あるけみっく☆しすた〜ず 新年編


「おはよう」
 ふあとあくびをしながらリビングにアリスが現れると、朝食の準備をしていたレナは微笑みかける。
「あけましておめでとう、姉さん」
「む? おめでとう」
 アリスは眠い頭でぼんやりと考える。確かに今日は新年であり、それを祝うのは分かる。
 しかしあけましてとは何だろうか。それに、レナのこの格好。
「どうかした?」
「どうかした、って、お前」
 レナは、妙ちくりんな格好をしていた。
 豪奢な意匠の布地を身に纏い、それを腰の上で帯で留めている。
 袖がやたらとぶら下がっていて、ひらひらと綺麗ではあるが実に奇妙だ。
「やだ姉さん。この間、話したじゃない、新年のお祝いを東洋風にやろうって」
「そうだったか?」
 言われてみれば、そんな話も聞いた気がする。
 それにしても、衣装まで揃えるとは。
「あ、これ? ドーラ姫が、ちょうど交易で手に入れたと言うから、貸して貰ったのよ」
 アリスはそんなこと聞いていなかった。何でも、秘密にしておいて驚かせようと考えていたらしい。
 思い出すと、年末のレナは妙に気ぜわしげに一人で城へ向かっていたりした記憶がある。
「振り袖、と言うのですって。どう?」
 レナはその場でくるりと回ってみせる。なるほど見慣れてみれば、なんとも美しい衣装だ。
 決して東洋風の顔立ちではないレナであるが、彼女の落ち着いた雰囲気は着物とも親和性が高く、案外に似合っている。
 その旨を口にすると、レナは少し照れて笑った。
「ありがとう。姉さんも着てみる? もう一着借りてあるのよ」
「そうだなあ」
「姉さんは私と違って髪の色も黒いし、きっと似合うわよ」
 東洋の女性は、ほとんどが漆黒の髪を持つと言う。ならば、アリスも同じく似合うだろうとレナは考えた。
「うむ」
 服としてのデザインではなく、布地に施した美しさを見せるこの衣服に、アリスも惹かれるものがあった。
 米粉を練って作ったという不思議な触感の食べ物を口にし終えると、アリスはレナと連れだってドレスルームへと向かった。
 いつの間にかそこには、真っ赤な生地に鳥と花をあしらった着物が用意されている。
「まずは中着をこうして纏って」
「ややこしいものなのだな」
「これでも、簡易なものを借りてきたのよ。本式のものは、とても一人では着られないそうだわ」
 と言っても、レナの手を借りていそいそと着せられているアリスであった。
「帯を、ぐっと締めないと」
「ぐう。苦しい……上過ぎではないか?」
「この辺で締めるのだそうよ」
 さて、すっかりと振り袖を着込んだアリスは、レナと二人で姿見を覗き見る。
「まあ」
 レナが感嘆の声を上げた。
 非常に似合っている――わけではなかった。
 確かに、髪の色は東洋風ではあるが、アリスの顔立ちは彫りが深く、印象の強いものであるから、全体の雰囲気でそこだけが浮いている。
 レナの場合はミスマッチの妙味というものがあるが、着物姿のアリスは何か決定的な違和感を感じさせた。
「……似合わない、な」
「……そうね」
 二人は、静かに、呟いた。
「脱ぐ」
 寂しそうに告げる姉を気遣わしげにレナは支え、わざと明るく振る舞ってみせる。
「ああ、そう、着物を脱ぐ方法だけど、とてもユニークなのよ」
「む?」
「確かね、こうやって」
 レナは帯の留め具を外すと、その端をしっかりと持ち――
「そーれ」
 思い切り引っ張った。
 帯をほどかれながら、くるくると独楽のように回るアリス。
「あーれー」
 魂に命令されるように、アリスはそう叫んでいた。


(終わり)