いたづら秋子さん 拗ねちゃいます
もう何回目でしょう、お茶目な秋子さんシリーズです。
前回のあらすじ
祐一に『オバサン』呼ばわりされ、泣きながら家を飛び出した秋子さん。
例によってあらすじが一行でおさまるのがなんともはや。
では、どうぞ…
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
えうっ、…ぐしゅぐしゅ…
私は、泣きながら道を歩いていました。
酷いです、祐一さん
私を、『オバサン』なんて呼ぶなんて…
もう…もういいです
ふつふつと、悲しみとは違った感情が私の中にわき上がります。
私は…
私は、怒りました!
本気で、怒っちゃいました!
だから…
拗ねます!
拗ねちゃいます!
私は、非行お母さんになります!
…ごめんなさいね、名雪。
でも、お母さんの決意は固いの。
そう、全部祐一さんが悪いんですから。
さて…
わき目もふらず走ってきてしまいましたが、ここは…
商店街…ですね。
あら?
ふと、視界の片隅に、とぼとぼと歩いてくる一人の少年の姿が見えました。
何か、ぶつぶつと独り言を口にしているようです。
「ひどいよなぁ、美坂も…ちょっと買い物に付き合うくらいいいじゃないか…くそっ」
あの子は…
確か、祐一さんのお友達の。
北川さん…だったかしら?
(いたづら秋子さん 二日目午後参照)
彼の様子がちょっと気になって、まじまじと彼のことを観察してしまいます。
じーっ…
あらあら。
この間は祐一さんと一緒にいたので気が付きませんでしたが……
よく見ると、結構可愛い顔してるじゃないですか♪
祐一さんにはちょっと劣りますが、なんだか守ってあげたくなるような男の子です。
…うふふ。
私は面白いことを思いつき、彼に声をかけてみることにしました。
とてとてと、彼の元に近づきます。
彼はまだ、私には気づいてないようです。
「こんにちは♪」
にっこり。
「へ?」
いきなり声をかけられて面食らったのか、北川さんはポカンと口を開けて私の顔を見つめます。
ううん、やっぱりかわいいです。
彼は、少しの間、自分の記憶の全てを洗い出すようにちょっと顔をしかめると、
「あ、えと、確かあの、相沢の…」
「ええ、そうです」
保護者です。
「…なにか、ご用ですか?」
訝しげに私の方を見ます。
「ええ、用と言うほどでもないのですが―――――」
と、私は一旦言葉を切り、
「私を、そのお買い物に付き合わせてくれませんか?」
「えっ!? あ、はは、さっきの独り言、聞こえてましたか」
彼はさも恥ずかしそうに照れ笑いをします。
「いかがですか?」
にっこり。
「え…あの…」
うふふ、彼がどぎまぎしてるのが手に取るようにわかります。
「でも、あなたは…相沢の…」
遠慮深い方ですね。
「祐一さんは、関係ありません」
そうです、私のことをイヂメル祐一さんなんて…
祐一さんなんて…
ちょっと、胸の奥がきゅんと痛みましたが、私はそれを無視して、北川さんに詰め寄ります。
「それとも…私なんかじゃ、イヤ、ですか?」
チラリと流し目を送ります。
「え! いや、そんな」
ますますもって動揺する北川さん。
ごめんなさいね、ちょっと卑怯な手を使います。
「突然、ご迷惑でしたね…ごめんなさい、忘れて下さい」
そうして、私はぺこりとお辞儀をすると、くるっときびすを返しました。
すると、ものの1秒と経たないうちに。
「ま、待って下さい」
うふふ〜
優しい、男の子ですね。北川さんは。
「はい?」
私はちょっとびっくりというように振り向きます。
もちろん、演技ですが。
「あの…こちらこそ、よかったら…」
わぁ…♪
わかっていた反応ですが、やはり嬉しい物です。
「有り難うございますっ」
むぎゅっ
あら、私ったら。
つい、衝動的に北川さんの身体を抱きしめてしまいました。
「や、ちょ、ちょっと!」
「ご、ごめんなさい、つい」
慌てて身を放しますが、北川さんのお顔が真っ赤です。
初々しくて、とっても可愛いです。
北川さんは、ばつが悪そうに咳払いをすると、気を取り直して、
「では…行きましょうか」
「はい♪」
私は、祐一さんにしたように、北川さんに腕を絡めます。
「わ…」
恥ずかしそうに頬を朱に染めて、北川さんが私のことを見ています。
「うふふ」
私は、そのまま彼の腕を引くように、前へと歩き始めます。
北川さんも、まだ恥ずかしそうではあるのですが、足取りも軽く、なんだか嬉しそうです。
恥ずかしがったり嬉しがったり、男の子って複雑ですね。
*
俺は、北川 潤。
ごくふつーの高校生だ。
今日、俺は荒れていた。
理由は簡単。
女に振られたからだぁぁっ!!
