−蜘蛛の糸〜第二章〜−




 冬も春もなく熱い国、ヒンドゥス。
 熱帯だから当然、と言えば当然なのだが、どうにもこの暑さは尋常ではない。その実それが隣国ヴァルハラントの気候に馴れた故の我が侭であったとして、暑いことに変りは無かった。
「ねぇバロネスぅ」
「何?」
 今日も今日とて、黒き魔女の弟子ことラプンツェルはソファに寝そべり、正午も近い空気が孕んだ熱気を、黒いサリーと供に肌に流していた。
「こう、兆度よく煽いでくれるような仕い魔でも呼べないのぉ?」
 窓はとっくに開け放ってある。どうせここは城塞の中、しかも逞しい衛兵や知らない者なら躊躇いなく殺す奴隷女が徘徊する輪の中である。安全がどうのと考えるよりも、本能を満たす行為の方を優先しないでいるべき理由は無い。
「仕い魔?」
「だって、本当に暑いんだものぉ。毎日こんなじゃ、やりきれないわぁ……」
 しかして、砂塵の舞う空気は重くよどみ、どうにもラプンツェルの希望通りの風を吹かせてくれる気配など、それこそ微塵も無い。
 奴隷を呼びさえすれば、文句の一つもなく扇子を探し、その上で辛抱強く煽いではくれるだろう。ただ、ラプンツェルとしては、そこで呼ぶ相手が問題なのだった。
「そうかしら、そんなに暑いとは思わないわね」
 運動をしているわけでもないのに、ラプンツェルの息は少しずつ上がっていく。
「バ……バロネスはいいのだわぁ、こういう暑苦しいのには馴れっこだものぉ……」
 奴隷を呼ぶ。そうすると数刻を置かずに来る。それはいい。
 扉が開く。そしてラプンツェルの目に写るのは、隆々とした筋肉。
 −これはいけない。ただでさえ暑い部屋が、見た目だけで暑い物体を追加することで、余計に暑く感じられるようになってしまう。
 亡羊とし始めた頭の中で、脚本をリテイクする。
 開く扉、そして現れる、ぬっちりとした肢体と揺れる男根の女。
 −更にいけない。肉付きが薄くいかにも幼い小娘然とした自分を意識させられて、不愉快この上無い。だからといって相手の男性器を苛めることなどに考えを向ければ、結局は興奮して暑さを加速させることになる。堂々巡りだった。
「そろそろ貴女もここの気候に馴れた方がいいわよ? 私の弟子を名乗っているんでしょう」
 どうやら男爵ことバーバレラは手元で弄んでいる呪術具に気が向いているらしく、つれない返事しか返してこない。かと言って自分で召喚をしようにも、発禁本で読んでいる程度の知識のうろ覚えでは、安全な呪文の行仕すら怪しい有様だった。
「それは、そうなのだわぁ……。でも、この場合はぁ、せめてヒントくらいくれても、いいじゃないのぉ……」
 はあはあと息を荒げて、ラプンツェルは薄い胸を上下させる。絡み付くような眠気が漂うが、それで熟睡するには環境が苛烈すぎた。
「ヒント……そうねぇ。そういうことなら、労役の法の練習でもしたら? どうせ、奴隷を操るにも必要なものよ?」
 バーバレラが何気なく吐いた言葉に、ラプンツェルの眉がびくりと動いた。
 今の今までまともに呪術の手ほどきなど受けたことのない相手である。少しのヒントであったとしても、普段の実力から考えて、広範な技能の元となるものかも知れない。淫猥な術に関しては文句無く世界一であろう魔女のアドバイスに、ラプンツェルは呆けた頭の中で、使えそうな知識を掻き集め始める。
「……そうねえ、貴女が持ってきた、あの人形なんてどうかしら?」
「へひぃっ!?」
 少しだけ本気を出したような魔女の声を聞いて、ラプンツェルは体を仰反らせた。
仮住まいだった所から直接ヒンドゥスへ移ってきた都合もあり、また元来外の世界との?がりが薄い少女には大した量の持ち物は無い。
