少林檎サッカー



 ぴい、と何処かの台所でお湯が沸いた。
 それをホイッスルにして、少女達が今や懐かしいスーパーボールを蹴る。
 少女達は実に小さく、試験管ほどの大きさしかない。
 その少女達が、部屋いっぱいをフィールドに見立てて、十人、駆けめぐる。
 二つのチームに別れているようで、それぞれ五人ずつ、少女達が居る。
 赤チームは赤い着物。そろって結いあげ。五つ子であろうか。
 紺チームは紺の着物。そろっておかっぱ。五つ子であろうか。
 そして少女達は、皆一様にサッカーが上手だった、と言うわけでもなかった。
 大体、シューズではなく足袋履きに草鞋である。床の上を草鞋で駆けるのもどうかと思うが、さらにそれでサッカーをするなど狂気の沙汰と思える。
 その上ボールがスーパーボールだ。
 蹴ったボールがぽうんぽうんと飛び回り、わきゃわきゃと少女達は追いかける。
 一人の赤い少女は、追いついたら追いついたで、弾むボールの姿にあわあわしたあと、怖がって逃げた。
 大体赤色の少女達はてんでばらばらで、何をしたいのかよく分からない。いやそもそも、何をしているのかすら分かっていないのかも知れない。
 赤色が一人、思わず手で捕まえようとして、紺色の少女にたしなめられていた。
 ようやくボールの弾みが少なくなったところで、紺色の少女が器用に草鞋でボールを押さえつけると、仲間にアイコンタクトを送る。
 さっと散らばる紺色。こちらは、多少統制が取れているようだ。
 少女は足を振りかぶり、思い切り蹴る。
 ざ、と言う音の後に、ひゅうと放物線を描いて、高く高く舞い上がる、草鞋。
 ボールはただころころと、前に転がっただけだった。
 紺色の少女は、ぼんやりと宙を見上げた後、すてすてと歩いてぽてんと落ちた草鞋を履き直した。
 さて転がったスーパーボールに赤色少女が動きを合わせる。
 ドリブルをしようとして、蹴躓いて、ぺちゃんとこけた。
 またもころころとフリーになるボール、そこに紺色が群がる。
 一瞬遅れて、わーと赤色も群がる。
 紺色の目は真剣だが、赤色の目はなんだか、紺色がするからそうしている、みたいな、お祭り気分の雰囲気を醸し出していた。
 どたどたと草鞋が乱れる。何人か、頭をぶつけ合って、尻餅を付いていた。
 ふとした拍子に、ボールが高く舞い上がる。
 あ、と紺色が口を開く中で、遠くでふわあと欠伸をしていた赤色の柔らかそうな頭に、それはぶつかった。
 ぽうんとボールがぶつかって、赤色の頭が揺れる。
 あれ、と赤色は目を見開いた。きょとんとしている。
 ヘディングされたボールは、とんとんと弾んで部屋の壁にぶつかった。
 どうやら壁全部がゴールであったらしく、ボールの行き先を見守っていた赤色は歓声をあげ、紺色は落胆のため息を吐いた。
 わあと赤色達が、ヘディングをした赤色の周りを囲む。
 喜び勇む他の赤色たちに、ストライカーな赤色はなおもきょとんとしていたが、そのうちきゃあきゃあと笑顔を輝かせた。
 周りが楽しそうなので、つられたらしい。
 紺色達は、皆一様に顔を見合わせ、ふんと鼻息を吹くと、がくりと肩を落として、半開きのドアからぽてぽてと出ていった。
 一方赤色達は、きゃうきゃうと、今にもスキップでもし始めそうな喜びようで、まるで学校帰りの女子中学生のように、お互いに笑いかけながら出ていった。
 読みかけの小説から目を離し、彼女たちのサッカーをベッドの上でずうっと見ていた私は、少女達を見送ると、思わず頭を抑えた。



(終わり)
 
 絵と原案 桜塚さん



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