いたづら秋子さん ウソ泣きです




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 ううん ううん

 私は、最近、とっても深刻な悩みごとを抱えています。

 そのことを考えると、もう夜も眠れない有様です。

 ああ 困りました

 ソファの上をころころ転がりながら 私は悩みます

 私の悩んでいる、そのこととは――――






 「祐一さんにいたづらする方法」なのです!







 …あっ、今、笑いましたね?

 ぷん、だ。

 私、これでも真剣なんですよ。

 これだけが、最近の私の唯一の楽しみなのですから。


 老後の楽しみ
 そんなに老けてません!

 そういえば最近小じわが
 ありません!


 …こほん。

 ううん 何か良い考えは無いものかしら

 ――――と、考えているうちに…


 あら? 時計の針が午後五時を指しています。

 大変。晩御飯の支度をしなければなりません。

 急いで作らないと、二人が帰ってきてしまいます。


 そうですね、今日は久しぶりにカレーにしましょう。


 えっと、材料は揃ってるかしら。


 人参、馬鈴薯、牛肉、小麦粉、香辛料、玉葱……


 …え?

 あら。


 う。

 う。

 うふふ〜

 とぉっても良いことを思いついてしまいました♪











「ただいま〜」

 あら、ちょうど準備が出来たところに。

 祐一さんが帰ってきたようです。

 名雪は、また部活でしょうか? 一緒ではないようです。


 ―――――さて。私が今から何をやろうとしているか…分かります?

 手に持った包丁を振り上げ…

 …急いで、タマネギを切り刻みます!

 ととととととととと。

 包丁の小気味よいリズムに乗せて、あっという間にバラバラになっていくタマネギ。

 名雪はタマネギが苦手でしたから、細かく切り刻まないとならないのです。

 そう、それでこの方法を思いついたのですが――――


 とととととと。


 まだですか?


 ととととととと。


 ああん、早くしないと、祐一さんが来てしまいます。

 私の所へ顔を出すのは、二階に荷物を置いてすぐですから…急がないと。


 ととととととと…


 あ、あ、あ…

 痛い、痛いです…

 来ました。


 私の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと…

 ぐしゅぐしゅ

 ―――――タマネギの効果が出てきたようです。


 私は、それを見計らうと、急いで居間へと駆け出しました。

 
 そう、今回の作戦は…

 ―――『突然泣き出して祐一さんをびっくりさせちゃいましょう♪』という作戦なのです!


 うふふ…

 あらあら、笑い出してしまわないように気を付けませんと。


 とん、とん、とん、


 うふふ、時を同じくして、階段を下りる音が響いてきました。

 いよいよ祐一さんの登場のようです。

 顔を両手で覆って、ソファに崩れ落ちるように…


「あ、秋子さん、今帰り…のわっ!?」


 大成功♪

 祐一さん、びっくりぎょうてんです。


「う…う…ううっ…」


 両手の隙間から、雫がはらはらとこぼれ落ちて行きます。

 ソファに出来た大きなシミを見て、祐一さんが慌てて私に駆け寄ります。


「あ、秋子さん! ど、どうかしたんですか!?」


 心配げに私を気遣う祐一さんの声。

 ちょっとだけ、ちくりと心が痛みます。


「う…ううん…何でも…ありません…」


 私は、いやいやをする子供のように、ふるふると首を横に振ります。


「何か…悲しいことでも、あったんですか…」


 祐一さんの、優しい言葉。

 あ、何だか…

 本当に、涙がこぼれてきそうです。

 本当なら、この辺でもう両手を降ろして、「ばぁ」って笑って見せても良かったんですが…


 その…

 まだ、顔を覆っている私の手は…



『タマネギ臭ぁい』んです。



 これは明らかに作戦ミスでした。

 ですから、ぼろぼろぼろぼろと涙ばっかり溢れてきて、私の顔はもうぐじゃぐじゃで…


 いくらウソ泣きとは言え、こんな顔を祐一さんに見せられた物ではありません。

 ああん、困りました。

 そうして、いつまでも、私が何も言わないで泣いていると…


 さすり さすり


 あら? 何でしょう。

 背中に、心地良い感触。

 そっと指の隙間から様子を伺ってみると、祐一さんが気遣わしげに私の背中を撫でてくれていました。


 もうっ、私、子供じゃないんですよ?


