白河紅音という生き方 前編


 今日もくたくたになって学校から帰ってきた僕は、自分の部屋に戻るなりすぐにベッドに倒れ込んで夕飯時までうとうと幸せな時間を過ごすつもりだったんだけれども階段を乱暴に駆け上る傍若無人な足音によってその予定は簡単に崩壊の序曲を奏で始めたってわけさ。
 僕はのろのろとベッドから降りて椅子に座ると、生ぬるい顔をして彼女を出迎える準備をする。
「あっそびに来たわよー!」
「どーぞどーぞ」
 僕の部屋のドアに何か恨みでもあるのかと思えるほど力強く入り口を開き、我が物顔で部屋に入ってくる僕よりちょっと年上の少女。
 相変わらずの、負けん気の強そうな笑顔を浮かべているけれど、急いでやってきたせいかぜいぜいと呼吸が荒い。
 この真夏の日に頬が赤くなるほど一生懸命に走ってこなくても良いのに、白河紅音(しらかわ あかね)さんは今日も無闇と元気いっぱいだ。
「あ、言っておくけどおやつは出してくれなくて良いわよ! さっきマックドロストでチーズ月見バーガー3つ食べてきたから」
 いきなりおやつの催促!? とか、食べ過ぎじゃない!? とか言うつっこみは、もう言い飽きた。
 だから僕は、にっこりと笑った。
「紅音さん、太るよ?」
 刹那、僕の頬に紅音さんの得意技であるビンタが飛んできた。
 熟練されたその技は手首のスナップが効いていて、僕の頬をやたらといい音で響かせる。
「わぁい」
 僕は喜んだ。
 ……いや決して僕にそう言った変な趣味があるわけじゃなくて。エキサイトしてビンタを放つ時の紅音さんは無性に可愛いので、僕はついつい歓喜の声を上げた、と言うわけさ。
 ……これも変な趣味なのかなあ。
 ともかく。
 白河紅音さんは、ふわっとしたボリュームある黒髪と、大きくてつぶらな瞳が印象的な美少女だ。
 幼なじみを美少女と紹介するのも気恥ずかしいものがあるけれど、実際に可愛いんだから仕方がない。
 可愛い中にも凛々しさというか、カリスマめいたものも備えていて、僕のような小人物はついつい他人行儀に敬称を付けて「紅音さん」と呼んでしまう。
 ま、別に、呼び名の分類で親しさが推し量れるわけでもないけれどね。
 初めて彼女と出会った人は、その天上天下唯我独尊猪突猛進熱血最強ぶりに目を丸くするけれど、さすがに十数年もの付き合いがあるといい加減に慣れる。慣らされたと言うべきか。飼い慣らされた? いやいや。
 だからさっきの我が儘で理不尽な言動もいつものこと。我ながら動ぜずに上手く切り返せたと思うよ。うん。その代わり怒りのビンタを飛ばされたけど。
「うぁあー……暑い〜、外暑い〜〜、暑いの嫌い〜〜〜」
「はいはいエアコンつけるから大人しくしてね」
 いつのまにやら勝手に僕のベッドに上がり込んで、やぶからぼうにグンニョリする紅音さん。
 人の部屋に遊びに来たばかりの人間がとる行動ではありません。
 けれど、普段他の人と接している姿を見る限りではわりときりっとしている彼女が、僕だけにはあからさまにだらしない姿を見せてくれるのは、なんだか嬉しい。
「もうそろそろ夏休みなワケだけど、どうなのよあなたは」
「どうって、なに?」
「新しい学校での生活よ、エンジョイしてるワケ?」
 涼しくなってきた部屋の中。
 僕のベッドの上でゴロゴロと落ち着きなく転がりながら紅音さんは質問してきた。エンジョイ、とはその単語のチョイスはまたそれは色々とどうだろう。
 まあ、僕がどんな返答を出そうと、紅音さんは質問を出した時点で既にある程度答えまでの話題を用意してくれている。
