いたづら秋子さん 運動会です(前編)


そんな季節ですからねぇ。

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 ぱん ぱんぱん

 きゃ びっくりです

 突如 早朝の澄み切った空に響き渡る 花火の音

 近くの市民運動場からですね

「うにゅ……」

「ふぁ お早う御座います」

 いつもは絶対にこんな時間には起きてこない名雪も

 今日ばかりは 祐一さんと一緒に 早起きです

 私たちは 各々 動きやすい格好に着替えると

 軽く朝食を取り 名雪は陸上部のユニフォームの上からウィンドブレーカーを羽織り やる気ばっちりです

 私も 出来上がったばかりの お弁当と ビニールシートを持って

 さぁ 出発です

 そうです 今日は 運動会の日です♪







 高く 遠い 秋の空

 今日は 寒くもなく 暑くもなく 絶好の運動会日和です

 と言っても 学校の運動会ではなく 市が主催する市民運動会なのですが

 名雪は

「わたし 走るの好きだから」

 と 出場する気まんまんです

 私がそれに反対するはずもなく 毎年出場していたのですが 今年は さらに祐一さんも一緒です

 よぉし みんなで楽しみましょう

「何で俺まで」

 祐一さんは 先ほどから ぶつぶつ言ってますが

 うふふ でも ちょっとだけ わくわくしていることが その表情から 分かっちゃいます

 選手登録を済ませて ビニールシートをしいて はい みんなで 座りましょう

『次は 女子1500m走です 出場なさる方は トラックの掲示番前まで』

 あら 早速 名雪の出番です

「わたし 行って来るね」

 名雪は髪の毛を後ろで縛り 陸上部スタイル

 何かしら 今日は いつもと違って 凛とした雰囲気を感じます

 うふふ 祐一さんも そんな名雪に気づいてか なんだか見とれています

「名雪 頑張ってくるのよ」

「うん がんばるよ〜」

 名雪は私たちに軽やかに手を振ると 嬉しそうにトラックへ向かっていきました

「うーん」

「あら どうしたんですか 祐一さん」

「いえ その 俺 あんまり 名雪が走ってる姿 見たことなくて」

 まぁ

 不思議ですね いつも一緒にいるのに そのくらい

「……あいつが 恥ずかしがって 見せてくれないんです」

 あら うふふ

 なるほど そうですか

 名雪ったら 照れ屋さんですね

「……お スタートラインに並びましたよ」

 あら 大変 

 さぁ いよいよ スタートです

 ぱんっ!

