誰だ。

眠っている俺の体に、

なにか不定形のものがまとわりつくような不快感を覚える。

「うぐぅ、ボクだよっ」

あゆ?

なんだあゆか……

あゆ?

あゆが何故喋れるのだ!

「うぐっ、祐一くん、怖い…」

辺りを見回すと、あゆの姿などどこにも見えない。

「あゆっ!どこだ!」

「うぐぅ…ここだよー」

声はすれども姿は見えず…

「どこにいるんだ…」

「祐一くんのすぐ側だよ…」

「いないじゃないかっ!」

「いるよ…すぐ側に…祐一くんの中に…」

俺の中…?

どういうことだ

「うぐぅ…ボクは、海で遊んでたんだよ」

「そうしたら大きい波がざーっと来てね…」

「ボクは、流されちゃったんだ」

なんのことだ…

「ボクは、必死になって祐一くんに叫んだけど…」

「祐一くんは、ぐっすり眠っていて気がつかなかったんだ」

「怖かった…苦しかったよ、海の中は」

「だから、海の中にいるくらいなら、いっそのこと…」

「祐一くんの中に戻ったんだ」

あゆの言葉が理解できない。

いや、俺は全てを理解できないでいた。

周りは、何もない、真っ白であり、真っ黒であり、流動的であり、固定的な、不思議な空間。

立っているのか、座っているのか、落ちているのか、昇っているのか、何も分からない。

ここは…どこだ?これは、なんだ?

「祐一、まだ気づかないでいるの?」

今度は名雪の声だ。

「名雪っ!生きていたのか!」

しかし、やはり何の姿も見あたらない。

「祐一、これは夢の中なんだよ」

ゆめ?

ユメ

夢…

そうか、ここは夢の世界か…

「夢か…じゃあ、もう起きないとならないな」

俺はすこし冗談めかしてそう言った

しかし

「それはできないんだよ、祐一」

「祐一くんは死んじゃったんだよ」

死んだ? 俺が?

馬鹿なことを言うな…ただ砂浜で昼寝しただけで死んでたまるか。

「それでも、死んじゃったんだよ」

俺の考えている事にさえ返事が返ってくる。

その声は、どこから聞こえるでもなく、俺の中から聞こえてくるようだった。

「祐一くんが、あの世界を放棄したから」

「こんな狂った世界には、もういられないって、そう思ったからね」

は?

俺は耳を疑った。

…確かに、そう思ったのは事実だ。しかし、ただそれだけの事で人が死んでしまうのだろうか?

「冗談だろ?」

「正確には、死んだのは祐一だけじゃないんだ」

「あの世界も一緒に死んだんだ、お前とともに」

今度は北川の声。

やはり、俺の中から聞こえてくるようだった。

訳の分からない恐ろしさが襲う。

まるで、自分が自分でなくなっていくような…

「どういうことだ!もっと、俺にわかるように言ってくれ!」

俺は狂いそうになる意識の中で、必死に懇願した。

「まだ、わからないの……本当に救いようのないひとね、相沢くんは」

香里…?

「香里ったら、ひどい…でも、その通りだけどね」

何かが俺を嘲笑っている。

「うぐぅ…いい加減に、教えてあげようか?」

「あの狂った世界はだな」

「あなたの」

「祐一の」













「夢」













「だったんですよーっ」

夢…だと?

では、あの笑う隊長も、

残酷な秋子さんも、

静かな名雪も、

勇敢な北川も、

自分を責める香里も、

飛び散る栞も、

勘違いした久瀬も、

罪を背負う佐祐理さんも、

恐ろしい舞も、

すべて、

すべて

夢だったというのか?

「…認めた」

「でなければ、私が飛び散った事なんて分かりませんからねー」

そうだ。何故俺はそんなことを知っているんだ?

しかし、いくら何でもそんなこと

「ふざけんな! あの…あの世界が、夢だなんて、信じられるか!
夢であったら……夢であったならどれだけいいか、何度そう思ったことか…」

「うぐぅ…祐一くん、強情だよ」

「昔からそうだったもんね」

「だけど、もう一押しのようね」

「…祐一」

「ちょっと聞きたいんですけど」

「では、どうして私たちは」










「生きていいたときと」

「同じ格好で、甦ったの?」







!!!

それは…

「普通は死んだら灰になって壺の中に閉じこめられるよね」

「今時土葬はないわよね」

「あははーっ、答えられないようですねーっ」

「…意気地なし」

「しかたありませんね、私たちが言ってあげないとだめかしら」








「それはね……」






やめろ…その先は、言うな!




