for cousin
・・・寒い。
もう商店街を2時間も歩き回っている。
いい加減体が震えてきた。名雪もやはり同じだ。
だが、名雪が震えている訳はそれだけではないと思う。
その理由とは・・・
「祐一ーーーっ、待ってよーーー」
放課後。今日は名雪の部活がないので、一緒に商店街に寄ることになった。 その道すがら、隣を歩いていた名雪が 「私達、恋人同士に見えるかな」 などと恥ずかしい事を言うから、ダッシュで引き離してきた。 あいつは陸上部だからこっちも本気を出さないと追いつかれる。 つまり全力で走っているわけだ。後ろを振り返ると名雪が追いかけてくる。
「危なっかしいな。誰かにぶつかるんじゃないか・・・って」 考えたそばから名雪は巡回中らしき警官にぶつかっていた。 気の毒なくらい謝っている。
警官は何か言っている。そして向こうへ行った。 あ、名雪がこっちへ来た。
やばいな、怒ってる。
だが俺はうろたえない。 言うことはわかっているから先手を打つことにした。 「イチゴサンデー」 「えっ」名雪は驚いた顔をしている。 「ど、どうしてわかるの!?祐一って超能力者!?」 ・・・・・・。
分からない方がどうかしてるだろう。 そんな訳で、俺はイチゴサンデーをおごることになった。 「いっちごっ、いっちごっ」
これだけで幸せになれるんだから、本当に安上がりな奴だな・・・
「そういえば、あの警官なんて言ってたんだ?」
気になっていたことを聞く。 「うん、『慣れてるから』って」 慣れてる?さっぱり意味が分からない。しょっちゅうぶつかられているのか? そんなことを考えつつ、名雪が食べ終わったのを確認してレジに向かう。 「ほら、いくぞ」 「あ、うん。・・・あれっ?」
鞄を見て、表情が固まる。
一瞬で顔が真っ青になった。 「どうした?」 「ど、どうしようどうしようどうしよう!!」
相当慌てているようだ。 「おい、とりあえず落ち着けっ」
まず名雪を落ち着かせる。 「で、どうしたんだ?」
できるだけ優しく聞く。
唇が小刻みに震えている。 「キーホルダー」
「へ?」
「祐一にもらったキーホルダーがないの」 「キーホルダー・・・あの猫のやつか?」
名雪が頷く。 あの警官とぶつかったときに落としたのだろう。 因みにそれは7年前、名雪にやった物だ。
そんな大層な物ではないのだが、 「わあっ、ありがとう!たいせつにするねっっ」 そう言って凄く嬉しそうだった名雪の顔が脳裏に焼き付いている。 そんな訳で探し始めて2時間になる。 「そんなもんまた買ってやるから」
とはいえない雰囲気だった。 名雪は今にも泣きそうな顔をしていた。 それに、今まで大事にしていてくれたことが恥ずかしいと同時に嬉しかった。 だからこそなんとしても見つけたかった。 で、警官とぶつかった場所を中心に探しているのだが、一向に見つからない。 周りの好奇の目が痛い。
くそっ、見せ物じゃねえぞ。 「あの・・・」
そう言ってその中から一人の女性がでてきた。 21,2歳位の優しそうな人だ。いかにも困った人をほっとけなさそうなタイプだ。 「落とし物・・・ですか?」
彼女はそう言ってきた。 「ええ、まあ」
俺がそう言うと、
「よかったら手伝いましょうか?」
と、そう言ってくれた。
そう言ってくれたのは有難かったが、できれば他人の手は借りたくなかった 俺と名雪だけで捜したい。
だから、 「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
そう言った。
そうすると、彼女は少し残念そうに、 「そうですか・・・」
と言った後、笑顔で
「見つかるといいですね」
そう言って、 一礼して去っていった。
世の中もまだ捨てたもんじゃないかもな。 そう思って振り返ると、そこには名雪がいた。
唇が紫色になっていた。
「祐一・・・後は私だけで捜すから。
私が悪いんだから。」
「お前が悪いんじゃない。
一緒にもう少し探そう、な?」 「ごめんなさい、祐一。ごめん・・な・・・さ・・・・」
後半は声になっていなかった。 俺は、どうすることもできない自分に無性に腹が立った。 あの時、俺が走ったりしなければ・・・。
後悔と自分に対する怒りでいっぱいになる。 そうすれば、警官とぶつかるなんてことは無かったし、キーホルダーも・・・
警官? そうだ。警官だ。 「名雪っ、行くぞ!」
「えっ?」
俺はまだ泣いている名雪を連れて駆け出していた。 「ああ、預かってるよ。」 商店街の一角にある交番。
さっきぶつかった警官がいた。俺達を待っていたような 感じだった。 「この猫のキーホルダーだろ?」
