人生美味礼賛




 数日に亘る休日のせいなのか、双月堂の家は静かだった。少なくとも、細い階段で繋がれた秘密めいた階上を別にした平屋の部分に限れば、建物全体に人気が薄い。それは、昼下がりを過ぎた怠惰な時間のせいという訳でもないらしい。そんな日だからということで、奥付きのメイド達は珍しく仕事が多かったのだが。
「へぇー、この家にも台所ってあったんですねぇ」
 清子と則恵、二人の先輩に連れられて、仁保は厨房に来ていた。いかにも大きな屋敷にありそうな金属の色の目立つ洋風の内装が、ぴかぴかと照明を反射している。
「仁保ちゃぁん、それはいくらなんでも」
「ちょぉっと、酷いんじゃないかなぁ」
 きょろきょろと周りを見回しながら言った仁保に、二人は困ったような顔で言葉を返した。
「だって……どうもここに来てから、エッチなことしかしてない気がするんで」
 仁保が言い返すと、メイド達は揃って息を止めて顔を見合わせる。
「そういえば、私達も? ねぇねぇ」
「そう、だったよね? うんうん」
「それで……いいんですか、このウチは」
 こくこくと頷きあう先輩メイドのコンビ。半ば予想のついていたことではあったが、改めてはっきり口にされると、仁保は下を向くしかなかった。
「そぉんなことより♪」
「今日のお仕事だよぅ♪」
 調理台というよりは実験台と言った方が適切そうな巨大なステンレスの机の前で、則恵と清子は急にくるりと振り返った。二人してエプロンの上で両手を合わせ、なにかを揉むように小刻みに握っては放す運動を繰り返している。
「は? いや、あの、あたし、料理はあんまり……」
 仁保はおずおずと(少なくともそう見えるように)口を挟んだ。
確か、履歴書にもそう書いたはずだった。何しろ、仁保は人呼んで『食材の芸術家』―― つまり、材料を得体の知れない物体に変異させることなら得意なのだが。
「うぅん♪」
「大丈夫だよぉ♪」
 だが、二人のメイドは笑顔でぶんぶんと首を振る。その速さも方向も全く同じであることに、仁保は場違いにも感心してしまった。
「それじゃ何をするんですか?」
「簡単だよぅ♪」
「ちょぉっとだけ、ガマンすればいいんだよぉ♪」
「……ガマン」
 例によって、二人の言うことは要領を得ない。ただ、今回はどうやら仁保にとって、程度のほどは判らないにしても苦しい事柄らしい。暫し思案して、仁保は思いついたことを手近にいた則恵に尋ねてみる。
「あー、もしかして、台所の整理整頓、ですか? 今流行りの4Sとかで」
 則恵は唇を曲げて答えた。
「うーん、ちょこぉっと違うかなぁ?」
「だいぶ違うよぅ、則恵ちゃぁん」
 机の向こうにあるコンロの傍から、別の声も返ってきた。仁保が見ると、清子はサイズのある手鍋でクツクツと湯を沸かしている。
「んー、どっちでもいいよぉ。あとは、ふきんにボウル……と」
 則恵はそう言って、エプロンの紐を締め直すと、机の下に備え付けられた棚を開き、言葉に出した品々をコトリコトリと音を立てて台に置いた。
「あのぉ、何をすればいいんでしょう? あたしは」
 どちらにともなく、仁保は先ほどもした質問を繰り返す仁保。すると、いつの間にか背後に回っていた清子から、今度は直接的な答えが返ってきた。
「こっちは準備できたからぁ……仁保ちゃんは、スカートめくってそこに乗ってくれるかな?」
「はい? ……えぇっ」
