迷奴夢幻


注意:微妙に15禁くらいです


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メイドさんの設定:

「名前:シャイア・メイデン」
「年齢:17」
「国籍:イタリア系オランダ人しかしなぜか日本語を話す」
「性格:従順 素直 ややかしこい コドモ
    おっちょこちょい ひとみしりする 
    多少の母性本能を持ち合わせている」
「身体的特徴:身長は150以下と、ちっこい。やせてる。幼児体型。」 





「おきてくださぁい、御主人様っ! もう朝ですよ」
「ほら、早く起きないとちこくしますよ(揺らされる)」
「もう! 朝御飯だって支度してあるんですから、早く起きて下さい、ごーしゅーじーんーさーまっ!」
「おはようございます、御主人様。気持ちいい目ざめ…じゃないですよね、えへへ…」
「ふやっ! 御主人様、いきなりころばないで下さいよぅ…だいじょぶですか? よいしょっと…(助け起こされる)
 こんなふらふらで…また昨日夜更かししたんですね?もぅ…」
「おいしいですか、御主人様? (目でうったえる) え? まずい…ですか。ごめんなさぁい、明日は上手につくりますぅ…しゅん」
「行ってらっしゃい御主人様! 気をつけて!」

「さて、掃除でもしようかな…」
「あ。そーだ!今日は商店街でセールだっけ。なるべくたくさん買ってこないと…」

夕方 「ただいま帰りました…。んー、御主人様はまだ帰ってないみたい…」
「あ、お帰りなさいませ、御主人様! お荷物お持ちします。(首を振る) …え? 別にいい? ですかぁ…
 はいわかりました…、それじゃ、早めに御飯を作りますね!」
「御主人さまぁ。ごはんできましたよ。」
「どうですか? 味の方は…どきどき…そうですか?! わぁ、ありがとうございます…」
「え、なんですか。この包みは…え、わたしに…? あけてもいいですか? …なにかな…ごそごそ」
「わ、かわいいオルゴール…いいんですか、ホントに…? ありがとうございます、御主人様…わたし、ずっと大切にしますね…」

「ふわあぁ…、もうこんな時間ですねぇ。…そうですね。はい。それでは御主人様、お休みなさい。
 明日はお休みですけど、あんまり夜更かしはなさらない方が…
 えっ? なんです… (耳打ち) ふぇっ? ででもでもでもそそそんな…や、でも…ほら、やっぱり…ですから…
 いや、なわけじゃぁないんですけれどもぉ」
「(ひっぱる) あやっ (たおす) きゅゃ! (だきすくめる) ぁ、(くちづけ。) ん。 (そして…)
 …はぅ、また。こんなの………ぅん…は……。ごまかさないでください。
 って言って…る、の。にぃぃ…だめなんですよう…ん、そこは、あ、…ずるいですよぅ…んっ……でもせめて…………灯り消して」
「…ん…は、…ちゅ……そんなぁ、や…いじめないで…ください」
「ん、んぅ!…でも。あ。……かわいい? …またぁ、いじめるんですね…もぅ」
「かわいいだなんて、えぁ! だめ、うそ。……あ、もっと、ぎゅ、っと。はあ。ぅぅんんん、ん
 …………………………………………………………………………………!……」

「……いいんです。そんな。ぅにゅ、御主人様ったら、別人みたいですよぅ。え!? 気になんてしてませんよ。
 だってわたしは、いつでも……。こんなに、優しく撫でてくれるし。
 …そうですよ。それよりも、私の方こそ、いつもいつも御主人様に迷惑をかけっぱなしで…うん、ほんとに。
 …やっぱり、貴方は、優しいから……ありがとうございます、そして……」
「御主人様…ねちゃった、のかな。…おやすみなさい。私の…御主人様」

