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 『CのKanon』 #4

.カルマ編 〜ナイトメア〜

 by ななほし

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 底なしの…どこまでも…
 どこまでも…落ちていく…
 沈んでいく…どこまでも…
 無限に続く…底は見えない…

 ゆらゆらと、ゆらゆらと…
 まるで沈んでいくコインのように…


 ふいにそんな感覚が止まる……

 ……気のせいだったのだろうか。



(暗い…)

『暗いのは明かりを求めていないからだと思うがね』

(……!)

『そう驚くことはないと思うが?』

(うるさい……)

『実に人間らしい感情だな』

(どうでも良い、もう聞きたくない)

『きみも我が主と同じに、何も考えず、何も知らずに過ごすのかね?』

(何を言っている)

『我が主、全てを知り得、全てを操りうる、だが実際にはただ在るだけ』

(何を言っているんだ)

『なんのためにここに来たのか、それくらいの疑問は持たないものかな?』

(どうでもいい、何も知りたくないんだ)

『そうかね、私がきみの世界を壊した存在だと言っても?』

(……!)

『面白いね、人とは』

(………)

『まるで、そう君の言うコインのように』

(………)

『表になり、裏になり、沈んでいく』

(………)

『光、闇、未来があり、過去を見る、希望を求め、絶望し、生きて、死ぬ』

(………)

『コインのように、表になり、裏になり、ゆらゆらと落ちていく』

(………)

『裏と表だよ、確実に落ちていく』

(………)

『そして何かにたどり着き、死ぬ』

(……!)

『そうとも、それでいい』

(ここは……どこだ)

『書庫、と呼ばれているね』

(書庫……?)

『世界のだ』

(世界?)

『違うね、世界だよ』

(世界は世界だろ)

『きみのまわりだけが世界かね?』

(………)

『まぁそんなことはどうでもいいことだ、ここがどこであろうと関係ない』

(そうだ、どうでもいいって言ってるだろう)

『そろそろ目を開けてくれないと面白くないんだが?』

(かっ……知るかよ)

『私が誰に見える?』

(エフ!)

『違うね』

(なんでここに……)

『私は、きみの言うエフとは違うとも』

(何言ってるんだ、じゃあそっくりさんだとでも言う気かよ?)

「きみが知っている一番私に近い姿が見えているだけだ』

(何を言ってる)

『もう知っているだろう、聞いたのだから』

(………)

『それにどのみちここでは姿に意味など無い』

(じゃあ誰だと言うんだ!)

『さて、私の用件だが』

(おまえは誰だ)

『きみにはちょっと面白い趣向だよ』

(誰…だ…)


 音もなく……


(まぶ…しい…)


 巨石に囲まれたただひたすらに広い空間を


 身体をねじ曲げられるような


 強い力が生み出す


 白い闇。


『コインの表と裏だよ…』


 全てを


 飲みこんでいく……





………
……






(…ここは?)


 白、一面の白い壁、天井、床……そしてベッド……
 独特のにおい、病院……病室だ。
 ぼんやりとした感覚で周囲を把握する。

 ベッドに誰かが居る……あまりに痛々しい姿。何本かの管がのびて……

 ピ…ピ…と無機質な機械の音が部屋を支配していた。

 それは少女だった、小さな…小さな女の子。
 何本ものチューブにがんじがらめにされた少女。



(俺が…)



 コンコンと病室の白いドアが鳴る、返事を待たずに男が入ってくる。
 一気に意識がはっきりと


「こんにちは、祐一君」

「………」

 俺は男の顔をちらっと見ると頭を軽く下げる。
 いつもの…日常の一部。

「様子は…」

「いつもと…変わりありません」


(そうだ…ここは…)

 流れ込んでくる記憶。


「そうか…」

「ええ…」


 もう何年になるのだろう、そんな月日を感じさせる数少ない言葉で成り立つ会話。

(もう俺はここにこうして…毎日を…何年になるんだっけ…あの日から…)

