かいぐいさゆりん


 ううー

 今日は、舞と祐一さんが二人仲良く風邪引いておやすみでした

 佐祐理はちょっとつまらなかったです

 せっかく用意したお弁当ですが、二人が居ないと美味しくありません

 一人で食べてたら、なんだか悲しくなったので、たこさんうぃんなーを食べて、片づけてしまいました

 帰るときだって

「舞ー、帰ろうか」

 なんて何もないお隣に話しかけて、恥ずかしくなっちゃいました

 だから佐祐理は、こうして今、ひとりさみしく下校中です

 ぽてぽて歩いても、ひとり

 はふー、さみしいです

 にぎやかな商店街も、佐祐理の心の隙間を満たしてはくれません

 なんて、ちょっと詩人さんみたいですねー

 くぅ

 ふぇ、何の音でしょうか

 くぅ〜 きゅるるるるる

 はゃっ、佐祐理のおなかの音です

 おひるごはん、きちんと食べてないから、おなかがすいてしまったんでしょうか

 きょろきょろ

 ほっ、誰も聞いてはいなかったようです

 きゅぅ〜

 ふぇぇ、やめてください

 顔がまっかになっちゃいます

 おうちにつくまで、がまんがまんです

 買い食いなんて、できませんし、したこともありません

 くんくん いい匂い

 わわわ、そんな。佐祐理ったら、だめです

 でも、おなかがすいていて

 きゅるるる

 ああん、おなかが言うことをきいてくれません

 いいこだから、おとなしくして、ね、ねっ

 ぎゅるる

 ふぇぇぇん、困りました、ますますおなかが

 ああ、なんだか、周りの人もこっちを見ているような気がします

 じろじろと視線が

 いえっ、佐祐理の気のせいだと思いますが

 でも、でも、あ、ああー、耐えられません〜

 ふぇぇ

 しかたありません、そこの喫茶店でなにか食べましょう

 うう、買い食い、買い食いです、佐祐理は悪い子ですね

 かららん

「いらっしゃいませー」

 落ち着いてて、いい雰囲気のお店ですね

 でも佐祐理は落ち着きません、だって制服姿ですから

 先生に見つかったら、怒られてしまいます

 そわそわ、そわそわ

「何名様ですか?」

「あ、えっと、三、いえ、一人です」

 つい、舞と祐一さんがいるつもりで言ってしまいました

 あぶない、あぶない

 これというのも二人が佐祐理ひとりをのけ者にして風邪を引いたりするからです

 ぷぅー、二人はとっても仲良しさんなんですね

 いいんです、佐祐理は一人で買い食いしてますからっ

 そんなこと考えていたら、だんだんそわそわしなくなりました

「えーと、お席は、あそこしか空いてませんが」

 ふぇ

 見回すと、店内は人でいっぱい

 あ、学校の制服姿の人もけっこういます

 ちょっと安心しましたー

 うーん、それで、四人がけの席しか空いてないんですね

 佐祐理が一人で座ったら、他の人が困るんじゃないかと思います

 でも、誰も居ないのに自発的に待つのも妙な感じですし

 何より店員さんに悪いです、佐祐理はぽふっと座りました

 ええと

 あ、メニューを見るんですね、メニュー

 ぺら

 ううーん

 あんまり、こういうお店に来た経験がないので、目移りしちゃいます

 マロンフラッペ、シュークリーム、クリームソーダ……

 どれもおいしそうですねー

 うーん、うーん

 悩んじゃいます

 数学のテストなら答えは一つですが、喫茶店のメニューには正解がありません

 自然と指が動いて

 ど、れ、に、し、よ、う、か、な

 ぴた。決めました。ええとこれは、「ビックリメニュー! キムチパフェ!」

 ぶるぶるっ、これはだめですっ

 はぇー、どうしましょうか

 かららん

 ふぇ、新しいお客さんのようです

「……あら? 困ったわね、席がいっぱいだわ」

「え〜〜っ、いちごさんで〜〜〜」

「しょうがないでしょ、席が空いてないんだから……しばらく待つ?」

 佐祐理とおなじ制服……二年生のようですねー

 あれ、あの人は、確か祐一さんの

「こんにちはーっ」

 佐祐理は手を振ってご挨拶します

「うん? あ、えーと、倉田さんだ、こんにちは〜」

「え? あら、ほんと」