 そんな彼女に甘んじて、ついいつも通り適当な返事をする僕。
「え、うん。まあまあ、かなあ」
「まあまあねえ」
 紅音さんはうっすら微笑んだ。なんだかすごく、イヤな予感。
「さ〜〜〜……ホントかしらねー」
「な、なにが?」
「んー……なんてゆーか、こぉ、私に言い辛いような悩み事的なモノとか、あったりするんじゃない?」
「え、ええーっ?」
 小学の頃からずっと使っている、今思えばよくわからないシールがぺたぺた貼られた学習机。
 その椅子に腰掛けている僕と、ベッドに横たわる紅音さんとの視線は噛み合っていない。
 だけど、紅音さんの表情はいつも通りしれっとしていて、僕の顔は少し赤くなってしまった事は、多分声のトーンで相互理解できたと思う。
「ほら、何かあったりするんでしょ? とりあえず言ってみなさいよ!」
 そうなのだ。
 僕は最近、紅音さんに対して少し隠し事というか、距離を置いてしまっている部分がある。
 なるべく悟られないようにと思って、いつも通り振る舞っているつもりだったんだけど、どうもやたらと勘の鋭い紅音さんにはお見通しらしい。
「でー、受験? イジメ? 登校拒否? 酒とタバコ? 青坊主?」
「え? え、あ、まあ、えーと、とりあえずそれは全部違うけど。てか最後なにさ」
 お見通しでもないらしい。
「ま、違うでしょうね、解ってるわよ!」
 解ってることをいちいち聞くんだから、全く紅音さんって言う人は。
 でもそのことについて文句を言うと、
「話には流れってものがあるのよ。私は最初にそれを作ることにしているの。あんたみたいに思いついたことをとりあえずそのまま垂れ流すような真似はしないわ!」
 と理路整然と情熱的に言い返されるのは目に見えている。と言うか体験済み。
 僕が諦めモードでアハハと愛想笑いをしていると、ほいっと、器用なことに僕に背を向けたままの姿勢でなにかを正確に投げつける紅音さん。
 というか何かそこに投げられるようなモノは置いてあっただろうか?
 枕? 目覚まし時計? 携帯電話?
「いや、ちが……あっ!
「って事よね」
 クラスメイトが学校の裏で拾ったエッチな本だ。
 他の友達はそこに載っている裸の女性を見て大盛りあがり。
 でも僕はあんまり興味がないって言ったら、その日の帰りにこっそり鞄に入れられていて。
 返しに行く事も出来ないまま、取り敢えずベッドの下に忍ばせておいたモノだった。
 ……などといういきさつを知るよしもなく、ただただ目ざとくも宝物を発掘したような気分でいる紅音さん。
「ふーん、ふーん、ふーん、思春期ね〜、思春期なのだわ〜」
 ボス猫のようなふてぶてしい笑顔を見せて、紅音さんはうつぶせになったまま楽しそうに足をぱたぱたさせている。
 最初に質問をしてきた時点で、既にベッドの下の本を見つけていたのだ。
 ただグンニョリと転がっていただけじゃなかったのか……相変わらず恐ろしい人だ。
「いやその、違うんだよ、紅音さん? 僕はそーいうのは全ッ然興味なくてさ? それは友達がね」
「うんうん。それであなたはどういう本だったら興味があるわけ?」
 僕の逃げ場を適確にシャットダウンしてゆく鋭い質問! 僕は思わずたじたじとなって口ごもる。
 ――思えばすでに、最初に質問してきた学校生活の悩み事、って言う話題から逸脱してる。
 でもそんな事は紅音さんにとってどうでもいいんだろう。本を見つけた時点からこういう展開になるように、紅音さんは僕を巧みに誘導していたってわけさ。
 ああもう、恐ろしいなあ白河紅音さんって人は!
