stormy day




栞視点での、ほのぼのです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ぴゅぅぅぅ……
ぴゅぅぅぅ……


外はお日様が照って、さんさんといい天気だというのに、
妙に北風が強くて、今日はちょっと肌寒い日です。

私は、洗濯をして干して置いたお気に入りのストールを取り込もうと、
二階のベランダに続く窓ガラスを開けます。

ううっ…

ぴゅぅぅぅ

やはり予想していたとおり、北風が冷たいです。
冷たいばかりではなく、それはとても強くて、
身の軽い私などは風とともに吹き飛ばされていきそうなほどでした。

「よいしょ」

私は干してあった洗濯物を、順に洗濯ばさみから外し、我ながら情けないと思うほど
小さな両手に、せいいっぱいに抱えていきます。

そして、いよいよ最後、お気に入りのストールに手を伸ばし、付けられた大型洗濯ばさみを外しました。
その瞬間。


ぴゅぅぅぅ!


「あっ!」


一陣の突風が吹き、あわやストールは私の手を逃れて、宙にひらりと舞い、そのまま
遠くへと運ばれていってしまいました。


「あ、あ、あ」

私は慌てて手に持っていた洗濯物を部屋の中に無造作に投げ込むと、ベランダから身を乗り出し、
ストールの行方を目で追いました。

ストールは、いまだ宙に浮き、ふわふわとその身を漂わせていました。

「どうしよう、どうしよう」

私は自分でもおかしいくらいに慌てふためきます。


しかし、その時です。

ふと、呆然と外を眺める私の視界の片隅に、何か黒っぽい動く物がありました。

それを確かめようとよくよく身を乗り出してみると、それは背の高い綺麗な女の人でした。

私と同じ学校の制服を着ています。リボンの色を見るに、三年生でしょうか。

そんなことはどうでもいいのです、私はこれぞ助けとばかりに、
失礼を承知でその人に呼びかけました。


「あのー!」


…その人は、困惑した様子で、辺りをキョロキョロと見回しています。
無理もないでしょう、突然どこからともなく声をかけられたのですから。


「上です、上」


私が風の音に負けないように声の限りに呼びかけると、その人はスッと上を向き、
私の存在を確認しました。
後ろで束ねられた長い髪が、強い風にあおられて、ぱさぱさとはためいています。
そして、ゆっくりと、わたし……? と言わんばかりに、自分の顔を指でさし示します。


私は再び叫びます。
「そうですー! あの、向こうを見て下さいー!」


彼女は私の指さした方向に視線を向けます。
私が指さした方向には、もうだいぶ遠くに行ってしまいましたが、いまだストールが不安定に
風のあいだをゆらゆら泳いでいました。


「あの、それで、あのストールが……」


私の言葉が終わらないうちに、彼女は「わかった」と言わんばかりに大きく頷いて、
ストールが飛び去っていく方向へと、たたたと駆け出しました。

私はその人の鋭敏な判断にしばしびっくりしていましたが、
ふと気を取り直して、急いで階段を下り、玄関でせいぜい二、三度しか履いていない運動靴を履きます。

あれ…? 隣の居間に人の気配がしますね……
「ちょっと…栞? どこへ行く気?」
わ、お姉ちゃんです。遠慮がちな声で私に問いかけます。
「あのね、ストールを追いかけてくるから」
「はぁぁ?」
合点のいかなそうな返事を返すお姉ちゃんを尻目に、北風吹きすさぶ中、外へと飛び出していきました。


ぴゅぅぅ……


うっ…

外はなお一層寒いです。
私はいつものように防寒ばっちりの服装でしたが、ストールが無いぶんだけ、首筋だけがとても冷えるような気がしました。


えと、どこへいったっけ


私はとりあえず、さっきのお姉さんが走っていった方へと、同じくたたたと小走りに駆けていきます。

どこかな、どこかな……


目に映る風景は代わり映えのしないブロック塀だらけです。
そのブロック塀の上に、大きな松の木やら柿の木やらがはみ出しています。

風にとばされたストールが、背の高い木に引っかかっていたら困ります。
また、人の家の庭にでも落ちていたら、ちょっと面倒です。

しばらくして、有刺鉄線の張られている、廃工場跡の更地が見えてきました。

あ!