深夜「…すーすー…ごしゅじんさまぁだっこぉ……んにゅ……」
 


  
「なあ、おまえ、最近おかしいんじゃないのか?」
 私は、隣人の心配そうであり、かつ神経質そうな声で白昼の幻影からこの無色無機質な現世に引き戻された。
「そんなことありませんよ」
「ほんとうか?……いや、その……ずいぶんと様子が妙だったから」
「きのせいでしょう。私はいたって普通ですよ」
 どうも最近、こういったことをよく言われる。曰く、いつもぼんやりしてるだの、まるで生気が抜けた様だのと、皆、随分なことを言ってくれるが、皆が皆そう思っているらしく、わざわざ言いに来てくれなくとも、遠目にこちらを伺う様子からそれは容易に知れる。
 私自身としては、前から多少の夢想癖こそあったが、それも生活や仕事に支障をきたすほどではないし、それに自分で不調だと思うことも全くなく、仕事も平常通りこなしているので、別にそんなこと構わないだろうと思うのだが、周りの連中はそうは思わないらしく、特に人事部などという殊更に人間関係を気にする部署であるせいもあってか、皆こぞって私…即ち少々異常な雰囲気を醸し出しはじめた(らしい)同僚の面倒を見たがる。しかし、だからといって本気で私を心配してくれる者など一人も居らず、皆はただ平穏な日常に紛れ込んだ異物であるこの私を、あるいは興味から、あるいは不安から、出る杭を打とうと(正しくは、出ぬ杭を引こうと?)しているにすぎないのだろう。それはともかく、私がいくら人間関係を気にしない質とは言え、こうも四六時中皆からとやかく言われてはどうも落ち着かない。何とかならないだろうか。原因のようなものは、特にないと思うが…。
 書類の整理を続けていると、ふと、先程も考えていた私の家に仕えるメイド、シャイアメイデンのことが思い当たる。
 そういえば、連中が私に対してとやかく言うようになったのは、私がシャイアと同居し始めてからだったような気がする。…とすれば、原因はシャイアにあるのだろうか? ひょっとして連中は、私とシャイアが、このうだつの上がらぬ男とあのような可愛い少女が供に暮らしていることを冷やかしているのだろうか?
 ばかな。シャイアのことは、会社でもどこでも喋ったことはないし、私は極端につきあいが悪いので、酒の席でポロッと…なんて迂闊なことも無いはずだ。つまり、私以外誰も知らないはずだ。そう…私以外は誰も……。
 では何だというのだ? 連中は、私から「生気が抜けた」と言うが、それでは牡丹灯籠よろしくシャイアが実は彼岸の住人で夜な夜な私の生気を吸い取っているとでも言うのか?
 いや、それこそおかしい。あんな、明るく、快活な少女が、どうして幽霊などと思えようか。しかし…私の脳裏に一抹の不安がよぎる。…確かに、私の様なただの一サラリーマンに、あのようなよくできた娘が無条件にメイドとして仕えるだろうか? いったい、どういう経緯であったか?けして、シャイアを疑っているわけではないが…。いや、それこそが向こうの手口…。
 そこまで思い当たって、私は自分の考えていることの意味に気づき、その考えを掻き消した。私は、なんということを考えているのだ。いくら気立てのよい少女とはいえ、肝心の主人がこのような疑り深い俗物では、何とも申し訳なくすら思えてくる。
 しかし、一度心に沸き上がった疑念は、晴天を覆い尽くす黒雲のように、見る見る私の心の中に広がっていった。仕事の手を休め、深く思案する。
 確かに、私は、シャイアの経歴等はほとんど知らない。
 しかも、何故、一緒に暮らしているかすら見当もつかない。
 今までは幸せな生活の中で忘れていた数々の疑問が、堰を切ったようにあふれ出す。 
 ……………真っ黒な思考の嵐。
 そうか。私は一点の光明を見いだした。
 それならば、誰かを一人、私の家に招待すればよいではないか。そうすれば、もしシャイアが魔性の者だとしたら(本当はこんなことは考えたくないのだが)、何かしら、その正体を現すだろう。
 もうしばらく思案を続けたが、それ以外にはいい方法がありそうにない。少々短絡的な方法かもしれないが、致し方ない、この没個性な同僚達の中から一人家に招待するとしようか。シャイアのことはこの口うるさい連中には秘密にしておくつもりだったが、こうも疑いばかりが頭をもたげているようでは仕方がない。それに、少々下世話だが、シャイアを見せびらかすことによって私のさもしい虚栄心を満足させることもできるだろう。ああ、よく考えてみるとそちらの方が目的としては正しいかもしれない。私は、漸く思いついた妙案に、少し歓喜した。
そうこう考えを巡らせているうちに、時計は五時を指し示し、退社時間となった。同僚のうち、すでに何人かは帰り支度をはじめ、今日飲みに行く約束などを交わしている。私は、前に言った通りつきあいの悪い人間だから、あの輪の中に入ったことは無いが、ふと、取り残されている自分に寂しさを覚えることもある。そんなときには早々に退社し、シャイアの待つ家へとまっすぐ帰るのだったが、とりあえずは先程考えたことを実行に移さねばと思い、先刻話しかけてきた隣の男に話しかけた。
「あの」
 男は仕上げにかかっている仕事の手を休め、こちらを見た。
「明日の帰りにでも私の家で飲みませんか?」
 今日すぐに、ではなく明日、としたのは、今日一日シャイアの事についてもっと考えてみたかったからだ。男は、突然の私の誘いに驚いたのか、目を二、三度ぱちくりとさせた。男の名は樋高と言い、彼は、まあ、つきあいの悪い私ともそこそこに親しくしてくれる男で、親しいと言える度合いを極端に拡大して考えれば、この会社の中で私が最も親しい男と考えてもよかった。
「…あ、ああ。別に、明日なら構わないけど…。一体、どういう風の吹き回しなんだ…?突然…」
 樋高は当惑しているようだ。無理もない、と私は心の中で苦笑した。今まで一度も自発的に話しかけてきたことのない隣人から飲みに来いと誘われたのだから。
「いや、ちょっと、私の連れ合いを紹介したいと思いまして。特に深い意味はないのですが」
「ああ、そうなのか…。しかし、あんたが結婚していたとは、初耳だぞ」
「いや、まだ正式には」
「へえ…! これはますます驚いた。あんたにそんな『いいひと』がいるなんてな…」
 男は、口元を軽く歪ませながら、憎いね、この、などといいつつ私のことを肘で小突く振りをする。私はそれに少々照れたような苦笑いで応えるが、なるほど、人付き合いというものはなかなか嬉しいものなのだな、などと柄でもないことを考えていた。