「ほら、どーせその友達とやらにも相談した事ないんでしょ? 私にくらいは言ってみなさいよ! バッチリこっそり集めてあげるわよ、成年誌? 同人誌? ジャンルは?」
 よくもまあ、溌剌とした笑顔でそんなことが言えるものだよ――と呆れる間もなく、僕はまくし立てられてパニック状態だ。男友達に言えないことを可愛いお姉さんに相談しろって普通逆だってばさあ。
 紅音さんにエッチな本を見つけられただけでも相当にショックなのに、畳みかけるようなセクハラ質問。僕は赤くなって口ごもってしまう。う、うう。どうやって誤魔化そうか。
「えーと、ね。……お、おちんちんのついてる女の人の本がいいかな、とか」
「へ」
 誤魔化すのは止めました。僕は、小さい声ながらも、正直に性癖を告白した。
 だって、紅音さんに嘘をついても簡単に見破られちゃうし。
 そ、そ、そうさっ。僕はおちんちんが生えてる女の人が大好きな変態さっ。
 僕の性癖は、紅音さんにとってはショッキングだったろうけれど、だって、その、しょうがないじゃん!
 そんなこと聞いた紅音さんが悪いんだからねっ! そう、そもそも、全部紅音さんのせいだしっ!
 ああ、もう、恥ずかしいなあ! どうしよう! もう、知らないっ!
 と、一人で興奮しちゃっている僕とは正反対に、元気いっぱいな語り口をぴたりと止める紅音さん。
 ベッドからむっくり起きて、さっき投げつけたエッチな本を取り上げ、見直す。
「……うーん……そうかあ……」
 本の中のお姉さん達は、確かにきれいだ。
 でも僕にとってはそれだけであって、別にそれ以上は本当に何とも思わない。
「ふたなりってヤツよね……ん〜、それってアレよね、希少価値が高いのよね……なんとも狭い門に手を出したモノね……そりゃ友達君とも趣味があいそうにないわ……」
 心なしかいつも以上にクールな語り口になる紅音さん。
 うん、まあ、一般的にはそう。そうだよね。
 いやでも、紅音さんの返事としてそれは何かがずれているような――
「…………よし」
「えっ?」
 きりっと眉を引き締め、すっと立ち上がる紅音さん。
 拳を握り、力強く宣言する。
「本を用意してあげるのは……無理!
「ええーっ」
 僕、落胆。
「……って、せっかく引っ張っておいて、そのままお終いにするワケないでしょ!」
 ライオンの赤ちゃんのように、がおっ、と可愛く吠えつけられた。いや本人はきっと迫力いっぱいのつもりなんだろうけど、見慣れた僕からしてみれば単に紅音さんの美貌の一面としか捉えられない。
 それにしても、やっぱり紅音おねえちゃんはいつだってただでは済まさない人だ。
「いやまぁ本の調達は無理なんだけど、それらしいことなら出来なくもないかなあ」
「って言うと?」
 でもさ、確かにマイノリティな趣味だけど、本の調達くらいはできそうなものだけれど。現に僕も数冊なら持ってるし。
いいから、服を脱ぎなさい!
 はあっ!?
 僕は目と口をいっぱいに見開いた。
 何でそうなるの!?
 と言い返せば問答無用で押し切られる空気がエアコンの風すら押し返す。
 僕は紅音さんの目を見る。紅音さんも僕の目を見る。
 眼光に負けて、僕はへらっと笑った。紅音さんは全然笑わない。
 ……ううう。負け犬たる僕は取り敢えず上着を脱いだ。
「……ほら、全部脱ぐんだって、早くっ」
「ぜ、全部っ?」
 部屋の中で全部脱ぐなんて普段しない事を人前でさせられる。
 いくら紅音さんが気心の知れた人だと言っても、こんな行為は恥ずかしいに決まってる。
 恥ずかしい性癖を聞かれた上に、全裸にまでさせられて……ちょっと紅音さんこの後どうする気なのさっ。
 これ以上何か酷いコトされたら、僕、泣くぞっ!? 泣いちゃうぞっ!?