 その中でも、発禁処分を受けた呪術の本を数冊、針葉樹の枝のようにも蟲の足のようにも見える装飾を豪華に施された手鏡、そして自分で手を掛けた人形だけは、隠すようにして魔法学校にも新居にも持ち込んでいた。
「そう、名前は何ていったかしら……確かクゼットちゃんだった?」
「……うぐぅっ……」
 手元の呪術具を弄り回しながら、視線も向けずに継げた言葉に、ラプンツェルは顔を朱色に染めて縮こまった。小娘の恥辱めいた感傷など気に留めずに、バーバレラは最後の教唆を言い放った。
「夜になってからでいいから、あれに手近な魂を呼び込んでみるといいわ。練習にはなるはずだから」
 同居している詐計に秀でた魔女が普通の助言や教授もできることを知り、ラプンツェルは少しならず驚きながら、ひたすらこくこくと首を上下に振っていた。

     − alive           but             dead  −

 熱帯の国にも夜は来る。悪夢や呪術が支配する病(やみ)の時間は、むしろこの国の或る意味での本質を掌るともいえた。もっとも、貴族主義を掲げる隣国ヴァルハラントがその病に侵されていないなどとは、誰も言えないのではあったが……。
 ところで、魔女に与えられた自室で寝台に寝転がったラプンツェルは、汗まみれになったサリーを半ば以上はだけて、例の人形ことクゼットを箱から取り出し、手にとって眺めていた。
「クゼットに魂を呼び込む……大変そうなのだわぁ……」
 呪術に関する知識はあるラプンツェルは、体を無視して精神だけを操ることの面倒さはよく聞き知っていた。結局のところ器である体が脆弱であるからこそそこに付け込む余地が増えるのであり、器が無ければ操る以前にその中に蓄えた水そのものがこぼれて無くなってしまう。
「手近って言ったってぇ、どこに捨て猫みたいに魂なんかが転がってるっていうのよぉ……」
 この城塞の中ならともかく、その外となると、日頃暑さに負けて出歩かないラプンツェルにしてみれば、知り合いなど居ないに等しい。中でとなると、奴隷だの偶に出会う同列の訪問者だのの名前などいちいち覚えていないし、第一そうした者たちが夜に眠っているかどうか分かったものではない。
 魔法学校にいるはずのかつての同輩たちを利用することも考えたが、ただ詰まらないだけの相手を呼んで屈辱に泣かせたところで、今更関係無いのだから面白くもない。
「適当にやってみてから考えれば、どうにかなるわよねぇ」
 本格的にヒンドゥスに来て以来すっかり退廃的な思考が板についたラプンツェルは、御座なりにカーペットを敷いた床に座り、その上に翆の薬粉を振り撒き、歪んだ魔法陣を描いた。
 その頂点から僅かにずれた点のいくつかに、同じ粉を黒ずむまで練り込んだ特製のロウソクを置き、力を込めて魔力を送って火をつける。
「ふぅ、これで、後は待つだけだわぁ……」
 しばらく燃える火を見詰ていると、炎がゆらゆらと揺れだした。紫めいた色合いのそれが指し示す方向は、城塞の門から真直ぐに伸びる街道から少し右手寄り、西に近い。揺れる数を見れば、距離はそれほど遠くない。
「あの辺りにあるのはぁ……、宿場、かしらぁ?」
 宿場と言えどランクは様々にある。ラプンツェルが思い出すそこは、流れの商人や荷馬車が泊る、馬小屋に近いような安宿が犇きあう狭い地帯だった。
「まぁ、いいわぁ……さぁ、早く来るのだわぁ」
 魔法陣の上に踏み出さないように気を付けながら、ラプンツェルは線の上でくるくると手首を廻した。伸ばした人差し指と緩やかに巻き込んだ中指で空気を掻き、空中に潰れた円を描く。