その真ん中辺り、鬱蒼としたペンペン草に囲まれて、ちょっと前に見た人影が見えます。

その手には、黒っぽい布を抱えています。

私のストールに間違いありません。


「わ。ありがとうございますー」

私は喜び勇んでその人の元に駆け寄ります。
その人は私の姿を見ると、落ち着いた動作でスッとストールを私の前に差し出して、

「これでいいの…?」

チェック模様のそれは、私が見間違えるはずはありません。
大事な大事なストールです。
「はい! これですー! お陰で助かりました!」

「ここに、おちてた」
そう言ってお姉さんは前方のシロツメ草の集落を指さします。
草の上だったお陰か、目立った汚れもなく、一安心です。

「本当に、ありがとうございました!」
もう一度心からお礼を言って、私は立ち去ろうとしました。

ところが、
「ううん、構わない……」
というお姉さんの横顔が何故か悲しみのような憂いを含んでいるような気がして、
私は思わず帰ろうとしていた自分の足を元に戻しました。

「あの……」
「……」
「…どうか、したんですか?」

私がそう聞くと、お姉さんは黙って歩き出しました。
そして、古工場の名残、スクラップの山の裾で立ち止まりました。

そこには、白くてふさふさの毛の、かわいい……

子犬さんが居ました。

「わ、かわいいですねー」
私は思わずかがみ込んで見入ってしまいます。

「……」
その人は何も答えません。

あれ? と思って私がお姉さんの顔を振り返ると、
彼女はしっとりとした悲しみの目を、その子犬さんに向けていました。

「あの…どうしました?」
「…見て」

そう促されてその子犬さんをもう一度よくよく観察すると、どうも様子が変です。

じっと縮こまった上、ふるふると身震いまでしています。

「わ…これって」
「風邪を引いてる」

お姉さんは黙ってその子犬を抱き上げます。

人になれているのかそれとももうそんな体力が残されていないのか、
子犬さんは小さく前足を動かしただけで、なにも抵抗らしい抵抗もしませんでした。

「ここで、さっき見つけたの」
「そうなんですか…」

冷たく凍える風の中、心配げなお姉さんに抱かれた子犬さん…
その半分閉じかけの弱り切った瞳を見たとき、私の心が何かドキリとしました。

「子犬の時の風邪は…下手をすると、命に関わる」
お姉さんが唇をかみしめてそう呟きます。

「ど、ど、どうしましょう」
「……」
お姉さんもどうしたらいい物か、じっと俯いて沈黙しています。

その時です。

おや?