 その帰り道、私は列車の規則的なようで不規則な振動に揺られながら、シャイアの事をぼんやりと考えていた。今までこんな事は考えたことがなかったが、一度疑念にかられてしまうと、次から次へと不思議な点が浮かび上がる。そもそも、あれと一緒に暮らすことになった経緯が思い出せない。なんだか、いつのまにかに生活の中に入り込んできて、ごく自然にそれが当たり前の生活になってしまった気がする。それに、何故あれはメイドの真似事などをしているのだろうか? 普通に生活する分には、メイドが必要なことはないし、いかにシャイアの愛情表現が献身、奉仕的なものとはいえ、メイドとして私のそばにいるなどやりすぎ、いや、これはどう考えても、…「おかしい」。いや、真似事…と、そう言いきれるのだろうか?
 と、その途端、電車が止まり、私の降車駅に着く。
 私は、電車から吐き出される人の群より一歩おくれて鉄の箱から降りた。ふ、とひとつため息ともとれる息を吐く。すでに駅の屋根の灯りは煌々と光を発していて、その周りには数匹の虫が誰にも聞こえない羽音をたてている。
 昔からそうだが、どうも私は人混みが苦手だ。いや、正確には人混みが苦手なのではなく、「ひと」がたくさんいるのが苦手なのだ。つまり、それを「人」であると認識しなければ何の問題もないのだが、一度それを「人」だと思ってしまうと、もうお終いで、厭世観、劣等感、漠然とした不安など、いろいろなコンプレックスがわっと私に襲いかかり、途端に居たたまれなくなって、どこかへ逃げ出してしまいたくなるのだ。私と同じ様な病…というか性質に悩む人は全国にごまんといるだろうが、私は、それが特にひどくもなく今日までのうのうと生きてきたが、ひょっとしたら、実は重軽の違いこそあれど、全ての勤め人が私と同じ事で悩んでいるのではないだろうか、などと妄想を膨らませることもある。
 帰路をたどりつつも、詰まらないことで悩んでしまうのが私の悪い癖だ。
 私の足がコンビニエンスストアの角に差し掛かったときに、再びシャイアの事について考えが及んだ。そうだ、シャイアが何故メイドなのか…ということだった。大体、メイド、等という考えは、日本ではすでに歴史の中、明治、大正期の貴族趣味な浪漫の中に埋もれている存在ではないか。…日本では? いや、それをいうならば、何故シャイアは、日本人ではなく、外国人、それもイタリア系オランダ人などという珍妙な国籍を持っているのだ? 滞在ビザなどはどうしているのだ? それとも、すでに日本に国籍を帰化しているのか? そして何より、何故シャイアはあんなにも流暢な日本語を話せるのだ!? 大体、私とて、シャイアと供にいるときは彼女を外国人などと意識したことはないのだ。これは大いに不思議だ。根っから日本人の私は、外国人と接するときはなにやら自分が日本の代表になってしまったような重厚なプレッシャーを感じてしまうが、その唯一の例外がシャイアだ。
 私のシャイアに対する疑念は、考えれば考えるほど、解決するばかりか、ますますその濃度を増していった。頭の中には、いくつもの疑問符が渦を巻き、それらは私を強く圧迫し、私の脆弱な神経を参らせるには十分すぎるほどだった。家の前に立ったとき、おそらく私の帰りを喜んで迎えてくれるであろうシャイアの姿を思い浮かべ、その笑顔に突きつけるべく疑問を、喉仏の下あたりに用意して、私は、玄関の戸に手を掛けた。
 手が、ほんの少しだけ震えていた。
 私の心の中で、シャイアに対する様々な感情が、全て「不安」という名のベクトルに収束された。
「シャイア、おまえは一体何者なんだ?」
 私の手が
 玄関の戸を。
 開けた。
「ただいま」
 そこには果たして、シャイアがいた。
「お帰りなさいませ、御主人様!」
 ぴょこんとお辞儀をしたシャイアは、そのまま私の方へ顔を上げ、満面の笑顔を浮かべた。
 その笑顔は、明らかに魔性のものとは違う、そう、まさに、天使の笑顔だった。
 私の疑問は瞬時に消滅し、あとには無限大の幸せが私を包んだ。
 