 当の紅音さんは、腕なんて組んじゃって、私に任せなさいっ、と言わんばかりの頼もしい顔だ。
 いや、パンツに手を掛けた僕の股間をニヤニヤしながら凝視している気がするのは、ええっと、気のせいだよね?
「うん……思春期ね……思春期。まだおチンチンに毛が生えてない」
 気のせいじゃありませんでした。ってかわざわざ言わなくていいよ!
 すっかり衣服を脱ぎ去った僕は、股間に手を当てて隠して立ち上がる。
 幼なじみのお姉ちゃんの目の前で、全裸になることを強制される僕。
 ひゃあ、何もうこのシチュエーション。顔が熱くて、なんだか視線が定まらない。多分、僕の頬は今頃真っ赤なんだろうなあ。
 すると紅音さんもやおら立ち上がり、自分のスカートの裾に手を掛け――
「……って!? ななななな何をなさってるんですか紅音さん
 全裸になった僕の目の前で、彼女はするすると衣服を脱いでいく。
「見てわかるでしょ? 脱いでるのよ!」
 それは解るよ、解るけどさっ!? え、ええっ!?
 ええと――落ち着いて考えてみよう、僕。
 年頃の幼なじみが僕の部屋で服を脱いでいる。しかも僕は既に全裸。
 つまりそれはその、わわわわわ! もっと落ち着かなくなったっ!
「おたおたしてるんじゃないわよ」
 しょうがないわねこのお坊ちゃんは、と言ういつもの世話焼き顔で上着も脱いでいく紅音さん。
 どうして紅音さんこそそんなに落ち着いていられるのさっ。
 あ、ま、まさか、紅音さんってば、実はもうその歳でそう言うことに経験豊富なおませさんで。
 いや、むしろ、男と見れば股を開く淫売でッ。クラスメートの性処理奴隷扱いでッ。
 夜な夜な浮浪者の汚らしいチンポを求めて公衆便所でスケベな言葉を連呼しているような――
「ん、んっ」
 何故かソックスを脱ぐのに手間取っている彼女を見て、まあ紅音さんに限ってそんなことが有るわけ無いと僕は正気に戻る。
 彼女も本当は凄く恥ずかしいはずだ。
 でも紅音さんは、僕に弱みを見せるのを極端に嫌がるから、こうして平気な振りをしているのに違いない。きっとそうだ。
「ところで紅音さんって処女?」
 でも何でも口に出して聞かないと気が済まない僕は空気を読まずに質問するのでした。
「え……あ、そうよ」
 怒りもせず誤魔化しもせず、素直に答える紅音さん。やっぱりそうだよね。
 取り乱したら、我慢している恥ずかしさが噴出してしまう。
 かといってこの場面で嘘を吐くのは、紅音さんのスタイルに反する。
 だから、それが正解。良くできました。
 でも紅音さんは、言ってから、なんだか苦々しい顔をしている。んふふ。
 今のやりとりによって、紅音さんは、自分が本当は恥ずかしがっていることを隠している、と言うことが僕にバレた、と察したことだろう――というかなんだこの複雑な心理戦は。
 これだから紅音さんの相手は疲れるんだ。その分楽しいからいいけど。
 さて、紅音さんがショーツを下ろすと、僕よりも二回り以上大きなおちんちんが現れる。
 だけど僕はそのことについて取り立てて騒ぎ出したりは、しない。紅音さんがふたなりだと言う事は、何年も前から知っている。
 いや、いや。幼少期に、一緒にお風呂に入ったことが有ったりしたから、だよ。
 でも、彼女の男根が記憶にあったものよりずっと立派になっている事に少し驚いた。
「でも胸は全然……」
「うるさいなあ」
 その歳になって成長の兆しがまるで絶望的なぺたんとした乳房は記憶のまま。
