倉田家代々之記異聞 四

倉と現世の境界線を抜ける。

途端、赤く燃える夕暮れ時の太陽が目を貫く。
いつのまにか日が暮れていたらしい。

外は、眩しいほどの光に満ちあふれ、先程までの出来事が、まるで嘘のように思える。

いや、事実、あれは嘘だったのだろう。

あれは、夢、幻。
川澄家代々之記異聞など・・・

しかし、
懐の書物が、重みを伴って確かな存在を主張する。
まだ・・・
まだ、消えていない。

これから、これからなのだ。

すでに辺りに佐祐理の姿はなかった。恐らく家にでも準備をしに行ったのだろう。


私は、無造作に件の古書を地面に置く。


都合良く傍らの壁に立てかけてあったまだ新品の竹箒を手に取り、その上に、辺りに敷き積もった枯れ葉を寄せ集める。

箒が枯れ葉を薙いだ後に現れる弧を描いた曲線が妙に美しく感じられ、
調子に乗った私はそこら中にその美しい模様を付けて回った。

数分後・・・

そこには、庭中に規律正しく付けられた曲線と、こんもりとうずたかく積まれた枯れ葉の山が出来上がっていた。

「舞ー。お待たせ・・・わ、すごいね」

屋敷の方から駆けてきた佐祐理が、感嘆の声をあげる。
事実、そこに出来上がった枯れ葉の山は、高さおよそ50cmほど、見る者に一種の迫力を与えるほどだった。

「・・・・・・」

気づいた私も、自分のしたことながら少し驚いてしまったほどだ。


「じゃ、始めよっかー」

夕焼けに照らされ、赤に映える、倉、枯れ葉、そして、私と佐祐理。

そこに、佐祐理が枯れ葉の山に手を近づけ・・・

もう一つ、「赤」が産声を上げた。


「わぁっ、良く燃えるねー」
「・・・・」

焚き火。
倉の中で、佐祐理に持ちかけたこと。

表向きの理由は、庭に降り積もった枯れ葉がだいぶ多かったことと、
私が一度やってみたかったからということ。


しかし、本当の理由は・・・・


ぱちぱち


枯れ葉の山に抱かれた古書は、永年の時を経て来たせいか、乾ききった和紙は焚き火の頼りない炎にもよく燃えた。

炎は、薄灰色の煙を上空にたなびかせ、無常に枯れ葉の山を黒く染め、無へと帰していく・・・・

そう。


無へ、帰るのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふわっ・・・・・

すると、

私の体を、奇妙な感覚が包む・・・・

これは・・・倉の中で感じた・・・

でも・・・もっと、優しくて、懐かしくて・・・・


『川澄、舞・・・』


この声は・・・
剣が振り下ろされるその刹那に聞こえた・・・



『我らの長の記せしこの書。

世にも恐ろしき呪いの書。

できうるならば、此の書物、早々に処分すべきであろうが、

我もまた、川澄の者

他者の無念を鑑みるに、其れはあまりに忍びなく、

せめて、この書を読みし者に、

川澄の呪いを知らせし事なきよう、

ただ、家名にのみ墨を塗るものなり。

我が心は、この書が災いをもたらさぬよう、そればかり


川澄舞・・・、貴女がこの呪いを断ち切りしこと、

・・・・・礼を申し上げます』



それは。

家名に塗られた墨に、宿った言霊。

悲痛な思いを込められた墨に、残された言葉。

その主は・・・


「お母さん」

「え?舞、何か言ったー?」

「ううん、なにも」


母。

川澄家の、母たる者。

歴史の闇に追いやられた川澄家、その女。

優しき心。

慈愛の心。

その心が。

時を越え。

私の・・・・元へ・・・・


すぅぅぅぅ


背後に絶えず感じていた雰囲気は、今、倉の至る所から我先にと浸み出て・・・・

そして・・・・・

天高く・・・・

昇っていった・・・・・



煙は、冬の風にその身を散らされながら、

ゆらゆら

ゆらゆらと・・・・

空に、溶けていった・・・・




これで・・・・・

これでやっと・・・・

これで・・・倉田家、川澄家の因縁も消えた・・・・







・・・・・・・・はずだった。


このまま、私が忘れてしまえば、この事実も消え、何もかもが元通りになるはずだったのに

倉の中でのあのおぞましき声が、再び私の意識を駆けめぐる・・・・・



『口惜しや・・・・・悲しきや・・・・・』



その地の底から響くような恐ろしい声は、全てが消えた今でも、心の中に確かな存在感を持ち、私を圧迫する。


あれは夢・・・

いや、夢じゃない・・・

あれは幻・・・・

いや、幻じゃない・・・・


だめ・・・・・

やっぱり、忘れる事なんて、出来ない・・・・・



私は戸惑う。

川澄家の過去を知る、唯一の記憶。


その思いは、たとえ私がなきものにしようとしても・・・・

それでも、まだ・・・・


事実・・・

私は佐祐理を手に掛けようとした

自らの望んだことでは無くとも、それは実際にあったこと・・・・


古書を焼き払い、灰へと帰すことで呪いを完全に消してしまおうとした私の目論見は、不完全に終わった。


倉は浄化され、品々はただの古物に変わり、唯一の証文は今炎の中・・・

それでも。

それでもまだ、川澄の呪いは・・・・・・

私の心の中に暗怨と渦巻いてしまった。

完全には、無くなってはいない・・・・・


その記憶。

記憶。