 もごもごと口の中で呪文を唱えるラプンツェル。それに応えて、翆色の陣がぎらぎらと艶めく。その中心で釘に囲まれた人形のクゼットが、粉が蓄えた魔力を吸い込んで、呪術の力でぶくりと脹れた。
「来た、きたわぁ……。私って、やっぱり凄いのだわぁ」
 手首の血管を溯ろうとする呪術の逆流を抑えて、ラプンツェルはぐりぐりと肘の内側を揉む。そうする内にも、人形はぶるりぶるりと音を洩らしながら肥大化を続けている。
「さぁ、私の命令で動くのだわぁ、クゼットぉ……!」
 普段は名前を呼ばない人形を相手に、ラプンツェルは一人、法を使ったショーを続ける。不意に陣の明りが消えた刹那、ラプンツェルの部屋全体が脈を打った。
「くはぁ……っ」
 閉ざされた視界の中で、ラプンツェルは大きく息を吐いた。手前の床で、何かが動く気配がする。
「んー……?」
 灰褐色の丸帽子と、揃いの薄布のドレスを纏った少女が、ざらりと床に衣擦れをさせて立ち上がる。その様子を見て、ラプンツェルは年甲斐もなく、股間に隠した器官に血が集まるのを感じ取った。
「え……どこ、ここ……って」
「ふふっ……動いた、動いたのだわぁ……。さぁクゼット、久しぶりに御主人さまに使ってもらえるのよぉ、挨拶はどこにいったのぉ?」
 光を失いかけた魔法陣の中にずかずかと踏み込み、ラプンツェルは自分より少しだけ背の高い、成長した人形とでも言うべき少女の目を覗き込む。目尻の上がった紫紺の瞳を揺らし、クゼットと呼ばれた人形は声を洩らす。
「クゼット……? あぁ、クゼットっていうんだ、あたし」
「クゼットぉ?」
 ラプンツェルは、口を尖らせてクゼットに詰め寄る。折角少なくない魔力を使って呼んだのだ。ただ動きました、で済ませては、或る意味で勿体無い。
「で、貴女が御主人さま、と……。あぁあぁ、思い出した。……ふーん、使うつもりなんだ、あたしを。へぇー……」
しかし、その口から出てきた言葉は、仕役するために召喚した下僕というイメージをさっぱりと拭うのに十分なものだった。それでも、そこはラプンツェル、尊大な態度を崩さずに人形の前で腕を組む。
「クゼットおぉ? 聞こえてるのか、教えて欲しいのだわぁ?」
 元は人形、そう侮ったラプンツェルは、自分を吹き飛ばした衝撃の正体が、暫らくの間分からなかった。気がつくと、寝台の脇に背中を預け、床に両手を押し付けられている。
「ちゃぁんと聞こえてるよ、ラプンツェル。でも、あんたのことはあんまり覚えてないから、ちょーっとお話、しようねぇ?」
ラプンツェルが呼び出した魂は、主人だったはずの少女の下半身にまたがって、首筋に噛み付きそうな様子で歯を光らせた。

     − alive           but             dead  −

 魔力の消耗は、時に単純な疲労よりも呪術仕いにとっては厳しい。茹ったような体に、木の腕をもつ人形の力を跳ね返す力を要求するには、ラプンツェルの行使した術は本格的すぎた。
「へぇ、チンボ生やしたんだー? 実に変態だったんだねぇ、御主人さまぁ?」
「は、離すのだわぁ……。誰もそんな風に触れだなんて」
「あれあれぇ? 触ってほしいんじゃなかったっけ? 間違えたかなぁ、あたし?」
 ベッドに上半身を預けた姿で、ラプンツェルは後ろから股間に手を入れられていた。ずるずると這い回る指が半裸の尻を割り、谷間にぶら下がった蒸れた塊をぐりぐりと握る。
「しかも、肉竿だけじゃ足りなくってタマまで? 友達いない人だとは思ってたけど、ここまでくるとどうしようもないよねぇ」