 仁保の口から出たのは、喉から絞り出したような声で形作られた、たったこれだけの二言だった。

   爆  弾  行  進  曲  ・  裏

 敷いたふきんに腕と両膝をついた仁保は、調理台の上で下半身を丸出しにして頭を抱えていた。
「結局こうなるんですね……あーあ」
「はいはい、仁保ちゃん。そんなこと言ってないで早くボッキさせるぅ♪」
「うんうん、用意はバッチリぃ。あとは仁保ちゃんだけだよぉ♪」
 後ろに控えた先輩二人は楽しげに注文を出してくる。仁保はことさら困った顔で(どうせ二人には見えないのだが)文句を言うだけ言ってみた。
「ボッキさせろ、なんて言われたって……なんで台所で興奮しなきゃいけないんですかぁ」
「うーん、説明しないとだめかなぁ」
「やっぱり、仁保ちゃんには難しいかなぁ」
 相談しているのか独り言なのか、二人は悩んでいる様子だ。尻を晒した格好でただ待つのは嫌なので、仁保は更に言い募ってみる。
「それで、何が難しいんですか?」
「えーと……ね。今日はお客様が来てるの」
「はぁ」
「それで、ね。その人達にお夕食をお出しするの」
 則恵と清子が互い違いに解説を始めた。仁保は生返事をしながら続きを聞く。
「でもねでもね、お汁のダシを切らしちゃってて……」
「仕方なくて、水女様に相談したんだよ……」
 先輩であるところのメイド達が、妙に沈んだ口調になってきた。穏やかでない話になるのか、と仁保は身構えるが、自分の格好を思い出して力を抜いた。先輩二人の目の前に股間のモノを裏向きにぶら下げている体勢で緊張したところで、それこそ仕方がない。
「あのねあのね♪」
「そしたらねそしたらね♪」
 メイドコンビは唐突にそわそわとし始める。仁保の気張りは早くも杞憂に終わったらしかった。ため息をついた仁保は、いい加減話が終わらないかと、更に先を促す。
「それで、どうなったんですか?」
「代わりのモノを使えばいいって♪」
「その方がお客様も喜ぶって♪」
 則恵も清子も、既にいつものテンションに戻っていた。後ろ、というよりは下の方から聞こえてくる声だけで判断する限り、二人揃ってまだまだ志向真っ最中らしい。
「それで、考えてみたらね、ちょうどいい所に仁保ちゃんが♪」
「しかもお昼も結構過ぎてるし、もうもういい感じかな、なんて♪」
「いい感じ?」
 何のことだかは判らないが、こうして服を剥かれた意味はそこにあるようだ。仁保は我知らず聞き耳を立てる。そこに、この屋敷では当たり前な、そして仁保にとっては未だにとんでもない言葉が飛び込んでくる。
「仁保ちゃんの、オチンボぉ♪」
「天然モノだし♪」
「朝からお仕事だから、きっとストッキングでムレムレだよね♪」
「暖房も効いてるし、きっとイロイロ滲みててイッパイイッパイだよね♪」
 則恵と清子は競争しているような勢いでまくし立てた。
「と、いうわけでぇ♪」
「仁保ちゃんのオチンボでぇ♪」
「「ダシをとることになったのぉ/ぅ♪」」
 声を揃えて言い放った先輩たち。
勝手にして――そう言いそうになる仁保だったが、口の方はそうそう素直でもなく、とりあえずはもっともな返事をしてしまう。
「随分変わったお客さんですね……そんなの聞いたことないですよ、あたし」
「まぁねぇ……そーりん様だし」
「そうだねぇ……ふーりん様だし」
 風神か何かを模した芸名だろうか。どうにも妙な客が来たものだが、この家の何処かで宴会でも開くのだろうか?
