いたづら秋子さん 逆襲の祐一(後編)ver.A
後編、おとなしいバージョンの方です。
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さて、洗い物も終わりました。
今日は祐一さんに、どんなことをしようかしら?
るんるん。
ところが祐一さんは、どこかへ出掛けると言ってさっさと行ってしまいました。
ぷんぷん。
拗ねていても仕方ないですね。
いつも通り、お掃除開始です。
掃除機を用意して…と、よいしょっと。
ががががががー。
いつもながら、ちょっとうるさいです。
もうそろそろ、買い換え時でしょうか。
でも、毎日してますから、ほこりも少なくて、すぐに終わってしまいます。
ががが。
お終いです。
さて、次は二階です。
とんとんとん。
重い掃除機を抱えて、階段を一歩一歩登ります。
でも、実は、ちょっとだけ楽しみがあるのです。
うふふ、それは…
祐一さんのお部屋をお掃除できることです♪
さすがに、机の引き出しを開けたりなんて破廉恥なことはしませんが、
年頃の男の子のお部屋に入れると思うだけで、なんだかうきうきして来ちゃいます。
さて。祐一さんのお部屋の前です。
かちゃ…しつれいしま〜す
くんくん
ううん、やはりここだけなんだか匂いが違いますね。
男の人の匂い…ですね。
では、始めましょうか。
私は周りを見渡します。
う〜ん、いつも通り片づいてますね。
もうちょっと、何かあると面白いのですが。
がー、ががが…
ふんふんふ〜ん♪
プラグを差して、鼻歌混じりに掃除機をかけていると、ふと、机の上のとある物が目に付きました。
あら? 何かしら、これは。
ちらり
そこには、簡素な文字で『日記』と書かれていました。
ええええっ!?
ゆ、ゆゆ。
祐一さんの。
日記…日記。
読みたいっ!
…ダメよ秋子。
これは、祐一さんのプライバシーなのよ。
絶対に、勝手に見たりしてはダメ。
さ、お掃除です。
がががー…
…
ああん、ダメです
やっぱり、気になっちゃいます
うずうず
う〜ん
ちょっとくらいなら…
ぺらり
…やっぱり、ダメです
ぱたん。
でも、気になる…
ぺらり
ダメったらダメです!
ぱたん。
ぺらり、ぱたん。
ぺらり、ぱたん。
何回その作業を繰り返したでしょうか。
私はもう、本当にどうしたらいいのか、混乱しきってしまいました。
ええと。
ここに、祐一さんの日記があります。
そして、祐一さんは外出中です。
…と…すると…
…ちょっとくらいなら、見てもばれないかしら?
ううん、だめ
…でも
そうよね、我慢するのは身体に毒ですし…
き〜めた
私はとうとう誘惑に屈して、その表紙を震える指先でそっと開きました。
えっと…何々?
『**月 ○○日
今日また、秋子さんにいたづらをされた。
全く、困った物だ 』
あらあら。
祐一さんたら、日記にまで私のことを…
私はついくすくすと笑ってしまいました。
次は…
『**月 ○△日
またも秋子さんにいたづらをされる 』
私の事ばっかりですね、もう♪
なんだか照れちゃいます。
その後しばらくは、私にこんないたづらをされたとか、そういった内容の日記が続いていました。
しかし、少し後の方になって行きますと、
『**月 ○●日
秋子さんは、何でこんなに俺にいたづらをするんだろうか?
しかし、何故か、それが嬉しいような…妙な気分だ』
え?
なんだか、雰囲気が違ってきましたね…
私は、『ちょっとだけ』という自分との約束も忘れて、せっつかれるように読み進めました。
ぺらぺら、ぺらぺら…
そして、おとといの日付。
『**月 △×日
秋子さんに会う度、なんだか胸がドキドキする。
一体、これは…』
え? え? え?
嘘…ですよね?
そんな、祐一さんが、私のことを…
単純に喜んでもいいのですが、祐一さんの心がもし本気だとしたら、私はどうしたらいいのでしょう…
そして、次のページ、昨日の日付では、ついに…
『**月 △□日
もう、ダメだ! 我慢できない!
俺は…秋子さんが…秋子さんが…
好きだ!』
好きだ! 好きだ! 好きだ! 好きだ! …(エコー)
がーーん
そんな…
私はよろよろと倒れそうになります。
どきどきどきどきどきどきどきどき
私のハートが、どうかしたかのように激しく高鳴っています。
祐一さん、それはダメよ…
だって、私たちは…
…
私…
私、知らない間に年頃の男の子を誘惑していたんですね
配慮が足りませんでした
…反省
そして、この日記を見てしまったことを、後悔。
このことは、私の胸の内に秘めておきましょう
…そして、これからは少し、祐一さんとは距離を置きましょうか
そうすれば、祐一さんも私の事なんか忘れてくれるはずです
そうよ、そうすれば、名雪のような若い女の子の方に目を向けてくれるわ
ちょっと寂しいけど、仕方ないことですね
祐一さん、ごめんなさい…
私の心が、ちくりと痛みました。
ふぅ…
私は静かにため息を吐き、表紙を閉じて、ゆっくりと振り返りまし――――――――――
「――――――秋子さん、見ましたね」
ひぃえぇぇぇぇっ!?
