを名雪と栞に言ったんです
そしたら二人とも、「あ、それって、あのお姉さんのことかな?」って…
まるでそっくりだったわ。笑っちゃった」
「お姉ちゃん、意地悪…」
「それでね。私は、家に帰って、準備しようとしたら、真琴がやってきて、」
「真琴は、美汐も呼んだの」
「そしてみんなで行く途中に、あゆさんに出会って…」
「そう言う訳なんだよ」
「ね。舞。みんな、純粋に舞に会いたくて、来てくれたんだよ」
みんな…そうなの…
私は…バカだ……
一人で勝手に、自分は孤独だと思いこんで……
自分の親切は、裏目に出ていると思いこんで……
みんな…
みんな…
私は…
その時、ダンダンダンと乱暴に歩く音が聞こえてきた。
「あ、ようやくもう一人来たね」
「あいつったら、いっつも遅刻なんだから」
あいつ…?
だれのこと?
まもなくドアから、疲れた顔の少年が顔を出した。
「悪い…遅くなった」
「祐一さん、遅いですー」
「スマンスマン。で、こちらがその…」
「あははーっ、違います、佐祐理じゃないですよ。こちらです」
と、佐祐理は私を示す。
少年が、気恥ずかしそうに私の前に立つ。
「ああ、どもっす、初めまして。なんか、俺の知り合いが立て続けにお世話になりまして…」
その顔。
その声。
覚えている。
あの日、あの時、麦畑で出会った、あの人……
そして……
みんな。
みんなに囲まれて、今、私はここにいる。
孤独なんかじゃない。
不幸なんかじゃない。
「ぇ…えふっ…ぐす……」
私は、気づかないうちに、
どうしようもなく、涙があふれ出てきて……
「わ、祐一くんが泣かしたー」
「バカ言え、俺が何をしたって言うんだ」
佐祐理が気遣わしげにこちらに近寄る。
「ふぇ…舞。どうしたの? うれしいの?」
うん……
私は今、すごく嬉しい……
私は今、すごく幸せ……
「みんな……みんな」
私は顔を上げ、みんなの方を向く。
「本当に……ぐしゅっ、ありがと…ぅ」
そして、私は、今……
泣きながら……
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら……
「みんな…嫌いじゃ…ない
好…き……
大好き……!」
心から。
…………最高の笑顔を、浮かべていることだろう。
(終わり)
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何故このページでしかこれを発表しないかというと・・・・
このように、お姉さんシリーズの総決算的な意味合いを持たせたかったからです。
舞、お誕生日おめでとう。
私からの、ささやかなプレゼントです。
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