「は、離せと言っているのだわぁ、クゼット……っ!?」
 失礼な言い回しを使う人形を相手に、ラプンツェルは主人としての威厳を賭けて言い返してみる。しかし、急所を押えられた今の姿勢では、クゼットが指先に力を込めるだけで、反抗の言葉はあっさりと封じられてしまった。
「はぁ、ああっ!?」
 猫のように爪を立てた指が、白い薄皮に包まれたラプンツェルの饅頭を責める。詰まった色の知れないアンにぐぢゅりと力が加わると、ラプンツェルは痛みと快楽の混ざった声をあげるのだった。
「なぁにぃ、タマ弄られるのでも感じちゃうわけ、ラプンツェル? あ、間違えた、御主人さまなんだっけ、こんなのでも」
 言葉でもラプンツェルを責めながら、魂を呼び込まれた人形は時たま、勝手な独り言を呟く。それはどこか記憶を失っているようでもあり、久しぶりに目覚めた呪術具が以前の行為を思い出しかけたまま呆けているようにも見える。非力な体を背後から襲われている格好のラプンツェルからしても、そうした様子はいかにも緊迫感に欠けるものであった。
「それで、クゼットは私をどうしたいのかしらぁ? 御奉仕するならするで、前口上とかそれらしい態度とかがあると思うのよぉ?」
渦を巻いた髪の毛を揺らし、ラプンツェルは背後の人形少女に水を向けた。尻から潜り込んだ手の中には、垂れた睾丸と充血しかけた男根が握られたままである。しかし、いざとなれば、部屋に張り巡らせてある結界を利用して相手を呪縛してもいいし、強制的に術を解除してクゼットをただの人形に戻してもいい。そう考えて、ラプンツェルはあくまで高圧的にクゼットの相手を続ける。
「口上……面倒くさいなぁ。そういうのが好きなの、ラプンツェル?」
「当たり前でしょぉ? 奴隷は奴隷らしく、口でも御主人さまを満足させなくてはいけないのだわぁ……」
 人形と少女の会話の間にも、ラプンツェルの男性器はグニュグニュと揉まれ続けている。襤褸切れのように絡みついた衣服の隙間から、生白い男根が起き上がり、ベッドに向かってぶるりと汁を飛ばした。
「ふぅん……。満足かぁ。それじゃあ、こういうのはどうかな?」
 ラプンツェルの背中に被さったまま、クゼットは口の中で呪文を唱える。その声はラプンツェルの耳の中に埃のように舞込み、じわりと脳を侵食していく。
「ちょっと、何をする気なのぉ!?」
 細かな文節は聞き取れない、しかし。そこに込められている魔力は、間違いなく淫猥な方向を向いていた。
「はぐうっ!?」
 咄嗟に「呪詛返し」を発動させたラプンツェル。しかし、その効果を確認する前に、壁にボールを叩き付けたような感触が脊髄を焼いた。
「無駄ムダぁ。学校じゃ、ずっとオネンネの前に話を聞かされてきたんだよ? あんたの術の中身なんて知ってるに決まってるでしょ、あたしが」
 ラプンツェルが独自に弄った呪術である「呪詛返し」は、瞬く間に構造を変化させられ、干渉しようとしたラプンツェルの魔力だけを弾き返した。自分と互角の魔女として覚醒してしまったクゼットを相手に、ラプンツェルは驚きを隠せないまま、なけなしの腕力をはたいて手を上げようとする。
「ひぎゃぁっ」
「それもムダだからね? ラプンツェルぅ、自分が何所を握られてると思ってるかな?」
 しかし、クゼットが片手を上下するだけで、最後の抵抗も払われてしまった。人形の手の中には、ラプンツェルの硬い睾丸が収まっている。クゼットの手は、それをしごくように指の輪を締め付け、中のタマを一個ずつ、押し潰して隙間を通過させる。
「はぎゅっ! わ、分かったのだわぁ、タ、タマは駄目ぇっ……!」