そこまで考えて、仁保は当面の問題に思い当たった。咄嗟に顔を上げて言葉を発そうとした仁保の意識は、しかし別の事態に乗っ取られてしまう。
「そーいう訳でぇ。これでおっきくしてね、仁ぃ保ちゃん♪」
「ふきゃっ!?」
 仁保が開いた脚の間。そこに二本の腕が入り込み、股間に垂れたものをしっかと掴んだ。
「うぅん、仁保ちゃんのキンタマってこんな触り心地なんだぁ♪」
「あぁっ、仁保ちゃんのオチンボがふにゃふにゃだよぉ♪」
「あ、いやっ、その、うひっ」
小ぶりな睾丸をまとめて手の平に握り、凝りをほぐすように転がす清子。
まだ縮んだままの淫根を指の間に収め、器用に揉む則恵。
一方に気を取られた次の瞬間には他方からの刺激に意識を引き戻され、仁保は反抗する暇もないまま情けない声をあげてしまう。
「も、揉まな、いひぃっ」
「んーんー♪ いい声だねぇ♪」
「あーあー♪ だらしないねぇ♪」
互いに目配せしながら、二人のメイドは後輩の局部を弄り続ける。遠慮の欠片も無い代わりに場数は売るほどある先輩たちに責め嬲られて、仁保はなすすべ無く股間のものを勃起させてしまった。
「うぁぁ……あたしのオチンボがぁ……」
 我知らず涙の滲んだ目で仁保が天井を仰いでいると、仁保のそこを掴んだまま、メイドたちがごそごそと動く気配がした。
「さてさてー♪」
「ではではー♪」
 何かを始めるつもりらしく、則恵も清子も揃って嬉しげな声音で、調子の外れた歌のように会話(のようなもの)を進めていた。
「お客様お待ちかねー♪」
「仁保ちゃんのお料理たーいむ♪」
「……へひっ?」
 後ろから聞こえた言葉に、仁保は珍妙な返事をしてしまった。とりあえず発情しろ、と言われたような記憶はあるが、自分が料理をするという話は何処かへ行ったはずではなかったか。
突然の展開に呆けた頭をひねった仁保の下に、こちんと音を立てて、金属製のボウルが置かれる。
「……何コレ」
 仁保は偽らざる感想を口にした。今言うべきことかどうかはともかく、ここ到る流れは明らかにおかしい。
「えぇ、ボウルだよー?」
「むぅ、料理に使うお道具だよー?」
 何を当たり前のことを、という調子でメイドコンビが答える。
 仁保とてそれ位のことは分かっているつもりなので、なけなしの正気さ度合いをあらかた使い切りながら言い返してみた。
「それはそうですけど、これでどういうお料理を……」
「もぅもうぅ。ねぇねぇ則恵ちゃん、仁保ちゃんが反抗的だよぅ!」
「ぷんぷんっ。うんうん清子ちゃん、ここは教育的指導だよぉ!」
「いやあの、あたしっ」
 先輩メイドにしてみると、仁保の返事は相当に気に障ったらしかった。思わず叫んだ仁保の体に、不意にどすりと重荷が載る。無理やりに背筋を反らされ、仁保は潰されたカエルの如くうめいた。
「うぇっ!?」
 圧されて落ちた腰に、内股からばしゃりと、温い湯が掛かった。下着は脱ぎ去っているので被害に遭わずに済んだが、仁保は何より状況の異様さに気を取られ、訳の分からないままに体を震わせる。
「ほらほら、仁保ちゃん落ち着いて♪」
「ちょぉっとガマンするだけから♪」
 二人分の声がしたかと思うと、背中の方から手が伸びてきて、赤茶色の癖毛がくしゃくしゃと撫でられた。腰の重みも或る程度以上に仁保の負担になるつもりは無いようで、軽く膝を立てていられる位のところで止まっている。とりあえずの安全を確認した仁保は、首を回して後ろを覗いてみた。
「あの……何してるんですか?先輩たちは」
「あ♪ 言うこと聞いてくれたー♪」
「じゃあやっちゃうよ♪ 則恵ちゃん♪」
 視線の先では、同じように振り向いたショートカットのメイドが、スカートを捲くった仁保の上に生肌を押し付けて坐っていた。清子はがに股になるようにして腰を跨ぎ、惜しげも無く白いガーターベルトを晒している。
「あいさーだよ♪ 清子ちゃん♪」
 返事は聞こえたが、清子の陰になって則恵の姿は見えない。仁保が首を傾げかけたところで、淫根が掬われるように前に曲げられた。
「んん?」
 再び手が離され、それが何かに包まれる。続いて伝わる温い感覚。どうやら、先刻清子が沸かしていた湯の中に漬けられたらしい。
