waiting for
こんばんは、F.coolです。
美汐視点でのおそらくシリアス、真琴のネタバレあり。です。
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さらさら・・・・さらさら・・・・・
ふぅ。
草が、そよそよとたなびき・・・・
今日も、ものみの丘には良い風が吹いています。
さらさら・・・・さらさら・・・・・
風は・・・吹いたきり・・・戻ってきません。
ただ、虚空に飲み込まれて行くだけなのでしょう。
今日も・・・私は、ここに来てしまいました。
いつまで待っても・・・・待っても
あの子は帰ってこないと言うのに・・・・
何故でしょう。
自然に、足がふらふらと、何かに導かれるようにここに来てしまいます。
ものみの丘。
ここで私は、悲しい別れをしました
しかも、二度も。
さらさら・・・・風に揺れる草原。
私の目は、虚ろに、遠くを眺めて・・・・
いつもと、ちょっと違う風景に気がつきます。
あら・・・・?風に、見慣れない綺麗な黒髪がたなびいてますね
だれか、先客がいるのでしょうか。
その人は、私と同じ学校の制服を着ていて・・・・
何となく寂しさを感じさせる背中をこちらに向けています。
「・・・・こんにちは」
歩み寄った私は、その人影に声をかけてみました。
今までならば、けしてそんなことはできなかったでしょうが・・・・・
あの子との出会いが、少しずつ、私を変えているのでしょうか。
その人影は、ちょっと驚いたようにこちらをゆっくりと振り向きました。
それは、とても綺麗な女の人で・・・・
透き通った、まるで引き込まれてしまいそうな真っ直ぐな瞳が印象的でした。
「・・・こんにちは」
その宝石のような瞳の持ち主が答えました。
声も良く通る素敵な声で、ちょっと冷たいような印象は拭えませんでしたが、
私は、いっぺんにその人に自分が心引かれていくのを感じました。
感覚的に、自分と似ていると思ったのでしょうか。
真琴が居なくなったせいで人恋しくなっていたのでしょうか。
「あの・・・お隣に座って、よろしいですか?」
気がつくと、私はそんなことを口にしていました。
「・・・どうぞ」
その人は黙って、自分の横を手のひらで指し示しました。
「・・・・ふぅ」
ため息をつきながら、私はゆっくりと腰を下ろします。
そして、ちらりと横目で私の横に座る先客を盗み見します。
見ればみるほど綺麗な人です。
髪は黒く長く、頭の後ろで束ねられたそれは、緩やかな風にその身を任せ、
身長はスラリと高く、まるでモデルさんのようです。
きっちり結ばれた制服のリボンは深い青色で、どうやら三年生のようです。
その人は、ただそこに座って、眼下の街をただじっと眺めていました。
どうやら物思いにふけっているようです。
それを邪魔するのも悪いので、私もただ何となく辺りの風景を上の空で眺めながら、
色々なことに思いを馳せました。
そう・・・色々なこと・・・・
色々な・・・・真琴のこと
真琴のこと
真琴・・・・・
あなたと会ったときすでにあなたは
微笑むことすら困難なようでしたね
それでも私と祐一さんと一緒にいるときは
あなたは無理に顔の筋肉を動かして
一生懸命
一生懸命に
微笑んでいました。
私は
それを見るたび
辛くて
悲しくて
もういいよって言ってあげたかったけど
それでも心底嬉しそうなあなたの顔を見ていると
そんな思いも消えていきました。
私も せめて あなたに微笑んであげたかったけど
どうしても 心が 心が・・・・微笑ませてくれませんでした
真琴に、微笑んであげたい
一緒に、笑いあいたい
笑いたい・・・
笑いたい
日々はただ、無情なまでに足早に過ぎ去り、そして、二度と戻ってはきません。
そうしていくうちにあなたは 私達の前から姿を消しました
その時の私の気持ち
わかりますか?
ショックを受けるでもなく
ヒステリーを起こして泣き叫ぶでもなく
私とあの子を引き合わせた祐一さんを恨むでもなく
ただ、ただ
悲しくて
一晩中ベッドの中で嗚咽をこらえていました
その明くる朝の私の顔・・・・想像できますか?