 今日日小学生だってもうちょっと膨らんでると思うんだけどなあ。
 そのぺったんこ専用のブラジャー、どこで売ってるのさ。
「ほらっ、服はそっちにたたんで置いといてよ」
 裸になった僕達はそそくさとそれぞれ脱ぎ散らかした衣服を整頓する。
 妙に段取りがいいのは、紅音さんの頭の中で既にこうしようと筋道を立てていたからなのだろう。
 それでいて先に彼女の方から服を脱がなかったのは恐らく、僕の前で率先して服を脱ぐほどに彼女は恥知らずではなかった、と言うことだ。まず僕が脱いでからなら、恥ずかしさも半減するしね。
 それに、自分が脱いだ後で僕が裸になることを強く拒みでもしたら――紅音さんは優しいから、それ以上無理に僕を脱がせようとはしないだろう。でもその場合紅音さんは、僕の前でいきなり服を脱ぎだした痴女になってしまう。それはイヤだったのだろう。
 一見強引に見えても、実は慎重さの裏返し。
「臆病なんだなあ紅音さんは」
なにがよ!
 全裸になった紅音さんがビンタを飛ばしてきた。
 察しの良い紅音さんの事だ、僕に見透かされてると解ったんだろう。
「わぁい」
 やっぱりぶたれて喜んでしまう僕だ。
「……で、本が無ければ」
 股間を両手で隠す僕に対して、両腰に手をあて仁王立ちしながら語りかける紅音さん。
 立派なおちんちんも睾丸も、完全に僕に丸見えである。
「……本を読む代わりに実践してみようと思うんだけど」
 ははあ、やっぱり、そう言う展開ですか。
 こういう場合僕はどう対応したものかな。心中、実践って言うとそれってつまりそんな紅音さんキャー僕嬉しい! ってな感じにウハウハ状態なんだけど、紅音さんが、
「性に対して好奇心旺盛な年頃のあなたのために、しょうがないからお姉さんが色々と見せてあげるわ……だから別にいやらしいことじゃないのよ。このくらい普通のことなのよ、いいわね?」
 って言う態度を取っている以上、僕もそれに倣った方が良いのかなあ。
 ま、でも僕はまだまだ人間が出来てないので、と言うか紅音さんほどツラの皮が厚くないので、やっぱり恥ずかしい……う、うう。紅音さんの裸体も、まともに見れてないし。
「まず最初に言っておくと、さっきの本は私から見てもイマイチだわ! ただ裸の女の人が載ってるだけでしょ? 全然駄目ね! エッチな感じっていうのはこう……恥ずかしさ……えーと、羞恥心? が肝心なのよ! こういうのはね、恥ずかしがった時点で恥ずかしくなるのよ!」
「なるほどよく解ります」
 僕のとまどいを汲んで、紅音さんがくどくどと喋る。人差し指をピンと立てた、お説教スタイルだ。でも全裸。
 羞恥心が肝心と言いつつ、微塵も恥ずかしそうな態度を取らない紅音さんだけど、つまりエッチな感じは出したくないわけだ。恥じらいによって生じるエッチさは、つまり相手に弱みを見せて嗜虐性を煽ると言うこと。プライドの高い紅音さん的にはそれは面白くないから、僕への教育というスタンスを崩さないようにしたいのだろう。
 でも、その実、本当はもの凄く恥ずかしいんだってことは――最後のセリフで解る。
 一瞬でも隙を見せたら、紅音さんも僕のようにメロメロな羞恥状態に陥ってしまうのだろう。それを勢いで誤魔化そうとしている。そのギャップがとっても可愛らしい。
「こういうのに興味があるんでしょう? じゃあ……触ってみなさいよ。それとも何? 私から触ろうか?」
 紅音さんの視線がお互いのおちんちんに配られる。