唯一、記憶のみが、川澄の呪いを現在に残している。


この記憶を、どうしたらいいのか。

私の思考は困惑と不安に支配される。


どうしたら、いいの・・・


先程の声に問いかけるが、返事は帰ってこない。


そう・・・・一緒に、天に昇っていったんだ・・・・


私は一種、諦めにも似たような寂しさを感じる。

戸惑いの中、ふう、と息を吐いて、閉じていた目を開けた途端、佐祐理の呆けたような顔が目に飛び込んできた。

「・・・・・・・!」

私は少なからず驚く。

「ふぇ、舞、どうしたの?なんだか、悲しそうだよ・・・・」

私をのぞき込んだその声は、切に私のことを心配していた。

「なんでも・・・ない。ちょっと、ぼうっとしていただけ」

私は佐祐理に真実を告げるべきかどうか逡巡したが、結局何も言わず誤魔化すことにした。
別に、このような忌まわしい話を進んで知らせるべきではないだろう。

「そうなんだー、心配したよ、どこか具合が悪いのかと思って」

案の定の答えが返ってくる。

佐祐理は、優しい・・・



しかし・・・・・その優しさは、強さから来るものではない。

佐祐理も、私と同じ、弱さを抱えている。

私はそれ故に心を凍らせたが、佐祐理はそれ故に何者にもその優しさを振りまく。

そんな佐祐理に、こんな事を言えるわけがない。

言ったが最後、この心弱き親友がどうなるかわかったものではない。

もちろん、「なにそれー」と、一笑に付される可能性もあるにはあるわけだが・・・・


しかし、このままでは、川澄家の呪いは、完全に浄化されはしない・・・・


その為には。


いつか。

いつになるか、わからないけど、

いつの日か。

佐祐理が、その弱さを克服し、本当に心から笑える日が来たら・・・・

今日のことを、話そう。

その時こそ、佐祐理はこの話を受け止め、その笑顔でさらりと受け流してくれるに違いない。

「そうなんだ、でも、昔の事は昔のことだよねーっ」

・・・・・と。


その時こそ、真に、川澄家の呪いはこの世から完全に消えて無くなるのだ。

それまでは、私は今日のことを胸のうちに秘めておこう。

大丈夫。

終わりのない秘密なら、苦しいだろうけど・・・・・

いつか、その秘密が解き放たれるときが来るなら・・・・

そう、いつか・・・・

いつの日か・・・・

・・・・・・

その時、急に私の心に不安がよぎる。

その、いつかが来るまで・・・・・

私は、佐祐理と一緒にいられるのだろうか?

私も佐祐理も、この春には学校を卒業する。

そうしたら、いつも一緒にいられる時間も限られてくる。

そして、二人の心がすれ違い始め、

離ればなれになってしまったら・・・・


その先は想像したくもない。


佐祐理は、無邪気に枯れ葉が燃えていく様子を眺めている。

枯れ葉の山は最早殆ど炭に変わり、所々が燻るぐらいにまで燃え尽きていた。


異聞

異聞は、今、完全に消えた


後は・・・・私の、心だけ・・・・


私は、少しでも不安を紛らわせようと、佐祐理に問いかける。

「ねえ、佐祐理・・・・」

「なに?」



「私達・・・・いつまでも、友達だよね?」

すると佐祐理は、夕日に照らされた顔をにぱっとほころばる。

そして



「何言ってるのー、舞。もちろん、佐祐理達はいつまでも友達だよ」

と言って笑う親友を私は無条件に信用してしまうのだった。








『前に見ゆるは長き道、長く険しい悪路なり』

『如何に辛き道なれど、隣りに居るのは我が友ぞ』

『御歳若干まだ未熟、さりとて君の笑顔は我が喜び』

『されば我とて前に進まん、後ろにありしは只の過去』

『遠くに見ゆるは輝ける、約束のかの地に足を向け』

『ただ、今は其の、君と共に遙かな道を歩まんとす』





(終)







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こんばんは、F.coolです。
「アシスタントの、水瀬秋子です」

本作は・・・・なんというか、まあ・・・・実力不足を露呈したと言いますか・・・
「ちょっと、詰めが甘かったですね」

うう・・・でも、こうしないと終われませんし・・・
本当は、一回で終わる企画だったんですよ、このSSは・・・・
でも、ずるずると続いてしまった・・・・
「あんまり愚痴らない方がいいですよ」

そうですね。
では、えっと、批判、反論、
「もちろん普通の感想も」
お待ちしてますね。

それでは、また、お会いしましょう。
「では、失礼します」

格好悪い補足:
本文中に出てくる、「母」とは、厳密には舞の母のことではありません。
川澄家の一族の、母と呼ばれた人物のそのうち誰かです。
または、その全員であるかも知れません。

過去は過去・・・です。
いかにおぞましい過去でも、完全に忘れるのはどうかと思いますが、
それに振り回されるくらいならば、消し去ってしまった方がいいのかも知れません。
それが、「呪い」などというものならば尚更かと思います。

でも、解釈はよんだ方のご想像にお任せします。
上記の補足は、私の個人的意見ですから・・・

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