それは、確かに俺が名雪にあげた物だった。 それを見た名雪の顔がぱっと明るくなった。 「良かった、本当に良かった・・・」
そう言って、涙をポロポロこぼしていた。 それを見た彼は、少し笑顔で、 「あんまり彼女を泣かせるなよ」
と、さらっと言った。 とたんに名雪の顔が真っ赤になる。
俺も慌てて、 「な、なにを言ってるんですか!こいつとはただのいとこで・・・」 とか色々言ったが、彼は笑っていた。
何故笑う。 でも、すぐ後、ふっと目を細めた。 俺と名雪はさっぱり状況がつかめずにいると、
彼は、 「ああ、悪い、似てたもんでな」
そう言った。 「似てたって、誰にですか?」
名雪が聞く。 「ああ、それは・・・」
言いかけたとき、
「浩平ーーっ」
そう呼ぶ声が聞こえた。 「おっ、噂をすれば、だな。」 振り返ると、さっき落とし物の手伝いを申し出てくれた女性がいた。 「もう、お弁当忘れたでしょ」 「いや、俺はあえて忘れたんだ。
それから、こういうときはエプロン姿、もしくは メイド服が鉄則だろう」
「はあ、まだ言ってる・・・」
そんなやりとりをしている。 「確かに鉄則だ」
と俺が言うと、彼は、 「そうだろう、同志よ」遠い空を見つめてそう言った。
「はあ・・・」
これは女性二人。
呆れてる。
何故だ。 「本当に似てるみたいだね」
名雪が疲れたように言う。 「そうね」
これはさっきの女性だ。
「浩平そっくり」 「そ、そう言えば自己紹介がまだだったな」
彼が言うが、かなり白々しい。 「俺は折原浩平だ」 「相沢祐一です。で、こっちがけろぴー」
「違うよ」
けろぴーは不満そうに言う。 「だから違う」
「なにいっ、心を読むとは、さてはエスパーだな!」 「水瀬名雪です」
無視された。
浩平さんと女性が二人して笑っている。 「御免なさい、あんまり似てたものだから」
浩平さんと同じ事を言っている。 「紹介が遅れたが、こいつはラビット鈴木だ」
なんか売れないコメディアンみたいだ。 「はあっ、違うよ・・・」
女性が言った。違うのか。残念だ。 「冗談はさておき、こいつは長森瑞佳だ」
「それも違う・・・」
拗ねたような表情だ。 「折原瑞佳です」
ってことは・・・ 「わあ、結婚してるんですか」
名雪が言う。 「いや、違うぞ、実は、養子縁組を・・・」
瑞佳さんが睨んでいる。
ちょっと、いや、だいぶ怖い。 「コホン、まあ・・・結婚、している」
照れ臭そうに言う。 「うらやましいなあ」
そう言って名雪がこっちを見る。
俺は目を逸らした。 「くすっ」
瑞佳さんが笑っている。
「本当、そっくりね」 「確かに、考えてることは同じみたいですね」
名雪が言う。
なんか嫌な言い方だな。 「それもだけど、そうじゃなくて」
そう瑞佳さんが言う。
だけどその先は少しためらってるようだった。 なんか気まずいので、 「浩平さんはどうして警官に?」
俺が聞いた。 「公務員だから」
そうくるか。 「違いますよ」
瑞佳さんがそう言った。
「それは・・・」
言いかけたとき、 「さあ、見回りの時間だ。では、行ってくる」
あからさまだな。 それを見送る瑞佳さんは笑顔だ。
なんだか優しい目をしている。 浩平さんが見えなくなってから、
「あの人は正義感が強いから。
だから警官になったんですよ」 そう嬉しそうに言っていた。 「似ているというのは」
瑞佳さんが口を開く。 「性格もそうだけど、祐一君の・・・目、かな」
「目?」
「そう」 「なんていうのかな・・・」 言葉を捜してるようだった。
「そうそう、名雪ちゃんは私と同じ気がする」 「二人ともとっても辛いことがあったんじゃないかな?」 「「え?」」
俺と名雪が同じに声を上げる。
「・・・どうして分かるんですか?」
俺が尋ねる。
「何となく、かな。私たちもあったから」
少し悲しそうにそう言った。 この二人の間にも俺たちと同じような、もしかしたらそれ以上の辛いことがあったのか・・・。 「祐一君」
「はい」
瑞佳さんは笑顔に戻っていた。 「名雪ちゃんを幸せにしなきゃ駄目ですよ?」
瑞佳さんは最後にそう言った。 隣を見る。
名雪は・・・寝てる。
本人に聞こえないのを確認して俺は答えた。 「はい」 「よし」
瑞佳さんは満足そうだった。 交番をでた後、俺達は何となく公園に来ていた。 そろってベンチに座っている。 「おまえなあ、初対面の人の前で寝ることはないだろ」 「寝てないよー、全部聞いてたもん」
ならいいか・・・って、全部!?
「瑞佳さんとの約束、守ってよね」
そう言って振り返った名雪は、今までで一番幸せそうな笑顔だった。
季節はまだ冬だったが、暖かい爽やかな風が吹いていた。
-fin-