倉田家代々之記異聞 一



庭木の枯れた葉が、はらりはらりと落ちていく。
広い庭が、少しずつ枯れ葉に隠されていく様は、一種幻想的でもあった。
私はその枯れ葉をしゃりしゃりと踏みながら歩いていく。

私は、今、佐祐理の家に遊びに来ている。
今日は佐祐理の家の倉を見せてくれるらしい。
倉なんか見たって面白くないとは思ったが、

「きっと面白い物が見つかるよっ」

と言って笑う親友を私は無条件に信用してしまうのだった。

「まいーっ、こっち、こっち」

あ。佐祐理が呼んでる。

「・・・・どうしたの」

「ほらほら、ここが佐祐理の家の倉だよっ」

目の前に、薄灰色の土塀がずぅっと続いている。
見上げると、これまたずぅっと薄灰色が天に伸びている。

「・・・・」

「あははーっ、舞、どうしたの?」

「・・・大きい」

「そうだねぇ。佐祐理もびっくりした」

大きいというか、その建物は妙な威圧感を持って私の眼前に迫っている。
非常に古めかしい建築物だが、その迫力は、まるで今し方建てられたばかりのような錯覚さえ起こさせる。・・・何となく、妙な雰囲気を感じる。

どくん。

何故か、心臓が大きく脈を打つ。

ココニ・・・ハイッテハ・・・・イケナイ

心の中の何かが私に危険を告げる。

しかし佐祐理は、そんな私の思惑をよそに、中を懐中電灯で照らしながらずんずんと奥に入っていった。

「舞、こっちだよ」

「・・・・」

「どうしたの?舞」

「・・・佐祐理、ここはちょっと・・・」

「・・・・?」

「・・・・・えっと」

「・・・・・??」

「・・・・・その」

私は明確にそれを言葉で言い表せず、ただ曖昧な返事を返すほか無かった。

「あ!わかった」

佐祐理は唐突ににっこりと笑って目の前で手を合わせる。
何かを納得したときの佐祐理の癖だ。
佐祐理もこの気配に気づいたのだろうか。

ところが、佐祐理の口から出てきた言葉は、

「舞、こわいんでしょーっ」

・・・・・

ぽかっ

「いたいよぅ」

私は佐祐理の頭を軽くチョップで小突いた。佐祐理は頭を押さえ、大げさに痛がってみせる。

「怖くない・・・けど、この倉、大丈夫なの」

「え?大丈夫だよ?この間、みんなでお掃除したし・・・整理整頓もきちんとしたよ」

みんなというのは、佐祐理の家の使用人達のことだろう。

「だから、佐祐理達しかいなくても、中を探検できるんだよ」

「・・・佐祐理は、気づかないの」

この不穏な空気に。

「・・・なに?」

佐祐理は、いつもと変わらない天真爛漫な笑顔を浮かべている。

やはり。

佐祐理は、気づいてないのだ。この倉に漂う、ただならぬ雰囲気を。

「さ、いこうっ」

佐祐理は一人で奥へ進んでいった。

・・・・

私は、神経を澄ませて、気配の正体を探ってみる。

・・・・

しかし、その正体はつかめなかった。

だが・・・不思議と・・・とても、懐かしい気持ちになるのは、何故だろうか?

「待って、佐祐理」

その雰囲気には特に明確な害意は感じられない。

そう悟って、私は佐祐理の後について、その倉に足を踏み入れた。



倉の中に入ると、如何に掃除したと言っても、拭いきれない一種独特のカビ臭さが鼻を突く。
下にはおざなりに板がしかれており、一歩足を載せると、ぎし、と鳴いた。

「わ、真っ暗だねぇ」

「灯りは」

「うん、ちょっと待ってて」

佐祐理が、手にしていた懐中電灯のスイッチを入れる。
闇に一筋の光が走り、辺りの光景がぼんやりと浮かんでくる。
まず最初に照らし出されたのは、きれいにほこりを払われた、いかめしい武者姿の鎧甲冑だった。

「ひゃっ」

佐祐理がそれを見て素っ頓狂な声を上げる。

「・・・大丈夫、ただの鎧」

「う、うん、わかってるよ・・・でも、びっくりしたぁ」

「・・・もう、やめる?」

「舞、何言ってるの。これからだよーっ」

はぁ。

私は一つ溜息をついた。

困った。どうも佐祐理は顔に似合わず好奇心旺盛なところがある。
私は少し呆れつつも、さらに奥へ向かう佐祐理の後へと続いた。



金色の屏風、一振りの立派な日本刀、華麗に着飾った日本人形、
細かな細工を施された鞠に、茶器と書かれた漆塗りの箱。

懐中電灯の頼りない灯りに照らし出される倉の所蔵品は、どれも私の興味を誘うには充分過ぎるほどの彩りを持っていた。
いつもはそういった品を見ても、ただ綺麗だなとしか思わないのに、今日はどうしてだろうか。

