いよいよ秋と言うことで幾分重くなった布団を肩まですっぽりかぶりながら、わたしは当て所もなく微睡んでいた。
窓から日の光が差してこようとも布団のぬくみには敵わない。わたしは膝をすり寄せてその心地よさにますます起床する気を失せさせていた。
でもー。そんなの簡単に破られちゃうわけでー。
近所の犬が、何が気に入らないのか随分やかましく吠えている。わたしは機嫌を損ねながらうっすら目を開けると、目の前に紺色の何かが立っているのが見えた。
あれわたし寝る前に、紺色のペットボトルなんて飲んだっけと寝惚けていると、そいつのキャップには目鼻と髪の毛が付いていた。
んー、と目を閉じる。
んー、と目を開ける。
明らかにそれは、人の形をしていた。
何だろうこの子ー。
その子は何をするでもなくわたしの寝顔をじっと見つめている。
おかっぱ頭、無表情、紺色の着物。
おかっぱ無表情紺色コちゃんかな。
で、その子は、わたしが目を開けたにもかかわらずまだ顔を覗き込んでいる。
見つめ合う瞳と瞳。
わたしは何気なく右手を布団の中から引っ張り出し、その子を掴もうとした。
さっとベッドの下に降りるおかっぱ無表情紺色コちゃん。
ひらりとたなびく振り袖が颯爽として格好良い。
わたしも負けじと颯爽と布団を両足で跳ねとばし、その子を目で追う。
その子ったら、床の上に立ったまま、相変わらずじっとわたしを見ている。
何のつもりかな全く。
今度こそ捕まえてやろうと決心したわたしは、パジャマ姿のまま腰に手をあてて、じっとおかっぱ無表情紺色コちゃんを見据える。
しかし女の子の視線は全く一直線で、少しも隙が見えない。
むむむおぬし出来るな。
埒が明かないと踏んだわたしは、右足を折って前傾にしゃがみこみ、両手でさっと少女を掴もうとする。
だけど少女はそれより一瞬早く、ちまちまと駆けだしていた。
ギリギリの所で空を切るわたしの両手。合わさってぱあんと軽い音がした。
そのままがたんと前に倒れ込むわたし。イタタタタ。おでこぶっつけたー。寝起きの運動にしてはちょっと過激だったようだ。
顔を上げて周りを見渡す。少女の姿が見えない。
消えてしまったのだろうか。とはいえこんな雑誌衣類食べ残し空き缶家具扇風機ストーブおこたが散乱する部屋なら隠れ場所には事欠かないだろう。
むきー、少しは掃除しとくんだったーなどと頭から湯気を出してみても後の祭り。
猫背になりながら、部屋を歩く。
ここかな、あそこかななどと覗き込んでは首を捻る。
と、その時、視界の影で何かがぴょこんと動いた。
ん?
あっ、積み上げた漫画本の影に居るっ。
見つかったことを察知したのか少女はまたちまちまと逃げ出す。
よーしまてまてー。
すると少女は開けっ放しにしていた押し入れの中に入っていった。
思わずわたしはほくそ笑み、アゴに手をあてる。
ふっふっふ二十面相君年貢の納め時だよ。
わたしは出口をふさぐ形でしゃがみ込み、押し入れの中をごそごそ探る。
押し入れの中は薄暗くて独特の匂いがした。
色鉛筆セットを持ち上げ、段ボールの蓋を開ける。
さあさどこかな、早く出ておいでーとわたしがわくわくしながら障害物を取り除いていると、後ろで何かがちょこまか動く気配。
あれ?
と、振り向こうとすると、丁度良い位置に有ったせいなのか、後ろにどんと付きだした格好になっているお尻を、つんか、とやられた。
ひにゃー! おにゃのこのお尻にあんたにゃにすんのよー!
びっくりして押し入れの天井に頭をぶつけてしまう。
わたしは頭に手をあて、よろめきつつ押し入れを出ると、その場にうずくまった。
少女は相変わらずわたしを見つめていたが、わたしが床に額を着けると、なんだか近づいてくる気配がする。
もう捕まえる気にもなれなくて放っておくと、ちっちゃな手が、わたしの頭を撫でてくれた。
わたしは何だか脱力する。
痛みが引く頃、少女は忽然と姿を消していた。
部屋をきちんと片づけて確認したんだから、間違いない。
(終わり)
絵と原案 桜塚さん
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