倉田家代々之記異聞 三


その本の題名・・・・

暗がりの中にほのかに浮かび上がる、それを見た私の体は、瞬時に冷たく凍り付いた。








「川澄家代々之記異聞」・・・・・・・・!








川澄家・・・・・

川澄・・・・・

それは・・・・・・・・

それは、私の名・・・・・・!



私の頭蓋の最奥部に、その名がこだまし始めると同時に、倉のどこからか闇がじわじわと漏れ出て、
少しずつ、
少しずつ・・・・

やがて、
すっかり私を取り込んでしまった。


闇。

闇。

闇。

私は全方位を闇に閉ざされる。

そして・・・・


闇の中に、ぼうっと浮かび上がる、「川澄家縁の品々」。



いかめしい鎧甲冑が、かたかた震えている。
稚児の姿をした日本人形が、不気味な笑い声を轟かせている。
掛け軸が、風もないのにゆらゆらと揺れている。



闇の中から・・・渦を巻くように・・・声が・・・こだまする・・・




『ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・』

『ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・』

『おお・・・・恨めしや・・・憎しや・・・・』

『口惜しきぞ・・・・おのれ倉田め・・・・』

『この痛み・・・・・つらみ・・・・』

『千歳経てども忘れられようか・・・・』


声は私の体を軸として、ぐるぐるぐるぐると、まるで竜巻のように、私を飲み込む・・・



いや・・・・

その声に生理的嫌悪感を覚え、私はかぶりを振る。


『礼を言うぞ・・・我が子孫よ』


やめて・・・私は、あなた達なんか知らない

『何をいうか・・・御身に宿るそのちからこそが何よりの証・・・・』


知らない・・・・何も、知らない・・・・!

『封印は解かれた・・・お主の、そのちからによって』


封印・・・

あの、麻紐・・・?

あの麻紐がちぎれていたのは・・・偶然・・・・の、はず・・・

けして、私のちからのせいなんかじゃない!

けして・・・・・

けして・・・・・!




しかし・・・・・・・


邪念が、辺りを包む・・・


どうして・・・

私の感じた、気配の正体は・・・

こんな奴らだったの・・・?


闇の中に、佐祐理の姿がぽっと浮き上がる。

佐祐理は、何も異変に気づかず、ご機嫌に未だ反物を眺めていた。


『おお・・・・見ゆる・・・・見ゆるぞ』

『あの娘・・・・・見まがうことぞあろうか・・・・倉田の血を継ぎし者・・・・』

『これぞ千載一遇の機会・・・・・・・』

『さあ・・・・我らの志を承りし、川澄の末裔よ・・・・・』


やめて・・・・・!


ぴきっ・・・・

ぴしっ、ぴし・・・・・


体に、「何か」が入り込んでくる・・・


私の思いとは裏腹に、体が操られるように、ふらふらと傍らの日本刀に手を伸ばす。


『今こそ・・・我らの思いを果たすとき・・・・・!』


震える手が、すっ・・・・・と長い刀身を抜く。
その刀は、闇の中にこそまばゆい光を放ち、場違いなほど煌めいていた。


佐祐理・・・・
佐祐理・・・・

お願い・・・逃げて・・・・・


私は、最早別人のように私の言うことを聞かない体が、
為そうとしていることに必死に抵抗する。


自分の意志で、自分の体が、止められない・・・!


それは・・・・想像を絶するほどの苦痛。

まるで、脳髄の末端血管が、一つずつ、しかし凄いスピードで千切れていくよう・・・



『何を躊躇ろうておる・・・・川澄の者よ・・・・・』

『お前のちからは・・・・・・何のため・・・・』

『今此処に、倉田の血を屠るための物ぞ・・・・』




いや・・・・

ちがう・・・・・

私のちからは・・・・・

そんなモノでは・・・・・・・・




『何が違うものか!』

『ぬしの忌み嫌いし、そのちから・・・・・』

『現に、他者を傷つけてばかりであろうが!』


そんな・・・違う・・・・

でも、その言葉を私は完全に否定しきれない


今まで私のちからがしてきたことは・・・

今まで私が剣を振るったときは・・・

全て・・・・

皆を、傷つけてばかり・・・・


『そうだ・・・そのちからこそが・・・』

『我らの残せし物・・・』

『倉田を恨み・・・』

『倉田を憎み・・・!』

『今、倉田に一太刀浴びせんと欲す』


私のちからは・・・

忌まわしきちから・・・

人を傷つける為だけの・・・

呪われたちから・・・・そうなの?



