シーソー


 カナカナカナカナとセミが鳴いている。木に止まっていたそれは僕らがやってくると大空へ逃げた。
 空は蒼く遠く広がっていて白い雲がセミを飲み込んでいった。
 小さな公園にシーソーがぽつんと一つ。水色のペンキが剥げかかり、風が吹くたびに錆びた金属の摩耗する音が響いた。
 僕は彼とそのシーソーに乗りこむ。
 彼は僕より重いから、やや中心寄りに座る。
 足を地面につけて、勢いよく踏ん張ると、僕の身体が浮かび上がる。
 ふわりとした感覚を楽しむ間もなく、どすんと僕は地面に打ち付けられる。
 負けじと僕は地面を蹴り上げる。このまま投石機の石のように空へ空へと飛んでいきそうな気がした。
 ぎいこぎいこ。身体が持ち上がり、そして沈む。ただそれを繰り返す。
 ここにはシーソーしかない。僕らは日がな一日シーソーを漕いでいた。
 物干し竿を売るトラックがけたたましい大音量でセールスポイントを謳いながら通り過ぎてゆく。僕はぽつんと言葉を漏らした。
「他にも何か有れば良いのに」
「そうだね」
 次の日、公園に行くと、滑り台が設けられていた。
 ぴかぴかのペンキに塗られたそれは、古ぼけたシーソーよりもずっと魅力的だった。
 はしごを掴んで、上に登る。青い葉が茂った木の上に鳥の巣が見えた。
 ここはシーソーよりずっとずっと空に近い。僕は少しだけ身の震えを覚えた。
 彼がせっつくので、僕は勢いを付けて滑り出す。
 長い下降感覚。何処までも落ちてゆく。抗う術もなく僕は地面まで運ばれた。どさりと両足が砂を踏む。
 それはずっと新しい感動だった。
 僕らはシーソーに見向きもせずに、尻が痛くなるまで滑った。
 次の日はブランコが出来ていた。ぶらりぶらりと揺れる。彼が信じられないくらい大きく揺れると、僕も負けじと巨大な振り子を作った。
 もっと遠くもっと高く。目指すは一回転。振り落とされそうな遠心力に、僕の天地は逆転した。くらりと意識が遠のくと天地はいつの間にか元に戻っている。
 疲れたけれどとても楽しかった。この調子で遊具が増えればいいのに。
 次の日果たして遊具は増えていた。
 鉄棒が出来ると、僕らは両手を鉄臭くして、砂場が出来ると、トンネル工事をした。
 ジャングルジムは怖かったので、中に入って遊んだ。どこから入ったか忘れて、出られなくなるかと不安になった。
 毎日毎日、遊具は増え続けた。
 竹馬や一輪車にも、乗れるように頑張った。僕らがうんざりし始めても、遊具は変わることなく増え続けた。
 一ヶ月後、僕らはシーソーに乗っていた。
 滑り台から滑り降りると登り棒にぶつかり、ブランコは跳び箱に挟まれて揺らせない。
 周りを見渡すと遊具だらけ、普通の地面の方が少ないくらい。
 行き場を無くした僕らは自然とシーソーに座っていた。
 いつの間にか僕の体重は彼と同じくらいになり、二人とも端っこに座ってぎいこぎいこと上下した。
 カアカアと鴉が鳴く。ああそう言えば今日は西瓜を切るんだった。
 少し早めだけど僕は彼に別れを告げた。彼は名残惜しげに笑うと僕に手を振った。もう少し遊んでいくそうだ。
 翌日公園に行くと、入り口が大きなうんていで塞がれていた。
 僕はうんていが上れない。彼はここから出られたのだろうか。


(終わり)
 



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