いたづら秋子さん lost budget


今回は、サブタイトルの付け方からわかる方はわかるかと。
故に、ちょっと異色な内容です。

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 るんるるんるるん。

 午後の日差しをいっぱいに浴びて、楽しい楽しいお買い物。

 今日も、私は商店街にお買い物に来ています。

 毎日の日課ではありますが、それでもやっぱり楽しいものです。


「えっと、これとこれを包んで下さいな」

「へい、毎度! 奥さん美人だからおまけしとくよ!」

「あらあら、お上手ですね」

 親切な魚屋さんのご主人から活きのいいお刺身を貰い、これで今日のお買い物もひと段落です。

 そろそろ帰ろうかしら、と私は家に向かって歩き出します。


 途中、ついつい好奇心に負けて様々なところに立ち寄りながら、

 道ばたを歩いていると、なんだか目の前のお店に人がたくさん居ます。

 何かしら? 私は興味を惹かれて視線をそちらに向けました。

 すると。

 あらあら。

 そこには、新装開店のケーキ屋さんが有りました。

 まあ、今日だったんですか。忘れてました。

 私ったら、迂闊です。

 うーん、そうですね。名雪のために、いちごのショートでも買っていってあげようかしら。

 そう思って、懐具合を確認しようと、買い物かごの中から財布を取りだし……

 ……?

 取りだし……

 ……!?

 ……うそっ?

 ごそごそ……

 ……ま、まさか?

 がさがさ……

 …………そんな

 ……ああ、なんと言うことでしょう。

 私は…… 私は……



 よりによって、お財布を無くしてしまいました!



 ……ああ、困りました。あの中には、銀行からおろしてきたばかりの今月分の食費が入っているのです。

 いえ、それほど家計に困っているわけではありませんが、お財布の中にはカード類なども入っているので、
 このままでは大損害です。

 ……しくしく……

 どうしましょう……
 私はその場にしゃがみ込んでしまいます。


 うう、ごめんなさい、名雪、祐一さん。
 おばかな私を許して……

 えっ、許してくれないのですか。
 あ、そんな。身体で払えだなんて。
 いやあ祐一さん、許して違います違います。

 変なドラマの見過ぎです。


 ……しばらくして。
 私は、キッ、と視線を前に向け、すっくと立ち上がります。

 こうなったら。
 一家の主としてあるまじき失態を償うために。

 水商売に身を堕として
 違います。

 なんとしても、財布を見つけだします!

 そして、私がくっと拳を握り、決意を固めると……



「お母さん、あの人……」

「しっ、見ちゃダメ」



 近くにいた親子連れがあからさまに私から視線を避けて素通りしていきました。

 え? どうしてでしょう?

 私はただ、突然道ばたに座り込んで、そして立ち上がって拳を固めて……

 ……

 ……ひょっとして、私、凄く恥ずかしいことをしたんじゃ……

 かぁぁ

 見る見る私の顔が羞恥に赤く染まっていきます。

「……いやぁっ」

 私は顔を両手で覆い、その場から走り去りました。







 ……おっとっと、買い物かごを忘れるところでした……

 慌ててバック。

 秋子のうっかりさん。

 きちんと手に持って、よし。

 では、改めて……

 コホン。

「……いやぁっ」

 タタタタタタタタタタタ……







 ……さて、商店街に舞い戻ってきました。

 まずは情報収集です。

 魚屋さん、肉屋さん、米屋さん、八百屋さん……

 東奔西走して、私は財布の在処を訊き回ります。

 これだけ探せば、きっと見つかるでしょう。

 私は一縷の望みをかけて、財布を捜しました。


 ところが。

 結局……

 ――――成果、ゼロ。


 ……ううっ……

 私、泣きそうです……

 とぼとぼと帰り道。

 一応、警察に届け出は出してきましたが、果たして見つかるかどうか……

 すっかり日も暮れて、かぁかぁとカラスが寂しげに鳴いています。

 私、私、どうしたら……

 名雪と祐一さんは、私を責めるかしら?

 いいえ、きっとあの二人のことだから、笑って許してくれるでしょう。

 いっそ責めてくれた方が、私の気も楽になるでしょうに……

 そう、祐一さんに責めてもらってなじってもらってああ考えるだけで身悶えが
 違います。
 これじゃ私、変態さんじゃ有りませんか。

 ……秋子、しっかり。

 負けないで。

 私は首をぶんぶんと振り、また、家に向かって歩き始めます。







 ……気配。

 とぼとぼと歩く私の後ろに、誰かの気配がします。

 誰かが……尾けている?

 ……初めは、ただ単に道が一緒なのかと思いましたが、どうもそうではなさそうです。

 ……どなたでしょう?