「…その方が」





















       
「「その方が、物語として成り立つから!」」














がらがらがらがらと俺のからだは崩れ落ちた。

俺の体が無くなっても、意識だけは依然としてそこにあり続けた。

「祐一、ようやく認めたね」

「あの世界は、祐一くんが望んだ、夢の世界だったんだよ」

そう。そうだったんだ。

「わたしは、名雪の背骨を折ったりなんてしませんよ」

「私だって、バラバラになんてなりたくないですー」

「…私は、佐祐理のことを食べたりしない」

「うぐぅ、ボク、犬じゃないもん!」

やめろ…やめてくれ……

「相沢君、君が何故こんな世界を望んだか、皆に説明したまえ」

「そうでないと、納得できないぜ」

俺は、自らの罪を暴かれ、神に懺悔する死刑囚のように、皆に告白を始めた

「おれは…いやだったんだ」

「あぅー…何が?」

「真琴、話の腰を折ってはいけません」

「いやだったんだ…全てが…世界が……
がんばっても、
願っても、
愛しても、 
嘆いても、
怒っても、
悲しんでも…
どうしても、
どうしても皆が悲しむ、あの世界が、許せなかったんだ!」

「だから?」

「だから俺は…祈った…奇跡を…こんな哀しい世界など、完全に狂ってしまえばいいという事を! その奇跡を!
いやだったんだ…とにかく、何がもう何でも…どうでも良かったんだ」

「だから、あの世界を壊したの?」

「そうだ!」

俺はやけくそになって言い放った。

「はぇー…そうだったんですか」

「…祐一」

「ごめん! みんな、本当にごめん! 俺は、世界が、完全に狂ってしまえばいいと思って…
みんなのことを考えずに…あんな、世界を…
ごめん! ごめんなさい! ごめんなさい! 許して下さい! すみません! すみません! 本当にすみません!」

俺は必死になって皆に謝罪した

「……」

誰も答えなかった。

「哀しかったんだ! 悔しかったんだ!
木から落ちることも、
交通事故に遭うことも、
重い病気にかかることも、
夜の学校で自決することも、
消えて無くなっちまうことも、
俺を悲しませることが多すぎて、
俺は、自暴自棄になって、そして、

俺は、狂ってしまったんだ!」

「だからあんな狂った世界を想像/創造したの?」

「そうなんだ…」

「狂ってしまったのは、祐一自身だったのね?」

「そう…そうだ」

ため息のようなものが聞こえた。

「これで決まったわね」

「ああ、決まりだな」

皆が俺を見ているような気がした。

「あははーっ、判決です!」

「相沢祐一さん」















「死刑ね!」

















「再殺決定です」

「うぐぅ、おめでとう祐一くん!」

皆は邪悪に微笑んでいる。

「なぜだ! いくら何でも、それは…」

「祐一、往生際が悪いよ」

「…覚悟」

そうか…俺の罪は、死刑になるほど重いのか…

狂ってしまって、世界を壊した俺の罪…許されることではないのか






「本当は、許してあげようかって思ってたのに」

「あぅー…罪状は?」

「偽証罪ですっ」

偽証罪…?

「何故だ! 俺は何にも嘘なんか言っちゃいない!」

「あらあら」

「まだ罪を重ねるつもりだね」










「いい? 祐一くん」


「君は狂ってなんかいないだろう?」

いや…俺は、狂って…




「あははーっ、自分のことを狂ってるって認められる人は、本物じゃないんですよーっ」





「…佐祐理の言うとおり」

「あなたの奥に眠る真実は」

「確かにあるのだからな」



「仮にあなたが狂っているとしましょう」

「でも、私たちの言葉は理解できるよね?」

「それならそう言うことです。狂気という名を利用して逃げないで下さいね」




「お前があの狂気の世界を否定したのは、嫌になったからじゃあない」

「結局、満足して、飽きたのよ」






「そしてまた同様に」



「哀しい世界…だったかな、元々祐一がいた、あの、世界は」

「……ちがう」






「そうだよっ、まさか、あの幸せな日々を、忘れた訳じゃないよね」

「幸せな…日々…?」

それは…

遠い…

遠い記憶…

あゆは、イメチェンに失敗したって、すねて…

名雪とは、いつものようにドタバタと学校へ行き…

栞は、拙いながらも一生懸命に絵を描き…

真琴は、あの丘でピロと一緒にひなたぼっこ…

そして舞は学校を卒業する。

そんな……

何の代わり映えもしない…

平穏で……

幸せな世界…

そう、それこそが俺の良く知っている世界。俺の世界。みんなの世界。

そんな世界に…

俺は、飽きて…

刺激を求め…

そして

屍者を作った…?


「相沢祐一さん、本当は、貴方は、幸せな世界に飽きて、あの世界を作ったのです」


「う、嘘だ! 俺にそんなことが、出来るわけないだろ!」

しかし…俺は知っている。

その幸せな世界の正体を。

それは、お伽話。

つまり、
















あの世界も夢だったとしたら…?













