猫はコタツで丸くなる
暗く寒い夜を越え、
いつの間にか部屋の窓からはあたたかな日の光が射し込んでいた。
その光に少しまぶしさを覚えながら、俺は微かなぬくもりの中で
惰眠をむさぼっていた。
今日は日曜日。
思う存分、暖かさに包まれて眠っていられる……はずだった。
フッと、日光を影が遮る。
なんだ……寒いなぁ…
俺は覚醒しかけの頭の中で、暖かさが急に奪われたことに抗議した。
「ゆういちっ! あっそぼっ♪」
声が聞こえる。
誰の声だっけ……
と。判断する暇もなく!
ばふっ
何者かが俺の頭の中にのっかった。
ふわっ! 何ごとだっ!
俺は慌てて跳ね起きる。
その拍子に、頭に載っていた物体がズルリと落ちて、器用にもスタっと見事に床に着地した。
うな〜
その物体が、鳴いた。
ん…
ぴろ……
ぴろか?
すると……
まだ意識がはっきりしないが、俺を幸せな夢の世界から引きずり出した犯人は一発で分かった。
「真琴っ! お前、何しやがる!」
「あっそぼ♪」
真琴は俺の意見などどこ吹く風、一方的に自分の意見を押しつける。
はぁぁ…
全く、こいつは…
「俺は、眠いんだ……たまの日曜くらい、ゆっくり休ませてくれ」
まるでサラリーマン親父のようなセリフだが、それは事実だ。
俺の体は猛烈に睡眠を要求している。
パタリと倒れて、布団を頭からかぶる。
「お休み、真琴」
ぱこん。
布団越しの俺の頭を、真琴がひっぱたいた。
「あぅーっ……そんなこと言ってぇ。最近、全然真琴と遊んでくれないじゃないのよぅ…
ね、ぴろ。」
真琴の言うことを理解しているかどうかはわからないが、
ぴろは真琴に同調するように一声、うな〜 と鳴いた。
「あぁぁ〜……もう」
俺は再び体を起こし、頭をがしがしと掻きむしる。
まぁ、確かに。
最近、真琴と遊んでやってないのも事実だしな。
「遊んでくれる?」
真琴が目をキラキラと輝かせている。
しょうがないな……
とりあえず俺は、ねぼけ気分を一新しようと、締め切った雨戸と窓をガラガラと開ける。
ひゅぉぉぉぉぉぉ
途端、冬の厳しい風が部屋の中を駆け抜ける。
…………
「よそを当たってくれ」
俺は再び横になった。
「あぅぅぅぅ〜〜……!!」
真琴が俺をぽかぽかと殴る。
布団越しのせいもあってか痛みはまるっきり感じないのだが、
さすがに眠るのにはうざったい。
布団から頭だけを出して、説得することにした。
「俺以外にも、名雪が居るだろう……」
「名雪は部活!」
「秋子さんは」
「忙しいでしょ!」
「天野は…」
「美汐は今日はお出かけ!」
八方ふさがり、と言う訳か。
「ねっ。だから、真琴とあそぼっ♪」
ああもう。
「いい加減にしてくれ。俺は寝る…」
と、再び布団の中に潜り込もうとしたとき。
「祐一…」
真琴の声のトーンが変わった。
「そんなに、真琴と遊びたくないの…」
うっ。
もしかして…
「祐一は、真琴のこと嫌いなんだ…」
真琴の表情が、見る見るうちに曇っていく。
よせ。
そんな目で俺を見るな。
ええい!
俺は寝る!
俺は寝るんだ!
俺は寝るんだって言うのに!