 ひょっとして、変質者か何かでしょうか。

 もしそうだとしたら……

 ……困りました。財布を無くしたことと良い、今日は弱り目にたたり目です。

 ヒタヒタヒタ

 背後の人物は、変わることのないペースで、一定の距離を置きながら私の後を付いてきます。

 恐怖から、私は歩く速度を上げますが、後ろの足音もそれに従ってテンポが速くなります。

 ああ、ああ。

 怖い、怖いです。

 だんだんと、悪い想像が私の頭の中にわき起こります。


 私は、変質者に捕まって……

 草むらの中に引きずり込まれて……

 そうして、儚い抵抗を見せながらも衣服はびりびりに引き裂かれ……

 一晩中、性の慰み者に……

 ……

 ……

 いやあ いやあああ

 そんなっ そんなっ いやっ いやです 怖すぎます

 ……あ、でも。

 私も、それほど若くはないし、見逃して貰えるかも。

 例えば、「なんだオバサンかよ、けっ」とか言われて……

 いやああああああ

 もっと もっといやです

 私 まだまだ若いです

 どうぞ襲って下さい
 違います

 だめ ダメダメ 混乱しています まずいです

 と、私がそろそろ走りだそうかしら、と考えていると……




 ぽん。




「うきゃんっ!」

 突然肩を叩かれて、私は飛び上がってしまいました。

 肩を叩いた人も、びっくりして飛び上がったようです。

 私が、おそるおそる振り向くと……



 ――――そこには、予想に反して、可愛い女の子が居ました。



 ……いえ、可愛い、と言う表現は妥当ではないかも知れません。

 その子は、身長も高く、髪の毛も流れるように美しく、形容するなら綺麗、と言う方が妥当のような……

 でも、私は、何故か一目見たときに、可愛い、と思ってしまったのです。

 いえ。今は、そんなときではありません。

 相手が変質者じゃないとわかって安心した私は、まだびっくりして腰を抜かしているその子に手をさしのべて、

「大丈夫? 立てる?」

「……大丈夫」

 言葉少なに立ち上がる少女。

 どうやら無口な子のようです。

 それにしても……

「……それで、なんのご用かしら?」

 私は、微笑みながら問いかけます。

 するとその子は、ポケットから何かを取りだし、

「……あの、これ」

 私の前に示しました。

 何かしら? と私が覗き込むと、それは、ああ、なんと言うことでしょう。

 それは、紛れもなく、私の無くした財布でした。

「まぁ…… ありがとう」

 私は丁重に財布を受け取りました。

「……でも、どうしてこれを?」

 私の問いかけに、彼女は、

「……探してたみたいだから……」

 詳しく訊くと、彼女は、拾った財布を警察に届けようと(偉い子ですね)交番に行くと、

 ついさっき届け出が有ったと聞かされ、「それなら……」と私を追って来たそうなのです。

「……でも、それなら、どうして早く渡してくれなかったの?」

 私が訊くと、彼女は俯いて、小さな声で、

「……恥ずかしかった」

 ……私は、彼女の風貌とその言葉のギャップに、ついつい微笑んでしまいました。

 ますます恥ずかしそうに赤くなるその子。

「ごめんなさい、あなたは、優しい人なんですね」

「……ううん、そんなこと……」

「でもね、そう言うことをするのは、恥ずかしい事じゃないわ。本当にありがとう」

 私の言葉に、コクン、と素直に頷く彼女。

 ……なんとなく、私が直感で「可愛い」と思えた理由がわかってきました。

「……それじゃ」

 あら、彼女はさっさと帰ろうとしています。

 せっかちさんですね。

 それとも、やっぱり恥ずかしいのでしょうか。

「待って」

 私は慌てて呼び止めます。

「……?」

 彼女は不思議そうに、本当に不思議そうに振り返ります。

 もう、欲のない子ですね。

 こう言うことには付き物の、アレがまだですよ。

「まだ、お礼が……」

「いらない」

 ぴしゃりとはねのけ、彼女はまたすたすたと歩き始めます。

 ううん、困りました。

「それなら、うちで一緒にご飯でもどうかしら? すぐ近くだから……」

「……いい」

 彼女は、一瞬迷った後、そう言って返しました。

 そう言えば、そうですね。

 彼女にも、帰る家があるんですから、無理に誘ったら失礼ですね。

「それじゃ、おうちの人に宜しくお願いね」

 まるで幼児扱いですが、ついつい私はそんなことを言ってしまいました。

 ところが。

 彼女は、ふるふると首を横に振りました。

 ……どうしたのかしら?