「それが御主人さまに対しての言い草? ちょぉっと偉そうなんじゃなぁい?」
「ど、どっちが御主人さま、ぐぐぅぅっ……」
 ぶくんぼこんと、音を立てんばかりにしてラプンツェルの睾丸がクゼットの手を通り抜ける。一度下に下りた玉はリバウンドの如く掌に吸い込まれ、今度は上向きの移動の中で再びの圧迫に噎び泣く。股間に跳ね上がった玉は更に、揉み絞る手の動きに吸い込まれてぐるりと回されながら潰される。リズミカルな責めに翻弄されて、ラプンツェルの陰嚢が引攣れたように縮み上がった。
「ひぃいっ! も、もうやめっ……る、のだわぁっ……!!」
「あ、また間違えた。今の場合、あたしが奴隷なんだっけ。仕方ないなぁ、もっと御奉仕してあげるかぁ」
 ラプンツェルの睾丸二つを別々に責めていたクゼットが、天井を仰いで口を開いた。その視線の先に、卵を産む場所を求めて部屋に迷い込んだ、汚れた血で身重の蚊が映っている。
「そぉか。別に一個、じゃない二個にしなきゃいけないってわけでもないのか……」
「ぅひっ?」
 背中を押さえつけていた手が離れた。ラプンツェルが気の抜けた顔で後ろを伺うと、二本の指を曲げ、それを挟んだ指で空を掻くクゼットが居た。親指はきつく曲げられ、丸い爪は手首の方を向いている。
「しょ、召喚!?」
 クゼットが結んでいる印は、ラプンツェルのお気に入りの禁書から後に抜き取られた、「召喚に関する写本」の断章に見られたものだ。そこはうろ覚えの手順の多い儀式の中でも、繰り返し読んだ記憶だけは濃い、霞に隠れた神秘感が殊に強い章でもある。その口絵を飾る忌わしい紋に、ラプンツェルの目が吸い付けられる。
「おっけぇ。やるじゃん? あたし」
「おほぉぉぉっ!?」
 独り言を洩らしたクゼットの片手が、ラプンツェルの股の間で上下した。一旦休ませられていた睾丸は三度人形の責めに曝され、まさに潰れんばかりの力で無理やりに形を変えさせられていく。
「うぎゅぅっ!? が、はごぉぉっ!!」
 ラプンツェルの声が変質し、ケダモノじみた音声に変わった。クゼットは、指に挟み込んだ淫玉を解放することなく、更に力を掛け続けてくる。
「やめでぇっ! 壊れちゃっ、ごほぉっ!? タマ、私のキンダマがぁぁぁっ!!」
 元は魔法で生やされてしまった男性器とはいえ、既にラプンツェルの体の一部、否、どちらかといえば今の生活の中心にすらなりつつある。その劣情の塊を破壊されそうな現状に、ラプンツェルは恍惚と焦りのない交ぜになった感情で叫ぶ。それでも、痛みと共に襲い掛かる吐き気すら催す圧迫感は緩まず、むしろ苛烈さを増してラプンツェルを苛み続けた。
「さて。もういいかな?」
 やけにあっさりとした声が響き、ふい、とラプンツェルの股間の力が消えた。震える両足の間から瘴気が霧散し、痺れるような痛みも嘘のように感じられなくなる。
「……ほぎぃ?」
 叫喚に浸されていた喉は、意味のない言葉をごろりと転がらせて、見開いた目の下でだらしなく涎を垂らしている。その後ろで、クゼットは休まずに片手の上下運動を続けていた。
「よーし、増えた増えたぁ。まずは一個、と」
「あへ……?」
 ラプンツェルの陰嚢から、奇妙な感触が伝わってきた。縮み上がった二つの睾丸は確かに太股の付け根にあるのに、伸びた皮に包まれた肉玉の質感がずっしりと重力に引かれて地面に向いている。
「さて、もっといくっか、な」
「ぎゅひいぃぃっ!」
 今度は、先刻挟まれていなかった方の睾丸が潰された。またしても中身が飛び散るかと思うほどの痛みの中で、ラプンツェルは自分の睾丸に魔力が注がれていることに、今更ながらに気付く。
「ま、まさかぁ……」