 でも、それが… とっても、嬉しい様な…


 もう、祐一さんったら。
 こんな風に優しくされたら、私… 騙していたなんて、言えなくなっちゃうじゃないですか。


 もう、いい加減に、ウソ泣きをやめても良いはずなのに…

 祐一さんが優しくしてくれるから、ついついそれに甘えたくなっちゃいます。

 うん…祐一さんには悪いけど…

 祐一さんの手が、暖かすぎるから…


 さすり さすり


 もう…ちょっとだけ…


 さすり さすり…


 甘えさせていて下さい…………ね?



「ただいま〜」


 と、そんなときに。

 名雪が帰宅したようです。


 ああんっ、良いところだったのに。

 でも、踏ん切りを付けるには良いタイミングかも知れませんね。


 まさか名雪まで巻き込むわけには行きませんから、

 名雪がこちらに来たら、「ばぁ」とする事にしましょう。

 くすくす…二人とも、きっとびっくりしますね。


 ところが。私の思惑をよそに、祐一さんはダッと立ち上がると、名雪の元へと行き、



「大変だ名雪、秋子さんが泣いてる!!」


 …え?


「わぁっ、ほんと? どうして!?」


 あ、あら?


「どうしたんだろうか…一体…クッ」

「心配だよ…心配だよ…」


 あ、あの、祐一さん。
 あまり、おおごとにしないでください…

 困っちゃいます。

 そのまま二人は、何事かを囁きあっているようです。

 なんでしょう?

 一分経過。

 二分経過。

 ううん。

 むずむず

 そわそわ

 …気になります。


 思い立った私は、居間の入り口まで忍び足で近づき、玄関先の二人の会話を盗み聞きすることにしました。



「…………俺のせいだ…俺が、秋子さんに負担をかけているんだ…」

「ちがうよ! きっと…きっと…私のせいだよ…」



 えっ

 何を話し合って居るんですか二人とも

 曲解しすぎです


 そうして私がおたおたしていると、段々と二人の話は進んでいき…


「分かった。もう、秋子さんには迷惑はかけられない。………俺は、この家を出ていくよ…」

「待って祐一! 私も行くよ!」

「…大変だぞ?」

「いいよ、それでも…祐一が、そばに居てくれるなら…」



 あ、あの?

 二人とも?

 え?

 え?

 …………なんでこんな事になっちゃったんですかっ!?


 二人とも、私を置いて出て行っちゃうんですか?


 ふと、想像が広がります。


 広い、広い、このおうち。

 祐一さんも名雪も出ていって、私は一人きり。

 二人はもう帰ってこない。

 ひとりぼっち。

 ひとりぼっち。

 永遠に…



「そんなの、いやぁーっ!」


 私は転げ出るように二人の前へ姿を現しました。


「あ、秋子さん!?」

「お母さん!?」

 ぺたんと床に座り込み、必死で二人に弁明します。

「二人とも、ごめんなさい、ごめんなさい…実は、私………ウソ泣きしてたんです!」


 顔を覆っていた両手は取り払われ、涙の跡が残る顔を二人に見せます。

 恥ずかしいです。

 でも、この二人が居なくなることに比べたら、このくらい…


「ごめんなさい…ごめんなさい… 出て行かないで…」


 そうして、二人の顔を見上げます。

 すると二人は―――――――――――――
















「(ニッコリ)」

「(ニコニコ)」



 は?


 私は、きょとんとしてしまいました。

 ど、どうして二人とも、笑って居るんですか?


 祐一さんがぽりぽりと頭を掻きながら、私の疑問に答えます。


「いや、その、秋子さん―――――タマネギの匂いが、つーーーんときたもんで」


 え?

 くんくん。

 あら、いやです。

 確かに、涙をこぼすほどのタマネギなら、匂いが移ってしまっていても当然です。


 ―――――と、いうことは。

 気づいていたんですか!? 祐一さん。

 …じゃ、じゃあ、さっきのは…


「それで、その…名雪と一芝居打つことに」

「ごめんねお母さん。でも、お母さんだって悪いんだよ、こんな事考えるんだから」

「や、すんません。――――でも、俺達が秋子さんを置いて出ていく訳無いじゃないですか」

「そうだよっ、心配しすぎだよ」


 なんだ…嘘…だったんですか…

 …あらあら… 一杯食わされましたね。

 私は全身から力が抜けて行くようでした。

 うふ…ふ… 安心したら、気がゆるんじゃって…


「それよりお母さん、お腹空いたよ〜」

「今日は、カレーですか?」

「はいはい、今用意しますからね」


 もうタマネギの効果は無くなったはずなのに、私の目から一粒だけこぼれ落ちた涙は、

 誰にも気づかれることなく、玄関の床に染み込んでいきました。









 二人とも、大好きですよ…








 さっ、腕を振るってカレーを作りましょうか♪



(終)

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