と、いっても、ただ単に買い物の誘いを断られただけだが。
それにしても、俺の心は深く傷ついた。
それと同時に、俺の親友である相沢祐一のことが自然と思い出される。
なんとアイツは、従兄弟の女の子の家に居候させて貰っているのだ。
それだけでも充分すぎるほど羨ましいのに、年上の綺麗な彼女が居るんだからこれはもう万死に値する。
この間、奴が俺の家に泊まりがけで遊びに来たときに、彼女のことを問いつめたが、
奴は「あの人は俺の叔母さんだ」などと白々しい嘘をつきやがる。
顔立ちが似ている所から考えるに、恐らくは水瀬さんのお姉さんだろう。
と、すると…
あの男は、美人姉妹を独り占めにしていると言うことになる。
まさに全人類の敵だ。
ああっ、もう! 腹が立つな!
はけ口の見つからない怒りと情けなさにとぼとぼと歩きながら、俺が一人寂しく買い物に来ていると…
なんと。
その、件のお姉さんに声をかけられた。
突然のことなので驚いたが、どうやら彼女は相沢と喧嘩でもしたらしく、最前まで泣いてでもいたのか、
顔は笑っているが不自然に目は赤かった。
それが、とても痛ましかった。
よく見ると、肩がわなわなと震えている。
こんな状態になるのは、新しいおもちゃを与えられた子供が歓喜に震えているか、
耐えきれないほどの悲しみを堪えて居るかのどちらかだが、
前者の訳はないので勿論後者だろう。
相沢め…こんな綺麗なお姉さんを泣かしやがって!
俺が怒りも新たにしていると、なんと彼女は、俺と一緒に買い物がしたいと言って来た。
きっと、寂しいんだろうな…俺と同じように…
俺は、男らしく彼女の申し出を受けた。
あ、いや、べつに、そういってすり寄ってくる悩ましげな彼女の色香にくらっときたとか、そんなんじゃなくて―――
*
彼女は、水瀬秋子、と名乗った。
ほれみろ相沢、やっぱり水瀬さんのお姉さんじゃないか。
俺は彼女のことを水瀬さん、と呼ぼうとしたが、彼女が「秋子と呼んで下さい」と言うので、そうすることにした。
それは、少しだけ、恥ずかしくもあったが。
俺にそう呼ばせてくれることが、なんとなく嬉しかった。
「ふー…」
重い荷物を抱え、俺はため息をつきながら公園のベンチに座る。
「大丈夫ですか?」
と傍らの彼女が声をかけてくれる。
俺はそれに、笑って答える。
本当に、優しい人だ。
彼女の顔がオレンジに染まっている。
夕日は、とうに暮れかけていた。
買い物を終え、並んでベンチに座る俺達の間に、奇妙なムードが流れる。
なんとなく…妙な、雰囲気だ。
二人の間の言葉が途切れる。
そして俺は、その雰囲気に流されるように――
「あの…」
「はい?」
意を決して、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「相沢と…なにか、あったんですか?」
「あ…」
彼女は、俺の言葉に、悲しそうな顔をして俯く。
やはり、聞いてはだめだったか。
「すいません、変なこと聞いちゃって…」
「いえ…」
彼女が、顔を上げる。
夕日によって濃い陰影を与えられたその横顔は、ほんわかとした先ほどまでのムードとは違って、
そこはかとなく彼女に凛とした雰囲気を与える。
「私の愚痴を…聞いてくれますか?」
彼女が、す…と俺の方を見る。
寂しそうな表情だ。どこか、儚いような印象を受ける。
ここで、頷かなくては、男じゃないよな。
「…はい」
「よかった…」
そう彼女は一息つくと、ぽつぽつと事の顛末を語り始めた。
「…私、祐一さんにイヂメられたんです…」
虐められた…?
虐められたって…まさか…
縄で縛って…
ぎゅぎゅっ
『あッ! 祐一さん、苦しい…です…擦れちゃいますぅ…』
蝋燭をたらり…
ぽたっ
『はゥん! 熱い! 熱いです! いやぁ…許して…』
…
あ、相沢ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!
「相沢が、そんなことを!」
「ええ…言葉で、私を責めるんです」
こ、言葉責めだとぉぉぉ!?
そんな、高等テクニックを!
くそっ…! くそっ…!
なんて奴だ!
