on the sofa
今回は、なんてこと無い、名雪ほのラブ・・・
注意事項はございません。お暇潰し程度に、軽くお読み下さい。
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時刻は、夜の九時半を少し回った頃。
何もすることが無かった俺は、居間のソファに腰掛け、テレビの洋画を見ている。
ちょっと前に流行った、スパイ物の映画だ。
画面では、三十路がらみの男前の俳優が、所狭しと裏路地を駆け回っていた。
とてとてとて・・・
入り口から、名雪がヒョイ、と顔を出す。
「祐一、おふろあがったよ・・・あ。これ・・・」
「おう、名雪。お前も見るか?」
「うん。私、前からこの映画見たかったんだよ〜・・・祐一、どうして教えてくれなかったの・・・」
「そんなこと知るか」
と、苦笑する。
いつものやりとり。
でも、風呂からあがって体のあちこちから湯気を昇らせている名雪の姿は、
見慣れているとはいえ、
ちょっと色っぽくて、
柄にもなく、ドキドキした。
ふぉすっ
猫柄パジャマが俺の横に座る。
暖かい蒸気が俺の半身を包む。
「あ、いま、どうなってるの?」
「安心しろ、まだ始まったばかりだ。」
「よかった」
そういってテレビに見入る名雪。
俺はと言うと、さっきのドキドキを押さえ、映画に集中しようとしたが、
ふわ〜
くんくん・・・
お、いい匂い・・・
漂うジャスミンの香り。
名雪のシャンプーの匂いだ。
いい匂いだな・・・
て、何をやってるんだ、俺は。
「おい、名雪・・・」
「うん?」
「髪の毛、まだ濡れてるぞ・・・風邪引くぞ」
「大丈夫だよ、きっと」
どういう根拠だ。
「あ、でも・・・」
「ん?」
「祐一、心配してくれたんだね?」
「な・・ば、ばか、俺はだな、」
「あ、大変、すごいよ、これ」
俺の言葉を途中で遮って、名雪は再び映画に没入した。
はぁ・・・
どうも最近、妙な感じだ。
今まではそんなこと無かったのに、急にこいつのことを異性として意識し始めるようになってしまった。
どうしたもんかな、俺も。
名雪は名雪で、相変わらずのマイペースだ。
今までは俺が主導権を握っていたのに、最近はこいつに振り回されっぱなしの様な気がする。
ええい、しっかりしろ、相沢祐一。
ふわ〜
ああ、いい匂い・・・
て、そうじゃない!
俺は邪念(?)を振り払って、映画に集中した。
*
しんしんと夜も更けてきて、辺りの物音は何一つ聞こえない。
静寂が辺りを支配し、聞こえるのはテレビからの現実離れした音響だけ。
小一時間ほども経った頃。
む、これは。
「ん・・・は、ぁぁ・・・んん・・・」
ブラウン管には、体を重ね合う男女の姿が映っている。
まあ、最近の映画なら、こういうシーンも、良くあるだろう。
俺は特に気にせず、画面を眺めている。
問題は、この天真爛漫な隣人だ。
ふっふっふ・・・
こいつ、こういうシーンには、全然免疫がないもんな〜
きっと、真っ赤になって、顔を伏せているだろうと思い、ちょっとからかってやろうとしたとき。
すり・・・
ぴと。
!
