心地よく窓から吹き込むそよ風。
木漏れ日の中で優しくさえずる小鳥達。
幻想的な風景に、「加藤恭一」は一瞬我を忘れる。
そうだ…ここは自分の家…だった。
…『家・だ・っ・た』…こんなにも過去形がしっくりと当てはまるとは。
自嘲の思いがよぎる。
物理的な面積がどんなに広くたって、自分の居場所はやはりないのだ。
前の家の方がどんなに良かったことか。
自分を慰めてくれた街の喧噪が何百年も前の事のように、ただ懐かしい。
そして、近所に住んでいた…
…いや。俺は今さら何を求めているのだろうか。
祖母の家から「父さん」と「母さん」に引き取られていったあの日、俺は。俺は…俺はっ!
取り戻したい…………………時間(とき)の流れ。
取り戻さなければならない…時間(とき)の流れ。
取り戻せると信じていた……時間(とき)の流れ。
取り戻せない…………………時間(とき)の流れ。
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「はるのこもれびさらさらと。」
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…俺の両親は一応、大会社の社長と副社長だ。
年がら年中世界を飛び回っているので、めったに声すら聞けない息子には、
『申し訳なく』思うがそれでも『何不自由はさせてない』つもりらしい。
今日だって新しいお手伝いさんがやってくるらしい。何度追い出しても、両親はまた新しく雇い入れる。
お手伝いさんなんていなくたってやって行けない自分でもないだろう、と、
恭一はやってきたお手伝いさんのことごとくを鄭重に、しかしどこか冷酷に追い出す。
それが恭一なりの親への「怒り」の表現なのかもしれなかった。
「幼なじみの翔子…元気にしてるかな…」
しかしどんなに陰湿な考えを巡らそうが、気付けば今もだだっ広い部屋の中でふと独語する自分がいた。
ぎぃぃぃぃ……
そのとき、恭一の部屋のドアが静かに開く。
そこには紺色の制服に身を包んだ一人の少女がうやうやしくかしずいていた。
「あの、今日からこの家のメイドとして働くことになりました…」
恭一はその女の子に一瞥をくれて…
がたんっ!
…既視感と共にその事実を理解した時、彼は思わず椅子から立ち上がって叫んでいた。
「しょっ…翔子っ!?」
「……恭一…くん!?」
…これが全ての始まりだった。
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