shadeGrown _ 08 leaden week ver._


※今作は、【人生美味礼賛】の直接の続きにあたります。但、事情その他は単体で判るようにしてあります。 ※前篇です。

双月堂の屋敷で、とある困った来客があった日の夜。その客は既に倒れるようにして寝室に運ばれ、持成す立場にあったメイド達も既に自室に戻り、それぞれの時間を過ごしていた。
「ねぇねぇ清子ちゃぁん」
「なぁに、則恵ちゃん?」
 ここは、問題のメイド達の部屋である。屋敷の中でも奥まった位置にあり、半ばプライベートな区画だけに、メイド長・竹串水女の指導監督に従う限りで居住者にはかなり自由な使用が許されている。
 そこで、則恵と清子は広めの部屋一つを所望し、同じ空間を二つに分けて住み込んでいるのだった。今は片方の――部屋の両端に置かれたベッドに、二人の間で事実上持ち主の固定はない――ベッドに並んで坐り、寄り添って他愛のない話に花を咲かせていた。
 波打つ髪と豊満な体が特徴の則恵が、膝までベッドに乗せた脚の先をぶらぶらさせながら訊いた。
「あのねあのね、清子ちゃんはどう思う?」
ショートカットの黒髪に発育途上の体つきで、きちんと足を揃えて腰掛けた清子は、曖昧な質問を気にするふうもなく応える。
「なにがなにが、則恵ちゃん?」
「決まってるでしょ、仁保ちゃんのことだよぉ」
 則恵は上半身を揺らして口を尖らせた。雑賀仁保(さいか・にほ)、年が明けた頃に双月堂の屋敷にやってきた、二人の後を継ぐ、もしかすると次代の水女女史になるのかもしれない、新人メイドの名である。
「うんうん、それはわかるんだけどね、則恵ちゃん」
「なぁに、清子ちゃん?」
「仁保ちゃんの、何のこと?」
 会話を急ぐ必要はまったくないとは言え、それが分からないことには話を進められない。清子の真っ当な質問に、則恵は髪と胸と両手をいちどきに揺らしつつ答えた。
「仁保ちゃんの『準備』、だよぉ。仁保ちゃんって、確か料理はさっぱりなんだよね?」
「あれ? 脂がこってりしてる方が好きだ、って言ってなかったっけ? 則恵ちゃん」
「うん、若さだねぇ……ってそうじゃなくって」
「うん?」
 則恵は清子に軽くツッコミを入れ、話題を手元に引き戻す。
「仁保ちゃんが今してるお料理のことだよぉ。自分で『ぜんぜんダメなんです』って言ってたでしょ? 清子ちゃん」
「あー、言われてみるとそうだよねぇ。さっきのお料理は水女様が考えたんだからいいけど、どうなるのかなぁ……ねぇねぇ則恵ちゃん、見に行ってみる?」
 水女が考えた料理。それは『仁保の男根を擦ることでダシをとり、それをスープと煮物に使ってしまう』という、常識からかけ離れた命令だった。それを疑うことなく、否むしろ喜んで作ってしまう則恵と清子の感覚も大したものではある。
「あ、でもでも清子ちゃん、仁保ちゃんって言えば」
「なぁに則恵ちゃん?」
「私達って、仁保ちゃんの『オシオキ』の準備してなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
 先刻、くだんの仁保と別れる間際に交わした会話を思い出し、則恵は人差し指を立てた。
「あ! そっかぁ、そろそろ仁保ちゃん来ちゃうかもねぇ」
「うんうん、そうでしょー? 何用意するといいかなぁ」
 則恵の問いかけに、清子は小首を傾げてかわいらしく唸った。
「うーん……とりあえず、お薬を色々、でいいんじゃないかなぁ。『おっきいの』とか『ちっさいの』とか」
 言われて、則恵はメイド服についたエプロンのポケットをごそごそと漁る。
「それっくらいなら、一応持ってきてるよ? あと……『ふにゃふにゃになるの』とか、『二本になるの』とかあるけど、要るかなぁ?」
「そこまでは要らないんじゃないかなぁ……仁保ちゃん、そーゆー趣味はなさそうだし」
「そうだねー、もったいないねー」
「もったいない、かなぁ?」
 頬に手をあてた清子は、ひとしきり悩んでから、答えを出すのを諦めた。仁保が屋敷に来て以来――否、もしかすると、二人が折に触れていただきものの薬で男根を生やすようになって以来――目の前のぽっちゃりした親友の考えることが、時々予想できなくなった気がする。しかし、今はそんなことに頭を使っている時間は余っていないだろう。
「そだね、それじゃお部屋の暖房つけとこうか♪ ここのところ寒いし」
「うんうん清子ちゃん。そしたら脱いじゃっても大丈夫だし♪」
 二人のメイドは顔を見合わせ、揃ってぴょこんとベッドから立ち上がった。

