デスクに向かって漫画を読んでいる。ふと喉が渇いた。
伸ばした手で、ミネラルウォーターのペットボトルを持ったらなんだか重かった。
確かに2L入りのデカい奴だが、残りはもう少ないはず。
中を見てみると、小さな小さな少女が、赤いリボンを揺らしながら、ちゃぷちゃぷと水を蹴っていた。
あれ。
俺は目を疑った。
ラムネ瓶の中のビー玉のように、人形でも入っていたのだろうか。
しかしそれにしてはどうも生気に溢れている。
紅色の着物を身につけた少女は、裾を両手で持って、裸足で水の中に立っている。
長い髪を簡単に結ったその顔は、実に幼い。
俺と目が合うと、ぺこりとお辞儀した。
俺は仏頂面のまま、ボトルを左右に振る。
ぴしゃぴしゃと水が揺れ、少女はぺたんと尻餅を付いた。
水に濡れ、少女はきょとんと、何が起こったか分からないような顔をしている。
しかし、着物がびっしょり濡れた事に気が付くと、泣きそうな顔になった。
少し憐憫の情が湧いたが、勝手にこんな所に入ってる方が悪い。
そもそも俺は水を飲もうとしたんだ。もうこれじゃ飲めないだろう。
俺は何気なくボトルをひっくり返す。水平よりも少し斜めなくらいに。
少女が倒れて、腹這いになった。
水がざざあと下に流れていき、ついで少女もざざあと滑り落ちた。
ぺしゃんと、頭から水の中に突っ込む。がぼがぼがぼと少女はもがいていたが、やがて顔を上げる。
どこもかしこもびしょ濡れだ。
黒髪は水を吸ってますますつやを増している。
その顔に表情は見えない。ただ、ぽかんとして呆気にとられていると言った感じだ。
面白い奴。
俺は少し、こいつをいじってやろうと思い、水が漏れないように気を付けながら、蓋を開けて、指を突っ込む。
少女は突然出現した俺の指にすこし怯えていたが、やがて、にっこり笑って濡れた両手で俺の指を掴む。
握手のつもりか。
ちっちゃな指の感触がこそばゆい。俺は微笑ましくなった。
しかしそれにしても。
こいつはどうやってここに入ったんだ。
そして、どうやって出る気なんだ。
そう思った瞬間、握手が離れた。
ペットボトルの中には、水しかなかった。
俺は、ボトルをひとしきり眺めた後、中身を洗面所に捨てた。
(終わり)
絵と原案 桜塚さん
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