肩の辺りに、人のぬくもりを覚える。
横を見ると、名雪の頭が間近にあった。
どっくん
どっくん
再び、心臓が激しく脈打ち始める。
俺の肩から腕にかけて、柔らかい少女の肉体が押し当てられている。
うにゅぅ〜
暖かい。いや、むしろ熱い。
ふぅ・・・
なま暖かい吐息が、首筋にかかる。背筋にピリピリと電気が走ったように、俺は身を強ばらせた。
ま、まさか、名雪・・・
俺は名雪の真意を確認しようと、声をかけてみた。
「おい、名雪・・・?」
「・・・・・」
名雪は、黙って顔を伏せていた。
「・・・名雪・・・」
よ、よし、俺も男だ。
俺が、ちょっと覚悟を決めた、その時、
「・・・・・くー・・・・・・」
迷惑な隣人は、この上なくかわいい寝息をたてた。
「・・・・・・」
おいおい。
「まったく、こういうことか・・・」
まいったな・・・・
俺は一人ごちると、名雪を起こそうとした。
「おーい、名雪、起きろー」
ぺち、ぺち
軽く頬をはたいてやる。
「うーん・・・祐一・・・?」
「名雪、起きてるか?映画見るか、寝るか、はっきりしろよ・・・」
「映画・・・・見る・・・・」
「そうか、じゃ、ちゃんと起きろ」
「うん・・・・」
ぐい、とす。
俺は、名雪の肩を掴むと、名雪をきちんと俺の隣りに座らせた。
しかし、一分も経たないうちに。
ずる・・・
ずるずる・・・・
ぴと
「・・・・」
「・・・・」
「・・・名雪・・・」
「うー・・・けろぴー・・・・がん・・・ばれー・・・」
どうも名雪はひとりで違う映画を見ているらしい。
やれやれ・・・と思って、名雪を引き剥がして寝室に運ぼうとしたが
「祐一・・・あったかい・・・」
「・・・・・」
ちょっと、思考が停止する。
あったかいって・・・まあ、その通りなんだろうけど・・・
何となく、俺の頬が上気するのが感じられる。
ぴと
名雪のくっついた肩に、肌が重なり合ったぬくもり。
うーむ・・・こ、これは・・・・
テレビでは激しい銃撃戦が始まっているが
もう、映画の内容なんて上の空だった。
名雪は全身を俺にもたれかけ、無防備この上ない姿だった。
一瞬、唇でも奪ってやろうか、とも考えたが、あまりに無邪気なその寝顔の前では、その思いは雲散霧消していった。
どく どく どく
そのかわりに、俺の鼓動ははた迷惑なほどに高まっていく。
すー、ふー
名雪の寝息が首筋を駆け抜ける。
またも、ぞくりと全身を何かが駆け抜ける。
うわ、どうしたもんかな
と、ちょっと身じろぎすると
ずり・・・
名雪の顔がずり落ちそうになった。
おっと・・・いや、まてよ・・・
なおしてやろうかとも思ったが、ちょっと思いついたことがあり、そのまま体を少しずつ引き離していった。
ずり・・・・
ずり・・・・
ず・・・ぴた
良し、成功・・・
見事、名雪の顔が俺の太股に着地し、いわゆる「ひざまくら」の形になった。
ほわ・・・
太股に感じるあたたかみ・・・
ふにゅ・・・
名雪のほっぺたのやわらかみ・・・
いい・・・感じだ
俺は、なんともなしに、幼なじみの少女の髪を、優しくすいてやる。
なめらかな指通り。長く、綺麗な髪の毛だ。
俺は、心臓が太股に移動したかのようにその部分の鼓動が激しくなるのを認めつつ、
手だけは妙に落ち着いて、名雪の癖のない髪の毛をいじっていた。
ぴとり
さすり さすり
ふわぁ・・・
なんともいえない、幸せな気分。
俺は、自分の心がだんだんと優しい気持ち、たとえていうなら父親のそれになっているのに気づいた。
名雪の頭に手を当て、ゆっくり・・・ゆっくり撫でてやる
名雪・・・・
名雪・・・・
たまらなく愛おしいのだが、狂おしいほどの激しい感情とは違う、落ち着いた愛しさ。
全身は少女の無防備なぬくもりにこの上なく沸き立っているのに、
頭の中は奇妙に安心して、名雪の寝顔を優しく見つめている。
名雪・・・・
こんな時間が、ずっと続いたらいいのに・・・
テレビはもうクライマックスも終わり、解説の初老の男性が、次週の予告をしていた。
名雪・・・・
俺はただ、名雪だけを見ていた。
こうしてると・・・やっぱり、・・・かわいいよな
名雪・・・・
「うにゅ」
あったかくて・・・なんだか・・・安心する・・・いい気持ちだぞ・・・
しばらく俺はそうして幸せな時を過ごした。
*
しかしそんな暖かい時間も、長くは続かない・・・
ぼーん・・・・ぼーん・・・・
新しく買ってきた柱時計が、それにしては古めかしい音で十一時を告げた。
その音に呼応するように、名雪の体がもぞもぞと動く。
「わぁっ、寝ちゃったよ・・・あれ、祐一、何してるの・・・わぁ!」
今自分が置かれている状態に気づき、びっくりする名雪。
俺は、見事に安心した心持ちでいたため、とっさに対応できないでいた。
「わ、祐一、なんて事してるの」
「ば、ばか、人が聞いたら誤解するだろっ・・・そもそも、お前が勝手に・・・」
けんけん
がくがく
わー
きゃー
「はぁ、はぁ・・・・と、いうわけだ・・・・俺だけが悪いんじゃ無いぞ・・・」
なんでたかがひざまくら一つでこんなに言い争ってるんだ・・・馬鹿な俺達。
「うー・・・わかったよ・・・そのかわり・・・」
?
そのかわり・・・・?