 お隣にいるのはえっと、たしか、同じく二年生の美坂さんですね

 お二人は友達同士でしたかー

 あ、そうだ

 佐祐理はお二人のところにぽてぽて歩いていきます

「こんにちは、お二人とも。よろしかったら、佐祐理と相席しませんかー」

「え? いいんですか?」

「え、そんな、悪いんじゃないかしら……」

「いいえー、ご遠慮なさらないで下さいー。みんなで食べた方がおいしいですから」

 それに、どのメニューがおすすめなのか、教えていただきたいですし

「そ、それじゃ、お言葉に甘えて」

 遠慮がちなお二人を席までご招待します

「でも、倉田さんがここに来るなんてちょっと意外だねー」

「ちょっと名雪、失礼よ」

「あははー、いいんですよー。佐祐理も、ここに来るのは初めてですからー」

「そうなんですか」

「あ、それから、佐祐理のことは佐祐理って呼んでくださいー」

 倉田さん、なんて言われると、ちょっと緊張しちゃうんです

「分かりました、えと、佐祐理さん」

「はいー」

「あ、呼んでみただけだよ〜」

「そうなんですかー、あははー」

「あ、あはは」

 ? 美坂さんが何だか引きつった笑顔を浮かべてます。どうしたんでしょうかー?

「佐祐理さん、佐祐理さん。佐祐理さんは、何を注文するの?」

 水瀬さんがぺたぺたとテーブルをたたいてたずねます

「うーん。それがですね、実は迷っているんですよー。お二人はどうなさるんですか?」

「わたしはいちごさんで〜〜」

 水瀬さんはとっても嬉しそうですねー。いちごさんでーが大好きなんでしょうかー

「名雪ったらいつもそれなんだから。あたしは……カフェオレですね」

「うー。香里だっていっつもそれ〜〜」

「名雪には負けるわよ」

「うーうー。なにそれ〜〜」

 わ、わ。いつも同じメニュー。これが噂にきく「常連さん」ですねっ。佐祐理、ちょっとどきどきです

 どきどきしたまま、お二人におたずねします

「どれか、おすすめはありますか?」

「そうですね……」

 美坂さんはメニューをパラパラめくりながら、考えてくれます。鋭い眼光がかっこいいですー

 すると、おとなりの水瀬さんが、にぱっと笑って、

「いちごさんで〜〜」

「あんたは黙ってなさいっ」

「え〜」

「うーん。それじゃ、決めましたっ」

「はい?」

「佐祐理もイチゴサンデーにします」

 佐祐理はにこっと笑って断言します。

「え? え? いいんですか?」

「わーい、おそろい、おそろい」

「ええ。決めました」

 水瀬さんがそんなにお好きと言うことは、きっとおいしいのでしょう

 なにより、おそろいはうれしいですしねー

「それじゃ」

 と、美坂さんが店員さんを呼び止めて、注文します

 こ、これで後戻りはできませんっ。どきどきですーっ

 さて

 来るまで、三人でおしゃべりです

 美坂さん、いえ香里さんは、少し緊張していたみたいでしたが、だんだんうち解けてきてくれました。うれしいです

 佐祐理がお二人の雰囲気のじゃまをしたのでは、とっても悲しいですから

 水瀬さん、いえ名雪さんは、とっても柔らかいかんじのお話をなさる方で

 ときどき香里さんにたしなめられていたのがとっても微笑ましいですねー

 まるで佐祐理と舞のようですねー

 ほぇ

 え、えっと、どちらが舞で、どちらが佐祐理でしょうか。うむむー

 そして、三人で、仲良くお話ししていると、

「お待たせしました」

 わーっ、ついに登場です

 とん、と佐祐理の目の前に容器が置かれます

 おいしそうな赤いソースが絡んだアイスクリームの上に、たっぷりのったいちご

 これなら、おなかも大満足ですねー

 え、え、えっと

 こういう場合、どのように食べるのがマナーなのでしょうか

「いちごさんで〜〜」

 ぱくぱくもしゃもしゃ

「ちょっと名雪っ、少しは落ち着きなさいよ」

 はぇー、名雪さんすごい勢いです

 なるほど、ああやって食べるんですねー

「いただきます。――ぱくぱくぱくぱくぱくっ」

「さ、佐祐理さんまでっ、真似しちゃ駄目ですよっ」

 ふぇ

 香里さんは何を慌てて

 っ!!