 それだけを交わすともう会話は無い、あとは二人ともパイプ椅子に座って……ただひたすらベッドの上の痩せ細った少女を見続けるだけ。


 カチコチとテーブルの上の置き時計が音を立てる。十分……二十分……


 唐突にドアが開き白衣を着た何人かの男と女が入ってくる。

 白衣の一団。が一礼すると祐一達は壁際に追い立てられるように場所を移す。


 俺と男は言葉を交わすでもなく、ただじっと見つめるだけ。


 カルテを持ち出しなにやらチェックすると数分で去っていく、これもまた長い日常の中では珍しくもない出来事。


 代わり映えのしない日常、変化のない地獄。
 …十分…二十分…三十分…時計の針が時を刻みつづける。


「…祐一君、疲れてないか?」

「いえ…」

(珍しい…そんなことを聞いてくるなんて…)

 許されるはずはなかった、疲れることなど到底許されはしない。

 なぜ?

(…なぜ、俺を責めてくれないんだ…)

 なぜそんなにも他人を受け入れられるのかわからなかった……

(俺は、駄目だ)

 もうすべてが白く染まっている。
 記憶すら、あの赤い記憶すら……白く……

「それじゃあ、すまないが先に帰らせてもらうかな…」

「はい…どうもすみませんでした…」

「……祐一君のせいじゃないんだ、ありがとう……」


 そう言って男は出ていく、繰り返される会話。
 俺が知っている男の記憶は……ひたすら優しかった。
 俺を責めるでも無く。
 怒るでも無く泣きわめくでも無く……
 少女の手を握り、優しく……ただひたすらに優しく一言だけ……
 「あゆ」……あの日、そう言っただけだった。
 あの日の俺には意味が分からなかった。

 なぜ?

 心が壊されるほど痛み続ける、どこまでも執拗に追いかけて……
 いや、逃げられない痛み。その場で痛みを味わい続けるしかない。
 それが……俺の唯一出来ること、ここが俺の居場所。なのだから……
 俺が……あの時救えなかった俺が悪いのだから……


(いつも通りだ、もうため息すら出ないな……)



 信じていた、今でも信じている……いつか、いつの日か目覚めの日があることを……



 何年も…



 何年も…



(そろそろ…帰る時間だな。)

 ベッドの上の少女の手をそっと、両手で包むように握る…



とくん…とくん…



 確かに生きている……だが生きているだけ……

「また明日、くるからな。じゃあな」

 まるで自分に言い聞かせるように言い…手をそっとベッドの中へ戻して病室を出ていく。

 一日のすべてをここで過ごす少女。
 いつの日か、奇跡を願って……

コツコツコツコツ……

 特有の臭いが充満する中を足音が響く。
 臭い、音。全てが俺をさいなんでいる。

(あの少女は、こうして歩くことすら出来ないんだ)

 ふいに声が耳に入る。

「信じないわよ、信じられるわけ……ないでしょう!」

 誰だろうか
 だが、今の俺には関係ないことだ。
 関係ない、今の俺には他人のことなどどうでもよかった。
 思考がそう告げる、が……何かがおかしい、何かが狂っている。

 何かが……



ころころ…

ころ…



こつん…



 何かが足にあたる……それは赤いビー玉だった。
 転がってきた方に目を向けると……

 いや、向けようとした瞬間に世界が赤く染まり出す。

 赤く染まる視界、赤い闇…

 だが一瞬だけ…

 誰かがいる…





 そこには舞が居た。



 呼んでいるのか…



 世界が赤く染まる瞬間に呼ばれたような気がした…



 一瞬だけ…





………
……






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 激しくわけのわからない展開で申し訳ありません…
 カルマ編になりました、これの意味は縁…です。
 それでは。


次回予告:
 約束を果たすとき、意志とは関係なく、運命が犯される…
 次回CのKanon 〜ダンスオブゴブリン〜、お楽しみに!

(*タイトルは予告無く変更される場合があります。ご了承ください。)




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