普通の世界で、普通に恋をして、普通の幸せを手にした、とある奥様。
 だんな様とは、早くに死に別れてしまいましたが、彼女は彼女の娘と一緒に、幸せ一杯に暮らしていました。
 だけど彼女には、人に言えない、大きな大きな秘密があったのです。
 奥様は、なんと…


"魔女っ子"だったのです♪



まじかる・秋子さん♪


『奥様は魔女っ子!?』の巻




「う〜ん…良いお天気です♪」
 空になった洗濯籠を両手で抱え、空を見上げる。
 見上げた先に広がるのは、雲一つ無い青空と、柔らかな光をさんさんと放つ、春の陽。
 時折、吹いてくる暖かな風が、洗濯石鹸と若葉の香を彼女の元まで運んで来る。
 平和である。『天下泰平。世の中万事も無し』ってな位に平和である。こんな日は、学業もバイトも綺麗に忘れて、ぱーっとハイキングにでも行きたくなるのだが、そうはいかないのが世の道理。哀しいものである…
「…ナレーターさん?」
 しかし、そう言う矛盾の中に世の中が成り立ち…って、はい?
「…あの…お話を進めませんか?」
 失礼…コホン…え〜…たった今、小説の中で、地の文に話し掛けると言う、なかなかの偉業を成し遂げてくれたのは、水瀬秋子さん。本作の主人公である。
 みつあみの髪と、全てを包み込むような柔らかな笑顔がチャームポイントのぷりちーな奥様だ。
 しかし、とっても若く見える彼女は、これでも高校二年生の娘をもつ一児の母だというのだから、この世は不思議なワンダーワールドだ。
「…あの…歳の話は、しないで下さいます?」
 …あのねぇ、秋子さん。
「…はい?」
 一応、こっちは"地の文"なんだし、そうそう話し掛けてくるのは止めてくれますか?
「あらあら…すいません。つい…」
 …コホン…え〜、とにかく、とってもぷりちーで、びゅーちふるな奥様(しかも未亡人)なのである!!
 さて、そんな秋子さん。洗濯も終わりそろそろお昼。さて、今日のお昼は何にしようかと悩んでいると…

うな〜

 不意に、何処からか猫の鳴声が聞こえた。
「…あら、猫かしら?」
 きょろきょろと周囲を見回す。しかし、何処にも猫の姿は無い。おかしいな…と思っていると…

うな〜

 もう一度、聞こえた。今度こそは…と、思いながら鳴声のした方を見ると…

うな〜

「…あらあら…そんなところに居たの?」
 庭の隅の木の枝に、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。
 ビロードのような艶の毛並みに、ほっそりと整った顔立ち。なかなかのハンサムさんだ。しかし、外観こそ猫なれど、醸し出す雰囲気は、結構、鋭い。猫と言うより『猫サイズの黒豹』と言った方がしっくりくる。

うな〜

 黒猫が、今一度、間延びした声で鳴く。
 秋子さんは、苦笑しながら木に歩み寄る。

うな〜

 近づいてくる秋子さんを怖がる様子もなく、むしろ望むように、黒猫が再度、鳴く。
「どうしたの? 降りれなくなったのかしら?」
 木の下にまで来た秋子さんが、微笑みながら両手を伸ばす。
 しかし、黒猫は何かに躊躇するように、その場から動かない。
 それを見た秋子さんは、猫が恐怖に固まって動けないのだと思い、爪先を上げて背伸びをすると、身動き一つしない黒猫の前脚の下に手を入れてそのまま抱き上げた。
「さあ、大丈夫だった?」
 黒猫を自分の目の高さまで持ってきて、問い掛ける。
 だが、次の瞬間。度肝を抜くような事態が秋子さんを襲った。
「…やれやれ…探しましたよ、秋子さん…」
 喋ったのだ。いや、何がって、そりゃ、この場には秋子さんと、後はもう一匹しか居ないわけで、今の言葉は、秋子さんのものではない。
 …と言うことは、つまり…

 猫が。

 その、余りの非日常性に、その場に固まってしまう秋子さん。そんな秋子さんを、黒猫が小首を傾げて不思議そうに見ている。
 その秋子さんの頭の中では、今、理性が必死に呼びかけを行っていた。