*
「で、何でこうなるかなぁ…」
ぶつくさ言いながら、俺は疾風吹きすさぶ水瀬家の庭にいた。
ちなみにぴろは、家の中……
猫はコタツで丸くなるって訳だ。
「それで、一体何をして遊ぼうって言うんだ?」
最早珍しくもない足下の雪を踏みながら、傍らの諸悪の根元に問いかける。
「あのね、雪合戦!」
はは。
はははは。
雪合戦か。
あんまり馬鹿らしいんで、俺は二の句が継げなくなった。
だが、まぁ。こんな馬鹿らしいことをわざわざするというのも、また面白いかも知れない。
視線を真琴に移す。
真琴は、とっても楽しそうな期待に満ちた目で、俺を見ていた。
ええい。成り行き上だ。
「よっし、やるか」
俺は仕方なく承諾した。
*
「てやっ」
「えいっ」
雪合戦を始めてから、30分余り。
俺は真琴相手にすっかり熱くなっていた。
なかなか、雪合戦も楽しいもんだな。
もちろん、相手が相手なので、適度に力を加減することは忘れないが。
ぼふっ
「・・・ぶわっ」
俺の顔面に真琴の投げた雪玉がクリーンヒットする。
「あははっ。祐一、なにぼーっとしてるのよっ!」
そう言う真琴はとっても楽しそうだ。
「このやろっ」
俺は仕返ししようと、手に持っていた雪玉を投げようとする。
ふと、真琴がかぶっているふわふわの毛皮に包まれた帽子に目が止まる。
あ、アレは確か、この間の真琴の誕生日に……
と。
つい、物思いに耽ってしまった俺は。
力を調整するのを忘れて、思いっきり投げてしまった。
しまった! と思ったときにはもう遅い。
バシッ!
小気味いい音とともに、真琴の顔面で雪玉が崩れ落ちる。
その下から、鼻にちょっぴり雪の欠片を残した、まっかっかな真琴の顔が現れる。
「……………………」
真琴は無言だ。
多分、自分の身に何が起こったのか良く理解できていないのだろう。
「あぅ…」
ほけっとした顔で、地面に落ちた雪玉と、俺の顔とを交互に見つめる。
やがて、自分の顔にじんじんと残る痛みに気づいたのか、
「うっ…うっ、ぅぅぅぅぅ………!!」
顔を歪ませ、
「あぅーーーーっ!!!」
大きな声で泣き始めた。
「うわっ、真琴!」
歩きづらい雪を踏み、俺は慌てて真琴の元へ駆け寄る。
「あぅーっ、祐一が、祐一がぁっ! 真琴を、いじめたぁっ!」
いじめた訳じゃないってのに。
でも、俺が加害者であることは事実なわけで。
「スマン! 真琴! この通りだ!」
とにかく、平謝りした。
「あぅーっ……すん、う、あ、あぅーっ……」
真琴は泣きやまない。
「ごめんな、真琴! 俺が悪かった! 後で肉まん買ってやるから! な!」
「あぅーっ……ホント?」
肉まんという言葉に反応したのか俺の誠意が通じたのか、
真琴は真っ赤な目を小さな手で拭いながら、じっとこちらを見る。
「ああ、ホントだとも。いくらでも買ってやる」
「あぅ…」
真琴はようやく顔を上げる。
まだその目には涙が残っていたが、表情は確かに柔らかくなっている。
「でも…」
「でも、なんだ?」
「ホントに、痛かったんだから…」
「悪かった」
「びっくりしたんだから…」
「すまなかった」
「だから…」
だから?
「もう一つ、お詫びの印が、欲しいな…」
そう言って真琴はくすっと微笑み、俺をいたずらっぽい視線でとらえる。
って、もしかして……
さわさわと、髪の毛が風にたなびき、シャンプーのいい匂いが辺りに広がる。
「ね?」
そう言った、真琴の小さな唇が、どうしようもなく可愛くて、愛しくて……
俺は、
ごく、
ごく自然に。
俺の視界に、目を閉じた真琴の顔がいっぱいに広がり……
その柔らかい唇に……
そっと……
「ん……」
外の冷気によって冷えきってしまったその感触が俺の脳髄を痺れさせる。
そして俺は真琴の体をぎゅっと抱きしめる。
真琴は何も言わないで、俺の唇の感触を受け止めている。
ぬくもりが、体を包む……
うな〜
水瀬家のコタツの中で、ぴろは一声鳴いた。
(おわり。)
これは、T.blondiさんに贈ったSSを、そちらのサイト閉鎖に伴い、許可を得て掲載したものです。
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