子犬さんのふさふさの長い毛がはためき、その下に何か赤い物が見えます。

「あの、お姉さん。これ…」
私がそう言ってその子の首の毛を寄せると、そこには案の定、
「あ……」
赤い首輪が付けてありました。

「よかったです…帰る家は、あるんですね」
「でも…この子犬さん…どこの子だかわからない」

確かに…お姉さんの言うとおりです。
首輪には住所も何も書いておらず、手がかりは何一つありません。

「それに…このままでは、凍えてしまう」
風はますますもって強く、無情にも子犬さんのささやかな体温を奪い去っていきます。

「そうですね…探すにしても、この風の中では…」
何か、この子犬さんを暖めてあげるような物が……

何か、この風を防ぐような物……

防ぐ……


あ……


私はそこで、一つの方法を思いつきました。

でも、……でも。

私はそれをすることにややためらいを覚え、思わずお姉さんの腕に抱かれている子犬さんを見つめてしまいます。

ふるふる震えながら…じっと、こちらにすがりつくような視線を送ってきています。

その目を見て、私の心は決まりました。
いえ、すでに決まっているべきだったのです。
何も迷うことはありませんでした。


私は、


ふぁさぁっ


洗濯したばっかりの


「あ…」


お気に入りの


「これで、包んであげましょう」


大事な、大事な……



ストールを、子犬さんにかけてあげました。

「…いいの?」

お姉さんの問いに、私はにこやかに微笑んで大きく頷きました。
ストールなんて、後でいくらでも洗濯できます。
でも、この子犬さんは……

お姉さんは急いで、そして手際よく、子犬さんの冷え切った体をストールで包みました。

「これで、少しは暖かくなりますね」
お姉さんは、コクンと頷きます。

子犬さんの目も、少しだけですが、穏やかになったような気がしました。
その子犬さんの様子を見ているだけで、私はすごく幸せな気分になれるのです。





さて、どうしようかと……
私達がとりあえずブロック塀の道を歩いていると、先程は急いでいて目に入らなかった物がありました。

それは、B5版くらいのカラーコピー印刷された物で、真ん中に子犬さんの写真が載っています。

上部には、手書きの太い文字で、「この子犬を探しています」との言葉が…


え、ええ?


「お姉さん、これ」
「…うん」


写真に写っていた子犬は、紛れもなくお姉さんが今抱いている子犬さんでした。


飼い主さんの番地を読んでみると、幸運にも私の家の近所でした。


「わ、よかったねー」
私は中腰になって、その子に呼びかけます。
その言葉が通じたのか、子犬さんはきゃぅん、と小さく鳴きました。





さて、ようやく飼い主さんの家の前まで来ました。

インターフォンに手を掛けます。

うう、ちょっぴりドキドキします。

ょいしょ……っと。

ようやくボタンを押しました。ピンポーンと言う音がこちらにも響きます。

すると…


つんつん

お姉さんが、私を肘で小突きます(両手がふさがっているので)。
「え?なんですか?」
「…はい」

そう言って、お姉さんは私にストールに包まれた子犬さんを差し出しました。


はふ? なんでしょう。


よく分かりませんが、私はとりあえずお姉さんから子犬さんを受け取りました。


「はーい、どなたですか?」
玄関のドアが開いて、上品そうな奥さんが顔を出します。

私はやや緊張しながらも、ぎこちなく言葉を紡ぎます。
「あの、この子犬さん……」
「あら! あらあら…」
奥さんはびっくりした顔で、ちょっとつまづきながら、サンダルを履いてこちらに駆け寄ってきました。

「まぁ…よかったわ…」
奥さんは私から子犬さんを受け取って、愛おしそうにその毛並みを撫でます。
子犬さんもとっても気持ちよさそうです。

よかったね、子犬さん…

私は心の奥の方が暖かくなるのを感じました。

奥さんは私の方を向いて、
「ストールにまで包んで頂いて…本当に、ありがたいわ。あなたが見つけてくれたのかしら?」
私はかぶりを振ります。
「いえ、私じゃないんですー。こちらのお姉さんが……」

そう言って私が横を向くと……

あ、あれあれ?



お姉さんは……お姉さんは、いつのまにか影も形も無くなっていました。



お礼を言われるのが照れくさくて、帰ってしまったのでしょうか?
「あ、あはは…」
困ったように笑う私を、奥さんは不思議そうに見つめています。





きっと、とってもシャイな人だったんですね、お姉さん。

でも、いきなり居なくなっては、困りますー。

もうっ。


もいちど、会いたいです……

やさしい、やさしい、お姉さん。


(終わり)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

こんばんは、F.coolです。
「水瀬秋子です」

5作目……
「このシリーズですね」

さて、このシリーズもこれで一応の終わりですね。
「あらあら。そうなんですか?」

ええ…「一応」です。
「なんだか意味深ですね」

では、読んで下さった皆様、有り難う御座いました!
「では、失礼しますね」



Libraryへ   トップへ