 気づけば、シャイアを腕に抱いてまどろみの中に沈む私がいた。この腕の中にいる小さな小さな少女が、何故こうも私を惑わせるのか?
「…ぅう…ん」
 静かな寝息と、薄く漏れる声。私の胸の中の、安らかな寝顔。これは私のものだという、確かな重みを感じて、私は安堵する。明日は、お前を他の人にも見せてあげよう。私がただ一つ人に自慢できる唯一の誇り。少しだけ腕の力を強め、シャイアを近くに引き寄せる。シャイアの頭がこつんと私の胸にあたる。そして私は眠った。

    

 朝。今日もまた世界に太陽が残酷に一日の始まりを告げる。
「ほら、御主人様、朝ですよ…。起きて、くださぁい」
 ゆっくりと私は上体をあげ、私の脳を焼き貫こうとする光に抗って目を開け、シャイアの顔を見据えた。
「今日はちょっと寒いです…?…あの、どうかなさいました?」
「あ、いや別に」
 よもや、お前は何者なんだ? なんて聞けるはずもない。私はシャイアに助け起こされながらも、手早く身支度を終え、今日は同僚を一人家に招待するから、とだけ言って出かけた。シャイアは、一言、はいかしこまりました、とだけ言って、笑顔で私を見送ってくれた。