 きーーーーーんっ、と、あたまが、いたたた

 あ、アイスクリームが、冷たくて、はぅぅー

「いちごさんで〜〜」

 名雪さんは全くひるむようすを見せません

 ふぇぇ、どうやら上級者向けの食べ方だったようですね

 でもっ、佐祐理は負けるわけにはいきませんっ

 きっとコツをつかんで見せますー

 ぱくぱくぱくぱくっ

 ううん 頭が痛いです……

 でもどうして香里さんは、なんだかあきらめたように苦笑いしてるんでしょうかー?

 そして

「ぷー。おなかいっぱい〜」

 なんと、名雪さんは、佐祐理が一つ食べ終わるあいだにさらに二つ注文して食べてしまいました

 すごいですー、尊敬してしまいます

「はぁ。全くよく食べること」

「あははーっ、よく食べるのはいいことですからねー」

「あはは、佐祐理さん、それは違いますよ」

「?」

 よく分かりませんけど、とってもおいしかったですねー

 おなかも満足

 お二人とも仲良くなれて

 佐祐理はすごーく幸せです

「名雪さん、とってもおいしかったです」

「えへへ。佐祐理さんに気に入ってもらえてうれしいよ〜」

「あ。佐祐理さん、ここ、ここ」

 ふぇ? 香里さんはしきりに自分の口元を指さします

「食後のキス……ですか?」

 それはちょっと恥ずかしいですよー

「そーじゃありませんってっ」

 はぇ、違いましたか

「あ、ホントだ。佐祐理さん、クリーム付いてるよ〜」

 ふぇぇっ、そ、それは、恥ずかしいですー

 こしこし

 あぅぅ

「二人ともー、笑わないでくださいよー」

「わ、佐祐理さん、まっかっか」

「いいえそんな、佐祐理さん、かわいいですよ」

「香里さんっ、年上に向かってかわいいはないですよーっ、……えっと、嬉しいですけど」

「えへへへー」

 そんな感じで

 佐祐理は二人と仲良くなれて

 イチゴサンデーはおいしくて

 とっても嬉しくて

 微笑みながらお店を出ました

「ねぇ、佐祐理さん、こんどもまた、一緒にどうかな?」

「え、お二人さえよろしければ、よければ、舞と祐一さんも」

「ええ。もちろんですよ」

「お二人とも、ありがとうございますー」

 ぺこり

「わわっ、お辞儀なんてしないでください」

「はぇ。おかしかったですかー?」

「佐祐理さんったらー」

「あははーっ」

 最後まで、笑顔です

 そしてお二人とさようならです

 別れのごあいさつは、もちろん

「また明日ー」

 大きく手を振って

 お二人の姿が見えなくなるまで、ぶんぶんと

 はぅ……もう見えなくなっちゃいました

 佐祐理は、お二人のお友達になれたでしょうか

 もしそうなら、うれしいですー

 さて、その次の日のことです

「ふふんふ〜ん♪」

「うん? 佐祐理さん、なんだか上機嫌だな」

 お昼時、風邪が治った二人と一緒にお食事です

「そうですかー?」

「ああ、なんだか鼻歌なんか歌っちゃって……なぁ、舞?」

「……」

 ぽか

「いたっ。舞、なにするのーっ」

 とつぜん、舞のちょっぷをくらいました

「……もごもご」

「舞、ちゃんとご飯を食べてから話さなきゃわかんないよー?」

「……ごっくん。……佐祐理、ずるい」

 なんだか舞はほっぺをふくらませてます

「なにがー?」

「佐祐理、私たちが居ないあいだに良いことがあった」

「なんでそれで舞が怒るのっ」

「……うらやましい」

 あははーっ、もう、舞ったら

「お、なんだなんだ。俺も混ぜてくれよ」

 はぇー、祐一さんまで

 まったく、もう

「あははーっ、分かりました」

 今度は三人で、いえ、五人で

 楽しくいちごさんでーを食べましょうねーっ



(おわり)


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