「ん? 気がついた?」
 ラプンツェルが縦ロールを振り乱して股間を覗き込むと、丁度クゼットの手が降りてきて、ラプンツェルの背中にぴたりと乗った。
「んぎゅうぅぅっ……ふぎゅぅぅっ……ぁぁあああああ」
 幾度も潰された睾丸は、刺激に馴れてきたためか日頃の敏感さに替わって貪婪な欲望に満たされ、過剰に揉み込まれる力加減を快感として意識し始めていた。そこに、すっかり手馴れた様子のクゼットのしごき責めが加わる。
「ふふ、御主人さま面してても大したことないねぇ、ラプンツェル」
「っくぶぅっ!?」
 ぞろりと掌から陰嚢が抜けた。その中では、しごかれる度に増殖を繰り返した睾丸が連なり、ごつごつとぶつかり合いながら、見詰るラプンツェルの視線の先でさながら両生類の卵のように長さを伸ばしている。
「はい、御開帳―」
「う、嘘でしょぉ……」
一本の尻尾の如く床を打った肉数珠の姿に、ラプンツェルは唇を震わせて固まっていた。
 
     − alive           but             dead  −

 ぐずぐずと空気を洩れさせて、くすんだ肉の絞り口を球体が潜り抜ける。その奥ではぬるつく壁が滑らかな表面で皺の寄った皮を擦り上げる。
「あははは、何だかんだ言って、いっぱい食べちゃうんだねぇ、御主人さま?」
びくびくと肛腔が震えるその度、奥に食い込まされた肉玉が揺らされ、紛い物の子種を詰め込んだ塊をぐちゃぐちゃと咀嚼していく。その下では、一体ラプンツェルが何度噴出したのか、どろつく液体が濁った沼を造り上げていた。
「ふぐぅっ……! だ、誰がこんなぁほぉ、奉仕をしろと命令したぅひぃっ、のぉ、だわぁぁぁぁ」
 クゼットが行仕した召喚の術によって、廿個近くにまで増やされたラプンツェルの睾丸。とうに男根よりも長く伸びた袋の中で、それぞれが勝手気侭に性液を造り溜めていた。そこを責められるラプンツェルは、まともな言葉も継げずに、元は自分の人形だった少女の為すがままに辱めを受けている。
「あれぇ、気に入らなかった? それじゃぁ、今すぐやめて全部引き摺り出してあげようか? ラプンツェル」
 人形の稼動、そして仮初の魂を手に入れた人形が仕う呪術の源泉は、主人であるラプンツェル自身が蓄えた魔力だ。逆に言うと、それはクゼットが狼藉を働くほどに、ラプンツェルは益々消耗していくということでもある。
「や、嫌なのだわぁっ……! 今、そんなこと、されたらぉはぁぁぁぁっ!?」
 その御陰で、クゼットはすっかり増長してしまい、ラプンツェルをいい様に弄んでいた。呪薬の実をつける植物にも似た豆の様相を呈した陰嚢を攫み、ほぐれきっていない肛門にぐいぐいと出し入れさせる。
「はい、時間切れー」
「ぁぉおぼぉぁぁぁぁっ……! 私ま、また、イキチンボしてりゅぅぅっ……」
 根元近くの肉玉数個を残すまで突っ込んだフグリを引き出される刺激に、ラプンツェルは盛大に射精した。獣の皮を敷いた部屋に、先だけを皮の茶巾から放り出した亀頭が黄ばんだ濁液をぶりぶりと吐き出す。
「は、はひぃ……はぁふぉぉぉ」
「腸汁でどろどろだねぇ、ラプンツェルのスケベなタマ袋ぉ。こぉんなに汚いと、お掃除するのに触るのも嫌だよねぇ?」
「ぐふひぃっ!?」
 指の腹で摘まむ格好で、クゼットはラプンツェルの睾丸の詰合わせを握っていた。人形が泥鰌を酔わせる要領で手首を回すと、長く伸びた陰嚢がぶんぶんと空を切る。その円弧に伴って、ラプンツェル自身が分泌した尻穴汁が色素の沈着し始めた皺の隙間から飛び出して、はだけたラプンツェルの背中にびちゃびちゃと降り掛かってきた。