ふふ・・・私は、鏡で自分の顔を見てびっくりしました。
顔中、涙と鼻水と汗でベトベトで・・・・
目の周りには青黒いくまが出来ていて。
とても、人に見せられないほど、みっともない顔になっていました。
でも・・・そんな顔をみせれば、
あなたが、お腹を抱えて、さもおかしそうに笑ってくれるかな、なんて思ったり・・・・
思ったり・・・
思ったりして・・・
ふぅ。
目を開けると、お隣の人はいまだにじっと街を眺めていました。
どことなく、寂しそうな、その横顔・・・・・
私は、自分の本能に誘われるかのように、思わず声をかけていました。
「あの・・・・」
その人は、ゆっくりとこちらを振り向きます。
「なに?」
「あの・・・あなたは・・・・なぜ、ここに居るんですか」
その問いに、彼女はちょっと戸惑うと、ぽつりと
「・・・・ここにいると・・・落ち着くから」
「そう、なんですか」
私の返事に、彼女はこくりと小さく頷きました。
確かにここには、気持ちのいい風と、どこまでも遙かに続く草原とがあり、
現在の街では珍しく、自然に満ちあふれています。
しかし・・・私は。
そんな壮大で一種幻想的でもある風景を見ても、心を占めているのは、あの子の・・・こと。
「私は・・・・待っているんですよ」
私は、いつとは無しに、話し始めていました。
「ここで私は、悲しい別れを経験しました・・・・」
「・・・・・・・」
彼女は、黙って聞いています。
その表情は、見た目はさほど変わらないものの、私の話を真剣に聞いているような気がして、
私は、その真っ直ぐな瞳に答えるかのように、前の子との悲しい別れ、そして真琴とのことを話し始めました。
「・・・・・・それでも、私は・・・まだ、ここで待って居るんですね」
どうしたのでしょう、今日の私は。
こんな事、他の誰にも、祐一さん以外には誰にも話していないのに・・・
見ず知らずの人に、こんな話をしてしまうなんて。
「・・・でも・・・・最近、わからなくなってきたんです」
「・・・なにが?」
「このまま、ここであの子を待ち続けることに、何の意味があるのかって・・・・
このまま、ずっと待っていて、結局、あの子が現れなかったら、
私のしていることは無駄なんじゃないかって。
まるで私は、バカなことをしているんじゃないかって・・・・そう、思うようになってきたんです」
そう。私のしていることは、バカなこと・・・・
真琴が帰ってくるのを待つなんて、無駄なこと
私は、狐に化かされている・・・・・
そして、悠久とも言える絶え間ない時間を、全てドブに捨ててしまっている
私の独白は終わりました。
ひゅう、と涼しい風が私達の間をくぐり抜けます。
今までずっと黙って私の話を聞いていた女の人は、その時、すっと立ち上がりました。
私の心に、急に不安と後悔が押し寄せてきます。
私は、初めてあったこの人にこんな話をしてしまって、呆れられたのではないかと。
せっかくいい気分で居たのを私に害されて、帰ろうとして居るのではないかと。
しかし、その後の彼女の行動は、私の予想を完全に裏切りました。
彼女は、立ち上がると、じっ・・・・と私の顔を見つめ、こう、言いました。
「そんなことを言っては・・・・・だめ」
それは、今まで聞いた彼女の声、いえ、私が今まで生きてきた中で聞いたどんな声より、
力強く、そして悲しそうな声でした。
反復。
「そんなことを言っては・・・・・だめ」
彼女は、私のことを思っていってくれたのでしょうか。
それでも私は、彼女に些細な反発を覚えてしまいました。
「あなたに・・・何がわかるんですか」
初対面でせっかく私の話に付き合ってくれた上、助言までしてくれた方に言うべき言葉ではないでしょう。
しかし私は、こと真琴のこととなると、自分でもどうしようもないほど感情的になってしまいます。
彼女は、私のその言葉にひるむでもなく、前より一層強いまなざしで私を見据えました。
そして・・・
「あなたは・・・その子のことを信じているの」
「ええ・・・もちろんです」
「それなら・・・・信じていてあげないと・・その子が戻ってきたときに、かわいそう」
それはそうでしょうが・・・・
この女の人に、待つ身のつらさがわかるのでしょうか。
「でも・・・それでも・・・戻ってくるかどうかわからない人を待つことは、辛いんですよ!?」
「その子は・・・戻ってくる」
彼女の言葉がいちいちカンに障ります。
「どうして、そう言いきれるのですか!」
「あなたが・・・・信じていれば、その人は戻ってくる」
「どうして!?それで戻ってこなかったら、どうするんですか!?」
「戻って・・・・来る。そう信じて、待っていて」
「そんな・・・・待つことの辛さが、あなたにわかるんですか?
私は、あの子・・・前の子を待っているうちに、
ほら、こうして・・・微笑むことすら、出来なくなってしまったんですよ!」
彼女は、ふぅ、と息を吐きます。そして、一瞬間を置いた後に、一言、
「あなたは・・・・まだ、そうやって怒ることが出来る」
強い衝撃が、私を襲います。
彼女のその言葉が、私の胸に刺さりました。
そして、彼女の瞳になにか光る物があるのに気づきました。
この人は・・・・知っているのです。
別れることの、哀しさを。
待つことの・・・・辛さを。
そう、感じました。
それは憶測でしかなかったけれど、きっと間違いのない真実。
彼女の涙と強い瞳と動かない表情が、それを証明しています。
それに気づいた衝撃のせいか、真琴との想い出も手伝って、私もいつのまにかぽろぽろと涙をこぼしていました。
「あ・・・あのっ・・・私・・・私」
声が思うように言葉を作りません。
「うっ・・・あの・・でも・・・私、あなたのように、強くない・・・・・
待つ事なんて、出来ません・・・!」
それが、私の偽り無い本音。
待つことに、疲れたから。
先の見えない道を、歩くのがイヤになったから。
もう、イヤだから。
悲しい思いは、したくないから!