「そうだ。俺達との、あの幸せな世界も、お前が望んだ夢だったとしたら、どうだ」

そ、それは…

「そうでなければ、どうして祐一さんは、同じ時間を何度も過ごせるのですか?」

「そうだよっ、祐一。毎晩夜の学校に行ってたのに、」

「その夜、天使の人形を俺達と一緒に探したよな」

「朝はいつも名雪と一緒でしたよね」

「でも、同時に真琴とも学校にいってる…」

「これって、どういう事かな?」

「相沢祐一さん」

「それって、本当にキミの名前なのかな?」

「…私達は」

「実在するんでしょうかねーっ」

「全ては君の、」

「そう、すべて、何もかも♪」











「夢」












「だったのよっ」






存在の完全否定。






















うあ



ああああ





「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!!!!!!」

「あぅ、壊れちゃった」

「まだよ、壊れた振りをしているだけよ、この男は」

「香里、厳しい…」

「そういう設定だもの」

やめてくれ! やややややややめてくれ! 俺は、俺は俺はうわぁぁぁなんだどうしたどうしたっていうんだ!
せかいは、せかいはおれが、おれがつくっつくっった
かなしいこともうれしいこともいやなこともきもちいことも
全て俺が望んだこと俺が全て? てててててすべからく? て? ぜんぶぜんぜんぜん






「……本当に壊れた」





「まだです、この壊れ方は同情を誘ってるんですよ、自らの理性を無くしたフリで、自虐することによって。
赤ちゃんが構って欲しくて泣くのと一緒です」

「あははーっ、そうですよねーっ。自虐は贖罪ではなく、ただ、誰か他の人に構って欲しくて起こす行動ですからねー」

「子供じゃあるまいし」

「人でなしね」

「ダメ人間だねっ」

「………」

「死ね、だそうです」

「そんな泣き言いう人、本気で嫌いですー」

「お母さん、祐一を殺しちゃってもいい?」

「了承」

「おおっ、これが噂の一秒了承か…」

「あははーっ、北川さん、そんなこと言ってる時じゃありませんよーっ」

「そうだよっ、祐一くんなんか、死んじゃえ」

「死にたまえ」

何故だ何故だお前らはそんなことを言うべきじゃあないやめろお前達は俺の知ってる奴らじゃないい!!!!

「何を言ってるんでしょうね」

「戯れ言だな」

「………」

「ほざいてろ、だそうです」

「自分で作ったくせに、俺の知ってる奴らじゃないもクソもないだろ」

「そうだよ、私たちはあなたが想像/創造したとおりなんだから」

「知ってる奴らじゃないなんて、お生憎様です。では、貴方の知ってる奴らと言うのは、本当にあなたの知っている通りの人間なんでしょうか?」

「僕が倉田さんを思っていたようにな」

「わたし達の姿なんて、どうとでも変わるわよ。この男の考えたとおりにね」

「つまるところ、堂々巡り?」

「真実はどこにもあり得ないわ。全ては偶像」

「この男の考えた私達が、本当の私達なんです。実か虚かなんて不定ですー」

「そう、世界中のものごとは全て不定なんだよねっ」

「この男だけがそれを認識できるんですから」

「最悪だね」

「つまり世界は」













「「どこにもない」」












どこに。も。    俺のっせかいは。    ない。ない

ない      ないない   どこにもない  はは  ない

くは…………は……ああ……くわあ………



世界は白く染まる

そして黒に収束し

赤に始まり

青に終わる






「…なぁ。もういいだろう。
 いい加減、壊れたフリはよせよ。見苦しいぜ」


…だれだ、お前は…


「お前は俺だ」


俺…?
馬鹿を言うな。
俺はここにいる!


「はは、気づいてるくせに、何を言ってるんだ」


…何のことだ?

俺が何に気づいてると言うんだ?


「この世界とお前の存在について、だよ」

「この世界は、お前の作った世界」

「同時に、お前自身もお前が作った存在なんだ」


…何を言っている?


「気づいているくせに、気づいてないフリはよせよ。お前は、相沢祐一という存在は、どこにもない。しかし、どこにでも存在する」


…訳の分からないことを言うな…


「気づかないなら、それでいい。一向に、構いはしない。
 だが、覚えておけ。この世界は、夢だ。そして物語だ。
 哲学者ヘーゲルの言葉を借りれば、『世界は人間の主観でしかない』んだ」


…俺は…俺の世界は…


「じゃあな。もう会うことはないだろうよ」


…夢…





『相沢! 何をぼーっとしてるんだ! 屍者がそっちに行ったぞ!』


この世界も…


『私の名前、まだ覚えてる?』


この世界も…




俺の



なのか?


全ては

俺の

夢…




 『うつしよは夢、夜の夢こそまことなり』



(終)















−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 訳の分からないSSで、本当に申し訳有りません。
 このSSは、クズです。

 私がこのSSで何を書きたかったのか。
 たくさん有りすぎて、無責任ながら今ではよく覚えていません。

 ただ、一つ。
 終章での祐一。
 それは、私であり、貴方です。
 また、『Kanon』は『ゲーム』で、
 『再殺部隊』は、『SS』です。
 「だからなんだ」と言われたら、それまでです。
 本当に申し訳有りません。

 それでは…


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