 たたたたたたた

 名雪っ 全力で猛ダッシュよっ

 ……は ダメですね

 1500m走ですから

 あら それでも 名雪 頑張ってますね

「名雪っ 頑張れっ」

 まぁ うふふ 私なんかより 祐一さんの応援の方が よっぽど熱が入ってますね

 さっきまでは何だか気乗りしなさそうだったのに やっぱり 祐一さんも男の子ですから

 こういうイベントって 興奮しちゃうんですね

「そこだっ あっ あーっ……」

 終わったようです

 名雪の結果は……







「疲れたよ〜」

 へとへとになって でも 充実した顔の名雪が 戻ってきました

「お疲れさま はい タオル」

「はぁはぁ ありがと」

 名雪は汗だくになりながらそれを受け取ります

「凄いじゃないかっ 名雪 二位だぞ 二位っ」

 祐一さんが興奮した声で 名雪に呼びかけます

「うん わたし がんばったよ ……でも 一位になれなかったのが くやしかったな」

「仕方ないだろ 相手は 元国体出場選手の 小物屋の跡取り娘さんだ」

「そうよ名雪 よくがんばったわね」

「えへへ ありがと〜 祐一の声 私の所まで聞こえてたよ」

 途端に さっと祐一さんの顔が赤くなります

「き 聞こえてたのか」

 名雪は タオルで汗を拭きながら

「うん おかげで わたし頑張って走れたよ ありがとう」

「あ う いや」

「あらあら」

 祐一さんったら 耳まで真っ赤です

「祐一 どうしたの」

「い いや あ 所で」

 うふふ 形勢不利と見てか 突然話を変えましたね

「秋子さんは 何か出場するんですか」

 え あ わ 私ですか

「私は 今回は何も出ません ここで 二人の応援をしてますね」

 ですから私 そのつもりで 普段のタイトスカート姿です

「あ そうなんですか」

「えーっ お母さん 出ないの」

 あら 名雪 そんなにびっくりしなくても

「だってお母さん このところ運動不足だって言ってたじゃない」

 それはそうですが でも ちょっと その あの さすがに 走るのは年齢的に

 何を言わせるんですか

「うーん 困ったわね」

「ほら 二の腕だって ぷにぷにだよ」

 ギクリ

 まさか

 慌てて自分の二の腕を掴んでみると

 ぷにん

 あら とっても柔らかい

 ひぃぃ ピンチです

「そ そんなにぷにぷにしてるかしら」

「うーん そうは見えませんが」

 そ そうですよね 祐一さん

「ダメだよ祐一 ちょっとさわってご覧よ」

「え 良いですか 秋子さん」

 仕方ありません ちょっと恥ずかしいですが

「ええ どうぞ」

 腕を差し出します

 ぷにぷに

 ハん 祐一さん そんな微妙な指使い

「ううん どうなんだろ」

 祐一さんは 自分のと比べながら

 ぷにぷに ぷにぷに

 はふっ なんだか くすぐったくなってきました

 でも ここで動揺して くねくねなんかしたら えっちなお母さんだと思われてしまいます

 あん でも ちょっ 我慢がぁ

 にゃ いやぁ もう許して 祐一さん

「あ そう言えば」

 名雪が ぽん と手を叩きます

「よく言うよね 二の腕の柔らかさは その人の胸の柔らかさと同じだって」

「ぶっ」

「きゃっ」

 も も もう 名雪ったら

 私たち二人は 真っ赤になって 慌てて離れました

 名雪はきょとんとした顔

「で お母さん どうするの」

「あ そうね 祐一さんは何に出るのかしら」

「ええ 午後イチの障害物競走ですが」

「障害物競走…… どんなのでしたっけ」

 祐一さんは一旦首を傾げると

「確か 障害物って言っても 網くぐりとか 跳び箱とか そんなものだと思いましたよ」

 まぁ それなら 楽しそうです

「じゃあ 私も それに出ようかしら」

「あ そうですか じゃあ俺 秋子さんの分と一緒に そろそろ 選手登録してきますね」

 言うが早いか 祐一さんは 駆け足で登録所へ向かいました

 あらあら 祐一さん すっかりやる気のようですね

「お母さん」

「なに? 名雪」

「障害物競争は良いけど その格好で出るの」

 その格好……

 スカート

 もしこれで走ると

 たたたた

 ぶわぁっ

『いやぁ スカートが スカートが だめぇ 見ないでください』

『うおおっ クリムゾンレッドだなんて』

 そ そんな ダメです

 障害物競走ですから 当然あるべき跳び箱なんて もってのほかです

 初めに気づくべきでした 私ったら なんでこう 迂闊なの

 どうしましょうか これから急いで家に帰って ジャージでも持ってきた方がいいのかしら

 そう思って 名雪の服装を見ると 格好の良い 機能美溢れる 陸上部スタイルです

 なるほど このくらい気合いを入れないといけないのね

「困ったわ お母さん 着替えを持ってきてないの」

「それなら 大丈夫だよ」

 ……あの 名雪 ひょっとして

 私がその予感におそれおののいていると 自分のスポーツバッグの中から 何かビニール袋を取り出し

「こんな事もあろうかと 私が お母さんの着替え用の服も持ってきたよ」

 ヒィィ やっぱり

 いえ 本来ならば 有り難いのですが

 この間の水着の一件もありますし

 今度は 何かしら

 名雪はニコニコとして いつまでも受け取らない私を 不思議そうに見つめています

 ううん いえ さすがに

 名雪を疑っちゃ いけませんね

 だって 立派な陸上部の部長さんですし

 きっと 動きやすい 若さ溢れる 運動着なのでしょう

 若さ溢れる……

 ……ほわぁ

 うふふ〜

「有り難う 名雪」

 私は夢見心地でその着替えを受け取りました

「どういたしまして でもお母さん どうしてそんなにぼーっとしてるの」

 うふふ 若さ溢れる

 もしその格好で 私が走れば

『あっ 誰だろう あの 可愛い女の子は』

『見たこと無い顔だな』

 なんて きゃっ いやぁ

「おかあさん おかあさん しっかりしてよ〜」

 気が付くと 名雪に 揺さぶられていました







 やぁ! 俺の名は北川潤だ!

 そんなことはどうでも良いな! 俺もそう思うぜ!

 まぁ なんだ。 

 市民運動会だって言うから、まぁ、暇だし、行ってみるか……と、出かけたところ……

 ああっ! 天は俺に味方したっ!

 そこで俺は、素晴らしいものを見たんだっ!

「えぅ〜 お姉ちゃん 私ばっかり 恥ずかしいよぉ」

「全く…… ジャージで充分なのに 気合い入れてショートパンツなんか履いてくるから ジロジロ見られるのよ」

「だって せっかくの運動会だし…… でも やっぱり恥ずかしいです……」

「まぁ 栞は可愛いから みんなに見られるのかもね」

「えっ? お姉ちゃん、ホント?」

「……冗談よ」

「ぷ〜 そんなこと言うお姉ちゃん嫌いです〜」

 ぽかぽか

 お お おお!

 戯れる美坂姉妹! まさに天使だ!

