シャイアさん、ご用心! その5
「へーいボス」
いきなりシャイア君にそう呼ばれてびっくりの俺です。
「え? あ、何?」
「どうしましたボス」
ボス。
ボス。
俺、ボス? は? What? 混乱は深まるばかり。
「ボスって何だよ!」
「怒っちゃやですー」
「ボスってな〜あにぃ?」
「それもちょっと」
注文の多い娘さんだ。
で、突然、何さ。
「いえごしゅじんさまーと呼ぶのも飽きまして」
飽きるなよ。
「じゃあ馬鹿らしくなりまして」
そっちの方がいやだなあ!
「親分とか大将とか色んな候補が有ったんですが」
どれも微妙なラインだなおい!
「まあともかく。呼び名変更と相成りましたー。ぱちぱち」
にっこり笑って拍手するシャイアさん。
ははあー。
えっ。何。もう承認済み!?
「ね、ボス」
いや、だから。
「ボス〜?」
あ、その。
「ボ〜ス!」
ううむ。
いいじゃないかボス!
ようし俺は今日からボスだ!
うひひ悪徳の香りがむんむんするぜボス。
おお! 見ればシャの字もなんだかふっふっふと不敵な笑みを浮かべている。
「へーいシャイア君」
「何ですかボス」
「ちょいとこの町に巣くう目障りなゴキブリ共をぱっぱと掃除してきたまえ」
「オーケイ、ボス」
シャイアくんはびっと俺に敬礼をすると、とててーと外に出ていった。
ふははこれで少しはすっきりする。猫を撫でながら葉巻でも銜えたい気分だぜ。
むむ。
いや、え、そーじゃなくてー。えっと。おや。
どこ行ったんだシャイアーーーー!?
*
「ただいまでーすよー」
「ああッシャイア!? 大変だ! シャイアが帰ってこないんだよ!」
「は」
「さっきボスごっこをしてたら外に出ていって、ああ、心配だ、シャイア、一緒にシャイアを探して、あれ」
なんかおかしいなーと思いかけた俺の顔面にぺちこーんと飛ぶシャイア君の平手。
「ごしゅじんさましっかりしてください」
なんか余計頭がぐらぐらするよワーイ。
そしてつまりシャイア君が持っているスーパーの袋から察するにどうもお買い物に行っていたらしい先に言えよそう言うことは。
「だってあそこで言っちゃ雰囲気ぶちこわしじゃないですか!」
んなぷくーと膨れなくても!
「心配したんだぞっ」
「えー」
なんだよその反応は。
「本当ですかあー」
「むむむむ。えっと」
俺は目をぐるっと泳がす。
「本当だとも」
「すごく嘘くさいですよ!」
あれっおかしいなあー。ええっとこれは。
「俺は照れ隠しをしているんだ見抜きたまえ」
「自分で言われても」
ごもっとも。
「にしても、へえー」
シャイアは、ちょっと俯き加減で、自分の指をこちょこちょいじくっている。
どうしたどうした。
「いえ、心配してくれてるんだなあーって、えへへへへ」
おやおやおやおや。可愛いところが有るじゃあないか。
「やぁーだもぉーごしゅじんさまったらあー!」
べしーん。
ああそう言えば呼び名が戻ってるなあとか思いつつ、顔を真っ赤にしたシャイア君に俺は吹き飛ばされたのでした、げふ。
*
さて俺は喫煙者であるわけだが。
「げほっげほっげほっ」
あるわけだが。
「がほっげほっ、うううう、死にます、死んでしまいそうですー」
じゅうっ。
消せばいいんだろう消せばッ!
「ふー。ご主人様ぁ。家の中で毒ガスを振りまくのは止めてくれませんか」
毒ガス!
そんな俺の煙なんかよりもシャイア君のおならの方が、ごめーんなんでもなーいシャイア君はおならなんかしないもんねーあははー!
「煙草は身体に毒なんですよっ。何で吸うんですか」
あ、いや。俺の身体のことを心配してくれるのは嬉しいけれども、俺はもうこれがないと。
「そーじゃなくて」
はい。
「わたしの身体が心配ですっ」
ああそうだねこれ以上成長が遅れたら、ごめーんなんでもなーいシャイア君はそのままで充分可愛いヨー!