 好きに触っていい、と言う合図なのだろう。
 それにしても紅音さん、こういう行為をする上で僕の同意を得なくて良いのかなあ。ここまで――後戻りが出来ないところまで、ぐいぐいと事態を進行させちゃって。
 仮にここで僕が紅音さんを拒絶したら、とっても傷つくだろうに。所謂、『女に恥を掻かせる』と言う奴だ。
 勿論僕はそんなことしないけれど――むしろ、大喜びで胸を高鳴らせているのだけれど。
 僕の気持ちをちゃんと解っててこういうことしてるのかな? それとも、僕の気持ちは半信半疑だけれど、拒絶されるのが怖いから、敢えて僕にそう言うことを聞かないのか――
 ああ、もう、どっちでもいいや。セクシーと言う単語にはほど遠いけれど、紅音さんの裸身は僕にとっては十分すぎるほど魅惑的だった。そんな彼女を目の前にして、いつまでも詰まらないことを考えていても仕方がない。
 段々と、僕の衝動も、我慢が出来なくなってきてるし、ね……。
 興奮と緊張が入り交じり、僕の股間が落ち着かなくムズムズしてきている。
「じゃ、じゃあ……せっかくだから? 紅音さんに、お先を」
「触ってほしいって? あ、そう……ふーん……じゃあ……」
 そう言うと紅音さんはゆらりとした足取りで、僕にそっと肌を寄せてきた。
 って、わっ、紅音さんの顔が僕のすぐ近くに。綺麗な黒髪から漂ってくる、シャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐる。ふわあ。
「うくっ……」
 紅音さんの細い指が、既に夢見心地な僕の半勃起に触れた。それだけでムズムズが加速して、僕は女の子のようにぴくりと身体を震わせてしまう。
 もう片手が睾丸に添えられた、と思った瞬間……紅音さんは突然険しい顔になり、
「私、容赦するつもりとか無いから!」
ひうううぅぅぅうっ!?

 びゅぐビュグビュグびゅぐびゅぐうぅぅ!!

へぇぁああぁあああぁぁあっ!
 僕は、何が起きたのか理解できなかった。
 紅音さんが少し手を動かしたと思ったら、体中に電気が駆け抜けて、僕の目の前は真っ白になっていた。
 あ、ああ、紅音さんの、紅音さんの手に、僕のおちんちんが……あふ。
 おちんちんからは白いオシッコがだだもらしになっている。その奔流が収まり、僕が正常な思考を取り戻すのを待って、紅音さんは口を開いた。
「うわあ、すご……って、ちょっとあなた! さては自慰もロクにやった事無いわね?」
「じー?」
「……オナニー。えーとだから、こーいう白いオシッコ……精液を出すエッチな行為よ!」
「や、まあ、知ってるけど」
「〜〜〜っ!」
 あえて知らないふりをして紅音さんにエッチな事を言わせてみたかったと言う悪戯心。
 しっかりと一生懸命騙されてくれた丁寧な紅音さんは、顔を赤らめながらビンタしようとする手を震わせた。
 恥ずかしさを見せまいという意志を働かせるのに必死で、ビンタどころではないのだろう。
「と、とにかく……あなたがどれだけ自慰をやってるのかやってないのかは知ったこっちゃないけれど私の手にかかれば10秒……ううん、1秒だって持ちはしないわ!」
 顔をずいと近づけ、何故か勝ち誇ったような物言いをする紅音さん。
 あ、あの、ええと。その、僕が出した飛沫が、顔に付いちゃってるんですけれど……
「同じ事をあなたが私にしろなんて無茶を言いはしないわ! まぁー……でも、いいトコ1、2回分くらいは……やってみなさいよ!