 しかも栞ちゃん…… ショートパンツから にょっきりと生えた まぶしいほどに白い脚……

 お お兄さん ちょっと興奮してしまうぞ

 頬をぷっくりさせてすねた様子もらぶりーだっ!

 ふ ふおおおっ!

「……ちょっと北川くん。人の妹を見て興奮しないでくれる?」

 ギクッ!

「よ よぉ 美坂。いい天気だな」

 冷や汗 タラリ

「何をごまかしてるのよ」

「わ 北川さん こんにちはですー」

「よ よく 俺に気づいたな」

「あんなに鼻息を荒くして…… 気づかない方がおかしいわよ」

 ガーン

「そ そんなに俺 鼻息荒かったかな」

「あはは…… 北川さん ちょっとだけ怖いですぅ」

 そう言って 栞ちゃんは ふざけて美坂の後ろに回って

 ちらっと恥ずかしそうにこっちを見る……

 おおっ! こ これはこれで!

「全く 何やってるんだか ほら 栞も離れなさい」

「はは 今日も二人は仲がいいな」

「えへへ〜 お姉ちゃんと北川さんも 仲が良さそうですね」

 な なに!?

「ちょっ!? な なんてこと言うのよ 栞」

「もう お姉ちゃんったら 恥ずかしがっちゃって」

 おお 美坂 何だか顔が赤いぞ

 う〜ん こんな美坂も なかなか……

 ……ん?

 美坂……

 こ、これはっ!

「美坂っ!」

「きゃっ!? な 何よ北川くん 突然 大声上げて びっくりしちゃったじゃないの」

「あ 愛の告白ですかっ!?」

 栞ちゃん それ違う。

「美坂 お前……」

「な 何よ……?」

「きゃーっ きゃーっ」

 ……いや 栞ちゃん 興奮しないでくれ 頼むから

 ええと

「お前 今日 ……ポニーテールじゃないかっ!」

「……は?」

「あ そうですね」

「うおおっ 美坂のぽに〜」

「な 何よぉっ」

「北川さんは ぽに〜が好きなんですか?」

「おうっ 大好きだっ」

 あれ? 大好きだと言った途端 美坂の顔が

 ぼん。

 弾けた。

「や やぁねっ もうっ」

 美坂は顔を真っ赤にしながら どこかへ行ってしまった。

「お姉ちゃん 照れてるんですよ」

 おお 美坂 可愛いな……

 ああ いやいや 俺は秋子さん一筋

 でも確かに可愛かったし……

「ここに来て良かったなぁ!」

 キラリ☆

 俺の白い歯が日光に輝く。

「運動しに来たんじゃないんですかっ、北川さん」  







 えーと 着替える場所は 着替える場所は

 あ ありました 更衣室です

 中に入って さて

 袋を開けてみましょうか がさがさ

 どんなのかしら きっと おしゃれなデザインの 運動……ぎっ!?


 ――――中から出てきたのは

 ――――紺色に輝く

 ――――独特の手触りの……


 ぶるまぁ。


 ぶっ

 ぶぶぶぶぶぶるまぁっ!?

 ちょっと なんですか これは 冗談

 ……名雪のにっこり笑った顔が浮かびます……

 そんなことする子じゃありませんね しくしく

 しかし どうしましょうか

 さすがに この歳で ぶるまぁだなんて

 ぽっ

 やん 恥ずかしいです

 でも でもでも

 せっかく名雪が厚意で持ってきてくれたものですし

 それに ちょっとだけ その

 履いてみたいような もぢもぢ

 ……『障害物競走に出場する選手は、トラックの掲示板前に……』

 あ きゃ 大変です 時間です

 こうなったら は 履くしか ないのでしょうか

 他に着替えもありませんし

 ……ええいっ







「あ、秋子さん、何処へ行ってたんです……ぶっ!?」

 うぅ なんですか祐一さん その反応は

「あ 秋子さん その格好は」

 祐一さんが震える指で私の履いているものを指さします

 はくぅ あんまりじろじろ見ないでください

 それに 名雪の中学時代のものですから ちょっときつくて…… ひぃん 食い込んじゃいます

 しかもご丁寧に 『1−3 水瀬』と書かれた小さな白い布が縫いつけられているのです

 ……さすがに 私 恥ずかしすぎます

 やっぱり 履いてこない方が良かったのかしら

 はふぅ あの その 祐一さん なんだか 視線が あつ 熱いです

 心なしか 吐く息も 随分と荒くなっているような

『ただいまより 障害物競走を 始めます』

 あら 始まってしまいました

「……あ 秋子さん それじゃ 行きましょうか」

 祐一さんは我に返って 私を促します

 でも ちょっと 歩きづらくて

 うく なんだか 自然と 内股になってしまいます

 はんっ 食い込むぅ……

 きついです んく きついわぁ…

 はぁはぁ こんなので 私 走れるのかしら




(後編へ)


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