かたかたゆれる。

 

 思い返してみる。

 昨日は確かバイトの後、そのまま数人で飲みに行った。
 終電の関係で店を出たのは10時前。
 しこたま酔っていたのでバイクはバイト先に置いたまま帰路につく。
 最寄の駅に着いたのは既にバスの便がなくなっていたから11時過ぎ。
 まあ、しょうがないので、歩いて帰る事にした。
 ひどく喉が乾いていたので途中でコンビニ似寄って、150mlペットボトルのお茶と切れていた煙草を買い足す。
 で、家に着いたのが12時を少し過ぎた辺り。
 眠い目を擦りながらすっかりバネが馬鹿になったソファの上で、TVのチャンネルをぐりぐり回しつつ、お茶を飲み乾した。
 その後、補充した煙草でも吸おうかと、フィルムに手をかけて――
 そこから先の記憶は無い。そのまま眠ってしまったからだ。

 ともあれ、昨日一日、特にこれと言って特別な何かをしたわけでは無い。
 気になる事といえばTVを点けっぱなしで寝ていたことくらいだ。
 かと言って、それがどうしたと言うわけでも無い筈だ。電気代は少々気になったが。
 だと言うのに。それだと言うのに。
「だからさ。お前等は一体、何だってんだよ?」
 俺が呼びかけると"それ等"は一端手を止めて、きょとんとこちらを見返してきた。
 小さな和服に身を包んだ体長15cmほど。
 髪を結い上げてニコニコしてるのが一匹。そして、おかっぱ頭でやたら無表情なのが一匹の計二匹。
 しばらくこっちを見ていたが、やがて"それ等"は何事も無かったかのように、その"遊び"を再開した。
 雑誌やら、空き缶やらが散らばった丸テーブルの上でぴょこぴょこぴょこぴょこと物陰から出たり入ったりを繰り返す。
 で、時折、髪を結った方がおかっぱの方を指差してころころ笑ったりしている。
 何だこりゃ、アレか? かくれんぼって奴。
 髪を結ってる方が鬼で、おかっぱのが隠れる役。
 なるほど、そう見るとしっくりくる……見ているほうからすれば、もぐら叩きにも見えなくない。
 いっちょ殴ったろか――とも思うのだが、流石にそれは、はばかられた。
 とりあえず放って置けば、そのうちどーにかなるだろう…………ならんかもしれないが。
 ふと、時計に視線を巡らせる。時間は午前10時を過ぎた辺り。
「ああ。畜生」
 自分でも良く分からない悪態をついて、台所へ向かう。
 湿気かけの食パンの上に、冷蔵庫から探り出したスライスチーズ乗せるて口に咥えると、部屋に戻る。
 ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 まだやってるよ、あいつ等……
 まあ、特に害も無いし、放って置いても構わん……よな?
 と、まあ。そう言うわけで、俺はパンを食い終えると、床に散らばった雑誌を一冊、適当に拾ってソファの上に再度横になった。
 ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 …………。
ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 ……うーん。
ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 ……もう十数度は読んだ雑誌だから、流石に飽きたな。
ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 ……でもなー。他にすることも無いしなー。
ぴょこぴょこぴょこぴょこ――
 ……TVでも見るか。今の時間、何やってたっけ?
 と、そこで気がつく。
 ……リモコンどこだ?
 確か、寝る前に床に放り捨てておいたはずなんだが。
 辺りを見回すも、リモコンらしきものは見つからない。
 あった! ……と思ったら、CDコンポのリモコンだった。
 ど〜こだ。どこだ〜と。
 視線を上げてみる。すると、テーブルの上でTVリモコンにちょこんと鎮座したおかっぱの奴。
 無表情にもきょとんとした顔がやたら不思議そうに俺のほうを向いていた
「あー。えーと、リモコン」
 手を伸ばそうとすると、髪を結った奴もとてとて寄ってきて、おかっぱの奴の横に座って、同じような表情で俺を見上げ始めた。
「……うぉい。おのれら……邪魔だ。邪魔」
 と、言っても、聞くような手合いではない。そもそも、言葉が通じているかどうかも分からない。
 それ等は変わらず、きょとんと俺を見上げていた。
「どけって。オイ。邪魔だってばよ」
 言っても聞かない、四個二対の小さな沈黙の瞳。
 なんだか、俺だけが一人で喋ってるみたいだ。
 ……段々、苛立たしくなって来た。
「どけってばよ……コラッ」
 思わず、指先でおかっぱの奴をつん、と突付いてみる。
カタカタカタカタ……
「うわっ!? 何だ、コイツ!?」
 すると、おかっぱの奴はいきなり、カタカタと揺れ始めた。
 首から上をまるで、張子の虎のように、カタカタカタカと揺らしている。
 見ようによっちゃ、何か器用だな、オイ。
 と、そこで、おかっぱの隣で、彼女を眺めて居た髪を結った奴が、何を考えたのかにんまりと笑ったかと思うと、まるで共鳴するようにカタカタと揺れ始めた。
 カタカタ揺れるおかっぱの奴。それに共鳴するようにカタカタ揺れる髪を結った奴。
 こいつら、一体……
「何なんだよ」
 俺は激しい脱力感とともに、肺腑の中の息を吐き出した。
 と、その時。
 ぷるるるるるるる。
 不意に鳴り響く、携帯の着信音。
 確か、携帯は、昨日脱ぎ捨てた……
「上着の中……っと」
 誰に言うでもなく呟きながら携帯を取り出すと、液晶画面を確認……ん、バイト先?
「はい、もしもし……あ。ども。ええ……え、今日ですか? はあ。特に何も無いからOKっすよ? 何時からで……はあ、昼から……分かりました。はい。んじゃ、そう言うことで……」
 電話を切る。ちなみに、通話時間は57秒。まあ、どうでも良い事だが。
 そう言うわけで、暇だった日中はバイトのヘルプで潰れることになりました……っと。
 まあ、元々バイト先にバイク置きっぱなしだから丁度良かったんだけどな。
 と、そこで、思い出したようにテーブルの上に視線を戻す。
「……居ない」
 何も居なかった。ほんのちょっと目を放してた隙に死角に逃げ込まれたか。
 テーブルの上の物を退けてみる。だけど、何も居ない。
 はてさて、アレは何だったんだろうか。
 現実? 白昼夢? どっちにしろ、んな馬鹿な。
「ああ。しまった……時間」
 とりあえず、今のところ、さし当たってバイトまでの時間が大変なわけで。
 俺は、少し慌てながら服を着替えると、慌しく部屋を後にした。

 

―了―



  絵と原案 桜塚さん



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