がたん!
足を滑らせてしまいます。
そ、そ、そそそそそそそそそ、そんな。
…そこには、外出中のはずの、祐一さんが居ました。
こ、こ、声も出ません。
「忘れ物を取りに来てみたら、そんな…」
祐一さんは、暗い目つきでこちらを見据えています。
ご、ごめんなさい
「俺、秋子さんの事を、信じていたのに…」
…ううっ
「その上、あんな日記を読まれて…」
私の事が、好きだって…
そんな
私、どうしたら…
もう、もう…
*
…よし。
俺の前では、ぺたんと座り込んでいる秋子さんが居る。
―――なんとか、「嘘日記」に騙されてくれたようだ。
流石に、秋子さんが好きだ、と書く辺りはドキドキしたが、苦労をした分だけ功を奏したようだ。
ここで、少し言い含めておけば、もういたづらしてくることも無いだろう。
と、俺はそれくらいの気持ちでいた。
ところが――――――
俺の予想外の出来事が起こった。
秋子さんは、いつもののほほんとした態度が信じられないほど、顔つきがみるみる曇っていって。
ついには、ぺたんと座り込んだまま、とうとう―――
「うっ…うっ…ぐすん…ひぇっくぅ…」
泣いちゃった。
顔を両手で覆い、幼い子供のように泣き崩れている秋子さん。
慌てたのは俺の方だ。
「え!? あ、あき、秋子さん?」
「ごめんなさい…私、私…ひぅっ、すん、祐一さんの気持ちをこれっぽっちも考えないで―――」
「え、あ、いや、そんな」
「年甲斐もなく、いたづらばっかりして…本当に…ごめんなさい…」
「あ、あの」
「そればかりか、日記まで盗み読みしちゃって…祐一さんの気持ちを知っちゃって…」
「はぁ、そうですね」
「私…最低ですよね…っ…ひどい…叔母ですよね…本当に…ひぐっ、はぅ…」
ぴーぴー泣いている秋子さん。
…困った!
いくら何でも、ここまでする気はなかった。
と、とにかく
慰めなくては。
「…秋子さん」
俺は、精一杯の優しい声を出す。
「ひゃい…」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺を見上げる秋子さん。
その顔は、いつもからは想像できないほど、無防備で…
――――可愛い。
そうじゃなくって!
俺は、自分の心臓がドキンと
でもなくて!
「秋子さん、実は…」
「ぐしゅっ…じちゅは…?」
赤ちゃん言葉にならないで下さい。
あんまり可愛くて抱きしめたくなっちゃいますから。
…よし。
俺は、すぅっと息を吸い込むと、
「実は…あの日記は、嘘なんです!」
「は?」
呆気にとられた顔つきになる秋子さん。
「すいません!」
急いで床に座り、秋子さんの前にひれ伏す。
そのまま、沈黙。
――――ゆっくり、顔を上げる。
秋子さんが、こちらを恨みがましい目で見ている。
ちく ちく
ぐあ。視線が痛い
「嘘…だったんですか?」
「嘘です」
「うっ…うっ…うえっ…」
あ、まずい
また、泣きそうかも
しかし、なんで?
「じゃあ…えぐっ…私のこと、好きじゃなくて、嫌いなんですね…ひっく」
曲解しすぎです。
ああもう。
俺は半分自棄になった。
「いえ、それは本当です」
「えっ!?」
ぱぁぁっ…と、秋子さんの顔が、雨の後に花が咲くかのように、一瞬で明るくなった。
「祐一さんったら…」
気恥ずかしそうに顔を伏せながら、ちら、ちらりと俺を盗み見る秋子さん。
だぁぁ。
「あの、でも、好きって言うのは、家族として…」
「了承♪」
がばっ
秋子さんが俺に覆い被さってきた。
「あ、秋子さん!?」
あ、あったかい。
柔らかい。
ふわふわ。
ほわ〜ん。
「もう、もう…祐一さん、許しませんよ♪」
ぽかぽかぽかと、俺を叩く。
その声は、凄く嬉しそうだ。
涙を拭きながら、俺を痛いほどにぎゅぅっと抱きしめる。
「秋子さん…その…」
「これからも、いっぱいいたづらしちゃいますからね♪」
そういって、秋子さんは俺から気恥ずかしそうに身を離し、そう、それは、形容するならばまさしく。
…『いたづら』っぽく、こちらに微笑んだ。
*
――――どうやら、俺の作戦は、またまた失敗したらしい。
まだまだ、受難の日々は続きそうだ。
だが、まぁ、それもいいかな、と、優柔不断な俺は、そう思うのだった。
(終わり)
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最終回臭いけど、多分まだ続きます(^^;
それでは〜
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