まさか、イチゴサンデー五杯とか、言い出さないだろうな・・・
しかし
「そのかわり・・・おかえしだよっ」
そういうと名雪は、俺の頭をがっしと掴むと、俺が呆気にとられるまもなく、
「うわっぷっ」
自らのふとももに押し当てた。
「うにゅ〜」
こ、こいつ・・・半分寝ぼけてやがるな・・・
しかし、名雪のふとももは暖かくて・・・
柔らかくて・・・
俺は先程とは違った安心感に包まれた。
すりすり・・・
その気持ちよさに、思わず頬ずりしてしまう。
ほんと・・・いい気持ちだ
すりすり・・・
「ゆ、祐一・・」
名雪が、ようやく頭が覚醒したのか、とまどったような声を上げる。
「えーとね・・・」
でも・・・俺の、気持ちは・・・
「名雪」
「え?」
「このままで・・・」
「・・・うん・・・」
俺達はそれ以上言葉を交わさず、しばらくそのままの体勢でいた。
とくん・・・とくん・・・・
名雪の鼓動が、直接耳に響く。
猫柄のパジャマが、俺の目の前いっぱいに広がっている。
そのパジャマを通して、俺に伝えられる、熱と感触。
あたたかくて・・・・
やわらかくて・・・・
すり・・・・ すり・・・・
ぬう・・・気持ちいいぞ。
名雪の手のひらが、俺の頬に添えられる。
「祐一・・・熱いよ」
「名雪・・・お前の、太股だって・・・」
陸上部で毎日鍛えているせいか、名雪の太股はただ単に柔らかいだけではなく、しなやかな弾力があり、
それがまた心地よかった。
「名雪、重くないか・・・?」
「そんなこと無いよ・・・祐一の頭、あったかくて、わたしも・・・いい気持ちだよ」
名雪は、それ以降何も言わず、俺の頬に手を当て続けている。
安心・・・出来る
この・・・感触
名雪・・・・
・・・・・・
・・・・・・
名雪も・・・さっきの俺と同じ様な気分なのかな・・・・
・・・・・・
ふに ふに
この、安心感・・・
名雪・・・
幼なじみのこの少女に、こんな感情を持つなんて・・・
はは・・・いまでも、信じられないが・・・
名雪・・・
俺は・・・
辺りは、まるで別世界のような雰囲気に包まれ、
いつも座るソファも、
天気予報を流しているテレビも、
リモコンののっているテーブルも・・・
見慣れているはずなのに、なにかそことは違う場所に来てしまったような錯覚に陥る。
「名雪・・・・」
ふと、俺の唇が小さく開き、声が漏れる。
「・・・・なぁに・・・・」
そのまま空気に溶けて流れていきそうな、ごく自然な返事。
この何とも言えない一種熱におかされたような不思議な雰囲気のせいか
素直な気持ちが、のどを伝って流れ出る。
それは、とても小さな、小さな声だったが、偽らざる、俺の、心。
名雪
俺は
お前が
「好きだぞ・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数秒の沈黙。
そして
「わぁっ、祐一、恥ずかしいこといってるよ〜」
名雪は、顔を赤らめてぱたぱたと手足をばたつかせる。
はっ!
俺も一瞬で正気に戻った。
「ち、違う!今のはだな、いまのは、」
名雪は俺の弁解など聞いちゃいない。ひとりで盛り上がっている。
「わーっ、わーっ」
「こ、こら名雪、静かにしろ・・・」
気が動転している名雪は、俺の頭をぐいぐいと力任せにふとももに押さえつけた。
く、苦しい・・・
名雪は顔を真っ赤にさせてなおも体を暴れさせる。
「きゃー、きゃー」
ばたばた わたわた
ばしばし ぺしぺし
ぐぁ、こんなに騒いだら・・・
と、その時
すた すた
廊下を歩くスリッパ。
がちゃり。ドアノブが回る音。
サァー・・・・
背筋が凍った。
少しだけ開いたドアの影から・・・・、一家の主が・・・顔を・・出す。
「一体、なんの騒ぎよ・・・・・・・・あら」
相変わらず、俺の顔は名雪のふとももに押し当てられたままだ。
つまり、秋子さんの目に映った光景は・・・・その
居候の男が、自分の娘に・・・
えーと・・・・
・・・・・
・・・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時は凍えついた。
無限にも思えた、数秒間。
時計の針が、ちっ、と時を刻むのが聞こえた。
「あらあら・・・・・お邪魔でしたね」
そういって秋子さんはニコリと微笑むと、ドアの影から頭を引いた。
・・・・って、おい
「ちょ、ちょっと、あ、ああ、秋子さんちがうんです誤解しないで下さい!!」
「そ、そうだよお母さん、これは祐一が全部・・・・・」
わたわたわたわた・・・・・・・・
水瀬家の夜は、何事もなかったかのようにふけて行く・・・・・・。
(おわり。)
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