 私は再び思考を巡らせる。そうだ、シャイアに疑問を持つなんて私が間違っていたんだ…いや、しかし、待てよ…。昨日の疑問は、一体どこへ消えたんだ? 何一つとして解決していないじゃないか。しかも、本人を目の前にすると、そんなことはもうどうでもよくなってしまうのは何故か、という新たな疑問が増えた。シャイアという存在。私を幸せという名のまやかしで包むもの。しかし昨日の帰路で散々考えた疑問は、今日一日という時間を費やしても、到底答えは出そうになかった。やはり他人の目に判断を委ねるしかないのだろうか。私は、退社時間を迎えると、先日約束した樋高と共に帰路についた。
「で、どうなんだ? 一体どんな娘なんだ、その娘は」
「え、まあ、……いい娘ですよ」
「全く、あんたなぁ…! ふぅ、独り身ってのはつらいね」
 ……等の愚にもつかない会話を交わしつつ、我々は電車に揺られた。シャイア以外の人と話をしてこんなに微笑ましい気分になったのは、本当に久しぶりだと思う。今日のことが終わっても、彼とはなるべく親しくしていこう…と思った。
 さて、いよいよ家の前の立った。
「楽しみだな」
「そうですか?」
 私は、少しだけ緊張しつつ戸を開けた。そこにはシャイアがいて、ちょこんと座っていた。
「お待ちしておりました!」
 と、にっこり微笑んで我々を迎えるシャイア。
「ああ、今帰った。さ、お客さんをお連れしたぞ」
 このことが吉と出るか凶と出るか。
「ま、あがって下さい」
 樋高に声を掛ける。が、彼はきょとんとした顔をして私を見つめた。
「…?……どうしました」
「あんた、今…誰に話しかけた?」
 何? 不思議なことを言う男だ。しかし…私はあの予感が思い当たり、ぞくりとした。
「誰って、…ほら、そこの、この娘ですよ」
 私は手でシャイアを指し示した。彼女は相変わらずの天使の微笑みを我々に向けている。
「ええと、名前は、シャイアと言いまして…おっと。ほらシャイア、お客様に自己紹介を…」
 樋高の顔がひきつりはじめた。
「…なあ、あ、あんた…こりゃ、冗談だろう? …なあ?」
「冗談? え? あ、ああ、言ってませんでしたっけ? シャイアは、見ての通りヨーロピアンで…」
「そうじゃなくて…え、ええと…なんだ? 俺の頭がどうかしちまったのか?」
 樋高がつらそうな表情で自分の頭をかきむしる。
「どうしました? 調子が悪いのなら、また、日を改めましょうか」
 シャイアが心配そうに樋高の顔を見つめる。
「あの…大丈夫ですか?なんでしたら、おくすり…お持ちしましょうか?」
「ああ、それじゃ、ちょっと奥へ行って適当な薬を見つくろって持ってきてくれ」
「へ? お、俺が?」
 樋高が頓狂な声を上げる。
「…あなたじゃありませんよ。シャイアに言ったんです」
「だから、そのシャイアって娘は、一体どこに……あ!……」
 突然何かに思い当たったように、樋高の顔色が見る見る変わっていく。
「あ、あのさ、ちょっと俺、急用を思い出しちゃってさ…わりぃけど、また今度な」
 彼が私を見つめる目は、狂人を見るそれへと変わっていた。彼は、突然居ずまいを正すと、そそくさと退散しようとした。何だ? 一体、彼にはシャイアが、どうしたというのだ?
「待って下さい」
 私は彼を呼び止めた。しかし、彼はそれを無視して玄関の戸を開けた。
「待って下さいっ…たら!」
 私は強引に彼の肩をつかんだ。シャイアが、心配そうな面もちでこちらを見ている。
「一体、どうしたというのです」
「は、離してくれ」
「理由を教えて下さい」
 樋高は、肩をつかんでいた私の手を乱暴に引き剥がすと、今までの狼狽ぶりが嘘のように落ち着いて、じっくりと私の顔を見た。そして何かを決心したかのように、すぅ、はぁ、と深呼吸をした。私は、そんな樋高の顔を、ある種の覚悟を決めつつ見据えていた。やがて彼は、開口一番、こう言った。
「なあ、あんた。…あんたは一体、誰に話しかけているんだ」
「誰って…この、シャイアに決まってるじゃありませんか」
「そんなのいないんだよ」
「は?」
 私は耳を疑った。
「突然何を言い出すんです。今、ここにいるじゃないですか」
「違うんだ、そんな奴はいないんだ。あんたの見てるのは、幻なんだよ!」
「ま…ぼろし、ですって?」
「そうだ」
 何を馬鹿なことを…と思いつつ、私はシャイアを見た。
「ほら、ちゃんとここに……!!…」
 戦慄。
 私がシャイアの方へ顔を向けたとき、そこには何も…無かった。しかし、そう見えたのはほんの一瞬で、すぐにシャイアは現れ、何事もないようにそこに厳然と「居た」。
 しかし……。
 幻? 妄想? シャイアの存在が? まさか…。しかし、そう考えると、今までの疑問もすんなりと解決する。全てが私の都合いいように、私好みの性格で、私好みの容姿で、私好みの職業で、永遠に一緒にいてくれる少女。それは、全て私の終日の妄想だったのではないか?私は、必死でその考えを振り払いながらも、じわじわと心に這い上がってくるその恐ろしい結論を完全に否定することは出来なかった。
「なあ。目を、さませ…!」
 樋高が、ぐいぐいと私の肩をつかんで揺さぶる。その時、シャイアは世界から消えていた。
 シャイアが、消えてしまった! 動揺とも絶望ともとれる感情が私の心を支配する。
 しかしやはり、私が心を落ち着けると、シャイアは私の前に再び姿を現した。
 シャイアはその時……怯えていた。その表情は、明らかに恐怖を表していた。
「今なら何とかなる。まっとうな社会人に戻ろうぜ、な!」
 樋高の声が聞こえる。その瞬間、また、シャイアは姿を消した。いや、シャイアは消えたり現れたりしている。どういうことだ? シャイアはやはり…そうなのか? 相変わらずシャイアの顔には、恐怖が張り付いている。
 その恐怖は、何に対する恐怖だ?
 自分の存在が、消えてしまうという恐怖か?
 自分の存在が、私に否定されるという恐怖か? 
 それとも、自分の存在が、この日常への闖入者によって脅かされると言う恐怖か?
 しかしそのどれにしても…今後、生活を元に戻すためには、何とかしなくてはならない。しかし、一体どうすればいいというのだ!
「なあ、あんた、現実の生活と、幻の女との生活のどちらをとるかなんて、決まってるだろ?」
 そうだ。そんなこと、どちらをとるかなんて、決まっている。生活を、もとに…戻さなくては。妄想の少女は、私のことを何とも言えない表情で見つめている。だが、その姿は、最早うすらぼんやりとしか見えなかった。その瞳は潤んではいるが、どちらかといえば達観してしまったような印象を受ける。シャイアは、すでに覚悟を決めたようだ。さあ、次は、この私が。
 覚悟を、
 決める番だ。
 …………。
 可哀想だが……仕方が、無いだろう。
「…分かった。こいつを…消してしまおう」
「おお、そうか! それがいいだろう、うん!」
 私は、そばにあった花瓶をつかむと、安堵し始めた樋高の頭に力任せに叩きつけた。ごん、と鈍い音がしたかと思うと、樋高はそのまま映画のスローモーションのように倒れて、動かなくなった。
 私は、シャイアを見た。
 シャイアは、私に、今までに見せてくれたことのない様な幸せそうな笑顔を見せてくれた。