厭らしいといえば厭らしいが、ある意味間抜けな展開になっている気もする仁保だったが。
「で、どうすればいいんですか? ……あたし、わはあっ!?」
 唐突に来た異様な衝撃に、語尾を壊して叫んでしまうのだった。

   爆  弾  行  進  曲  ・  裏

 双月堂の屋敷の、広く人気のない厨房に、にちゃにちゃと湿った音が響いていた。
「んっ! んふあぁ、はぁ、はぁっ、ぁあ!」
 その度毎に、仁保は絞り出すように声をあげる。自分ではそんなつもりも無いのだが、股間に潜り込んだ手から逃れる訳にもいかず、良いように鳴かされているのだった。
「な、なるほど、これはガマンがいり、ますね……」
「でしょでしょー♪」
「でもでも、もうちょっとだからねー♪」
 下半身だけを露出して四つ這いになった仁保に寄り添って、苦悶の元、その張本人たちがにこやかに答えた。
 仁保の腰の下。色が濃く変わる程に張り詰めた淫根が下向きにそそり立ち、半ばまでを温湯に沈めている。根本にはぎっちりと白いリボンが巻かれ、そこを片蝶結びに縛っていた。
「あの、うっ、くはうっ」
勃起そのものには則恵の両手が絡み付き、何かをこそげ取るように表面を上下している。
「うんうん♪ いい臭いだね♪」
「そうだねそうだね♪ これならふーりん様も大喜びだね♪」
 否、それらは文字通りに、淫根の粘膜に染みたものをこそげ落としていた。
甚だ珍しく早朝から立ち働いていた仁保のそこは、昼下がりともなれば当然、分泌された諸々から熟成された粘ついたもので塗れている。則恵と清子が「ダシ」と称しているのは、冗談でもなく、それそのものなのだった。
「あは、はくうっ! そろそろ、苦しいんですけど……」
 則恵の手の平がぬりぬりと仁保の淫根を擦りたてる。包皮からすっかり露出しきった亀頭、その廻りにこびり付いた細長い固まりが湯に融け、白い濁りとなって広がってゆく。仁保の太股の間には鹹(から)いような臭いが漂い、そこに体を半分埋めている則恵ばかりではなく、上から覗き込んでいる清子にまで届いていた。
「そぅお? じゃあじゃあ、もっといじめてあげるぅ♪」
「や、これ以上何を……っ」
 仁保の腰に後ろ向きに跨った清子は、言葉とともに腕を伸ばした。前屈みになった彼女の前には当然、裸に剥かれた仁保の尻がある。触れた指に反応して、仁保がぴくりと震えた。
「わぁ♪ 清子ちゃんったら大胆だねー♪」
「そうかなー♪ えいっ♪」
「にぎゃっ!?」
 深い谷間を滑り下りた手が、その先にある袋にいちどきに襲い掛かる。十の指先を全て使い、清子は仁保の急所にぶら下がった二つのウズラ卵をがっちりと捕まえた。
「んふふー。今日は、仁保ちゃんのキンタマ、手加減ナシでこーりこーり、してあげちゃうね♪」
「や、ひゃめ、ひぃっ!」
 指を突き刺すようにして、清子は手の中の硬さを揉み始めた。握られる圧迫感とは違う、直接潰される感触が仁保の睾丸をひき絞る。
「たひ、い、痛い、いたっいっ、ですぅっ」
 息を弾ませながら、仁保は頭を振って抗議した。しかし、振り向こうとした弾みに体が揺れ、予期せぬ力で局部を嬲られてしまう。
「ぎゃひぃっ!?」
「んー? 仁保ちゃーん♪ 動くとよけい痛いよー?」
 言いながら、清子は指先を素早く動かして、太鼓の皮のように仁保の睾丸を叩く。トトトト、と鈍い音が響き、たまらず仁保は大きく脚を開いて腰を落とした。
「わあ! 仁保ちゃんのチンボ、急にぬるぬるになってきたよぉ♪」
「すごいでしょ則恵ちゃん♪ これでエキスもばっちりだよぅ♪」
「うんうん♪ もぉもぉ、思いっきり絞っちゃうよぉ♪」
 応えて則恵が、手首に筋が浮くほどに仁保の淫根を握り締め、文字通りにしごきはじめた。縛られたままの股間責めにはち切れんばかりになった肉棒は、蠢く鈴口からドロドロと汁をこぼす。
 それだけの行為をされていて、我慢が出来なくなってきたのは本人も同じだった。
「くふひっ、くふひぅ! あっ、あ、あぁああ……」
 白目を剥きかけ、涎を溜めた顔で、仁保は喉から垂れ落ちるような声を洩らした。仁保の尻がだらしなく開き、四つの手に絡まれた性器が突き出される。