のろわれた・・・・・・ちからなの?



ガクンと、全身の力が抜け、邪悪な魂が・・・・・


今・・・・


ゆらりと・・・・・・私の意志を無視して・・・・・

刀が・・・・・

大上段に・・・・・・

振りかぶられる・・・・・・・・



だめ・・・・・!

佐祐理、佐祐理!

早く気づいて!


・・・・・・・・・・・・


私は・・・

私は・・・・ただ、佐祐理と、仲良く暮らしていきたいだけなのに・・・・・



どうして

どうして・・・・・



そして・・・・・・・振り上げた・・・筋肉に・・・・・力が・・・・・















『そうだ!』

『やれ!』

『殺せ!』

『消せ!』


ああ・・・

ああ・・・

ああああああああああああああああああああああ!

佐祐理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!

















『・・・いけません』
パパパパパパパパ!
幾筋もの閃光が視界に走り!   
瞬間、辺りの空気が幾分か暖かくなったような気がして・・・

力が・・・・・入らなかった

「ふぇ?舞、何してるのーっ?」


気配に振り向いた佐祐理の、いつもと何ら変わらない、のんきな声を聞いた途端、

全身から・・・何かが、抜けていく気配がした。

気がつくと、辺りの闇は、ただの倉の薄暗がりに変わっていた。

傍らに置いた懐中電灯から、一直線の光が無意味に剥がれかけた壁を照らしている。

そして、忘れかけていた独特のカビ臭さが鼻をつき、はっと自我を取り戻す。


佐祐理が、驚いた顔をする。

「ああっ、舞、だめだよ、危ないんだから」

そう言って佐祐理は、未だ硬直している私の手から、ひょいと刀を取り上げると、

しずしずとなれた手つきで元の鞘におさめた。


鎧甲冑は、沈黙している。
日本人形は、沈黙している。
掛け軸は、沈黙している。


何も・・・変わったところはない。
先程と何ら変わり無い、倉の中の光景が、目の前には在った。

これは・・・一体?


「ふぇ?舞、どうしたの?」

凝固したままで指先一つ動かせずにいた私に、佐祐理が気遣わしげに声をかける。
佐祐理・・・・あなたの・・・お陰なの?

「・・・なんでもない、ごめんなさい」
「あははーっ、びっくりしたよ」


さっきの・・・あれは・・・?
いや・・・ちがう
私は、きっと・・・・
この倉の雰囲気に、酔って、幻の中にいたのだ。。


そうだ。私は、きっと・・・・夢を見ていたのだ。
倉田家と川澄家の血の因縁、そんなものは・・・・存在しない。


私は、・・・・・・そう信じることにした。


「ふあぁぁ・・・っ・・・あ」
佐祐理が大きくのびをする。
「いい加減、つかれたね」
「・・・・・」コクン
佐祐理はどうだか知らないが、少なくとも私は、精神的に極度に疲労していた。

「そうだ」
私は・・・思いついた。
異聞・・・・そんなものは・・・・・・

「佐祐理・・・・」
私は佐祐理にあることを持ちかけた。





「うん!おもしろそうだね」
佐祐理は、こうみえて好奇心旺盛だ。それをすることにすっかり乗り気になった。

「じゃ、早速用意してくるね」
そういって、はみ出た反物を櫃の中に恭しくしまうと、
佐祐理はさっさと身を翻し、倉を出て行こうとする・・・・
「待って、佐祐理、」

私は、佐祐理の後を追うふりをして。

件の古書、「川澄家代々之記異聞」を手に取り、


そっと懐に忍ばせ


眩しく光差す、倉と外界との境界線を、


・・・・・抜けた。



(続く)

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F.coolです。
「アシスタントの水瀬秋子です」

このお話・・・展開が読めてしまいますね。
「そうですね。もう少し、謎を伏せて置いても良かったのでは、と思いましたが」
その通りです・・・テーマばかりを追って、謎の方を少しおざなりにしてしまいました。
少し反省ですね。
次回、舞が何をするのかも、予想はついてしまうと思いますし・・・

「ええ・・・・でも、、もう一つ謎は残ってますよ」
墨・・・ですね。これは、次回で、ということで。

「あらあら」

では皆さん、また次回でお会いしましょう。失礼します。
「失礼します」


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