いたづら秋子さん ウェイトレスに挑戦です


 冬の、有る午後の一日
 昨日までの寒さが嘘のように、今日はお日様も優しく、暖かい日でした
 私は独り、居間でハーブティを楽しんでいます
 クッキーを頬張りながら、一人でお茶会
 うふふ
 何となく、幸せです
 ぴるるるるる
 あら、電話です
 大変大変、幸せに包まれてる場合じゃありませんね
 とてとて
 かちゃ
「はい、水瀬ですが――」
「あ、もしもし? 水瀬さん?」
 あら、この声は――私は、記憶の糸をたぐり寄せてみます
 確か、高校時代に同級生だった、喫茶店の店長さんです
 今でも時々商店街で出会っては、世間話する程度の親交ですが
 一体、どうなさったんでしょうか
「あのさ、実はね、僕の店で――」

 ふんふん
 まぁ
 それはそれは
 え?
 あ、あの
 や、でも、だめ
 あん……それは
 ……分かりました
 ……了承、です

「有り難う水瀬さん! 助かるよ」
 嬉しそうな声で、店長さんからの電話は切れました
 ううん
 困っちゃいました
 さすがに、この歳では……
 でも、ちょっとだけ、なんだか楽しみです


「いらっしゃいませ♪」
 元気なご挨拶
 お客様を明るい声でお出迎えするのがウェイトレスの仕事ですからね
 三名様ご案内です

 で、そのウェイトレスさんは、実は――
 私、なのです

 この間の店長さんからのお電話で、年末は忙しいので新しい子を雇うまで代わりにウェイトレスをやってくれないか――と、頼まれたのです
 ちょうど、私の仕事も暇になってきたところですし
 時間帯も宵の口までなので、仕事が忙しいと言えば祐一さんにも名雪にもばれません
 ですが
 最初はお断りしたんです

 だって……はづかしいですから……

 でも、店長さんは本当に困っているようでしたし
 何より、その……
「水瀬さんなら、うちの店のアイドルになれるよ」
 なんて言葉に踊らされたなんて
 きゃ
 言えません

 髪型は久しぶりに、快活なポニーテールにして
 ちょっと、衣装が恥ずかしいですが
 シックな感じで、とても素敵です
 何より、若く見られるかもしれませんし……うふふ

 でも、ちょっとだけ
 あの、その……胸を強調するようなユニフォームなのが、気になります
 んくぅ
 なんだか、始終締め付けられて居るみたいで、落ち着きません
 それに、ひらひらのスカートも可愛いのは良いのですが、なんだか短くて……
 ……見えちゃいそうなんです……

 からんからん
 あら、新しいお客様です
 にっこり笑って
「いらっしゃいま……」
 ひぃぃ
 私は慌てて物陰に隠れます
 だって、だって
 今いらっしゃった、若い二人連れは
 名雪……それに、祐一さん!
 たたた、大変です
 あたふたあたふた
 ばれたら大変です
 もし、私がここでこんな格好をして働いているのが気づかれたら
『くすくす、お母さんったら、いい年してあんな格好だよ〜』
『秋子さん、俺達が恥ずかしいですから、勘弁してください』
 だなんて
 いやぁぁぁ

 でもでも
 いつまでも隠れているわけには行きません
 なるべく目立たないように
 こっそり他のテーブルに注文を取りに行きます
「ご注文はおきまりでしょうか」
 ああん
 それでもやっぱり
 あの二人の座ってるテーブルが気になります
 注文を聞き終えたところで、ちょっと聞き耳
 二人は、私の正体に気づいてるのでしょうか

「う〜ん……」
「どしたの、祐一」
「いや、あそこのウェイトレスさん」
「祐一〜、えっちだよ〜」
「馬鹿っ、違う! ……秋子さんに似てると思わないか?」
「え? うそ、お母さんがこんな所にいるわけないよ」

 ひぃぃぃ
 祐一さん、鋭すぎです
 私は慌てて厨房へ戻ります

 ふぅ
 ほっと一息
「水瀬さん、どしたの?」
 きゃああ
 店長さん、止めてください
 私は、口元に人差し指を立てて、沈黙を求めます
 店長さんは、私の様子をみて、ちらりと店内を眺めると
「ああ…… なるほどね。おかしいな、あの子たちはあんまりここに来ないはずだけど」
 でっでっででもでも
 現に来てるじゃないですか
 なななな、なんとかして下さい
「今日が最終日だからさ、もうちょっとだけ、頑張ってね」
 店長さん、ひどい
 私はすたすたと事務室に戻ってゆくその後ろ姿を恨めしげに眺めました

 からんからん
 あら、また新しいお客様です
「いらっしゃいま……」
 きゃん!
 こここ、今度は北川さんと香里ちゃんです
 ど、どうなっているのでしょうか
 どきどきどきどき
 心臓の動悸が治まりません
 二人は視界に名雪と祐一さんを認めると、そちらに歩み寄っていきます

「香里〜、遅いよ〜」
「ごめんね名雪、ちょっと部活で用があってね」
「まぁ、待たされた分、今日は香里のおごりだな」
「……仕方ないわね。コーヒー一杯くらいはいいわよ」

 どうやら、二人は香里ちゃんを待っていたようです
 とすると、ここを指定したのは香里ちゃんね
 香里ちゃん、ひどいわ
 あら?
 なんだか、北川さんがきょろきょろしています

「どうしたの? 北川君」
「おおかた、ウェイトレスさんにでも見とれてるんだろ」
「北川君のえっち……」
「……いや……そうじゃなくて、だな……」

 ?
 北川さんは、何故かいぶかしげに鼻をひくひくさせています

「どうしたんだよ、北川」
「……あのさ、なんだか秋子さんの匂いがするんだが」

 北川さんっ! あなた、何者ですかっ!?
 ふぇん
 私、もう、泣いちゃいますよ


「水瀬さん、お疲れさま〜」
 店長さんに見送られて、これでウェイトレスさんも今日でお終いです
 色々ありましたが、終わってみるとなんだか感慨深い物がありますね
 特に最終日は……どきどきでした
 でも、なんとか、あの四人に私だと言うことを気づかれずに済みました
 お給料も、だいぶ上乗せしていただいてしまいましたし
 喉元過ぎればなんとやら
 なんだか、このまま辞めるのも
 ちょっとだけ……残念かも、です
 店長さんは、にこにこ笑いながら、
「じゃ、水瀬さん」
 はい
「また人手が足りなくなったら、お願いするね」
 え
 あ、あの、それは
 脳裏に浮かぶ香里ちゃんと北川君の顔

『あたしの親友に母親なんていないわ』
『あ、秋子さん、なんて格好を……俺は秋子さんを見損ないました』

 もっ、もう許してくださいっ!










(終)
このSSは、緑神さんに差し上げた物ですが、先方のサイト閉鎖に伴い、返却させていただきました。

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