倉田家代々之記異聞 二


私は、その赤茶けた表紙を、そっとめくってみる。
紙は思ったよりも丈夫で、破れることにそれほど気を配る必要はなさそうだ。

ぺらぺらとめくってざっと目を通してみると、内容は、思った通り古文調で書かれていたが、
ややこしい草書体ではなく、楷書体でしたためられていたので、私にも何とか読むことが出来た。

所々表紙と同じように墨で塗りつぶされていたところがあったが、
――─どうやら家名の部分のみを隠そうとしているようだ―――
どうやら佐祐理の家の歴史のような物らしい。

私は、一旦本を閉じ、改めて始めから読み進めた。



『ここに記すは暗怨に彩られた我が**の家の史なり、この書を読む者ぞ、我らが恨みを知りたもう事を・・・』



序文から、なにやら因縁めいた物が漂っている・・・
しかし私は、それでも読むのをやめようとせず、前より一層自分の興味が引きつけられるのを感じた。



『千歳のいにしえより陸奥、出羽の地を治めたる**の名、その権勢は遠く関東の地にも及び、

 されどもその名は陰として明るみに出さず。ただ、裏より支配するのみ。

 その力は神のごとくかはたまた鬼の法術か。式を操り、剣は達者、財、権、誉、思いのままぞ。

 民草の言う、かくも**の御名の知る所に住まうこと、これ幸いかと思いけり。

 さりとてかの平氏に習うがごとく、大和、源、足利、と勢を保てし我が家も、いつしか滅びの時ぞ訪れたる。

 それも世の習い、時の定めであるならば、諸行無常と言えようが、長年に扶け給うた

 従者よりの裏切りを受けたりしは、やれ口惜しかな、決して忘れられまいぞ』



どうも、佐祐理の家は、元々地方の豪族だった者が、部下の裏切りによる没落を経て出来たものらしい。
この倉に納められた名品珍品の数々も、その時の名残なのだろうか。

法術などと書いてあるが、これはその時の盛況ぶりを揶揄して誇張したものだろう。
迷信深い時代のことだ、もしかしたら本気でそう信じていたのかもしれないが。

私はさらに頁をめくる。

その次からは、没落した**家が、いかに艱難辛苦を経て生き延びたかがつらつらと書き連ねてあり、退屈になった私は斜め読みにして、早々に最後の頁に辿り着いた。
不思議なことに、途中には没落から現在の佐祐理の家のように盛り立てることが出来た、と言う文章は一切無かった。

何故?
栄え始めたのは、この古書の書かれたのち、近世になってからなのだろうか。
しかしそれでは、室町時代から続いた大名というのは・・・お金持ちにありがちな、身分詐称?

最後の頁には・・・



『我らの仇、**の者に記す。

 我らを裏切りたりし、憎き**の一族よ。やれ百歳千歳経ようとも、汝が名、忘れることぞできようか。

 かくなれば、子々孫々までその名を受け継ぎ、汝らに災厄をもたらさんことを。

 我が血は薄れ行き、力は消え失せていこうとも、いつかは力を受け継ぎし者ぞあらわれたらむ。

 そして、必ずや汝らを滅ぼして、再びこの地に**の名を轟かせようぞ。

 その日のために、我は最後の力で渾身に汝が家に呪いをかけん。

 家は栄華に、せいぜい栄えるがよし。この世に金ほど虚しきものは無きにけり。

 されどその子女は、我らの秘術にて、けして健常に育たぬよう。

 幼きうちに死に絶え、残るが一人は絶望のうちに家を盛り立て、永劫に苦しみ続けよ。

 汝らの奪いし数々の宝物にも、同様の呪いが掛かっていると知れ。

 **家を裏切りし報い、その身にようよう味わうがよし。』

 


最後の頁は、このような凄絶なおぞましい呪いの言葉で綴じられていた。

・・・まさか、佐祐理の家がこんな過去を持っていたなんて・・・
いや、これはきっと、何かの間違いだろう。
もし本当にしろ、今のように栄えていれば、こんな呪いのようなものもすでに無くなっているだろう。

そう思って、本を箱に再び収めようとすると・・・
箱の底に記されている但し書きに気づいた。と、同時にその横にあった署名をも。
そこには、こう記されていた。



『この書は、我が始祖たる、初代が残した、我ら一族の最初にして最大の恥である。

 だが、そのお陰で現在の隆盛があることも忘れてはいけない。

 この書は、明治の世になってから、旧・本家跡地の土倉から発見した物である。

 その時には、すでに何者かの手によって何故か家名に墨が塗られていた。

 願わくば、この書を桐の箱に収め、数々のかの家からの奪取品と共に、我らの名の元となった

 倉に納め、永劫に結界の中に閉じこめ、無力無害にしておかんことを願い、此処に記す。

 ただ、子々孫々にまでこれを伝えるのは、幾分か彼らに重圧を与えかねないので、

 代々、倉の品を持ち出さず、常に清潔にするよう努め、

 時々は品々を見物し彼らの思いを慰めるようにとだけ、伝えることとする。

 なお、この書を納めた箱は、厳重に封印し、けして破られることの無きよう。』



封印・・・
私が箱の横に目をやると、先程は暗くて気づかなかったが、箱には頑丈な麻の紐が幾重にも巻き付けられていた。
しかし、全て途中でブチブチと千切られている。

きっと、長い年月の間に、腐ってしまったのだろう・・・。
私は何故か、そう強く思いこむようにして、署名の方も読んだ。

すると・・・・

      ‐‐‐
『第六代目 倉田家当主』

・・・・私は目を疑い、その後、戦慄し、身を震わせた。
倉田家?
裏切り者の方が倉田家・・・佐祐理の先祖なの?
では、この本を書いたのは・・・
私は懐中電灯をたぐり寄せ、佐祐理が「暗いよ、舞」と不満を漏らすのも関わらず、
表紙の「**」と墨塗られた部分を良く照らした。
墨と墨の成分の違いか、良く目を凝らすと、元々何と書かれていたのかうっすらとわかってきた。

しかし。

私は、それを見るべきではなかった。
いや、元々気づいてしかるべきだったのだろう。

この倉に入ったときに感じた気配から。

この古書に漂うまがまがしい雰囲気から。

この『その力は神のごとくかはたまた鬼の法術か。式を操り、剣は達者、・・・』という一文から。


しかし私は、自分の頭に湧きあがるその事を、
まさか、とせせら笑って、・・・本当はそれを恐れて、頭から否定し続けた。

だが、その題名を確認したときから、私は後戻りできなくなった。



そこに書かれていた、真の題名は・・・・・・・・・・!






「川澄家代々之記異聞」



















(続く)

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F.coolです。
「アシスタントの水瀬秋子です」
今回はちょっと描写不足でしょうか?
「ええ・・・でも、今回はお話の性質上、仕方ないと思いますよ。次回はその分、たくさん描写を入れる予定ですよね?」
はい。えっと、では、次回辺りからこの話のまとめに入ります。
まだ、三回目なんですけどね・・・
「感想、頂けると大変嬉しいです」
では、失礼します
「失礼します」

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