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 湯を浴び、服も替えて、仁保はすっかり就寝の準備を済ませていた。先輩達には『寝れなくなるくらい』と言ったが、そんなものは言葉の綾である。深夜手当を貰うのに十分なくらい『運動』したら、さっさと自室に戻って眠るつもりなのだ。
「なんていうか……早まったかな」
 ただし、それをあの二人、名の有る人間の側付兼接待担当の則恵と清子が、理解しているとは思えなかった。そこまで考えておけばよかったと思いながら、仁保はてくてくと夜の廊下を歩く。
「まぁいいや。キツかったら明日はお休みにしようっと」
 怠慢なメイドもあったものだが、仁保の指導役であるところの二人を見る限り、双月堂の屋敷での仕事に段取りなどというものは存在しないらしい。そう、今日とてその準備の不足の所為で仁保は、無茶な『料理』の手伝いをさせられたのだ。
「……料理」
 さすがにあれは苦しかった。仁保が生来もつ男根を縛られ、睾丸を指先で叩かれながら、竿と言わず傘と言わず散々に擦られたのだ。根本を押えられたままで射精すると、力が妙な方向に掛かって体内で洩れてしまうことを、あの二人の先輩は知っているのだろうか?
「今更腹が立ってきたな」
 その上、その料理を出した所為で客は半狂乱に陥り(後に聞いたところによると、喜び過ぎて我を失ったらしい)、ほとんど仁保一人で荒れた食事の部屋を片付ける羽目になったのだった。
 そこまで思い出すと、仁保は頭を振り、できれば忘れていたい記憶をあっさりと吹き飛ばす。それでも、先刻控え室で先輩達を相手に啖呵を切っただけの怒りは、仁保の脳裏から簡単に消えてはくれなかった。
「今夜は……やっぱり寝なくていいや」
 決心した仁保は、ビリジアンのパジャマの上にカーディガンを羽織り、夜の台所へ向かって歩いていった。

