頭上注意
その日、俺は知り合いの妹から相談を受けて居た。
「だからねー。アネキの奴が、変なのにはまっちゃったんだよね」
行き付けの寂れた、目一杯寂れた、おんぼろ喫茶店のボックス席で、彼女は開口一番、そんな事を言いやがる。
何だよ、変なのって。宗教か? そんなものを相談されても、困るぞ俺は。
「いやいや、宗教とかそー言うのじゃなくてさ……何て言うの?」
なんて言うの? って、俺が聞きたいわい。
しかし、彼女はそこで一旦、言葉を切って、テーブルの上のカップを取る。ふーふーと、良く吹いて冷ますと、ちびりちびりと啜る、どうやら猫舌の気がある、知り合いの妹。
ちなみに、彼女の飲むコーヒーには、ミルクが、どっさり入ってる。素直にカフェオレでも頼んでおけよ、と思うのだが、そもそも、この喫茶店にそんなこじゃれたものは無いことを思い出して、どうにもやるせない気分。
彼女は、その、カフェオレだかコーヒーだか、最早、分からなくなってきた液体を、冷まし冷まししつつ、こくこくと一、二口飲み干して、改めて俺の方を向き直ると、それでもやはり話辛いようで、言葉を慎重に選びながら、探り探りと言った感じで話を始めた。
「何て言うのかな。ほら、あたしも良くわかんないんだけどね、時々、小さい女の子が来るんだよね。でも、小さいって言っても、7歳とか、8歳とか、そう言うレベルじゃなくて、もっと小さいの――うん、これくらい小さいのがさ。何て言うか、いつのまにか、沸いてる事があるんだよ。うん、沸いて出る。まさに、そんな感じ」
彼女が大きさの比較に使ったのものは、テーブルの隅に置かれた、大きめの胡椒瓶だった。その大きさ、大体、15cm前後。
「こう言うのがさ、一匹……匹で良いのかな? 兎に角、単体で現れる事もあれば、群で現れる事もあってさ。好き勝手やって、いつのまにか消えてるんだよね」
やれやれと、溜息をついて、コーヒーを一口、しかし、冷ますの忘れたのか、熱ッ、と一言。なかなかに愉快な奴ではある、まったくもって。
しかし、変なのって――危ない薬物とかやってるんじゃねーだろうな。この姉妹。
「いやいや。あたしら、ヤバイ薬とかやってないよ。それは本当。天地神明と、そこら辺の適当に見繕った神様に誓って。兎に角さ、困ってるのよ。あたし等……って言うか、むしろあたし。アネキはすっかり順応しちゃってさ。一緒に楽しく、遊んじゃったりしてるんだよね。そこら辺の順応性は流石って言うか……あたし? あたしはダメ。ああ言うノリって言うか、むしろ、普通に受け入れられる方が、おかしいと思わない?」
なるほど、なるほど。大体、分かったような、分からなかったような。兎にも角にも、この妹は、そう言う得体の知れない何かに付きまとわれてて、むしろ、その状況に慣れてしまった、姉の方に気苦労が絶えないわけだ。確かに、あいつはそう言う状況でも楽しむような奴だしなぁ……
「いきなり、こんな話してさ。信じられないとは思うんだけど、実際、居るんだよね、こう――」
赤と紫の着物を着た、おかっぱと、長い髪の小さな二人の女の子――ってか?
「え、何で知ってるの!? アネキから聞いた!? それとも、アンタも知ってるの、アレ!?」
知ってると言えば、知っている。知っているわけだが、それよりもむしろ――
「っつーか、お前。頭の上、頭の上」
「え。嘘ッ!?」
―了―