「き、汚いのは、ベタベタのケツ汁の方なのだわぁっ……! は、早くぅ、それを中に入れるの、だわぁぁ……」
 生暖かい液体の感触に、ラプンツェルは逃れるように身を攀じる。しかしクゼットがその動きに合わせて手癖を変える為に、ラプンツェルの上に降る淫汁の雨はさっぱり収まることを知らずにいた。
「へぇ、こんなステキなキンタマ袋になっても、あたしに命令するんだ? 長ぁく伸びただけのならその辺の包茎男でもいるけど、そこにぶりぶり増やしたエロボール詰め込んでるのなんか、あたしの御主人さまだけなんだよぉ? 恥ずかしくないのかなぁ」
 人形が責め立てる言葉の中で、ラプンツェルの脳裏には、睾丸で感じる自分の胎内、否、肛内の感触が渦を巻いていた。わずかにヒダを湛えた熱い肉、それから奥に広がるいやらしい空間、そしてその更に奥で窄まり、腹の中に異物を呑込む腸口。見たこともない体の奥が、過敏な性器で味わうことで克明に想像できてしまう。
「わ、私の直腸がぁぁ……ケツ口がヒクヒクしてるのだわぁ……ぐひっ!」
 妄想に浸っていたラプンツェルの尻肉を、びたりと濡れた物が叩いた。
「なぁにぃ、ケツ口って。出すのか入れるのかくらい、はっきりしたらぁ?」 
「ぎひゅぅっ!」
 次に来た衝撃は、バチンという激しい音を伴っていた。裸の尻を前後から挟む強烈な刺激に、ラプンツェルは背を逸らせて涙をこぼす。
「あぁ、出して入れてしないとキモチよくないから、自分でひり出したモノだって食べるのが、この変態おケツのお気に入りなんだぁ? ねぇラプンツェル、『うん』はどうしたの? 『うん』は」
「あぁひぃ! ひぎゃぁぁっ!!」
 言葉の度に、尻が左右から叩かれる。次第しだいにその間隔が早くなり、ラプンツェルの股間の奥に響く衝撃も大きくなっていく。クゼットが振り回すラプンツェルの陰嚢は今や人形の鞭となり、自身をぶら下げた主人であるラプンツェルを責め苛む道具に成り果てていた。
「はっぎゅうぅ! うんっ! うん! ……言った、言ったのだわぁっ。言ったからぁっ……!」
「から? 言えって言ったけど、言ったらどうにかしてあげる、なんて聞かせた覚えだけは無いんだけどなぁ、あたし?」
「ぎゅふおぉぉぉぅっ!?」
 びしりと振り下ろされた連睾丸が、ラプンツェルが振り出した股間に生える男根を直撃した。亀頭を半ば以上覆った包皮と、赤く脹れた睾丸を申し訳程度に包んだ薄皮が、汗と性液と腸汁が混ざった液体を撒き散らす。男性器同士がぶつかる在り得ない感触に、ラプンツェルは堪らず今晩二桁目に達する絶頂を極めた。
「おぅっ! おふぅぅ、おぼぉぉぉぉう!! で、でで、出でりゅぶぶぶっ!?」
 口の端から泡を吹き、射精というよりも失禁の様相で濁酒を溢れさせるラプンツェルに、更に性器で出来た鞭が振り下ろされる。
「ぶひぶひ五月蝿いよこの豚っ! 少しは人の話も聞いたら?」
「うぎゅほぉぉっ! ぶほぉひぃっぃ!!」
 ひねりを利かせて裸体にぶつかる睾丸は、その数故に、次にどの身が当たるかも分からないまま震え続ける。無作為に痛めつけられる肉玉はしかし、どれもがラプンツェルの持ち物であり、等分な刺激を弾き出し、引き攣れた男根からぶりぶりと子種をこぼさせる。
「……ぶぃぃぃぃっ……ぎゅぃぃぃぃっ!?」
 ラプンツェルが吐く音は最早言葉の形を亡くし、動物の鳴き声というにも下劣に過ぎる音を響かせていた。細い喉の奥からは、呼吸すら満足にできないまま涎混じりの嬌声が湧き出し続け、全身を伝う汗とともに部屋を爛れた色彩に汚染していく。
「あーもう、これはどうにもならないなぁ……仕方ない、トドメ、刺すかぁ」