    
「御主人様」
 手を休め、ディスプレイから顔を上げると、そこにはお盆にティーセットを載せたシャイアが居た。
「あ、お仕事中でしたか?ごめんなさい、お茶を…お持ちしたんですけど…お邪魔でしたら」
「ああ、いい。ちょうど今一息ついたところだ」
 私は戻ろうとするシャイアの言葉を遮り、暖かな紅茶を受け取った。
「それに、仕事をしていたわけじゃない。ちょっと、小説を…書いていたんだ」
 少々気恥ずかしいが、いずれはこいつにも見てもらう予定だったから、今話しても差し支えないだろう。
「ちょうど今できあがったんだ。お前も、読んでみてくれ。感想を聞きたい」
「え、小説ですか? 面白そうですね」
 と、シャイアはお盆をおいて私の横にちょんと座り、マウスを操作して文章の冒頭まで移動させた。
「タイトルは、ええと…? …なんとよむんですか?」
「ああ、めいどむげん…と読むんだ」
「めいどむげん…ですか? 一体、どんなお話なんですか?」
「ま、それは読んでからのお楽しみって事で」
「はぁ。ええと…あれ? なんで私の名前…」
 冒頭の生活シーンを読み進めるシャイア。見る見るその顔が紅潮していくのが分かる。夜のシーンを読んだときにはその顔はボっと火がついたように真っ赤に染まっていた。
「な、なななななんですかこれは?! し、私小説なんですか!? ここ、こんな、そんな、ちょ、ちょっと、※☆○◇□……」
 後半の言葉は興奮しすぎていて判別できない。
「そんなわけないだろう。…本物はこんなに可愛くない」
「ごっ、ごしゅじんさまぁっっ!!」
 キッ、と私を睨み付けるシャイア。迫力は一つもないのだが…
「ふふ、冗談、冗談。ま、とりあえずラストまで読んでみ」
「…ぅ〜っ…」
 なにか言いたそうにうめきながら読み進めるシャイア。しかし、話が進むに連れて、その表情は変化していく。
 三分経過。ようやく読み終わったシャイアは、困ったような表情を私に見せた。
「で、どうだった?」
「えぇと…あの、これは、どういうお話なんですか?」
「ん? まぁ、…そうだな、『メイド』という妄想にとりつかれた男の話かな」
「…はぁ、そうなんですか。でも、どうして私が…?」
「リアリティを出すため…かな?」
 シャイアは、うつむきながらぽそぽそと言いにくそうに
「……あのシーンも、ですか?」
「まあ、そうです」
「…まったくもう……」
 うつむきつつも、私を恨みがましい目で見るシャイア。
 そのしぐさがあまりにも可愛くて、おかしくなって、愛しくてしょうがなくなり、私はシャイアの頭を撫でようとした。
 すぐ脇にいるはずのシャイアは、消えていた。
 私の手は、むなしく虚空をきった。
 あとには、空っぽのティーカップだけが残っていた。
 私は、静かにため息をついた。






(了)


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解説……
まあ、そんなもんです。
開き直るか、現実と向き合うか…
私ですか?
私は………

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