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 布巾を掛けた篭をサイドテーブルに置いた仁保は、腕組をして向き直った。
「それじゃ、いつものお薬呑んでください」
「い、いつもの?」
「やっぱりお薬、のむの?」
 半眼になった仁保の視線を浴びて、ベッドの上の則恵と清子は互いに肩を寄せた。歳で言えば仁保は二人よりも幾つか下であるはずなのだが、迫力ではしばしば二人を足した分の上をゆく。
「別にいいんですよ? あたしは。先輩達がわざわざ頼むからこうしてるだけで、いつ止めたって」
「「う」」
 気弱になったコマイヌのような格好で、二人のメイドは左右対称に固まった。確かに『オシオキしてください』と言ったのは自分達なのだが、こういう時の仁保は演技なのか天然なのか、言うことが頓(とみ)に厳しいのだ。
「あ、嫌なんですか? それじゃあたしは」
「ま、待って待って!」
「の、呑むから、ね?」
 結局準備に手間取ってメイド服のままの二人は、口々に声をあげる。それを聞き届けたのか、仁保はいかにも面倒そうに、ベッドの側に置いた鏡台用の椅子に腰掛けた。
「ああ、いつものっていうのじゃ新鮮味が少ないですか。それなら今日は、お二人で逆のにしてください」
 組んだ脚に片手で頬杖をついて、仁保はおざなりに言った。いかにも横柄な態度も、緑のパジャマに両足の色が違うスリッパという姿では、駄々をこねる子供のように見えなくもなく、どことなくかわいらしさが漂っている。
「え、逆?」
「ほら則恵ちゃん、則恵ちゃんのお薬、頂戴?」
 言うが早いか、清子は則恵のポケットに手を突っ込み、小箱に入った錠剤を攫(つか)み出した。
「則恵先輩も、ぐずぐずしてないでください。まあ清子先輩しか許してあげなくても構わないんですけどね、あたしは」
「ご、ごめんなさい仁保ちゃぁんっ。呑む、いま呑むから、ねっ?」
 わたわたと手を振る則恵に、清子が小さな錠剤を一つ手渡す。
「はい、則恵ちゃんの分。ふふ、則恵ちゃんのアソコに、おっきなキンタマ、ついちゃうね?」
「そういう清子ちゃんには、リッパでお下品なのが生えちゃうんだよぉ? うふふ」
 則恵と清子には、覚えてしばらく経つ、二人だけの遊びがあった。とある人物から貰った薬の効果で男根を生やし、互いに見せ付けつつ自慰をする――言ってしまえばそれだけなのだが、両性具有者の中でも特異的な人間の集まる双月堂家の中にあっては珍しく純然たる少女だった二人にとっては、大層刺激的な遊戯なのだった。
「……やっぱり、根本的に恥ずかしいとかないんだよね、この人達って……」
 唇の端を吊り上げて笑顔を見せる二人の台詞に、仁保は視線を逸らして呟いた。清子達には新鮮な男根も、生来持っている仁保からすれば有触れたものでしかない。それを殊更に誇張して楽しむ先輩メイド達の趣味は、仁保の理解がどうにも及ばないものだった。
「それで、準備はできたんですか?」
 二人だけで哂(わら)いあっていた則恵は、アルトみがかった仁保の声に、驚いたネコのように肩を竦めた。
「い、いま呑むよ? 忘れてたんじゃないからね? ね!?」
 最近は清子にばかり頼って仕事をしているように見える仁保にこれ以上嫌われては嫌だ、とばかりに、則恵は大急ぎで錠剤を口に放り込む。そのまま水も使わずに飲み込み、ぐびりと喉を鳴らした。
「んぐぅっ……清子ちゃんは、もう呑んだ?」
 横を向いてみると、清子は小さな紙コップを袋に捨てているところだった。どうやら、瓶に用意していた水を使って薬を呑んだらしい。
「んふふー、用意は万端だよ? 則恵ちゃん♪」
「ずるいずるいー。なんで私にも呉れないのぉ、清子ちゃぁん!」
 則恵はいよいよ拗ね始めて頬を膨らませた。白い手を拳に固めると、隣に坐る清子をポカポカと叩く。
「……じゃ、帰りますんで、あたし。あとは二人で宜しくやってください」
「あ、あ、あ、待って待って仁保ちゃぁん! ちゃんとするからぁ!」
 清子を向けば仁保が、仁保に従おうとすれば清子が、その場のペースを見事に崩してくれる。振り回される則恵はすっかりしょげて、柔らかいベッドに沈むように下を向いてしまった。
「ふふーん、則恵ちゃぁん♪ なにか、重要なこと、忘れてないかなぁ♪」
 後ろに廻った清子が、エプロンを結ぶ紐に手を掛けた。背中でそれを感じながらも、則恵はシーツとにらめっこをしたまま小さく唸る。
「うぅー……いーもん、清子ちゃんだけ仁保ちゃんにかわいがってもらっちゃえばいーんだもん」
「あ、清子先輩、エプロンはつけたまんまにしといてくださいね。今度は先輩達がお料理するんですから」
「うん、わかったよぅ。あっ……そ、そろそろ、クるかもっ……!」
 肩の後ろが姦しい。仁保は帰らないことにしたようで、相変わらず椅子で勝手なことを言っている。仕方がなく顔を上げようとした則恵は、ぎっちりと閉じた太股の間に急激に脹れあがる何かを感じて唇を噛み締めた。
「うくっ……、ひぁ、あぁっ!」
 無駄だった。則恵の股間の『それ』はベッドのクッションを、内股を、そしてその上に伸びた小ぶりな男根を押し退け、それ自体もなかば潰されるようにして成長する。ごりゅんと音さえ立てそうな勢いで『それ』の中身が捏ね合わされた瞬間、則恵は体を絞られたように声を洩らした。
「ふぐぅぅぅっ!」
「あ、則恵ちゃんのキンタマ、できちゃったね♪」
「ようやくですか。それじゃ、さっさと脱いでください。あたしだってヒマじゃないんですから」
 両手を握る則恵の前後で衣擦れの音がする。どうやら、清子も仁保も服を脱いで、これからのことに備えているらしい。二人に置いていかれて気持ちよくなり損ねるのは本意ではない――鼻に抜けた涙を飲み下しながら、則恵は自分のメイド服に手を掛けた。






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