台風
いくら、雨の日の散歩が好きなあたしとはいえ、電車が止まるほどの台風の日に出かけようとは思わない。
あれ、低気圧だっけ。まあ、どっちでもいい。雨風が強いのはかわりないし。
それにしても、10月にこんな台風が来るなんて珍しいね、と思いつつ、あたしは、寒がりの姉貴が早々に引っ張り出してきたこたつの中に身体をすっぽり入れて、寝そべって本読んでる。
ちなみにその姉貴は、あたしのちょうど反対側で、同じように寝そべってテレビを見ている。こたつの中の領域は、綺麗に半分割だ。
ごうごうと風の音がうるさいんだけれど、姉貴の笑い声の方がやかましいので気にならない。
「海、さ」
本の、ちょうど前半部分が終わったところで、あたしは何となく姉貴に話しかけてみた。
「んー?」
「海さ、きっと凄く荒れてんだろうねえ」
「そうだろーねー」
「川もさ、増水して、溢れそうになってんのかねえ」
「そうだろーねー」
姉貴はあきらかな生返事だけれど、それ以上を期待してはいけない。あたしだって独り言同然なのだから、逆に食いついて来られても、かえって煩わしくなる。
自分から話しかけておいてひどい話だとは思うけれど、ま、そんな感じだし。いつも。
だから、そんな気のない返事にもあたしは充分に満足して、本の続きをめくることにしたんだ。
ところが今日は、姉貴がのっそりと起きあがってきて、あたしの顔を不思議そうに見てる。なんだろ。
「続きは?」
「へ?」
「それで、続きは?」
「続きって、終わりだけど」
あたしがそう言うと、姉貴ってばなんだかきょとんとした顔。いつもそう言う顔していれば、多少は愛嬌があるのにね。
そして、驚いた顔のまま、姉貴はこう言った。
「えっ、あんたさ、出かけないの?」
「何でさ」
馬鹿言わないでよ、こんな日に誰が好きこのんで外に出かけるのさ、って言い返してやったら、ますます驚いた顔をする。何考えてるんだろうこの馬鹿。
わけがわかんなくなってきたので、あたしも身を起こして向かい合った。
姉貴も混乱しているようで、しどろもどろになって続ける。
「いや、待ってよ。あんたさ、こういう日に、よく出かけるじゃん」
「出かけないよ」
出かけるのは雨の日。
台風の日は、出かけない。
小学生にだって分かることだよ。
「いや、まー、ねー? そりゃ、そう、だけどさ、あれー?」
あたしの懇切丁寧な説明を聞いても、まだ分かんないらしい。
「んー。なんであたしが、奇行癖を持つ妹にこんな馬鹿にされなきゃなんないのかなー?」
あたしのどこが奇行癖持ちだと言うのか。支離滅裂だ。
勝手に言い出して勝手に決めつけて、勝手にイライラしはじめてる姉貴。変なの。
ばかりか、こともあろうに、この姉貴はこたつの中であたしの足を蹴っ飛ばしてきた。
「もー! いいから散歩行きなよ! 邪魔、邪魔!」
「痛っ」
何すんのさ、とばかりに蹴り返す。
そのまましばし、水面下で冷戦。
こたつの脚が不審な物音を立てたので、休戦協定。
でもまだ国内では紛争の種が渦巻いてる。それは向こうもおんなじ模様だ。
「海とか川とか言ってたしさ。あんたのことだから、着の身着のままでランランランなんて散歩に行くんだろうなって思ったのにさー」
ぐちぐちと五月蠅い。
「行かないってば」
「行きなよ」
「なんでアンタがそんなこと言うのさ」
「雨の日にあんたが家に居るなんて落ち着かない」
「はぁ?」
身勝手だ。あたしはカチンと来て、こう言い返してやった。
「じゃあ、自分が行けば?」
「あーもー分かったよ。じゃ、そーする!」
売り言葉に買い言葉だ。
姉貴は、両手でバンとテーブルを叩くと、立ち上がり、カサを持って外に出て行った。
やれやれ、やっとこれで静かになった、と思ったら。一分もしないうちに。
「ただいまー」
どうしたのさ。
「いや、カサが飛ばされちゃって」
この風だしね。
「それに寒い寒い」
姉貴はしょんぼり肩を丸めてこたつに入ってきた。
あたしは自分の足をどけて、姉貴をどうぞと迎え入れてやったってわけ。
(終わり)