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『CのKanon』 導入編 #3 〜ブラックファラオ(下)〜
by ななほし
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「ちょうど来たようですね」
そう言うと秋子さんが玄関まで迎えに行き…あらわれたのはエフだった…時代がかった服装だ。まるで19世紀ごろを題材とした映画から抜け出てきたような…丈の長いケープ付きで濃いめのほとんど黒に近い青色のコートを着ている。
蛍光灯の光を浴びて浮かび上がる姿はまるで夜の海を思い起こさせた。
「こんばんわ、みなさん。エフと申します」
(そう言えば前にあったときは気がつかなかったが、こうしてみると少し肌が少し浅黒い…顔立ちも…アラブとか何かそれ系の血が混じってるのかな)
「あらあら、また時代がかった格好で…」
と、秋子さん。
「え? そうなんですか…これでも気をつけたつもりなんですが」
「インバーネスコートなんて今時とは言えませんよ」
「はぁ…難しいものですね、うーん……」
「外は大丈夫でした?」
「ええ、なんとか」
「紹介はいらないですね?」
「ええ、みなさん存じ上げていますよ」
「今あたたかいもの出しますから…座って待っててください」
「あ、おかまいなく」
そう言うと秋子さんがキッチンに消えていく。
「この間はどうも、祐一君。ペンダントは大切に持っていてくれているようだね、ありがとう。それと名雪さん…大きくなったね。きみは…川澄舞さん…だね?」
いつのまにか秋子さんをのぞく全員がリビングへ移動していた。
「………」
「…おじさん、私とあったことあるの?」
「あぁ…おじさんはひどい…」
「な、なんで舞のことまで知ってるんだ!」
「ふむ…まず名雪さんの質問から答えよう、7年前にあったことがあるよ…私の不注意から起こった事件を修復するためにここに来ていてね、そのときに」
「そして祐一君の質問だが。舞さんのことも知っている…”力”を持っていたからね」
「……!」
舞が”力”と言う言葉を聞いたとたん明らかに動揺している。
「直接あったことはなかったが、その”力”はこの世界においてまるで輝くようなはっきりとした物だったよ…だから、秋子さんも私も知っているんだ」
舞が隣に座っている名雪のパジャマを握りしめるのが見えた。名雪もまた舞を落ち着かせるように…いや自分をも落ち着かせるためか、パジャマを握っている舞の手を上から握る。
「やめ…」
なんとか俺は言葉を出そうとする。
「そして、祐一君も舞さんも覚えてないだろうが…君たちはすでに出会っているよ、7年前に…ね。さらには真琴さんともだ、祐一君…君達はすでに7年前に出会っている」
出そうとするが、いくら身体に力を入れても声が出ない。そんな俺の気持ちを知ってか知らずかくるりと話しが切り替わる。だけど…苦しい。
「…祐一君…思い出せるかい?」
(7年前…何が…名雪のことは…いや…その記憶は…)
「…思い出せるはずがない、よく聞き…」
『ガチャッ』
「少し休憩しましょう」
エフの言葉を遮る形で…秋子さんがテーブルにいくつかのカップが乗ったお盆を音がするくらいの勢いで置き、割ってはいる。
…いつの間にか自分の爪が食い込むくらい拳を握りしめていた、開いてみればじっとりと汗がにじんでいる。少し息が荒いのがわかる。
「休憩しましょう」
もう一度、今度はゆっくりと言う。
まわりを見渡せば舞はこちらから見ても震えているのがわかるくらいに縮こまり、うつむくような形で目を伏せ名雪にすがりついていた。
名雪も…いつもとは違う、暗い表情。
秋子さんは全員分のコーヒーをテーブルの上に置いていく。
舞ははっきりと怯えている…”力”と言う言葉にどんな意味があるのかは知らない。だが舞はその言葉をはっきりとした意味のある言葉に感じているようだ。
(でも…怯えているというのは俺も一緒だな…)
手のひらに残る爪の痕を見ながら…
(俺は…7年前何があったんだ、舞にも…真琴にも?…俺は…)
「…名雪、俺さ………7年前何したんだろう」
名雪の顔は見てない…いや、見れないと言うべきか。
「…無理に思い出すこと無いよ」
(無理をしているのはどっちだ、わざと明るい声なんか出しやがって)
罪悪感だけがつきまとう…なぜ思い出せないのか…
「思い出せないのは……名雪さん、話してあげてくれませんか」
「…嫌です」
…はっきりと、絶対の拒絶…
「そう…ですか…仕方ないかも知れませんね…」