これは、夢。悪い夢なの。今のは、何かの間違い。その証拠にほら、この猫ちゃんは、今も可愛い声で、"うな〜"って…

「…秋子さん? 秋子さーん?」

…"うな〜"って…

「秋子さんってば、聞いてます?」
 鳴いちゃあ、いなかった。

…ああ…神様…

「秋子さん!? 俺ですって、祐一ですよ!!」
 気を失いそうになる秋子さんに向けて、黒猫が、思わず叫び声を上げる。
「…ゆ…祐一さん?」
「そうですよ! 貴方の従者だった相沢祐一です! マジックキングダム・正当王位継承者・プリンセス秋子!」
 その言葉に、はっとする秋子さん。でも結局、綺麗さっぱりと気を失ってしまってしまうのでした。



「…いくら、"こっち"での生活が長かったとは言え…忘れますか、普通?」
「もう、祐一さんったら…そんなに苛めないでください…」
 唇を尖らせながら、秋子さんは、特製ミートソース・スパゲッティをリビングのテーブルに置く。
 すぐさま、肉球のついた手が伸びたかと思うと、ひょいと皿を持ち上げた。
「…でも、いきなりそんな姿で来られれば、誰でも驚くと思いますよ?」
「そうですか?」
 向かいのソファに腰掛ける秋子さんの目の前で、肉球のついたもう一本の手が伸びて、フォークを器用に掴む。
「当たり前です。でも、どうして、そんな姿なんですか?」
 そんな姿。と言うのも無理は無い。人語を解し、操る黒猫がソファの上に人間のように腰掛け、あまつさえ前脚を使って器用にパスタを食べようとしているのだ。結構メルヘンちっくで可愛いものがあるが、この世界の摂理と常識とに照らし合わせると、狂気の極みである。
「…そりゃ…"摂理"を乱してまで、こっちに来るんです…色々と"制約"も受けますよ…」
「…"制約"って? 私がこっちに来た時はそんな…」
 祐一と呼ばれた黒猫は、不意にパスタを啜る手を止めると、秋子さんにジト目を向ける。黒い毛並に覆われた口元がミートソースで汚れている光景が、何だか可愛い。
「…何も無かったと思ってるんですか?」
「…え?」
 黒猫祐一は、食事を再開しながら言葉を紡ぐ。お陰で、一寸、聞き取り辛い。
「貴方が(ズルズル)何の準備もしないで(もぐもぐ)こっちに来たもんだから(もきゅもきゅ)どれだけ、俺たちが苦労したことか…(ごっくん)」
「…あの…そんなに酷かったんですか?」
「…魔導長様が、過労で三日間寝込みました」
「…あううう…」
「…ま、でも、そんな事は良いんです」
 空になった皿をテーブルの上に置きながら、やたらと強い口調で言う黒猫祐一。因みに、まだ口元はミートソースで汚れている。
「…な、なんですか?」
 その猫らしからぬ迫力に、一寸押され気味の秋子さん。
「秋子さん!!」
 肉球の付いた手で、びしっと秋子さんを指差す黒猫祐一。器用である。限り無く器用である。
「は、はいっ!!」
「貴女に、この世界を守って頂きます!!」
「…はい?」
 いまいち、状況が理解できていない秋子さん。
「…取り敢えず…これ、どうぞ」
 ぽむ。と言う、何ともメルヘンちっくな擬音と共に虚空から何かが現れる。黒猫祐一は、それを器用にキャッチすると、秋子さんに、とてとてと歩み寄って、彼女の手の中に押し込んだ。
「…何ですか、これ?」
 秋子さんの手の中に押し込められた物。それは白い羽根を生やしたジャムの瓶を先に付けた、妙にカラフルな棒切れだった。
「…取り敢えず、月並みなんですが…"魔法のステッキ"って、奴です」
 さも当然。と、言わんばかりに黒猫祐一が言い放つ。
「…はい?」
「んで…このステッキを、頭上に翳して、魔法の呪文をですね…」
 呆気に取られる秋子さんを無視して、黒猫祐一のジェスチャーを交えた、『魔法のスティック使い方講座』が続く。テーブル上で、二足歩行の黒猫がくるくると回る様は、見ていて微笑ましいものがある。
「…ち、一寸待ってください! 祐一さん!?」
「はい?」
 秋子さんに呼びかけられて、何だかもの凄いポーズで動きを止めると、顔だけを向ける黒猫祐一。ノリノリだったらしく、その表情は少し不満そうだ。
「…あの…結局、私に何をさせたいんですか?」
 秋子さんの問い掛けに、何を今更? と言わんばかりの黒猫祐一。
「…何を? …って、決まってるじゃないですか? "魔女っ子"ですよ」
「…はい?」
「…だから、"魔女っ子"です。秋子さんには"魔女っ子"になってもらって、この世界を守って欲しいんです」