 えっ。あ、ええと、つまり。
 僕に責めろとやや遠巻きに要求する紅音さん。
 危ない危ない、危うく、え、つまりそれってどういうこと? と聞き返してまた彼女の怒りを買うところだったよ。
 でも、極力エッチな単語を避けるように喋っているその口ぶりは、恥ずかしさを隠すためなのだろう。
 確かに、僕には紅音さんのような無茶苦茶な手コキ技巧は真似できないけれど、彼女がひた隠しにしている羞恥心をどうにかして弄くり回す事が出来れば、もしかしたら何とかなるかもしれない。
「わ、わかったよ、やってみる」
 おずおずと、僕は紅音さんの勃起ペニスに手を添えた。
 大人顔負けのそれは、血管がぶっくりと浮いてどこかグロテスクで、でも先端は赤紫につやつやとしていて――あれっ。
〜〜〜……ッッ!
 特に何をしたわけでもないのに、紅音さんの亀頭から透明な液がびうと迸った。
「……あの」
「なっ、何よ!」 
 僕は言葉を止めた。
 この一瞬で理解してしまった。
 紅音さんは恥ずかしがり屋なだけでなく、実は恐ろしく早漏なのだ……
「さ、やるんだったら早くやってみなさいよ! 思春期入りたてのヒヨコッコな手つきじゃあ、そうそう私は……えーと……達しないわよ!」
 今、言葉を選んでた。最後のあたりきっと言葉を選んでた。余程必死なのだろう。
 その必死さを隠すためか、紅音さんの手が再度僕のおちんちんにあてがわれた。
ひ、ぁうっ!! あ、あの……紅音さん……?!」
「あっ……あなたはあなたで私を責めてみなさいよ! 私がダメな所をあなたの体を使って教えてあげるから!」
 どことなく紅音さんの表情から余裕さが薄らいでいくのが解った。
 おちんちんの快楽もさることながら、とにかく恥ずかしさを紛らわそうと懸命になっている事が伺える。
 そんな様子が可愛くて可愛くてたまらず、僕は紅音さんの陰嚢を愛撫しようとする。だけど、緊張していて加減が解らず、つい力強く紅音さんの睾丸を握り込んでしまった。
ッ!! ん……く……ぅ、ぅぅ……ぅーっ!!」
 顔をあげ、歯を食いしばって堪えようとする紅音さん。
 苦しげにくぐもった呻き声が僕には悲痛だ。
「あっ……! ごっ……ごめん紅音さん、大丈夫……? ……う、ああっ!
 紅音さんが返事を口頭で返すより先に、その手が僕の睾丸を揉み込んでくる。
 でも、僕がしたような乱暴で衝動的なものではなく、凄く丁寧で、優しいけど、いやらしく……射精したばかりの僕のチンチンがまた勃起してきてしまった。
「……何言ってるのよ……あなたの責めのダメな所は私が貴方の体を通じて教える。今私が言ったばかりでしょ?」
「え、ええっ、でも……ひぃ、ひぃぃぃぃっ!」 
 紅音さんの睾丸責めに対抗するように、僕もがむしゃらに握り返す。
「…………〜〜〜っ! ……そうね、そう……全然駄目だけど、まぁ、意欲は買っておくわ……!」
 僕はまた紅音さんの睾丸を強く握ってしまった。こんなの、絶対に痛いはずなのだ。
 でも彼女は、空元気でも強がりでもなく、不思議と本当に大丈夫そうにしている。 どうして?
「っ……! 教えてあげない事もない。……あなたとは、根性が違う!
 くわ、と断言されてしまった。 そう言うモノなのだろうか。
 僕には一生がかりで理解できそうにない。時折紅音さんは相互理解の範疇を越えてくれる。
「ほら、とことんまでやってみなさいよ……思春期の少年! くっだらない悩み事なんて吹き飛ぶくらいまで……私が、つきあってあげる」
 本気の眼差しだ。
 ごくり、と生唾を飲み込み……僕は、熱く滾った紅音さんの勃起を握り、細やかに扱き始めるのだった。


(後編へ続く)