やはり、この雰囲気がそうさせているのか。
そう思うと、私はちょっと身震いするのを禁じ得なかった。

「わ。きれいだねー」

そういって佐祐理が持ち出したのは、金箔を張られた立派な扇子だった。
佐祐理はそれを閉じたり開いたりして遊んでいた。
そんな無邪気な佐祐理の姿を見ると、私は安心した心持ちになれるのだった。

私達は、さらに奥へと進んだ。
未だちょっとだけ不安があったが、常に佐祐理が側にいてくれているのが心強かった。

だんだんと目も暗闇に慣れていき、土塀の上の方にあいた窓とはいえないような
四角い隙間から射し込む光でも、十分に辺りが見渡されるようになってきた。

我々の目の前にあらわれる、芸術品の数々。

襖絵、能面、草書体の掛け軸、押し絵、水墨画。

その水墨画をよく見てみると、雪舟と印されていたので驚いたが、

「あ、それ、贋作なんだって」

佐祐理の声で我に返る。しかし、贋作にしても立派な出来だと思う。

考えられるだけの数があるような、古式ゆかしい所蔵品達。
しかし、一つ腑に落ちない点がある。

「・・・どうして、外に出さないの」

通常、こういった物はもっと保管に適したところに置くべきではないだろうか。

そう思って、佐祐理に問いかけたところ、

「佐祐理も、お父様に相談したんだよ。でも、この倉の物は、絶対にこの倉から出してはいけないって言われたの。昔から、そう決まってるんだって。どうしてだろうねーっ」

「・・・そう」

それがこの倉に漂う雰囲気に起因することなのだろうか。

そういえば、佐祐理の家は、室町時代から続く、少しは知られた大名だったと聞く。
奥州平泉の落人とか、そういった話も聞いたことがある。
それにも何かしらの関連があるのだろうか?

ふと、私の気を引く物があった。

桐の箱に収まった、一冊の古書。

この本から、懐かしいような、恐ろしいような、奇妙な気配を覚える。



びくん。



ふいに、遠い記憶が甦る。

ぼんやりとした、不確かな世界。私は子供になり、どこかの家の中にいる。

小さい頃の私の前で笑っている女性がいる。

それはとても、優しい笑顔だ。

その姿は・・・・お母さん?

ずっと・・・ずっと思い出さないようにしていたのに、どうしてこんな時に・・・


私はその思いを頭から振り払い、気を取り直して佐祐理に尋ねた。

「佐祐理、これ・・・」

なんの本なの。

「うーん・・・・?なんだろうね。壊したりしなければ、ご自由にどうぞーっ」

佐祐理もよくは知らないらしい。
・・・・そう言われたら、自分で調べてみるよりないだろう。

私たちは壁の杭に懐中電灯をぶら下げ、しばらくそこで落ち着くことにした。
佐祐理はせっせと櫃の中から反物をとりだしては、一つ一つ丹念に眺め、そのたびにわぁ、とか、ふぇ、など、大仰な感銘を受けていて、まるで心ここにあらずと言った様子だ。

佐祐理のことだ、いずれ、「着物を作ってみたいなーっ」なんて言い出すに違いない。

すると佐祐理は、ふいにこちらを振り返り、

「ねえ舞、この反物を使って着物を作ったら、とても綺麗だろうね」

予想通りの反応。
私はあきれるでもなく、親友の反応に妙なおかしみとうれしさを感じる。

「作ってみたら」

「うん・・・でも、持ち出せないんだよね・・・残念」

そういいつつも、佐祐理は再び熱心に反物の柄を眺め始める。

私も、視線を手元に戻し、その一冊の本の表紙に見入る。

題は・・・うん?


一部が墨で塗りつぶされていて、読むのを不可能にしている。


それに気づいたとき、私の背中になぜか戦慄が走った。

読めない部分を抜かし、読める部分をよく見てみると、こう書いてあるようだった。





「**家代々之記異聞」



(次回へ・・・)

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しかし、佐祐理さんと舞の会話は難しいですね・・・・
私の文章の至らないところも多々あると思われますので、何かお気づきの点があったらご指摘下さい。

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