間。

「…ええええええええええっっっっ!?」
 素っ頓狂な声を上げて後ずさる秋子さん。その姿は面白いくらいに、うろたえている。
「…ま、そりゃ、そーですよね」
 心得たように頷く黒猫祐一。
「ま、ままままま…"魔女っ子”!? "魔女っ子"ですか!? 私がですか!? そんな、私には娘だっているんですよ!?」
「あ〜、そうらしいですねぇ〜」
「む、無理です!! 絶対に無理ですっ!! そんなの出来ませんってばっ!!」
「…ま〜…出来る、出来ないは後回しにして、取り敢えず、変身して見て下さい」
 支離滅裂な秋子さんとは対照的に、妙に冷静な黒猫祐一。漫才である。
「…絶対に無理です!! って…はい?」
「…だから、取り敢えず変身して見て下さい?」

間。

「…ええええええええええっっっっ!?」
「…同じリアクションを、ご苦労様です…ささ、ステッキを持って…」
 黒猫祐一に、静かに押し切られる形で、なし崩し的にステッキを持たされる秋子さん。
「あの、祐一さん?」
 黒猫祐一は無言。
「やらなきゃ、駄目ですか?」
 黒猫祐一はそれでも、無言。
「…どうしても?」
 黒猫祐一はやっぱり、無言。
「…絶対に?」
 黒猫祐一はどうやっても、無言。
「…うう…じゃあ、いきます…」
 観念して、ステッキを掲げる。秋子さん。
 同時に、ステッキに取り付けられたジャム瓶が、ぼんやりと光を発する。
「『イチゴにアンズにブルーベリー。シナモン、キャロット、謎ぢゃむも…』」
 いつの間にか、周囲の空間が、ほんわかふわふわした、暖かな靄のようなものに包まれている。実は、これ、"魔力"を視覚的に表現した、"魔法空間"である。そして、此処こそが、秋子さんが真の力を得ることが出来る場所でもある。
「『み〜んな、まとめて、"了承"ですっ☆』」
 呪文が終わると同時に、秋子さんを中心にして激しい光が"魔法空間"を包み込む。
 変身は、その中で行われた。
 秋子さんが来ていた服は、光の中で一瞬にして消し飛び、代わりに"魔力"を凝縮した布地がその肢体を包み込む。足には、同じように"魔力"が凝縮してブーツが、手には肘くらいまでの手袋が装着される。そして、最後に、額に魔力の源である、ルビーのような紅い石が嵌め込まれたサークレットが現れる。
 光が徐々に弱まって行き、役目を終えた"魔法空間"が消失する。
「やった! 成功だ!!」
 黒猫祐一の歓声に、ゆっくりと瞼を開ける秋子さん。そして、ちらりと自分の姿を見て、
「!? いやあああああああん!!」
 悲鳴を上げた。
 まあ、無理も無い。今の秋子さんの姿を大まかに描写すると、全体的にはゆったりとした、しかし、妙に足の露出度の高いパステルカラーの服に身を包み、同じくパステルカラーのブーツと肘までの長手袋を装着している。そんな姿である。
 言ってしまえば、コスプレである。
「…こんな姿って、ありません!!」
 顔を真赤に染め上げながら、黒猫祐一に詰め寄る秋子さん。
「まあまあ、秋子さん。落ち着いて…」
「落ち着けませんっ!! 大体、この服装は…一体、誰の趣味なんですか!?」
「そ、それは、魔導長様が『"魔女っ子"なんだから、それ相応の姿がいいだろう』とおっしゃいまして…」
「だからって、こんな…」

ピーッピーッピーッ!