「それじゃあ私のことを話しましょう」
「私は今はこんな姿をしていますが、ちょっと前は身体を持っていなかったのですよ」
「もちろん、そうなる前はちゃんと自分の身体を持っていましたが、神秘を追い求めるうちに身体を奪われてしまったのです。交換させられたと言った方が適切かも知れません」
「そうして、身体を失ってから気付いたときにはどこともわからない場所にいました…少なくともこの地上では考えられないような常識に支配された場所へとね」
「その状態でいったいどれくらいの時が過ぎたのかは、見当もつきません…長い年月のすえ、とある友人が出来たのですよ…」
「以前祐一君には言いましたね…その友人の名はヴォルヴァドス、この世界の中で人類を知っていてさらに友好的な存在」
「幸運でしたよ、いろいろな意味で…」
「しばらく彼から知識を得ながらいかにすればこの地上へ戻れるのか、それだけを考えていました…」
「あれは今から20年前くらいでしたね、秋子さん」
「……ええ、そうですね」
「20年前、私は彼の助けもあって秋子さんとコンタクトを取ることに成功したのですよ…あのときの感動は今でもはっきりと覚えています…」
「…そして、私がなんとか地上に戻れる方法がないかを探していただいて…7年前に戻ってこれたのです。13年かかったと言うことになりますか…どれほど嬉しかったことか…どんなに感謝しても足りませんよ、ありがとうございます。秋子さん」
「…いえ。彼の協力なしでは出来ませんでしたよ」
「そう…ですね、でも感謝する気持ちはこれから先も同じことですから」
「そして、その方法とは…それは厳しい現実の上に成り立っていた…7年前…」
「これから先は…祐一君、あなた方にとってはつらい話しになります、良いですね…」
「………はい」
「名雪さんも、舞さんも…」
名雪と舞が俺の顔見て、こくりとうなずいた…
「7年前、私はついに身体を手に入れ地上に戻ることに成功したのです」
「この地をある目的で訪れていたブラックファラオと呼ばれる者の身体を…奪った。彼が目的を半ばまで達成した瞬間に」
「そして、彼の目的が祐一君、きみと重要な関わりを持っているのです。ひいてはきみと関係する人たちを蝕んだ…いえ、蝕んでいるんですよ…今もなお、ね…」
「あのとき、輝くような力を持っている人たちが居たね…それに引き寄せられるようにして彼はやってきた。」
「そしてどう思ったのかまではわからない。だが、その中心に居たきみに狙いを定めたのだ」
「しかしぎりぎりまで狙われているのはその輝く力を持っている人だと思っていたよ、まさかきみが狙われていると…気がつかなかった。」
「彼の狙いをもっと良く知っていればわかっていたことなのに…私の不注意だ…」
「そう…祐一君が7年前のことを覚えていないのは…その記憶のほとんどを失ったからなのですよ」
「彼の目的、まさに人を、人の心を破壊し尽くすこと…誰彼というわけではなく…美しい心を、効率よく…破壊する」
「輝く力…美しい心…純真で、純粋な心…彼が真に愛するのはそれらが壊れるとき」
「秋子さん、覚えてますよね…あの日」
「…ええ」
「あの日…祐一さんは森へ遊びにいったんです……あゆちゃん…月宮あゆと言う女の子と一緒に…」
「………あゆ…つきみや…あゆ…」
つぶやく…その名前は知っている…
様々な光景が交錯する。
白い世界…金色の世界。
青い空、灰色の空、紅く染まる空。
…そして……赤い…紅い…白と朱に彩られる世界。
どこまでも続く…遠くなり近くなる…
そしてまたどこまでも遠く小さくなり続ける。
思考は警鐘を鳴らし続ける。
限りなく沈んでいく。
何も聞こえない。
何も見えない。
紅く染まる世界を前にして、それだけが広がる世界……
「うああああああああああああああああああっ!!!」
………
……
…
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どうもななほしです、ブラックファラオ(下)をお届けしました。
再び登場のエフさんです、けっこう鬼な役目を押しつけています(^^;
予定通り(笑)祐一くん追いつめてます。秋子さんも一役買ってるし…
それでは、また。
次回予告:
知らない過去、知りたくない未来、意志、翻弄される運命…
次回CのKanon 〜カルマ〜、お楽しみに!
(*タイトルは予告無く変更される場合があります。ご了承ください。)
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