 無造作にラプンツェルの陰嚢鞭を振るいながら、クゼットはおもむろに股を開き、腰を落とした。古い人形のこと、灰褐色の上着の下には、無粋な下着など穿いていない。
「よっこらしょーいち、っと……さて、あたしのチンボは元気かなー?」
 ぐぅと力を込めた下半身の下に、ラプンツェルの長い陰嚢を挟み込む。床にぶち撒けられた精液を潤滑油にして、クゼットは自分の男根、睾丸、そして尻穴を一斉に連睾丸に押し付けた。
「ぎゅぅうっ!?」
 クゼットの下に潰された睾丸が蛙の卵なら、さしずめラプンツェルが上げた声は蛙を喉に詰まらせた蛇の苦悶の声だったろう。精子を通す管を根元近くで押し留められ、ラプンツェルは混濁した意識のまま、手足を突っ張って背を震わせる。
「クゼット、イキまぁす、なんてねっ!!」
「ぎゃぁぁぁあっぁ」
「ふんんんっ……これスゴ、一発でイケるっ……!」
「……!?」
 股を広げたクゼットが引き抜いた肉玉の列が、クゼット自身の肛口を埋め、睾丸を叩き、反り返った男根を連続して擦る。当たり前の男性器では確実に不可能な逆素股を、長く伸びたラプンツェルの陰嚢はた易く現実のものにしてみせた。
「……! ……!!」
 擦れる擦れる擦れる。潰される、潰れそう、潰れる、潰れた、ツブされツブれそうツブれツブれツブツブツブ−
 肉の玉が与えてくる刺激に、ラプンツェルの脳内が「淫玉が潰れる」の一言で満杯になる。男根すら付属物に思えるほどの性感が、少女に過ぎない小振な魔女の神経を焼き、腐らせていく。
「はああぁぁっあ、出すのいい、ひり出すのいいっ……! チンボ、何度やっても射精したいよぉ……もっと出ろ、出ろぉっ」
こみ上げてくる濁液のあまりの量に噴射の追いつかないラプンツェルを余所に、クゼットは快楽に呆けた顔で射精を繰り返していた。空中に飛んだ精液はラプンツェルの尻を汚し、さながら白い尻の排泄穴から漏れ出したように内股にまで垂れ流れる。生温い精子入りの発泡酒がどろどろとラプンツェルの男根を伝い、溢れるラプンツェル自身の汚液と混ざってぼたぼたと獣のなめし皮に流れ落ちていく。
「はぁっ……はぁ……」
 長年抱いてきたはずの人形に陵辱され、その目の前に蛇のような睾丸を放り出したまま、ラプンツェルはひゅうひゅうと喉を鳴らして、光の消えた眼に城塞の夜景を映していた。

     − alive           but             dead  −

 その日の夜半。
「あれー、おっかしいなぁ……」
 妙な時刻に目を覚まして、一人の少女が頭を振っていた。
 ヒンドゥス中心部の宿屋。ある意味嵐の震源地とも言えるこの地で眠っていたのは、ただの流浪の偶然。それ以上の意味は無い。
「なんでこんな時間に起きるのかな。疲れてるかな? あたし」
 メイドを勤める屋敷から離れて数週間。そろそろ戻らないと、休職扱いの賃金を減らされてしまう。
「何か変な夢見たし……。キンタマが伸びるとか、あるわけないじゃんねぇ?」
 そう言って、赤茶色の髪に包まれた頭を自分でこつんと叩く。先輩達に付き合う内に鍛えられたのか、硬い拳は想像以上の強さで頭皮に食い込んだ。
「あいてて。あーもう、せっかく来たけど、こんな所、もう嫌―!!」
 植物販売業の手伝いももう疲れた。呼べば来る人足もいる、そろそろ田舎に帰ろう。
 そう思って叫んだ言葉は、果たして誰かに届いたのだろうか?

(蜘蛛の糸〜第二章〜 終了)

作品を戴きました
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