 その時、私は気が付きました。

 なんだか、彼女の顔が寂しそうに見えたのを。

 ううん、多分、気のせいなんかじゃありません。

 予想……

 あくまで、予想の域を出ませんが……

 彼女には、家族が……

 まさか。

 でも、彼女の態度は……

 私には、彼女が優しくされているのに慣れていないような……

 そんな気がしたのです。

 あなたは、寂しいのね……

 ですから、そう考えた後は、身体が勝手に動いていました。



 きゅっ



 その子を、後ろから抱きしめます。

 彼女は、当惑した様子で、私の顔を覗き込みんで、

「……なに?」

 その言葉はぶっきらぼうでしたが、何処か、弱く、脆く、憂いを含んでいるようでした。

「……突然ごめんなさいね。迷惑かしら?」

「……ううん、そんなこと……」

 彼女は向き直り、正面から私に抱かれます。

 最も、彼女の方が身長が高いので、私が彼女に寄りかかるような形になってしまいましたが、

 彼女は気持ちよさそうに目を閉じました。

「……なんとなく、こうしなきゃって思ったの」

「……そう」

 それは、同情なのかも知れません。憐憫かも知れません。

 でも、それでも、私はこの子を抱きしめてあげなくちゃ、って思ったのです。

 私の腕に抱かれている、大柄な女の子。

 でも、なんだかとても小さな女の子のようで……

 私に身体を預け、ゆったりしているその子の頭を、よしよしと撫でてあげます。

「……」

 この子は……

 きっと、悲しい子なんでしょう。

 そして、とっても優しい子……

 私の自分勝手な思いこみかも知れませんが、彼女の様子が、それをつぶさに伝えています。

「……ご飯、一緒に食べるかしら?」

 もう一度尋ねてみます。

 彼女は押し黙ったままなにも答えません。

 でもそれは、先ほどのような明らかな拒絶ではなくて……

 どうしたらいいのか、戸惑っている雰囲気です。

 そう……ね。

 急いでも、仕方有りませんね。

「それじゃ、また、次の機会にしましょうか……」

 彼女は途端に悲しそうな顔になります。

 でも、決してそれに答えようとしないところが、彼女が迷っている証拠ですね。

 私は、優しく微笑むと、

「そんな悲しい顔をしないで。次の機会って言っても、はぐらかしてるわけじゃないの。
 そうね…… 明日。明日は、どうかしら?」

 明日になれば、彼女も決心が付くでしょう。

 少々お節介が過ぎるかも知れませんが、
 私はなんとしてもこの子に家庭の暖かさを感じて貰いたいという使命感にとらわれていました。

 彼女は、ようやくそれで、頷いてくれました。

「いい子ね……」

 私は、もう一度この子の頭を撫でてあげます。

 彼女は私の肩にもたれ掛かりながら、ポツリと何かを呟きます。


「……お母さん……」







 さて。

 彼女と約束を交わし、財布も戻ってきて、ようやく帰って来れました。


 うん、でも。

 さっきの子の纏っていた雰囲気、何だか素敵かもしれません。

 ……ちょっと、真似してみようかしら。

 うふふ……


「……ただいま」

「おかえりなさーい、お母さん」

「遅かったですね」

 あ、来ました来ました。
 名雪と祐一さんです。

 私はなるべく感情を表に出さないように、

「……そう」

 こんな感じかしら?

 あ、前の二人が驚いてます。

「……お、お母さん?」

「秋子さん、何か……」

「……別に」

 ずざざっ

 二人が後ずさります。

「え、えっと……」

「……どいて」

 たじろいでいる二人を退けて、私はずんずんとキッチンに向かいます。


 ……うふふふ。

 大成功の様です♪

 二人とも、びっくりしてましたね……

 ともすれば笑いがこぼれそうになるのを堪えるのに精一杯でしたが、
 それが逆に不器用な印象で功を奏したようです。


 ……さて、荷物を置いて、そろそろ二人に打ち明けに……

 と、私が玄関口に向かおうとすると。

 ……あら?

 二人の話し声が……


「……名雪っ! お前、なにやったんだよ! あんな怖い秋子さん、見たこと無いぞ!」

「わ、わたしじゃないよ〜 祐一こそ、いっつもお母さんをいぢめてるくせにっ」

「な、なんだよ、俺のせいにする気かっ」

「わたしが悪いんじゃないもんっ」


 あああああっ

 険悪な雰囲気です。

 ごめんなさいごめんなさい

 私は慌てて二人の元に謝りに行きました。






(終)


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読んで下さって有り難うございました。
拙作、お姉さんシリーズとの融合。
何だかいたづらもお姉さんも中途半端な印象は拭えませんが、いかがだったでしょうか?
……しかし、なんだか続いてもおかしくなさそうな雰囲気……
続き、どうしましょう(^^;

それでは、失礼します。

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