「…? 何ですか、この音?」
 秋子さんの、激昂を遮る電子音のように甲高いアラーム音。
「!? これは!? 秋子さん!! "魔力レーダー"です!!」
「…"魔力レーダー"…ですか?」
 と、言葉を紡いだ途端、秋子さんの目の前に、半透明のTV画面のようなものが現れる。

まじかる・秋子さん77の秘密能力
その1
『魔力レーダー』
 強い"魔力"に反応して、その場所を光点で示してくれる便利なレーダー。バード・アイ機能搭載だから、クウォータービューで目的地を表示。さらに世界七ヶ国語対応でとっても便利だが、地下に弱いのが玉にキズ。

「…と、言うわけです」
 黒猫祐一が差し出した、『取説』と書かれた小冊子に目を通して、思わず脱力する秋子さん。因みに、小冊子の表紙には『Rx−どーたらこーたら』とか書かれているが、細かいことは気にしてはいけないらしい。
「…本当に、"魔法"なんですか?」
 その疑問は、祐一の暖かい目で、黙殺された。
「まあ、それはそうと、早速、現場に向かいましょうか?」
「…はい?」
 きょとんとする秋子さん。
「…いえ、ですからレーダーが反応していると言うことは、近くに魔法を使える何者かがいるということですから、此処は一つ、『まじかる・秋子さん』の初仕事と言うことで…」
「…はい?」
「…魔法と言う強大な力の前に、無力な人々は為す術もなく倒れてゆく…薄れ行く意識の中で、人々はこう望むんです。"嗚呼、誰か私達を助けてくれ"って…可哀相ですねぇ…」
「うっ!」
 黒猫祐一は、明後日の方向を見つめながら、用意されていたかのような台詞を棒読みする。
「幼い子供は、"助けてー、ままー…ぱぱー…痛いよぉ…"って、嘆きながら、短い人生に幕を下ろすんですか? …哀れですよねぇ…」
「ううっ!?」
 感情移入されてない分、黒猫祐一の一言一言が秋子さんの良心をちくちくと刺激する。黒猫祐一、鬼である。
「嗚呼、無力な彼等を救える力を持った人は、いないんですかねぇ…」
「…う、うううっ…祐一さんの…祐一さんの、意地悪ううううううううううううううううううううううううっっ!!」
 涙に咽ぶ秋子さんの絶叫が、春の青空に木霊した。



 さて、所変わって、近所の公園。結構モダンな造りで、天使の像を据えた噴水なんかがあって、雰囲気のある場所ではある。
「ハッハッハッハ! 喰らえぇ! この"恐怖の鯖"を喰らえぇ!!」
 ところが、今日に限って、この、ろまんちっくな公園が、少々、恐怖のるつぼに陥っていたりする。
「キャアアアアア!! 生臭あああああああい!!」
「ヒイイイイイイッ! 魚嫌いいいいいいいいい!!!」
 天使の像をあつらえたお洒落な噴水。タイル張りのモダンちっくな地面。そして、春の柔らかな日の輝く青空に飛び交う…












鯖。












 見ると、40絡みの中々渋めの男性が、水泳用のゴーグルをはめながら、安っぽい魚の着ぐるみを着込みつつ、一心不乱に鯖を投げている。
「ハーーーーッハッハッハッハ!! 青魚だ! 青魚を食しませえええええっ!!」
 道行く人に、狂ったように鯖を投げつける、鯖着ぐるみの人。
「青いぞおおおお! 青い魚だぞおおおおおおおお!!」
「いやああああああああ!! 生っぽいいいいいい!!」
 狂気である。
 そうして、昼下がりの公園が、限定的な恐怖のるつぼに陥ろうとしていたその時。
「待ちなさい!!」
 何処からともなく響く謎の声!
「ぬうう! 何者っ!?」
 鯖着ぐるみの人が、思わず振り向いたその先には…
「とても美味しいお魚さんで、人々を苦しめるなんて許せません!! 国家に代わって忠殺ですっ!!」
 等と、何とも物騒なことを言いながら、びしっとポーズを取っている一人の女性。その肩には、黒猫が乗っていたりする。
「まじかる・秋子さん! 見参です!!」
 決めのポーズまでしっかりとって、声も高らかに名乗りを上げる秋子さん…なんだかんだ言って、結構ノリノリである。
「ぬうう! おのれええええええ!! 貴様が最近、『巷で有名』な"まじかる・秋子さん"か!?」
 三下、丸出しの台詞を吐く鯖着ぐるみの人。
 しかし、秋子さんは別の事が気になっていた。
「…巷で有名?」
 "魔女っ子"は今日が初仕事のはずである。どう言う事であろうか、と、肩にちょこんと乗った黒猫祐一に目を向ける。すると、秋子さんの視線に気付いた、黒猫祐一は、
「…ん? ああ、これも地道なプロモ活動の成果って奴ですよ」
 事も無げに言ってのけた。
「…何て事するんですかああああああああっっっ!?」
 思わず、声を荒げる秋子さん。その隙を見逃す鯖着ぐるみの人ではない。
「ちゃ〜んす!! てえええええええいっ!!」
 裂帛の気合と共に撃ち出される大型の鯖。しかもよく見ると、空中で、びちびちともんどりうっていたりする。
「!? きゃっ!!」
 身体を捻って、間一髪で鯖を避ける秋子さん。
「ぬうう!? 我が"魂の鯖"を避けるとは!! 中々やるではないか!?」
 少しだけ哀しげに、身を捩って見せる、鯖着ぐるみの人。男の哀愁ってやつだ。
 対する秋子さんは、
「な、なんなんですか!? あの変態さんは!!」
 引いている。