ってゆか。
「俺の身体は」
「どうにでもなってください」
酷いなあ!
「むしろ今すぐどうにかなってくれた方がこの家が総てわたしのものになって素敵です」
あーシャイアさん花がほころぶような笑顔ー。
さすがに俺いぢけちゃうよ!
いぢけるために必要な場所、そうそれは寂しく哀愁漂うこの場所だッ。
と言うわけで縁側に出てホタル族です、くすんくすん。
火を付けると赤く灯るほのかな光。
まだ寒いよー、寒いよー。
なんだよシャイア、部屋の中でにっこり俺を見つめやがって!
「吸い終わったら、戻ってきて良いですからねー」
おお、やったあ、お許しが出た!
嬉しいなあさっさと吸ってしまおう。
すぱー、すぱー。
あれえ。
*
すぱー、すぱー。
「ああっまた煙草吸ってる!」
うわあん五月蠅いのが来た!
「未成年者の喫煙は法律で禁じられています!」
俺は成年してるよ!
「精神年齢は?」
ええっと。
少なくともおまいさんよりは高いよ!
そう、笑顔で言ってやったら、シャイア君むくれた。
ほっぺがぷくーと膨らんでる、おお、つっつきてえ。
「しかしシャの字はどうしてそんなに煙草を嫌うかね」
「わたしには煙が好きな人の気持ちが分かりません」
じゃあシャイア君も一度吸ってみると良い、ほれほれ、たまらんぞう。
すると、シャイアはしぶぅぅぅい顔になって、
「未成年者の喫煙は法律で禁じられています!」
リピートされた。
ぬう!
煙草をじゅっと消し、立ち上がってどーんと胸を張り、俺は、ここに高らかに宣言する!
「なあにここでは俺が法律なんだッ」
ああッシャイアが白い目で俺を見るッ! やめろ! その蔑むような視線をやめてくれ!
じいいいいーっと俺を見続けるシャイア君。ああああ許して許してー。
ついに俺は追いつめられて部屋の隅で丸くなりました。
「で、ここのほーりつは、どなたですってー?」
「うううすみませんそれは貴女様です」
俺が恐る恐るそう告げるとシャイア君はにんまりと笑みをこぼし、
「成年者の喫煙も法律で禁じました!」
ぎゃあしまった!
*
春を迎えても我が家ではこたつが仕舞われず我が物顔で居間に君臨している。
さむーいのがにがてーなシャの字のせいだ。
どうせ俺が帰宅してもこたつでくーかくーか寝ているに違いないよあの不精娘は!
と言うわけでただいまーと居間を覗く。
ほうら予想通り寝ていた!
那美さんが!
ってええ!?
俺は目を見張る。
うむこの天然ウルフカットの少女は明らかに春日部さんちの那美ちゃんだ。
しかも周りを見回してもシャイアは影も形も尻尾さえ見えない! いや尻尾無いけど!
な、なんだっ。これは一体何事だっ。
はっ。オーケイ謎は総て解けた!
俺はきっとシャの字ではなく那美さんと同居生活をしていたに違いないおおそうだそうに決まっている。
「う、ぅ〜ん」
おっと。寝言か。
那美さんは口をむずむずさせてごろんと寝返りを打つ。むはあー、可愛いなあー!
これはアレだ同衾しなければ失礼と言うものだよ君ぃ。ねっ、ねっ。
とゆわけで那美さんの脇の布団を持ち上げて、すすっと足を侵入させ、
「むぎゅ」
むぎゅ?
足に何かがぶつかった。なんだ今の変な感触は。
「うぅー!」
うわあっ! こたつの闇から伸びてきた手が俺の足を力強く掴んで引っ張りこむ!
ずるずるずるずる。ぎゃあ! 助けてくれ!
どすんどすんどすん! ぐふっ! 足を殴るな! 痛ェェェ!
と、まあ。
詰まるところシャイア君がお買い物先で出会った那美さんを家に誘い談笑してる内に眠くなって那美さんはそのままころんと転がりシャイア君は中に潜って寝ちゃったわけで。
「ふあ、あっ、わっ、私寝ちゃって、って、ひえええっ!?」
うーんと起きた那美さんは、ズタボロの俺とその脇ではにかむシャの字を見て吃驚仰天なわけです。
(つづく)
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