後編です。
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・・・・・・・・・・
やがて。
名雪がちょっと落ち着いてきた。
ふぅ・・・
さて、俺の手は、今どこにある?
ふにょん。
おや?
何だこの感触・・・・
今までよりも、ずっと柔らかいぞ?
もにょん。
名雪の背中が、急にびくんと反る。
「あ、あ、あーーーー」
名雪、うるさい。
俺は位置を確かめようと、ちょっと指をわきわきと動かす。
たゆたゆ。
にうにう。
ふむ。大変柔らかい。
パジャマの上に、もぞもぞと動く俺の手のひらの動きがくっきりと現れる。
ああ、なるほど。
俺は。
どうやら、名雪のおしりを揉んでいたらしい。
あはは〜
一分間思考停止。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
名雪の声にならない叫びでハッと我に返る。
いつのまにか、手は抜けていた。
名雪がこちらをキッと睨み付けている。
顔中真っ赤に染まり、ここまで怒った名雪を見るのは初めてだ。
まずい。
怒るか・・・・?
しかし・・・
名雪は、突然、顔を弛緩させると、
「ふっ・・・ふぇっ・・・・」
あっ・・・・これは。
別の意味でまずい。
「ふぇぇぇっ・・・・ふぇぇぇっ・・・すん」
あ。あ。あ。
名雪が・・・・・・
「うっ・・・・ああーーーーん・・・・・・・ああーーーーん・・・・・・・」
大声で、泣き始めた。
俺は慌てて、名雪のそばに寄って謝る。
「ごめんっ、名雪!調子に乗りすぎた!」
「ああーーーん、ああーーーん、・・・・うわーーーん」
まるで火のついたような泣き方だ。
俺の言葉など耳に入っていないかもしれない。
「祐一、きらーーーい・・・・もうやぁだぁぁぁ!!」
それでも俺は、何とか機嫌を直して貰おうと、必死で謝る。
「すまん名雪!この通りだ!謝る!許してくれ!」
「えーーーーーん、えーーーん」
まるで子供のような泣き方だ。
それだけ、ショックだったんだろう・・・・
「悪かった!ごめん!本当にごめん!な、名雪」
「ひぅっ・・・・・えぐぅっ・・・・・」
お、ちょっとおさまってきたかな?
「名雪、百花屋のイチゴサンデー3つ!」
物でつるのは卑怯なような気もするが、ここはまず名雪に機嫌をなおして貰う方が先だ。
「ううぅっ・・・・」
とくに名雪は答えない。
「じゃあ、4つ!」
「・・・・・・・・」
最早無言だ。
「ええい、5つだ!」
「・・・・・・・・・」
俯いている。ただ、それだけだ。
「許して・・・・くれないのか?」
俺の気持ちが・・・足らないのだろうか?
「なぁ・・・名雪・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「本当に、俺・・・・悪かったと思っている」
「・・・・・・・・・・」
「どうか・・・機嫌を直して欲しい」
「・・・・・・・・・・」
「頼むよ、名雪・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
いまだ無言で俯いている。
何の反応も見られない。
その表情は重く、憂いを帯びている。
まるで今にも意識が無くなってしまうほどに。
「名雪・・・・・・」
頼むから。
許してくれ。
このまま、名雪が機嫌を損ねたままだったらどうしよう。
イヤだ。
それは、イヤだ。
いくら何でも、それはイヤだ。
頼むから。
馬鹿な俺を、許してくれ。
ほら、いつものように・・・・
「しょうがないね・・・許してあげるよ」
って・・・・
笑って欲しい。
笑ってくれ。
なゆき。
俺は心の底からの祈りをこめて、名雪に呼びかけた。
「・・・・名雪・・・・!」
しかし・・・・帰ってきた返事は・・・・・・
「・・・・・・くー」
くー、か・・・・
そうか、名雪・・・それがお前の答えか・・・・
っておい。
途端、
ぱたりと倒れた。寝息をたてている。
・・・・・
その時の俺の顔。
何とも形容できない、深みのある顔をしていたに違いない。
きっと、一生のうちこんな顔をするのはこれが最初で最後だろう。
・・・・どうやら、名雪は泣き疲れて眠ってしまったらしい。
お前は赤ん坊かっ!
とも思ったが、原因はこちらにあるので、苦笑いをするしかない。
ま・・・・
火がおさまっただけ、良しとするか。
起きたら、今度はちゃんと謝ろう。
「くー」
俺は安らかに寝息をたてている名雪を、ちゃんとベッドに横たえ、
寝冷えしないように肩まで布団を掛けて、その上からぽむぽむと軽く叩いてやった。
まだ、その顔には涙の跡がくっきりと残っている。
それを見ると、俺の心はチクリと痛みを覚える。
・・・・悪かったな、名雪・・・・
いい夢見ろよ。
そして、立ち去ろうとすると・・・・・
「うにゅ・・」
おや?
と思って振り返ると、名雪は変わらず眠っている。
なんだ、寝言か、と思っていると、
「祐一嫌い・・・・・・」
・・・・・・・・。
・・・・ま。しょうがないか。
あんな事しちゃったしな・・・・・
しかし、その後に続く言葉は・・・・・
「でも・・・・でも、好き・・・・」
・・・・・・・
・・・・・・・
う〜ん・・・こいつは・・・・・
俺は・・・・どうしたものか。
眠り姫は、ただ眠っているだけで、多くの男を狂わせた。
どうやら俺も、この無邪気な眠り姫に狂わせられたらしい。
まったく・・・・・
俺は、名雪の安らかな寝顔に、そっと顔を近づけると・・・・・
・・・・・・・chu。
「うにゅ・・・?」
おっと・・・名雪が目覚めてしまう。
さて、その前に帰るか。
お休み、名雪。
そして、俺は名雪の部屋のドアを開けた。
そこには、秋子さんがいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言で見つめ合う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
えっと。
「・・・・・・・・・・何やってるんですか、秋子さん!」
「・・・・・・あらあら」
俺がドアを開けると、そこには頬に手を当てた秋子さんが立っていたのだ。
も、もしかして・・・・ずっと様子を伺っていたのか・・・?
「あらあらあらあら。あらあらあらあら。」
秋子さんはごまかすような笑みを浮かべるとさっさと階下に戻っていった。
全く・・・・秋子さんもあれで、お茶目なところがあるな・・・・
まぁ・・・娘の様子が気がかりだったのだろうし、俺も俺で
結構ヤバイことしたから・・・・差し引きチャラだな。
ふぅ・・・それしても今日は疲れた。
やれやれ。
「くー」
名雪は再び、夢の中。
どんな夢を見ているのやら・・・・・
「うにゅ・・・・そこ、だめ、祐一・・・・でも、」
んん?・・・・「でも」?
「・・・もっと・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
襲うぞっ!眠り姫!
(終わり)
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擬音精舎の鐘の声〜
諸行無常の響きあり〜
南無〜
拙僧は秋子さんに見つかる前に、托鉢の旅に出ます。
どうか探さないで下され。
では!
「・・・・・逃がしませんよ」
ヒィィィィィィィ
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