魔物No.1298
鯖田尚道さん(42)
 最近の漁業のオートマチック化と、近海漁業の減少を嘆く哀愁の人。味噌煮は認めるそうだ。

「…だ、そうです」
 秋子さんの、肩の上で『マジックキングダム厳選! 大魔物辞典(改正版)』を朗々と読み上げる黒猫祐一。あくまでも冷静な奴である。それに対して、秋子さんは…
「…………」
 力の限り、脱力していた。
「だが、しかああああああああし!!」
 二人の会話に割り込むように不意に声を荒げる、鯖田尚道さん。その手には、無数の鯖が握られている。
「私の奥の手を、くらあああああああええええええええええええっっっ!!!」
 限界まで身体を反らせてから、体全体のばねを使って投げられた鯖は、尚道さんの手を離れた瞬間、"魔力"を纏って光弾と化すと、洒落にならない速さで秋子さんに向かって突っ込んだ。
「行けええええええっっ!!! ふぁん〇るううううううううううううううううっっっ!!!」
 随分と不穏当な発言をしてくれる、尚道さん。
「!? きゃああああああああああああっ!!」
 脱力していた為、反応が思いっきり遅れてしまった秋子さん。ピンチである。最も、当った所で鯖なのだが、それでも嫌なものは嫌だ。
「秋子さんっ!!」
 あわや秋子さんの柔肌に鯖弾が直撃するかと思ったその瞬間。
 叫び声と共に、秋子さんの肩にあった黒猫祐一の感触が消える。
 代わりに、秋子さんの身体が、何か暖かいものによって包み込まれる。
 鯖弾は、その何かによって防がれ、秋子さんは直撃を避けることが出来た。
 しかし、何が鯖弾から秋子さんを守ってくれたのだろうか。
 思わず、閉じてしまった瞼をゆっくりと開く秋子さん。
「…?」
 瞼を開けて、先ず目に飛び込んできたものは、黒。
 軽く周囲を見渡すと、自分が誰かに抱き締められていることがわかった。
 黒は、その人物の服の布地の色だ。
「…誰…ですか?」
 自分を守ってくれた人物をじっくりと観察する。
 黒い上下に、踵までありそうなロングコート――これで、秋子さんを包み込み、鯖弾を防いだらしい――に身を包んだ、少しラフっぽい感じのする、しかし優しい目をした青年。
「…貴方は…?」
 秋子さんは、その青年に見覚えがあった。いや、見覚えがあった等と言うものではない。あの時の、マジックキングダムにいた時に、いつも見上げていたそのままの姿だ。
「…祐一さん?」
 その名を呼ぶと、黒衣の青年…祐一は優しげに微笑んだ。そう、この姿こそが、黒猫祐一の本当の姿なのだ。
「大丈夫ですか?」
「…は、はい」
 掛けられた声に、妙にどきまぎしながら、こくこくと頷く秋子さん。
「…良かった…さあ、秋子さん。俺は何時までもこの姿を維持することはできません…だから、今のうちに…」
「…分かりました…」
 何だか、二人だけの世界を作り上げている。因みにその時、尚道さんは、
「鯖が!! もう、手持ちの鯖が無いいいいいいいいいいい!!」
 どうやら、ピンチらしい。
「祐一さん…もう大丈夫です…」
 しっかりとした足取りで、しかし、名残惜しげに祐一から離れると、魔法のステッキを両の手で力強く握る秋子さん。その瞳には、先ほどまでとは違い、しっかりとした意思が宿っている。
「覚悟なさい、鯖田尚道さん!!」
 両の手で、握ったステッキを頭上に翳す。ステッキの先につけられたジャム瓶に、大いなる"魔力"の奔流が生まれる。
「『天に輝く"魔"の守護星! この地に来たりて、角笛を吹け!』」
 ステッキに蓄積された"魔力"が、暗雲を呼び、周囲が闇に包まれる。
「『力よ! 全てを薙ぎ払う光となれ!!』」
 稲光が暗雲を切り裂く…本当に、これが"魔女っ子"の使う魔法なのだろうか。
「『謎ぢゃむ・パニッシャー!!』」
 刹那。ステッキの先から打ち出された光が、一直線に尚道さんに向かう。
「赤身の…赤身の馬鹿ああああああああああああっっ!!」
 尚道さんは為す術無く、哀れ光の中へと霧消した。
 後には、"魔力"の欠片が、光の粒子となって、辺りに舞うのみだ。
「…秋子さん」
 未だ人間の姿でいる祐一が、秋子さんに呼びかける。
「…祐一さん…」
 祐一の呼びかけに、秋子さんは面々の笑みを持って応えるのだった。