何もかも、イヤだから!
イヤだから!
イヤだから!
イヤ・・・・?
ふっ・・・と、私の体が暖かいものに包まれました。
それは、彼女の腕。
途方もない旅路を、開いてきた、彼女の腕。
「私だって・・・・強くなんか無い。
いつだって、待つことが、悲しい・・・・
でも、待ち続ける
その人の笑顔が、また、見たいから」
彼女の言葉は、途切れ途切れではあったけれど、どんな能弁な言葉よりも、私の心に届きました。
「待つことは・・・・無駄、なんかじゃない
それは、悲しい・・・辛いこと
でも。
気づかなかった、大切なことを
気づかせてくれる、時間
そう、思う
無駄なんかじゃない
無駄・・・じゃない」
その言葉は、半ば自分に言い聞かせるようではあったけれど
「悲しい・・・辛い
疲れる・・・私も・・・・なんど、やめようと思ったか・わからない
でも・・・だめだった
そんなこと・・・出来なかった
忘れることが・・・・できなかった
そんなことをしたら・・・・もっと、悲しくなってしまう・・・」
彼女の温かい心に抱かれ、ますます私の目からは、涙があふれ出てきていました。
「でも・・それでも、・・・私は、あの子が戻って来たときに・・・・微笑むことすら、出来ません」
私のそんな弱音にも、彼女は慈愛のこもった声で答えてくれます。
「大丈夫。
大丈夫だから・・・・」
なぜ大丈夫なのかは、わかりません。
でも、彼女の落ち着いたその声は、私のひび割れた心に響きわたり、
私に不思議な安心感をもたらしてくれます。
大丈夫・・・・
大丈夫・・・・
彼女は、そうささやき続けます。
そのうちに、私は心の底からこれからもあの子の帰りを待ち続けることが出来るように思えていました。
「信じて・・・あげて
その子のことを
自分のことを
待ち続けることは無駄じゃない
あなたの心は、ぼろぼろだけど・・・・
それは、なにより・・・・優しい心だから」
「わかり・・・えぐっ・・・まし、た・・・」
私は、そのうちに全身を彼女に預け、
「では・・・・うっ、・・あの子が、戻って、きたときに、笑って・・・ぇぅっ、・・出迎えることが出来るように・・・
今のうちに・・・・涙を、涙を・・・」
「流しきって、しまって・・・・」
私の言葉のあとを、彼女が継いでくれます。
その言葉に甘えるように、堰を切って今まで給っていた感情と涙が、とめどなく・・・・とめどなく。
「えぐっ・・・すん、すん・・ま・まこ、まことーっ・・・うっ・・・・ううっ・・・ああっ・・・・」
やさしい腕に抱かれ、私は、いつまでも、いつまでも、涙をこぼし続けていました。
*
彼女が帰ってしまった後も、私はしばらくそこに立っていました。
最早遠く地平線に沈みかけた夕日が、風になびく草を赤々と染め上げます。
ものみの丘。
風は・・・吹いたら、地球を一周して、また、戻ってくるのでしょう。
だから・・・
いつか、
あなたが帰ってくることを、私は、信じ、待ち続けます。
名も知らぬ、あの人の言葉を胸に。
さあ、今にも聞こえてくるでしょう
真琴の、元気な声が
「ただいまっ」
(終)
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F.coolです。
「アシスタントの水瀬秋子です。」
えっと、このお話、じつは、シリーズでして・・・・・・単発で続けていますから、
そうとは気づかないかもしれません。
「でも、そんなことは別にいいでしょう」
そうですね。
このSSはこれだけで、読んで頂ければ構いません。
「それで・・・内容に関しては、何かありますか?」
ええと・・・作中で、信じていれば、待つ人は帰ってくると書きましたが・・・・・
それが真実とは限りません。
「・・・そんな無責任なこと、言っていいんですか?」
確かに・・・・無責任かもしれませんね。
でも・・・・
真実は、読んでくれた方の胸の内にあります。
少なくとも私は、こう思っています。
「では・・・待つことには意味があるというのは、どうなんですか?」
そうですね。これは、胸を張って、その通りだと言えますね。
どんな時間でも、無駄な時間というものはない・・・・それが、私の持論ですから
異論、反論、感想・・・・お待ちしています。
それでは、失礼します。
「失礼しますね」
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