「…そうなんですか…」
「私…もう、あの家に帰りたくないです」
両手で、自分のことを抱きしめる秋子さん。
肩がふるふると力無げに震えている。
その目から、一つの雫が、地面へと吸い込まれていった。
それを見た途端、俺は、自分でも信じられないような行動に出た。
「秋子さん…」
ぎゅっ
「きゃ…?」
俺は、いつの間にか秋子さんの身体を抱きしめていた。
細く、強く抱きしめたら折れそうな身体だ。
「すいません…突然…でも…」
秋子さんが悲しんでいるのを、見ていられなくなって…
「北川…さん…いえ、潤くん…」
「秋子さん…」
見つめ合う二つの瞳…
そこには、もう。お互いの顔しか映っていない。
す…と、秋子さんのまぶたが閉じられる。
俺はそのまま、引き寄せられるように、秋子さんの唇へ――――
「そこまでだぁぁぁぁぁっっ!!!」
「どわっ!?」
「きゃぁっ!?」
突然の闖入者に、慌てて身を放す俺と秋子さん。
沈みかけの夕日をバックに立っている、そいつの正体は―――相沢祐一!
「てめぇっ……相沢! 今更、何のようだ!」
奴の目を見据え、怒鳴りつける。
お前が秋子さんを…!!
俺は、体中が怒りに打ち震えているのを感じた。
俺はすっくと立ち上がった。
無論、相沢を一発殴るためだ。
しかし相沢は、俺のことなど眼中にない様子で、秋子さんに向かい合う。
お前、これ以上秋子さんを悲しませるつもりか!?
このやろぉぉぉっっ!!
そして、相沢は…
「すいませんでした!」
ぺこりと、頭を下げた。
…あれ?
振り上げた俺の拳が、ぷらんぷらんと宙に浮く。
「もう、秋子さんのことを『オバサン』なんて呼びませんから! 家に戻りましょう!」
…は? 『オバサン』?
何それ?
…言葉で虐めるって、ひょっとして…
「そうだよ、私おなかぺっこぺこだよ〜」
やや遅れて、水瀬さんが登場する。
なんすか? これ? なんすか?
俺はたちの悪いドッキリにでも引っかかったように、唖然とする。
「あら、そういえばお夕飯の支度がまだだったわね」
秋子さんは、あら困ったわとでも言うように、のほほんと手を頬に当てている。
「そうだよ〜」
「さ、帰りましょう、秋子さん」
ほのぼのほのぼの。
……ねぇ? さっきの、緊迫した空気はどこに行ったんですか? 誰か教えて下さい。
俺は泣きそうだった。
固まっている俺に秋子さんが声をかける。
「北川さん、今日は有り難うございました。また、一緒に遊びましょうね♪」
遊び…遊びだったんですか…はは…
「北川、災難だったな」
うるせぇよ。
しかも。
絶望のどん底にある俺に、とどめの事実。
「祐一、お母さん、何やってるの。早く行こうよ〜」
……!!
お母さん!?
お母さん…ですか…
本当に…
そうだったのか…
は、はは…
俺は、もう笑うことしかできなかった。
俺の目の前に、地の底まで続く大きな穴が口を開けて待っていた。
水瀬さん一家が帰ってからも、俺はずっとそこに立ちつくしていた。
グッバイ…俺の青春…
――――ところが。
ぴるるるるる
「…お?」
突然、俺の携帯が鳴った。
番号の確認もせずに、慌てて出てみると、その、相手は―――
「…もしもし、北川君?」
…美坂だった。
美坂…美坂ぁ…
美坂の声を聞いた途端、俺は、再び涙腺がゆるんできた。
勿論、うれし涙だ。
美坂、浮気(?)して悪かった…
俺は心の底から反省した。
「…ちょっと、北川君、聞いてる?」
「あ、ああ。で、何の用だ?」
「何の用だ、じゃないわよ。ほら、放課後に、あたしが北川君の誘いを断ったでしょう?
その時、ずいぶん落ち込んでいたようだから、心配して…」
電話を…かけてきてくれたのか…
有り難う、有り難う美坂!
「美坂…」
俺は、嗚咽を堪えるので精一杯だった。
………ところが。
急に美坂の声のトーンが変わった。
「…心配して、北川君のあとについて行って、商店街で声をかけようとしたのよ…」
…へ?
しょう…てん…がい?
も…しかして…
背筋が、凍った。
「そしたら…ねぇ。ふふふふ…」
あの、美坂さん?
怖いんですが…
「――――ずぅいぶんと秋子さんと仲がいいのねェ。あたし、びぃっくりしちゃったわァ」
声が…声が、わざとらしいんですが…あの…
やっぱり? やっぱりですか? 見てたんですか? 美坂さん?
俺はぐぅの音も出なかった。
「これからも、秋子さんと仲良くね? 応援してるわ。…それじゃ!」
ぶちっ!
つー、つー、つー…
電話の無機質な発信音が、随分と遠く聞こえた。
地の底まで続く大きな穴に、俺は凄いスピードで落ちていった。
その夜が明けるまで、俺はずっとそこに立ちつくしていた。
グッバイ…俺の人生…
(終わり)
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北川無惨帳(^^;
それでは〜
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