 その日の夕方。
「…それにしても、びっくりしました…」
 夕食の用意をしながら、くすりと微笑む秋子さん。
「…何が、ですか?」
 ソファに腰掛けて、両前脚で器用にカップを挟みながらココアを啜りつつ、TVのニュースを見ている黒猫祐一。
 因みに、今の彼は、最初に秋子さんの目の前に現れた、猫の姿のままである。彼の言葉通り、長い間、人間の姿でいることは出来ないらしい。
「…だって、祐一さん、あの時のままなんですから…」
 人間のときの祐一の姿を思い浮かべながら、頬を微かに染める秋子さん。何だか、"夢見る乙女"って感じである。
 あの時…そう、人間の時の祐一の姿は、王宮で初めて出会い、ずっと見上げ続けてきたあの時のままだった。
「…時の流れも、歳の取り方も違いますからね…向こうは…」
 妙に感慨深げに呟く黒猫祐一。
「…それより、驚いたのは、こっちですよ…ずっと、俺の服の裾を掴んで放さなかった貴女が…今じゃ、俺より年上の、大人の女性になってしまったんだから…」
 ふと、訪れる沈黙。
「…私…」
 何か、言葉を紡ごうとする秋子さん。
 しかし…
「わ〜〜〜〜〜!? 黒猫さんだよ〜〜〜〜!!」
「ふにゃあっ!?」
 急に後ろから抱きすくめられる、黒猫祐一。
 見ると、秋子さんに非常に似た雰囲気をもつ女の子が、目をうるうるさせながら、彼の身体を抱き締めている。
「名雪!? 何時の間に帰ってたの!?」
 娘の突然の出現に、思わず驚愕の声を上げる秋子さん。
「ねこ〜ねこ〜♪」
 しかし、名雪は秋子さんの言葉などまるで耳に入っていない様子で、黒猫祐一を抱き上げたまま、ぶんぶんと振り回したり、盛大に頬擦りをしたりとやりたい放題だ。
「ふにゃああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 さっきのシリアスな雰囲気など何処吹く風。
 黒猫祐一は、名雪に自分の正体がばれないように、猫に徹することで手一杯であった。
「ねこ〜ねこ〜ねこさんだよ〜可愛いよ〜♪」
 黒猫祐一を胸に抱き締めたまま、くるくると回り出す名雪。

…そう言えば、この名雪って子、無類の猫好きだったっけ…

 目まぐるしく回る風景を眺めながら、黒猫祐一は、自分のが決定的な間違いを犯したことを、痛感していた。



〜一応終わる〜






『後に書くもの』
…どうも、蟹葉です。
何も言いません。一寸、遊んでみました。それだけです。
因みに元ネタは、このHPのギャラリーにあったはず…
今回の目玉は、なんと言っても、黒猫祐一と、鯖田尚道さんでしょう!(断言)
ぢつは、小生。こういう壊れSSが好きだったりするんですね〜(爆)。
このお話は、シリーズ化の予定は今の所、無しです。

…あと、"黒猫祐一を肩に乗せた、まじかる・秋子さん"の絵を描いて下さる方、そう言う聖人君子のような方、募集してます(笑)。
個人的に、見てみたいような気がするんで…(←駄目人間)
あ、鯖田さんも、募集してますよ(爆)♪

でわ、この辺で…

2000/11/27 此処は誰? 私は何処? 的な蟹葉りずむ



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