「イッちゃう? 仁保ちゃん、チンボ縛られたまんまイッちゃう?」
「イッちゃうんだー♪ 仁保ちゃんってば、キンタマカスタネットされてイッちゃうんだー♪」
 二人の先輩メイドが口々に囃したてるが、仁保にはもうそれを気に掛けている、否、耳に入れている余裕などなかった。
「うっ! うぅぅう……っ!」
 瘧に罹った犬もかくの如く、といった風情で唸り。
「あぁん♪ こんな仁保ちゃんもカワイイよぅ♪」
 清子はそんな仁保に跨ったままで体をくねらせ。
「うーん……。清子ちゃんって意外とエスさんだったんだねぇ……」
 済まなさそうな口調とは裏腹に、則恵は淫根を搾り続ける。
 そして、程無く。
「……はにゃあああああっ!」
 ビクビクとのたうちながら、仁保は透明な汁だけを、すっかり饐えきったボウルの中にぶち撒けたのだった。

   爆  弾  行  進  曲  ・  裏

「一体、何をするんですかっ!!」
 この屋敷に来てからは勿論、普段も滅多に怒らない仁保が、今ばかりは本気で大声を張り上げていた。
「先輩たちはっ! いっつもお客さん相手にこんなことしてるんですかぁっ!?」
 ここはメイドの控え室。
あの後、仁保の無理矢理な『協力』の元で完成した料理を持って、則恵と清子は件の客の接待をしに行った。それから、その場で起きた一騒動の御陰で後片付けを押し付けられ、仁保は夕方遅くにようやく解放されたのだった。
「……ご、御免なさいぃ」
「もう、しません……ぐすん」
「泣いても駄目です!」
 そして、余った体力を使い果たす勢いで、むしろ明日の仕事(どうせ大したものは無いのだろうが)の分まで使い込む心意気で、仁保は自慢の喉を揮っていた。
「そ、そんなぁ……」
「則恵ちゃぁん、仁保ちゃんが怖いよぅ……?」
「怖くしてるんだから当たり前ですっ!!」
「ひぃぃんっ! た、助けて、清子ちゃぁーん……」
 ベッドの前に正座させられたメイドコンビは、肩を寄せ合ってプルプルと震えていた。向かい合って立った仁保は、肩を怒らせ、腰に両手を当て、ついでに足をしっかり肩幅に開いて、つまりは怒りのボディランゲージを全開にして二人を睥睨している。
「あ、あのね、仁保ちゃぁん」
「なんですかっ!」
 おずおずと口を開いた則恵に、仁保は覆い被さる恰好で音声を吹きつける。
「今夜、もうお仕事、ないでしょぉ?」
「ないですねっ、それがっ!?」
 ビクンと竦んだ則恵に替わって、小さく握った手を胸で揃えた清子が話を継いだ。
「そ、それでね、仁保ちゃん」
「なんですかっ。今度からは、やることは事前に言ってくださいねっ!?」
 怒鳴りつける仁保に、則恵そっくりに背を反らせた清子は、それでもしかし、何とか言葉を続けた。
「仁保ちゃんの、気が、済むまで……私たちに……お仕置きして、いいよ」
「……はぁあっ?」
 毒気を抜かれたように口を開けた仁保に、慌てた則恵がフォローを入れる。
「あ、あのあの、あのね、仁保ちゃぁん。その、清子ちゃんは違くて……役に立てない先輩に、お仕置き、して、くださいぃ……」
 縋るような瞳で見上げてくる先輩メイドたち。その顔をよく眺めて、仁保はふと思案顔になった。それから首を傾げて、足元近くにある二つの顔を覗き込む。
「……深夜手当、申請してもらえます?」
「するするっ! 絶対するよぉっ?」
「い、今すぐ水女様にっ、ううん、御前様にお願いしてくるよぅっ!」
 それを聞いて、仁保は両手を拳に固めたまま、ポンッと打ち合わせた。
「わかりました。今夜は寝れなくなるくらい、先輩たちに、お仕置きをして上げます」
「わかったよぉっ! じゃぁ、じゃあ、私たちのお部屋に来てねっ?」
「絶対だよぅ? ちょっとだけ、準備してくるからぁっ! あ、お手当もね、ねっ?」
 そう言って、則恵と清子は揃って駆け出す。部屋を飛び出す瞬間、してやったりとばかりに目配せし合ったことを仁保に気づかせない程度には、やはりコンビの息は合っていたのだった。




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