ブラック林檎さん

『黎明編』





ブラック林檎さん登場

 蜜柑さんがいつものようにお散歩していると、道の向こうに後姿の林檎さんを見つけました。
 ご挨拶をして一緒にお散歩しよう。
 蜜柑さんは小走りで、林檎さんの元に向かいます。
 てくてくと走りながら、林檎さん。と声をかけると、林檎さんはくるりと振り向いて不適な笑みを浮かべました。
 なんだかいつもと違う林檎さん。そう言えば着物もなんだか真っ黒で、良く見ると「あくぎゃくひどう」なんて書いてあります。
 とりあえず蜜柑さんは、深々と頭を下げてご挨拶しました。こんにちは。
 すると林檎さんはにっこりと笑って――
 ごつん。
 チョップ一閃。林檎さんの手刀が蜜柑さんのおかっぱ頭に振り下ろされます。
 ごつん。ごつん。ごつん。
 何が起ったのか分からないと言った風の、蜜柑さんに向けて容赦なく振り下ろされる手刀の嵐。
 やがて満足したのか、黒い着物の林檎さんは、納得するように二、三度頷くと、小走りに走り去って行ってしまいました。
 後には蜜柑さんだけがぽかんと取り残されています。
 そんな彼女の肩を誰かが、ぽむ。と叩きました。振り返るとそこには、いつも通りの赤い着物姿でにこにこ笑う林檎さん。
 こんにちは、蜜柑さん。いっしょにお散歩しませんか?
 蜜柑さんはにっこりと、微笑み返すと――
 ぐいんぐいん。
 林檎さんのほっぺたを力いっぱいひっぱりました。




ブラック林檎さん強襲

 ぷっくりと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった林檎さん。
 でも、蜜柑さんが心をこめて何度も何度も、謝ったおかげで何とか許してもらいました。一安心です。
 そしてどうやら話を総合してみると、あれはなんと林檎さんの偽者だったようです。
 ああ、なんと恐ろしい事でしょう。林檎さんの偽者が現われるなんて。このままでは……
 どうなってしまうのでしょう?
 林檎さんの偽者が居て、だからどうだと言うのでしょう?
 林檎さんも蜜柑さんも、思わず首を傾げてしまいます。
 そんな二人を嘲笑うかのように、どこからともなく高笑いが響き渡ります。
 何かに気付いた蜜柑さんが、遥か上を指差します。つられて林檎さんも顔を上に。
 するとそこには、先ほど蜜柑さんの頭に縦横無尽にチョップの雨を降らせた黒い着者姿の林檎さん。黒い布地に白抜きの「あくぎゃくひどう」がとても決まっています。
 ブラック林檎さん(仮)は、とても格好良い仕草で手を水平に振り払うと、おもむろに宙に身を躍らせました。
 着物の裾をばさりばさりとはためかせながら、まるで獲物を狙う猛禽類のように地上に向けて飛び立ち。
 べちゃり。
 それはそれは大きな音を立てて、地面に壮絶に叩きつけられました。どうやら、タイミングを間違ったようです。
 後には何をして良いのか分からずに呆然と立ち尽くす、蜜柑さんと林檎さんが取り残されました。




ブラック林檎さん激震

 蜜柑さんがおうちから持ってきた救急箱の中をがさがさと漁りながら、林檎さんはあれでもないこれでもないと思考錯誤しています。
 そんな林檎さんを、怒った様に睨みつけるブラック林檎さんの目には、薄っすらと涙が浮かんでいます。
 蜜柑さんはだらだらと鼻血が垂れるブラック林檎さんの鼻に、ティッシュを丸めて押しこむと、彼女の頭をぽむぽむと撫でてあげました。
 駄目ですよ、あんな所から飛び降りては?
 人差し指を突き出して、めっ、とブラック林檎さんを嗜める蜜柑さん。ブラック林檎さんは、しゅん、と肩を落してしましました。
 でも、大した怪我もなくて良かったですね。
 と、これはブラック林檎さんにぺたぺたと絆創膏を貼る、林檎さん。こうして見ると二人はとても仲の良い姉妹のようです。
 ブラック林檎さんはぱっと顔を上げると、林檎さんはにっこりと微笑みます。つられてブラック林檎さんもにっこり。もう、涙は流していません。
 さあ、これで大丈夫。
 めぼしい傷全てに絆創膏を貼り終えて、林檎さんが、うん、と頷きます。
 ブラック林檎さんは慌てて立ちあがると、ぺこりとお辞儀。
 どうも、ありがとう。
 すると、蜜柑さんも林檎さんも、大きな怪我じゃ無かったね、と自分の事の様に喜びました。
 ブラック林檎さんも思わずにっこり……
 と、そこでブラック林檎さんの笑顔が一瞬にして凍りつきます。
 きょとんとする、林檎さんと蜜柑さんを尻目に、険しい表情で二人から距離をとるブラック林檎さん。
 着物の裾をはためかせるその様は、まるで香港のアクションスターを彷彿とさせます。
 充分に距離をとったブラック林檎さんは、おもむろに拳を胸の辺りまで引き上げました。
 そうです。例え一時の馴れ合いがあったとしても、ブラック林檎さんと林檎さんは生涯のライバル。拳を交える事でしかお互いの存在を確認できないのです。
 何故そうなのかはわかりませんが、きっとそうなのです。
 こうして、哀しくも激しい戦いの火蓋は切っておとされたのでした。

―続く―